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5の扉 ラピスグラウンド
夏の終わりの祭り
しおりを挟むそれからは、祭りの準備に忙しくしていた。
とは言っても、私がお菓子を作る訳じゃないので、専ら味見とその他お店の準備や包紙の用意など細々とした仕事だ。
北の広場で開催される夏の終わりの祭りは、1年の中で1番賑やかなお祭りらしい。
出店も沢山出て、現状ある作り付けのお店は大きなお店が借りるらしく、私達に与えられたのは端の方の小スペースだ。
でも路地に近いのでチャンスはあると思っている。当日まではあと1週間も無いので、毎日キティラと打ち合わせをしながら準備していた。イオスは専ら家で試行錯誤している様だ。
「飾りと、包み紙の色を合わせようよ。」
「お花置いたら可愛いよね。」
「袋を持ってない人の為の持ち帰り用袋っているかな??」
「お姉ちゃん、この色も素敵。」
ティラナも混じって、女子3人でワイワイやるのは楽しい。
私はアイディアだけは出せるが、常識が無いので意見だけどんどん出して、2人にバッサバッサ斬られてゆく。
「楽しそうね。でも一度休憩したらどう?」
ルシアがお茶を持ってきてくれた。
リールも座って、みんなで休憩タイムだ。ちなみに主な準備は家の居間でやっている。ハーシェルの仕事の邪魔にもならないし、いざとなったら私も教会に行ける。
そして教会は北の広場に近い。イオス達の家は、うちよりは、広場から遠い。会場の準備をするのには最適な場所なのだ。ちょっと居間の半分くらいは占領しているけども。
もうハーシェルも「好きにやっていいよ」と言っていたので大丈夫な筈。
「とりあえず、味は申し分ないから、他に何か目立つ要素が欲しいんだよね………。」
なによりも、食べてもらわない事には話にならない。
食べてもらいさえすれば、勝てる勝負だと思っている。
実はいつの間にか勝負になっているが、イオスが頑張って交渉して、このお祭りで完売したらお菓子の道に進む事を許してもらう事になっている。
私達は、負けられないのだ。
「お母さんの方に、噂の根回しはしたの?」
ルシアが聞いてくる。
「大丈夫な筈です。お墨付きも貰いましたから。」
キティラは得意そうに言った。
あの後すぐ、ハーシェルに中央屋敷に行く都合をつけてもらおうとお菓子を焼いてもらっていた。するとうまい具合に、お屋敷から呼び出しがあった。
タイミング良すぎ!と思っていたら、帰ってきたハーシェルが言うにはシンのおかげじゃないか、という事だった。
そして更に「中央屋敷からの味のお墨付き」までもらってきたのだ。お墨付きシールでも貼れればいいのだが、そんな物は無いので口コミでお母さんに「お墨付き」を広げてもらう事にした。
お母さんはいつものコミュニティに行く頻度を減らし始めた様なので、週末はいつもの所、今週からは少しずつ今まで顔を出していなかった所にも広めてくれる事になっている。
少しずつ、世間を広げている様だ。
お菓子は試食したスコーンを他の種類含め、数種類と、クッキーを出す事にした。クッキーなら軽くつまめるし、見た目も馴染みやすいと思う。
あまり色々種類があると、イオス1人で作りきれないし、奇抜な物は売れない可能性が高い。クッキーなら、スコーンからの応用で作りやすいと思うので私がイオスに提案した。
食感の違いを出すように、サクサクめで焼いてもらえるように頼んである。
ここだけの話、私はソフトクッキーなる物が苦手だ。提案するのは私なので、多少好みが入るのは許して欲しい。
「あと、テーマカラーを決めたいんだよね。」
私は「お店のパッケージや袋」に慣れている為、やはり見ればすぐに分かる物が欲しい。
「あの袋持ってるから、あそこで買い物したんだ」ってやつね。
しかしラピスではマイバッグが基本なので、袋は難しい。それに、やったとしてもエコじゃない。それなら紙ナプキンの色を決めて、お店の色を統一するのがいいと思う。
「白が爽やかだと思うんだけど、どう?」
「白ね…。お墨付きもあるんだし、少し高級感がある感じで売り出した方がいいんじゃない?」
成る程、なアドバイスをくれたのはルシアだ。さすが高級ハーブ店の売り子。
確かに白はスッキリしていいけれど、ラピスでは高級なのはやはり青で、門に向かい白が多くなる為高級とは遠くなってしまうという。
うーん。あ、じゃあお金のアレで、黄色かな…?
