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5の扉 ラピスグラウンド
ハーシェルの心配事(黒の時間)
しおりを挟む「ハーシェルさん、とりあえずの大円団でしたよ。」
帰ってくるなり、ヨルはそう言って満足そうに夕飯の支度に取り掛かった。
「ずっと待たせちゃったから、座ってて。」
なにがあったのか知らないが、ティラナを座らせて自分が夕飯を作るつもりらしい。最近だいぶラピスの食材に慣れてきたとはいえ、大丈夫だろうか。以前は謎の物体を作り出していたが。
………まぁティラナが見てはいるので大丈夫だろう。
そんなヨルに少しずつ話を聞きながら(料理中は気が散るからあまり話しかけないで、と言われている)、なんとなく見えてきた。
先日からヨルが首を突っ込み始めたイシンの息子の件だ。
そもそも相談室では、決まり文句しか答えてはいけない。私もまさか、相談に乗っているなんて思っていなかった。
全くその発想は無かったのだ。
でも彼女は「外」から来ている。勿論、ラピスの常識は通用しない。相談されているから、性格上無視できずに親身になってしまったのだろう。
今なら容易に想像できる。
正直、イシンのところの話はここではよくある話だ。今でこそ別の仕事をする者が増えたが、10年くらい前のラピスはほぼ完全世襲制だった。
しかしやはり不都合が生じてくるので、少しずつ変化してきたのだ。
しかもイオスがやりたい、と言っているのがお菓子。ヨルがいた所では、午後お茶を飲みながら食べたり、ちょっと小腹が空いた時につまんだりするものらしい。
しかしラピスにはそのような習慣は無い。新しい料理を作るのとは、訳が違うのだ。
新しい事をやる、というのも難しいがイシンのところは、典型的な職人一家だ。
亭主関白。奥さんは所謂ラピスによくいる、噂好きの奥さん。ウィールに行っている長男。そしてイオス。
中々、新しく突飛な仕事を受け入れるのは家族からして難しいと思っていた。
彼の作ってきたお菓子を食べて、いたく感動していたヨルは何とかしてやれないかと考え始めた。そして、家族から話を聞き、何故か広場で話し合いになり、とりあえずの解決を見てきたのだと言う。
全く意味が分からない。
しかも、「話していたら石が光って焦った」とか、頭の痛くなるような事を言っていた。慌てて手で隠したようだが、隠しきれているかどうか………広場など、本当に誰がどこで見ているか分からない。何の話をしていたら光ったのか、後で詳しく聞く必要がある。
そして私にも「奥さんが1番心配なので話を聞いてあげてくださいね。私もいつまでいれるか分かりませんから。」なんて言ってくる。
彼女は自分がどういう立ち位置にいるのか、分かっているのだろうか。そしてまた他の扉へいつの間にか行ってしまうのだろうか。
他の扉と言えばとりあえず、頼まれているウインドウの服は、ばあさんに話は通した。
本当に通しただけだ。「うちで預かっている子が、見てみたいと言っている。」と。
案の定ばあさんは、どこから預かってるのか、とか何故この服が気になるのかとか、うちで働きながら見たらいい、とかめちゃくちゃな事を言っていた。まさか、あんな迂闊なヨルを他の所で働かせる訳にはいかない。
どこでボロを出すか、分からないからだ。
彼女自身、自分の価値を分かっていない。あの服の修復を習いにウィールに行く事を勧め、シャットに移動させるのが安全だと考えている。
その為にも一度ばあさんの店に連れて行かなくてはならないのが、非常に気が重い………。
先日ヨークの工房へ見学に行った時も、そうだ。
ヨークは典型的な神経質の職人で、初対面の人間は工房に入れたがらない。何とか頼み込んで、了承してもらった。それも私がロランの上顧客だからだ。
うちの茶器を食い入るように見つめていたので、丁度作ったロランがいる工房がいいと思ったのもある。
でも使いやすさや値段との兼ね合いなど、あそこが1番勉強になるから行かせた。予想通り、得るものは大きかったようだ。
そして予想外に得たものが、ヨーク工房全員からの謎のお墨付きだった。
「あの子ならいつでも来ていい」と、3人全員に、言われた。次の日外回りのついでに寄った時だ。
