透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

木工一家

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「ねぇ朝~。どう思う~?」

麗かな午後、私は教会前を掃除しながら朝に愚痴っていた。

いや、始めは話してただけだったんだが、先日の工房の事を思い出すと何だかモヤモヤし出したからだ。

先日の情報収集で、家業についてとお店について大体の考えは把握した。しかし、逆に把握した事により意外と継がない人も多い、という事も分かってしまった。
当然のように、みんなが世襲しているのであれば納得いくのだが、イオスは次男だ。次男なのに、父親は聞く耳すら持たないという。
ここまで考えると、イライラが頭をもたげてきて何だか鼻息が荒くなってしまうのだ。


「何かいい案無いかな~?あ、お菓子作りしてる所を見てもらうとか!ヨークさんみたく、カッコいいんじゃない?」
「ヨル、家族なんだから同じ家で作ってるわよ。いつも見てるんじゃない?」

朝にフツーに突っ込まれて「確かに。」と頷く。

じゃあなんで逆にOK出してくれないのか、きっと作ってる所は素晴らしいだろうな、とか考えてしまってまたモヤモヤする。

「はーーーーーあぁぁぁ。」

特大の溜息をついたところで、教会に入ろうと扉の取手に手を掛ける。
その時、同時に扉に手をかけた人がいた。


その人は見上げるような大きな中年の男だった。

「あっ、すいません」と、反射的に言った私の事をチラリと見ると、そのまま扉を開けて教会へ入って行く。ハーシェルが買い物に出ている為、私も続いて入って行った。

男はホールを見渡すと、そのまま私の方に振り返る。
そして、口を開いた。

「君が、イオスと話をした者か?」
「そうです。あなたは………。」

「父親だ。」

おう。噂をすれば父。

少し考えて「相談室へどうぞ?」と勧めてみた。

何か話があって、来たんだよね??


「いや、ここでいい。」とイオスの父親はホールの椅子に座り、私にも向かい側に座るように促した。

いやいや、大丈夫かな?誰か来るかもしれないですよ、お父さん。

「すぐ済む。」と父親は私の表情を読んで言った。

あれ?この人、割と人の事見てるな…。

「取りつく島もない」と聞いていた私は、怒鳴り込んでくるくらいの父親像を想像していたので、少々面食らってしまった。

「アレの事だが…」とイシンと名乗った父親は話を始めた。


イシンの家は、家業の木工を始めは兄が継いで一緒にやっていたそうだ。
しかしその兄は病気で若くして亡くなったらしい。その後、次男だからと気楽にやっていた自分が家を継ぐ事になった。
何もかも分からない中、工房を閉めて他に習いに行ったり、いざ始めてみると商家や客への伝手が無かったりと相当大変な思いをしたらしい。しばらくは生活が立ち行かなかったそうだ。
そのせいで、イオスには真剣に家業をやって欲しい。お菓子は趣味で良い。まずは生活を安定させる事だ、と言い続けている様なのだ。