青はラピスらしいし、高級なお店は青を使っている所も多い。青でもいいが、そうすると目立たないのだ。
赤でもいいかな、とも思ったがラピスではまじないの色でも青→赤→黄の順で強くなる。お金として使う石も、青が10円程度、赤が100円、黄色が1000円となる。ちなみに1万円程の石はクリアだ。お金に使う石はお金の形に加工されているので、すぐ分かる。
色で分けてる所が、面白いよね。
透明にするわけにはいかないので、高いイメージがある黄色はどうかと思ったのだ。
「ねぇ、そしたら黄色をメインにして、青を少し入れるのは?」
「「いいと思う!」」
みんなの賛成を得たので私はお店と紙のデザインを描いていく。その間、どのくらい何が必要かなどルシアがキティラにアドバイスしてくれていた。
ルシアは勤め先のハーブ店で当日は忙しいらしい。
「手伝えなくてごめんね」なんて言っているが、初めてお店を出す私達は、アドバイスをもらえるだけで大分助かるのだ。
そんなこんなで大方の準備を終え、後は当日を待つだけになった。
「どう?可愛くない??」
お店と包紙を好きにデザインさせてもらって、設営を終えた私は自画自賛でみんなに同意を求めた。
当日、朝一番に私達は準備に乗り込んだのだ。
「可愛い!!」
喜んでいるのはティラナだ。「ヨルはこんな才能もあるのか」とハーシェルも褒めてくれる。
「で?どうですか?店長?」
ちょっと遠慮がちなイオスに確認する。男性にも手に取りやすいように、爽やかなレモンイエローに青のラインが縦横十字に入るようなスッキリとしたデザインにした。横のラインの上に「イオスのスイーツショップ」と日本語で書いてある。
こっちの文字が下手くそなのと、なんかほら、外国語で書いてあるとおしゃれ感、みたいなのあるじゃんそれよ、ソレ。
「凄いです。ありがとう。」
とどっちか分からない感想を言っているが、まぁいいだろう。
こちらでは広告の概念がない為、他の準備を始めたお店はどれも似たり寄ったりだ。
ある意味統一されている為、景観としては綺麗だが今日は、他の店に埋もれるわけにはいかない。
着々と準備を進めて行くと、そろそろ他のお店も大体出揃ってきた様だ。他の店の支度が整い始めると、ちょっと見学に行きたくなってくる。
ソワソワしている私が分かったのだろう、ハーシェルが「私はまだ出番がないから、ヨル見てきていいよ」なんて素敵な提案をしてくれたのでお言葉に甘える事にした。
広場の中なので、朝だけ連れて一周する事にする。まだみんな準備に奔走中なので、邪魔しないようにサーっと周る。
「朝!見て!アレ美味しそう!」
「依る、声大きいわよ。」
朝に突っ込まれながらも、上がってくるテンションを抑えるのは難しい。
いや、いかんいかん、ここは目立たないようにしなければ…。
目立たないように、なんて言っているが今日イオスのお店スタッフの私達は、ユニフォームのように服の色を揃えている。テーマカラーの黄色で統一だ。キティラは明るい黄色のワンピースだし、ティラナは山吹色っぽいチュニックにズボン。うちの店で留守番予定のリールにも黄色のシャツを着せている。
私は黄色の服が無くて、この日の為にスカートを作った。ブラウスとなると手間もかかるし難しいけれど、スカートならちょちょいとやればすぐ出来る。ちゃっかりお店のクロスと一緒のレモンイエローで作ってある。ハイウエストのロング丈なので、結構目立つはずだ。宣伝がてらウロウロするのもいいよね…。
あ、ちゃんとカツラと眼鏡は標準装備ですよ。
髪が長くなって、カツラに収納するのが大変だし、今日は長丁場なので乱れないようにカツラと地毛で一緒に編み込みのお下げにしている。ちょっと見では、リボンを編み込んでいるように見えるだろう。中々綺麗な青なので、あまり髪の毛には見えない。
そのまま1人でブツブツ言いながら広場をぐるっと周った。今日はランチも出店で買う事にしている。目星を付けておかなくてはいけない。
「あー楽しい!ね、朝あれなんだろう??」
キラキラしたものを見つけて、見に行きたいけど、あっちの美味しそうなものも気になる……。収集がつかなくなってきた私を朝が止める。
「依る、そろそろ戻らないと。もう少しで始まるんじゃない?」
「はーい…」
名残惜しいが仕方がない。また後で来よう。なんとか時間を捻出するのだ!