そもそもヨークが人を気に入るのが珍しい。夏の終わりだが、雪が降るかと思った。
ロランはロランでうちの子に手を出しそうに気に入っているし(遊び人は却下)、エーガーも「あの子はいい。」と言っていた。
工房での話を聞いても「何だか1人でブツブツ言っていた」とか「感動して泣いてた」とかよくわからない返事しか返ってこない。
まぁ何にせよ気に入られたのなら、いい事だろう。特に一流の職人達だ。もしかしたらヨルの助けになってくれるかもしれない。
そしてヨルは、ここに来て成長している。この、短期間のうちに。
瞳の色も変化したし、まず話す内容が14歳のものではない。
幼さがだいぶ抜けて、綺麗になりかなり目立つようになってしまった。先日ルシアと出掛けた時も、カツラと眼鏡をしていたのに広場で目立っていたと言っていた。なにか、見た目というか人を惹きつけるオーラみたいなものを出しているんじゃないかと、最近思う。
私はたまに出先から帰ってきてそのまま教会に入る事があるが、初めて見た時の靄がかった青いものの気配をヨルの周りに感じる時がある。
やはり、ただ人ではないのか。
こうして見ていると、本当に年頃の娘と変わりないのだが。
だからこそ、危険から遠ざけたいと思ったのだ。
そして今日も眠れない夜になりそうな予感がして、私は自室で報告書を書いていた。
しかし、集中できない。ゆっくりと背もたれに寄りかかり、伸びをする。
夜中の考え事は、思い出したくない事も思い出させる。
ウイントフークの所で思い出した、私が封印していた思い出。私の妻の事。持っているには辛すぎて、守りの石の中に少し封をして入れてある。その位しないと辛くて生活もできない内容だ。
あまり思い出したくはないが、ヨルが予言に酷似している以上、無視はできない。
レイテは「それ」を知ってしまった所為で消されてしまったのだから。
結局犯人は捕まらなかったが、私の考えで間違いないだろう。話石の会話を聞いてしまった次の日、お屋敷からの帰り道、そのまま帰ってこなかった。
夜通し探して見つからず、何故か後から南の広場の噴水の中で「一部」が見つかったと自警団から報告があった。
私も探した後だった。一体誰が、そこへ彼女を……………。
無意識に唇を噛み、血が滲む。血の味がして久しぶりに、唇を噛んだ事を思い出す。
それからはなるべく目立たないように、本家からの指示には逆らわず生きてきた。
もうこれ以上、大切なものを失う訳にはいかなかった。ティラナはまだ小さかったし、母親がいなくなり、母を覚えていないとはいえ小さな子供を1人で育てるのは大変だ。
その大変さにわざと忙殺され、中央からの雑務をこなし、相談者の相談を聞き流す。
そんな生活だった。
そう、あの子が来る迄は。
手元の鍵のかかる本を開いて、今一度眺める。
「土の時代が終わり 風の時代となる時
9つの石と 青の少女が現れ
世界は 白となるだろう」
本家の人間は必ず持っている本に載っている、古の、予言。
ずっと昔から研究されているが、現在はこの訳で通っている。
私は古語は詳しくないが、ウイントフークが言うには少し違う解釈ができる部分もあるようだ。
だが、重要な部分「青の少女」と「9つの石」は確定らしい。正に、ヨルの腕輪には9つ分の石が嵌るようになっている。
今は5つだが、それが9つ集まったら。
ずっと、意味の無い予言だと思っていた。
昔から存在するだけの予言。
ただ、本家の動きからして「風の時代」が近づいているであろう予感はあった。何故かと言うと「箱舟」の準備が始まったから。
そしてこの言葉を知ってしまったせいでレイテは死んだ。
私の迂闊な行動の所為で。
そして本家が行動を始めた理由の一つは、中央屋敷のフェアバンクスが森に調査隊を派遣する決定をした事にも関係する。
中央屋敷は小高い丘のようになっているラピスの頂上に立つ、しかも大きな屋敷だ。その中でも物見の塔はさらに高く、遠くの森まで見える。
先日、そこから見た森の奥が白くなっているのが発見された。私も確認として実際見せられたが、確かに白くなっていた。
まだ森の中央までは侵食していない様に見えたが、どの位の速さで侵食しているのかも不明だ。
フェアバンクスは予言の「世界は白となるだろう」と結びつけたようで、調査隊を派遣する事にした。