なるほどね……………。

頭ごなしの否定でなかったのはいいが、逆に説得し辛くなった気がする。
だって、イシンは本当にイオスの事を思って言っているから。

「うちのやつとも、毎日説得してるんだがこの前からまた火がついたようにお菓子作りをしているんだ。」

あ。それ私のせいかも。
ちょっとごめんなさい、でも若者の未来の為にもうちょっと考えようよ!と思いながら、ふと違和感に気付く。

「え?奥さんも反対されてますか?」
「ああ。うちのやつも勿論反対だ。お菓子でなんて、食っていけないと言ってる。」

いやいや、確か母親は話を聞いて応援してくれてるって言ってたけど。
何か食い違ってるな………と思い、イシンにお願いしてみる。

「あの、奥さんとも少しお話しする事出来ますか?できれば、奥さんも1人で来ていただきたいんですが。」

私の違和感に気付いたのか、イシンは了承してくれた。家に帰ってから、奥さんに伝えてくれると言う。

「少し待たせるかも知れないが、これから行かせる。」

そう言って帰って行った。

やっぱりあのお父さん、いい人だよね?逆にどうしよう………。



ボーッと考え込んでいると意外と時間が経っていたらしく、イオスの母親がやってきた。
私がホールに座っているのを見て、近づいてくる。

「こんにちは。あなたがお話を聞く人かしら?うちの問題でごめんなさいね。困った人達だ事。」

そう言って、相談室へ入って行く。
私は「ああ、原因は母親だな」とピンときた。
少し嫌な予感がしつつも相談室へ向かい、隣の部屋へ入る。

開口一番、母親はこう言った。

「やっぱりあなたも夢は夢、と思っているでしょう?」

瞬間、とてつもなくイラッとしたが黙って話を聞く。仮にもここは、人々の話を聞く為にある相談室だ。

「私もね、あの子の思いは尊重してるし、やりたいのも分かるの。応援はしているわ。でもねぇ?無理な事を分かっていて、やらせる訳にはいかないでしょう?父親に諫められたら諦めると思っていたのに、最近どうしたのかしら?あの彼女のせいかしらね?きっと、耳障りのいい事ばかり言われているのかもしれないわ。」

どんどん怒りのメーターが上がっているのに、じっと聞いている私を、誰か褒めて欲しい。

「だって、ねぇ?お店を出す、なんて言っているけど失敗したらどうするのかしらね?この前だって隣の奥さんの弟の息子さんが、親方の所から追い返されたって、やっぱりあの息子は‥って言われていたでしょう?そういう事っていつまでも言われるものね?あとは、斜向かいの旦那さんの妹。仕事のし過ぎで離縁になって、出戻り。実家から通っているけど、大変でしょう?小さい子供もいるのにねぇ。また近所で会ったら一々皆さんにお話ししなきゃいけないし。その子が大きくなったらど……………」

まだまだ続きそうな不愉快な話を私はバッサリ打ち切った。

「すいません。その話、まだ続きますか?」

「え??、?」

母親が混乱しているうちに言質を取っておく。

「イシンさんが、いい、と言えば奥様は賛成されるんですよね?」
「え、ええ。勿論よ。」

イシンが了承すると思っていないのだろう。簡単に返事をした。
そうなればこの不愉快な母親にもう用はない。

「あの、お兄さんって今おうちにいらっしゃいますか?一応お仕事の事など、参考にお話し聞く事は出来ますか?とても素晴らしい仕事なので、若い方からお話が聞きたいのです。……その方がイオスさんにもお勧めできるかもしれませんしね。」
「ええ、兄の方なら今帰ってきてますから。」

何処かへ行っているのだろうか。
とりあえず今は家に居るらしいので、呼んでもらえる事になった。
家の事を褒められるのは嬉しいのだろう。ニッコリ笑って家業を褒めると、ホイホイ乗ってきた。


そして私はさっさと母親を帰して、くるりと踵を返すと教会と自宅の間の扉を開けてサッと入る。

繋ぎの廊下の壁に向かって「あぁーーーー!」とイライラを吐き出していたら、朝にしっぽで撫でられ、ティラナに心配された。

ごめん、ちょっと吐き出させて。

しかし教会が無人になるので、ティラナに「大丈夫」と言って戻る。
朝がついて来たので小声で愚痴りながらお兄さんを待っていた。
それにしても、イラッとするなぁ!!もう!


それからしばらくすると、お兄さんがやって来た。イシンに似ているからすぐ分かる。
私は人形神の前に座っていたが、お兄さんもこっちまで歩いて来た。どうやら、相談室には入らなそうだ。

「こんにちは。母親に言われて来たけど、君と話をすればいいのかな?」

人当たりの良さそうな彼は、少しイオスと歳が離れて見える。二十歳くらいかな?

「少しお話を伺いたくて。」と彼に隣の椅子を手で促すと座ってくれたので、ここでいいだろう。ちょっと話すだけだし。

「来て下さってありがとうございます。イオスさんからお話は聞いてますか?お仕事の事なんですけど………。」

私は話し始める。
イオスの希望と、父親の話、母親の話をさっくり。その上で、お兄さんは家を継ぐ気があるのか、訊く。

「一応、お兄さんが継ぐという事で伺ってはいるんですけど、弟さんを応援する気持ちはありますか?それとも………」

家業を手伝って欲しいのか。
そう聞こうとしたら、意外な返事が帰ってきた。

「いや、僕は小物の方をやりたくて。今、学校でもそちらを専攻しようかと思っています。イオスが大物木工をやれば、僕は小物でもいいかな、と思って。」

いやいや、ちょっと待って。また話が違ってきたぞ。そして学校って、何。


よくよく話を聞くと、こうだ。
お兄さんは家を継ぐつもりでちょっと遠くにある学校に行っている。
木工でも棚やテーブル、椅子などを扱うものが大物木工、小物で道具類から木箱、木の食器などを扱うのが小物木工。イシンの工房は大物木工だ。