ハーシェルも式の支度があるので、私が戻るとすぐどこかへ準備に行った。
あの、真ん中ら辺にある祭壇のところかな?
周りのお店の準備も整ってきた。お客さんも少しずつ増えている様だ。ラピスの時間は曖昧な為、具体的に何時から始まるのかは決まっていない。支度ができたら、始めていいのだ。
「あードキドキしてきた!」
イオスは緊張してあまり喋らない。私が1人で騒いでいる。
呼び込みとかした方がいいの??どんな感じなんだろう?
浮きすぎると困るので、周りのお店を観察する。既にお客さんがのぞいている所や、まだ準備中の店、色々ある中で人が集まっている店がある。あの色はもしや…。
「ねぇ、あそこの人だかりの店って……」
「ルシアさんの所だと思うよ。」
キティラが教えてくれる。いつも、ルシアの所はあんな感じらしい。
うわぁ、めっちゃ忙しそう。
本店と同じ濃い青の店構えに立派な看板もある。皆が制服で動いているところを見ると、色を揃えて正解だと思った。うちも目立ってる筈。
そうしていると、ウイントフークがやってきた。
なんだか外で見ると変な感じだ。小綺麗なので妙にきちんとして見える。そして店の前に立って、選んでいるので何だかいい宣伝になりそうだ。
「え?ウイントフークさんも買ってくれるんですか?」
「さっきから見てたが、見たいけど近づけない客がいたからな。初めてだから、噂で気になってはいるが見辛いのかもしれないぞ。」
そう言って、クッキーを1皿買ってくれる。
それをオリジナルの包みで包むと、「可愛いでしょう、これ。」と言って教えてくれたお礼も言う。
「ふむ」と言いつつ、その場でウイントフークは食べ出した。
ウイントフークのお陰か、女の子達もやってきた。どうやらキティラの友達らしい。
「来たよ!」「これを彼が作ったの?凄い!」「いいねぇ」「美味しそう!」
女の子達が集まると、キティラとイオスが囲まれて急に賑やかになる。それにつられて、人が足を止めるようになってきた。
「これは何?」
「こちらはスコーンです。ジャムなど付けて食べても美味しいですし、勿論そのままでも美味しいですよ。午後のお茶の時間や、ちょっと小腹が空いた時にオススメです。」
「こっちのクッキーって何?」
「それは………」
キティラとイオスが掴まっているので、私は忙しく対応していた。
包んだりするのはティラナも手伝ってくれるので、そこまで大変ではない。さすがティラナは家事をしているので手際もいい。
でもウイントフークさん、後ろで座ってるだけなら手伝って。
そのうちイオスたちも解放され、お店は順調に回り出した。今日の目標個数はスコーンとクッキー合わせて100個だ。一回にいくつか焼けるにしても、イオスは大分頑張ったと思う。
そして、1度波ができると次から次へとお客さんがやってきた。黄色のお店とお母さんからの噂がかなり興味を引いていたようで、その場で少し食べてみる人も多い。
そしてその反応が良い為、どんどん人が集まってきた。
「え。凄くないですか?」
「予想以上です。あ、次これお願いします。」
「こっち合わせて5つお買い上げです!」
「次はこれね、はい。」
大分連携プレーが取れるようになってきた私達はどんどんお客さんを捌いていく。
お金に慣れていない私と作ったイオスでお客さんの対応をし、会計をキティラ、ティラナが包んでくれて、どんどんお菓子が売れて行く。
休憩する間も無く、どんどん台の上からお菓子がなくなっていった。
そして私達の心配は掻き消されていく。嬉しい誤算で、午前中で殆どのお菓子が売れてしまったのだ。
「お疲れ様~」
「ありがとう」「お疲れさま!」
「凄かったね!」
あと数個を残して、お昼にはひと段落することができた。
このまま行くと、完売できそう!お菓子、続けられる!