しかし白の森と言えば、知識だけでしか知らないが大昔からの罪人の流刑地「ティレニア」を連想させる。
まじないに飲み込まれ、全てが白に帰してしまう、惑いの森。それの事なのだろうか。
今まで無かった白い木々が侵食してきている事を考えると、フェアバンクスもラピスが白に浸食される事を恐れているのだろう。
もし本当にそうなるとしたら、…予言通りに。
ヨルの事が公になり、更にヨルが現れた事により、白の森が侵食した、という事になれば…。
消されるか、箱舟に乗せられるか、それとも金の瞳を利用されるのか。
突然現れただけのあの子に、そんな未来は背負わせられない。
そんな私の心配を他所に、あの子は他人の物事を解決しようと奔走し、色々な所で目立たなくていいものを目立ち、ただ、結果としては皆をいい方向に導いているのだと思う。
実は教会での相談事は、噂に関しての相談や周りからの評価や付き合い方などが最も多い。
それだけ、狭い世界では世間の目や噂は重要だと人々が感じている。そして、その噂に悪意が無いとしても、結果として悪意になりうる事を、ヨルは示しているのだと思う。
噂や人の目に縛られ、自由がない。
「世間体によって、子供の夢を潰す事が正しい事なのか」とヨルは言う。
時として噂や世間体が抑止力になり、大きな犯罪のないラピス。だが、イオスのように新しい事を始めたい、母親のように息子の事を考え、応援したいという事になると、それが枷になる。
もし、イシンの息子が成功したら。
母親が噂社会を抜け出し自立し、先達になり、明るい社会に変わっていく一助になれば。
「否定するのではなく、両立していけばいい」
彼女は言っていた。古いやり方と、新しい風。
「プラスに変えていきたい」という言葉を聞いた時に、ああ、この子は本当にこのラピスに新しい時代をもたらすのかもしれないと感じた。
今まで、何も変わらない、誰も変えようとしない、無関心だった、この社会に。
そしてヨルは私にこんなお願いもしてきた。
イオスが作ったお菓子を中央屋敷に売り込んで欲しいと言うのだ。
ヨルが言うには、「偉い人が好んで食べている」という謳い文句が必要らしい。本当に好むかどうかは別としてまず、食べたという事実を作れと私に要望してきた。「まぁ食べたら絶対気に入りますけどね!」と自分で作ったかの様に、自信満々に言っていたが。
報告の際に手土産として持って行くのは別段難しくない。だが、中央とヨルが関わる可能性は出来るだけ排除したい。
そんな私の考えなど知る由もないヨルは「絶対お願いします!ハーシェルさんにかかってるんです!」としばらく私に纏わりついていた。駄目だとは非常に言いづらい………。
何とかいい方法が無いか、考えなくては………。
思考の波から戻ってくると、手元の話石が光っているのに気が付く。この色はウイントフークだ。
「はい。どうした?」
「今度ヨルを招待したいんだがいつ空いてる?」
「最近忙しいんだ。逆にすぐの方がいいかもな。」
きっと祭りの準備やらで忙しくなるだろう事を見越し、2日後の約束とする。
「何か変化はあったか?」
「丁度報告しようと思ってたんだが、2日後なら本人から聞いた方がいいかもな。話していたら石が光ったんだと。」
「え?ただ話をしていた時にか?」
「いや、多分興奮はしていたと思う。内容もそうだしな。」
ウイントフークは詳しく聞きたそうだったが、長くなるので2日後に、と言って切る。
あいつは1人で調べさせておけばいい。
とりあえずの問題はヨルを関わらせないように屋敷にお菓子を持って行く事と、祭りで青い髪と目がバレないようにする事だ。
祭りは大勢の人が集まる為、何かアクシデントが無いとも限らない。
そしてお菓子。結局、私もヨルのお願いは断れないのだ………。
祭りは私も忙しいのでウイントフークの協力が必要だ。
あいつの協力を取り付ける為の餌を考えなくてはいけない。
空が紺色になってきたのを見て、手元の本に鍵をかける。うっかり掃除の際に見つかったりしないよう、しっかり引き出しに鍵をかけ、もうベッドに横になる事にした。
寝れるかどうかは別として。
そう、結局は私もあの子が可愛いのだ。
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