彼は大物を学ぶ予定で入学したが、小物の方に興味がいったらしく次の専攻から小物に変更しようとしているらしい。家は、イオスと一緒にやれば大物はイオスが継ぐから大丈夫、というのが彼の考えだった。
そこで今、お菓子だの何だのという話が出ているが、父親に反対されているので特に自分が関与する事はない、と考えているらしい。

…………お兄さん。

小さな溜息を吐きながら、何と言ったものか考える。

いや、まぁ、なんていうか、軽く考えすぎ。

イオスとの温度差を考えて、なんだか段々不憫になってきた。

「お兄さん………。あの、もし逆の立場だったらどうします??」

「いや、兄の言う事を聞くのが当然でしょう。」
「いや、そもそも小物をやりたい、って事家族に言ってないんですよね?イオスさんが我慢すれば、自分は何もせずに丸く収まると………自分は好きな事がやれるから、弟は、我慢すべきだと………。」

「…………………。」

一応ここで黙るくらいの弟想いではある、って事かしら。

「とりあえず、1度イオスさんとお話しして下さい。一緒に仕事をするにしても、しないにしても、蟠りが残ると思いますよ。そのやり方は。彼が大物をやりたい、と言っているならいいと思うんですけど。もう、別の道に行きたいという希望を、お兄さんは知っているのですから。」
「………分かりました。」

これで彼がどうするかは分からないが、とりあえずはここまでだろう。あとは、あの母親だ。

お兄さんを見送ると、何だかどっと疲れた私は「ハーシェルさぁん~」と自宅へ避難した。

丁度帰って来ていたハーシェルと交代してもらうと、居間の長椅子に寝転がる。御行儀が悪いとは言ってられない。

「ハァー。」

なんだかどっと疲れた。

さっきの様子も見ているティラナがお茶を入れてくれる。

あー、癒される。
少し頭を休ませてからじゃないと何も出来ない。しばらく長椅子でゴロゴロする事にした。

そんな時もあるよね。大目に見て。



しばらくしてもなんだか頭の中がぐちゃぐちゃになっている私が難しい顔をしていると、ティラナが気分転換に誘ってくれる。

「お姉ちゃん、北の広場のハーブ欲しいんでしょう?お散歩がてら、行こうよ。」
「いいかもね………。行こうか!」

寝転がったまま返事をした私は、パッと起き上がって気合を入れ直した。

そうそう、嫌な空気を払拭する為にも爽やかなスワッグを買いに行こう。今日も出てるといいけど。



北の広場は割と近いので、1人でなければ外出は許可されている。
ティラナと一緒に朝を連れて、出かける事にする。夕方前には戻りたい。善は急げだ。

そのまま放り出していた眼鏡とローブを身に付け、ハーシェルに「ちょっと北の広場まで行って来ます!すぐ戻りますね。」と言って家を出る。まだ日が高くて安心した。
買ってすぐ帰れば大丈夫だろう。


そのままみんなで歩いて行くと、広場の入り口近くで誰かが騒いでいる。

誰だろう……………見た事あるな…?と思ったら、あれ、さっきのイオスの母親じゃん!何してるんだろ、こんな所で。

近づいていくと、話の内容が聞こえてくる。

「私は悪くありません!だってあの子が恥ずかしい思いをしないように、ちゃんと考えてます!」

「母さんがちゃんと言わないから、あいつが中途半端にやれると思ってるんじゃないか。辞めさせたいなら応援するなよ。僕の予定がめちゃくちゃだよ。」
「あら、あなたがお父さんにきちんと言わないからでしょう。」
「母さんだって父さんには言えないじゃないか。」
「言えませんよ。どうせ失敗して噂になったら、どこへ行っても奥さん達にあれこれ言われて…私がどんなに大変か…。」

「母さんはいつもそればっかりだ……僕がどんな…」
「はいはい!すいません!とりあえずストップ!」

この揉め事の一端を担っている私はイライラしつつも、割り込んで2人を止めた。
大体、こんな所で話す内容じゃない。

しかしそれが気に入らなかったのか、母親の方の矛先がこちらに向いた。

「大体、あなたがあの子に入れ知恵したんじゃないの?あの彼女と一緒に!」

え?キティラ今関係無くない?