それにしても、はぁー、ほんと凄かった!
やっと落ち着いて周りを見る。
その他のお店もお客さんが来ていて賑わっている。私達は交代でお昼を食べて、交代でお店も見に行ってきた。
私は夢中になる事が分かっていたので、見に行くのは最後にしてもらう。いつまでも帰ってこないと、困るからね。
自分の休憩を待っているうちに、お菓子は完売してしまった。予想より大分早い時間だ。
もうちょっとで夕方、というところで他のお店はまだまだ賑わっている。
「今のうちに行こうかな………。」
「ヨル、片付けはやっておくよ。お疲れ様。本当にありがとう。」
「お祭り初めてだもんね?いってらっしゃい!」
イオスとキティラに背中を押され、「じゃあお言葉に甘えて……」と言った所で、黄色のシャツが見えない事に気が付いた。
「あれ?リールは?」
「え?さっきまでそこで遊んでたけど…」
うそ。大変だ。リールがいない。
「え、お姉ちゃん探しに行こう!」
ティラナが言うけれど、ティラナとも逸れるとまずい。
「ウイントフークさん、ティラナをお願いします!」「広場の中だから大丈夫です!」
私はそう言って、リールを探しに行く。ウイントフークが「1人はまずい、ちょっと待て!」とか言ってるけど、無視して飛び出した。
どうしよう、ちゃんと見てなかったから!!
最初にルシアの店を覗く。どうやらいないようだ。無駄に心配させてもいけない、と思い広場を一周して見つからなかったらルシアに声を掛けようと、とりあえずはそのまま周りを見つつ探す。
舐めるようにずーっと広場を見て行く…………。
あっ!いたっ!
離れた店の前に黄色のシャツが見える。
良かった、目立つ色で!
「リール!」
呼びながら駆け寄ると、リールの手を繋いでいる男がいる。
「え?」
人攫い?!と思って警戒すると、それはロランだった。
ホッとして少し足を緩めて近づく。
「えっ?ロランさん?リールと知り合いですか?」
「ん?ルシアさんの息子だよね?さっきそこで会って、お母さんと来てるのかと思ったんだけどヨルと来てたのか?」
リールは美味しそうな棒に付いたフルーツを持っていて、どこから見ても買い物を楽しんでいる親子に見える。あ、兄弟??
なんだ…………楽しんでた…………。
一気に焦っていた気が抜けて、「もー言ってくださいよ~」とついつい愚痴る。
「とりあえず、ありがとうございます。リール、どこか行く時は必ず誰かに言わないとダメ。絶対。」
肩を掴んで強調する私に、リールは「ごめんなさい」としょんぼりしたので、すぐに私も切り替える。
「よし、分かったなら大丈夫!ロランさん、すいませんけど黄色の屋台までリールを連れて行ってくれませんか?」
「いいよ。ヨルはどうするの?」
「私はまだ全然見てないんですよ。リールを探したら行こうと思ってたので。戻ってだと暗くなり始めちゃうから、そのまま行こうかなと。ロランさんさえ良ければ。」
頼むのもアレかと思ったが、ロランはリールを見つけた時点で送るつもりだったから、と言って快く引き受けてくれた。
でももし引き返してきてまだ私が見ていたら、一緒に回ろうと言っている。
なかなかの人混みだからね。見つかればね、見つかれば。うん。
そのままロラン達と別れ、広場を回り始める。
夕方近くなり、お酒を出す店が出始めた。
夕暮れ時の雰囲気はかなりムーディーで、夜も大人達は祭りを楽しむのだそうだ。
お酒はまずいな…とじっくり見るのを諦め、端までは見たので戻り始める。
するとすれ違いざま、肩がぶつかった。
ぶつかったと言っても、軽く触れた程度。しかし男が振り返って、私の顔を覗き込んだ。
酒の匂いがする。嫌な予感‥。
案の定、その男、いや男達は文句をつけてきた。往来の、真ん中で。
「イタタタ……。ちょっと嬢ちゃん。挨拶無しかい?」
「よそ見してたんじゃねぇの?どこの子?1人?」
その二人組はゴロツキの決まり文句の様にいちゃもんを付けてくる。
「え?聞こえないなぁ。痛かったなぁ?ごめんなさいは?」
「まぁまぁ。嬢ちゃんだって、こんな人混みじゃあ謝りづらいよな?あっちに行こうぜ。」
まずい。この時間の路地は暗い。
辺りは少し夕暮れがかって、狭い路地は既にかなり、暗い。周りの人達も見て見ぬふりで遠巻きに見ている。
え。やっぱり?誰も助けてくれない感じ???
グイ、と手を引っ張られ両脇を男達に固められ、そのまますぐそこの路地に向かう。
背中に腕を回されてるので、全く逃れる気がしない。ウイントフークの注意を聞かなかった事が悔やまれる。
え。どうしよう。
…………万事休す。
ギュッと目をつぶると、男達が立ち止まった。
そのまま動かず、「な、なんだお前」と言って1人が私の前に立った気配がする。
目を開けると私の前に、さっきの男のうちの1人が背中を向けて立っている。その前に、誰か立っている様だ。どうやら立ち塞がっているらしい。
え?誰?
私は既に両手をもう1人の男に捕まれていた為、ちょっと身体をずらして前の人を見た。
あ。この人シンだ。
直感で判る。
男の前に立ち塞がっていたのは、多分シンだ。
多分と言うのは、シンの姿がこの前と違うから。
髪の長さは同じだが、紺色の髪になっていて、そして私の前に立っている男よりも、頭半分くらい背が高い。大人の姿になっているのだ。
何故分かったかと言うと、瞳が、同じだから。
赤い瞳と私を見る、その目。
あの日と同じだ。
そしてシンは無言で私の前に立つ男を除けると、私の手を捕んでいる男の頭を掴んだ。
すると「イテッ」と大きな声で男は叫び、パッと私の手を離す。何か2人はシンに向かって文句を言っていたが、彼が振り返ると静かになった。
そのまま私に向き直り、私の手を引くとスタスタと歩き出す。
私も黙ってついて行き、とりあえずその場を離れた。
「えっと。ありがとう。シン、だよね?」
一応確認する。しかし彼はそのままこっちを見ずに歩いて行く。
この人、ホント喋んないな?
手を引かれて歩いているうちに、だいぶ落ち着いてきた。
彼が不必要に喋らずに黙っているせいもあるかもしれない。しかし、気まずい感じもしないので、そのまま私も黙ってついて行く。
そういえば、あの2人からあまり関わるなって言われてるしね。
イオスの店の近くになると、シンは立ち止まった。そしてチラリと私を見た後、そのままふっと手を離して、人混みに紛れそうになる。
「え?ちょっ…」
っと待って、と言おうとして離された手を見ていたら腕輪が光った。しかも、点滅。
「えっ?あっ!あゎゎ」
焦って腕輪を握る。もう!なんでこんな時に!と思って「ちょっと!誰?蓮?!」と小声でやっていると、すぐ側に誰かが立った。
ん?と腕輪を掴んだまま顔を上げるとシンが戻って私の事を見ている。きっと私が騒いだから戻ってきてくれたのだろう。
「大丈夫」というジェスチャーをして苦笑いし、腕輪を掴んだまま上げる。するとシンが私の腕輪を掴んでいる手に、自分の手を乗せる。
そして私の目を見て頷くので、手を外してみると、光は消えていた。
え?なんで?
「………ありがとう。」
再び私が言うと、また頷いて今度こそシンは人混みに紛れて行った。
ん?ウイントフークさんと来たのかな??