ただでさえストレスを溜めていた私は、その一言で完全に火がついた。

「はい?そもそも、これは家族間の問題ですよね?私と、キティラは関係ありません。」

「イオスさんが話を聞いてくれるだけで気分が軽くなった、と言ってくれたのも分かりますね。子供の話を真剣に聞いてませんから。そもそもこれだけ拗れる前に、家族での話し合いをするべきですよね?でもイオスさん以外は他人事。所詮押さえ付けておけば言うことを聞くだろうという考え。それを当たり前だと思っていること。今までの慣習ではそうだったかも知れませんが、あなたの息子はかなり真剣に話をしてたと思いますけど?それよりも世間体ですか。しかも、あなたがイシンさんにはいい顔をし、イオスさんにもいい顔をして、お兄さんもそりゃ相談しませんよね?大体なんて言われるか、分かりますから。」

「お兄さんもお兄さんです。そう思ってしまったのは、分かります。普通に考えて、継ぐのが当たり前だった今までなら。だから、考え自体はいいですけど、帰ってきて、弟の希望を聞いたんですよね?それでもきっと反対されて諦めるだろうと思っている。その方が都合がいいし、何もしなくていいから。でもあなたが、「弟だから」大物をやれ、と決められたらどうしますか?勿論従うんですよね?弟だから。そうでなければ話し合いが必要ですよね。いいんです、結果、どちらかの希望が叶わないかもしれない。でも、どちらも叶える方法があるかもしれないですよ?それを、「面倒だから」と何もせずに自分か弟の意志を殺すのですか?本当に最良の選択が、できていますか?」

私が一気に捲し立てると、2人は押し黙った。

辺りの騒つきが少しずつ私の耳にも届き始める。

しかしまだ怒りが収まらずに拳を握りしめていると、朝がペシペシと私の足を叩いている。

「え?」
「ちょっと!光ってるわよ!」

しっぽの指す先を見ると、袖に隠れている腕輪が光っていた。

正確に言うと気焔が。

まずい。
手でギュッと握り込み、見えないように隠す。

向かいの2人は憮然として立ち尽くしていて、多分気がついていない。
すると向こうから男の人が走って来た。
イシンだ。

「何やってるんだ!!」

突然の父親の来襲に2人は気まずそうに目を伏せる。

まぁこの人にも原因あるけどね……………。

遅れてイオスも走って来た。一家勢揃いだ。

「母さん。兄さん。どういう事??」


周りでは人が集まりそうだったので、ティラナが「何でもないです」と見物人を流してくれている。さすがだ。後で美味しいものを買ってあげなくては。

同じく理由をイシンからも問われて、2人は更に気まずそうになった。
しかし、ハッキリさせておかなくてはいけない。日を改めるとチャンスを逃してしまう。きっとこの2人はまた言い訳で逃げるだろう。

「あの、差し出口ですがよろしいでしょうか。」

「ああ、すまないな。また迷惑をかけてしまったみたいだ。」

イシンが続きを促してくれる。

「いえ、迷惑というか私も既に大分首を突っ込んでるので、この際入れてください。みんなにとって、最善の方法を話し合いましょう。」


そのまま広場の端の方に全員誘導する。
とにかく目立つ路地の入り口で話していたからだ。座る所はないが、この際いいだろう。

少し小さく朝を囲むように丸くなる。ちょっと見ると、みんなで猫を愛でている感じだ。
実際はそんな可愛いもんじゃないけども。

「さて。じゃあまず結論から話していきましょうか。」

着地地点がハッキリしていなければ、話し合いの方向性が定まらない。そして当事者同士で話すよりも私という部外者が仕切る方が、結果が公平に納得出来るはずだ。

みんなが頷いたので、話を進めていく。

「まず、お父さんは息子さんに工房を継いで欲しい。…それはどちらの息子さんでも構いませんか?また、大物木工が小物木工に変わる事は可能ですか?」
「小物…?まぁ継がないよりはいいかもしれん。まだまだ私も現役だしな。少しずつ変える事は出来るだろう。」