しばらく彼の消えた後を見つめていたが、我に返ってお店へ急いだ。
きっと、心配している筈だ。
案の定、店に戻ると片付けを終えたみんなが待っていてくれた。
「ごめん!!」
「遅い!心配したでしょ!」と自分のお店が終わって待っていてくれたルシアに怒られる。
イオスとキティラはすごく心配していて、「ごめん!」と更に50回くらい謝る。ティラナに至っては、疲れたのか出店の後ろの椅子でリールとうたた寝をしていた。ホントにごめん。
待っていてくれたロランにも挨拶して、とりあえずは私達未成年はお開きだ。
何処かへ行っていたのか、ウイントフークが戻ってきて私に小言を言った後、「あいつを見てから帰ろう」と誘われる。
多分ハーシェルの事だろう、暗くなってからって言ってたもんね。
ティラナが起きたので、リールを背負ったルシアとティラナには先に帰ってもらう。
ウイントフークと2人で広場の中央に向かった。ハーシェルもそこで準備していたし、中央の花壇辺りで何かがあるようだ。
「それにしても、ウイントフークさん、シンと一緒に来てたんですね。」
「ん?来てないが?」
「え?さっき助けてもらいましたよ??」
「どういう事だ?」
助けてもらった、という言葉を聞いた瞬間怖い顔になったので、しまった!と思ったが時既に遅し。
言わない訳にはいかないんだけど、できれば怒られたくない。そんな私の都合など全く無視したウイントフークに問い詰められる。
「で?何がどうなって?助けてもらうような目に合ったんだ??」
やっぱり言わなきゃダメだよね…………。
正直に、ロランと別れたところから話す。
「という事なんです。私は戻ろうとしてたらいちゃもんつけられて…」
「夕方からは1人は厳禁だと言ってあっただろう。話も聞かずに飛び出して行って…」
はい、ごめんなさい。でも戻り始めは暗くなかったんですぅ。
言い訳しても私が悪い事は分かっていたので、素直に謝る。ロランと戻らなければいけなかった。浮かれていたのだ。
「で?シンがいたって?アイツ目立ってなかったか?」
髪と目の事を言っているのだろう。この前は目立つから殆ど屋敷から出ない、と言っていたから。確かにあの派手な外見の、噂すら聞いた事がない。
「いや、髪も紺色にしてたし、なんせ大人でしたよ。」
私がそう言うと、ウイントフークは「ふぅむ」と興味深そうに私を見た。
「そこまでしてか。」とブツブツ言っている。
「君は、何故分かった?」
「何となくですけど。瞳は赤でしたし。」
「ほう。何となく。」とかまた1人でブツブツ言い出した。なんだかニヤニヤしている。
そうして歩いているうちに中央の人形が並んでいる所に着く。
「わぁ。いっぱいありますね!」
そこには色々な人形たちが並んでいた。
手作り感あふれる人形たちは、木でできているものや粘土っぽいもの、布で作ってるものなど様々でそれぞれが綺麗な服を着せられている。10体ちょっとくらいだろうか。
花や果物などが飾られている祭壇に主役のように並べられている。
そして、その前に沢山の男女が並んでいた。みんな静かにハーシェルの話を聞いているところを見ると、何か始まっているらしい。
邪魔しちゃいけない雰囲気なので、少し端の方にウイントフークを引っ張って行き説明を頼む。
「あれって何してるところですか?人形はなんであそこに?」
「後でハーシェルに詳しく聞きなさい。」
そう言ってウイントフークがざっくり説明してくれた所によると、これは婚約式のようだ。
成人式が終わると、男性は人形の本体、女性は人形の服を作り始める。その出来不出来が器量の目安にもなる様で、みんな真剣に作る。
そして、恋人になると男性の作った人形に女性の作った服を着せるらしいのだが、そこで合わない場合は結局うまくいかない事が多いのだそうだ。器量がかけ離れていると、人形もちぐはぐになる。それは、上手い下手と言うよりも性格やその人の石がお互いに合うかどうか、というのが大半を占める。
「結局相性ってもんはあるって事だな。」
とウイントフークは言った。
そういえばウイントフークさんは、結婚してないよね?いい人いないのかな?
今回の婚約式は皆相性が良いようで、人形たちはみんな綺麗に夜の灯りにフワッと光っているように見える。
いつの間にか、辺りはだいぶ暗くなっていた。
ハーシェルが最後、順番に並んでいる人達の頭に手をかざしていく。何だかフワフワした空気に包まれて、婚約式は終わった様だ。
幸せな人達を沢山見て、私も心が暖かくなる。
婚約した男女が仲良く自分達の人形を抱えて帰っていく。不思議な事に、抱えられている人形が2人に似ている気がするのは、私だけだろうか。
そうして式が終わると、ハーシェルは祭壇の果物や食べ物を周りの人達に配り始めた。一緒に帰ろうと思っていたので、私も手伝う。
静かに供物を配り終わると、なんだか私も大人になった気がした。
「後は明日だな。」
ハーシェルはそう言って、上を見上げる。
満点の星と綺麗な月が私達を見ていた。
この日は毎年晴れるそうだ。
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