お兄さんがちょっと嬉しそうだ。

「兄弟にこだわりは?」「どちらでも。」
「それなら話は早そうですね。ではお兄さんの将来やりたい事を、どうぞ。」

「え?あ、僕は……………実は小物をやりたいと思ってる。」

お兄さんはきちんと父親の顔を見ながら話している。
きちんと理由も説明して、お父さんも「そうか、分かった。」と驚いてはいたが、納得してくれたようだ。

「ではイオスさん。」

「はい。僕はお菓子の職人になりたい。他にやっている人がいなくても、逆に言えばチャンスだと思ってる。何事にも初めてはあるんだ。」
「はい。ではお母さん。心配な点をどうぞ。」

「私ですか?え…と、まずお客さんが来るのかどうか。あとは食べて行けるのか、とか結婚して子供を持てるくらいになるのか…。」

「まだ、ありますよね?1番心配なのは?」

お母さんは言いづらそうだ。でもここまで来たら、言ってもらおうじゃないの。

「初めて、って所ですよね?」
「……………はい。何かと話題に上りやすいですし、批判もされやすいです。売れたら売れたでやっかむ人もいるだろうし…。」

少々口籠ってはいるが、ここら辺が本音だろう。

何事も初めては大変だ。しかも、この街は1つしかなく、何かあっても逃げ出す事もできない。噂も、回りやすい。良い事も、悪い事もだ。
正直言って、私はそういう女社会は大嫌いだ。しかし、利点もある。いい方に、噂を広げればいいのだ。方法は、これから考えないといけないけど。
マイナス方向だけ考えて、避けていたって一銭にもなりゃしない。
しかし、母親は典型的な村社会の噂好き主婦だ。しかもどちらかというとマイナス思考。上手く持っていかないと、面倒だし、拗れるし、失敗する。
言葉を、慎重に選ばないといけない。

「お母さん。イオスさんのお菓子作り、見てますよね?」
「はい。」
「素敵ですよね。得意な事、楽しそうな姿、才能に合った石の使い方や工夫。普通にやっても出来ないですよ。私はこの前、ヨークさんの工房を見学したんですけど、才能がある人の作品の凄さに感動しました。」

お母さんはじっと私の話を聞いてくれている。

「私は先日、イオスさんのお菓子を頂きました。そして、イオスさんにお菓子作りの才能があると感じました。そしてイオスさんの石はお菓子に向いていると思います。」

「石ですか……………。」
「はい。全員が持っている、この石。これを活かすも殺すも本人次第だと思っています。ラピスでは、悪い事をすると石も悪くなるんですよね?だから、みんな自分の石を活用する為石を大事にし、悪い事をしない。素晴らしい抑止力にもなっています。特に職人さんの向き不向きが石で大きく左右されるのは、工房の奥様であるお母さんもご存知ですよね?」
「はい……………。」

私も大きく頷く。

「噂や、人の想いも怖いですよね。よく分かります。私も同じような所にいましたから。」


ここ、ラピスの環境は学校にも似ている。
狭いコミュニティで、出る杭は打たれるし、噂で生きづらくもなる。周りに合わせれば、生きやすい。けれどもどこまで合わせるのか、それが本当に自分にとっていい事なのか。

学校ならば数年の事も、ここでは一生だ。抜け出す勇気は半端ではない。だけれどもやらなきゃいけない時は、ある。
そして成功したなら、素晴らしい結果が待っている筈なのだ。さて、上手く誘えるか。

「お母さん。噂集団から少し抜け出してみませんか。始めは少し減らし、次は半分、そのうちたまに参加するか、しないかくらい。正直、他人はそんなに人の事、気にしないんですよ。噂している人は噂を自分がしているから、自分もされるだろう、されたくない、と思うんですけど実際参加されてない奥さんもいますよね?その人の事、話題に上りますか?………そうでもないですよね?そんなもんなんです。」
「噂も最悪人を殺します。心を。勿論、噂してる人は悪意は無いでしょう。でも悪意が無いから、何を誰にどういう風に言ってもいい、という事にはなりません。それを聞いて傷つく人がいる限り。そしてそれは誰が知らなくても、石が見ています。」

この前、ルシアと話した事だ。誰が見てなくても、石が見ている。そしてまじない力が落ちるのだ。

「この頃、まじない力が全体として落ちてきてる、とハーシェルさんは言っていました。私、その所為もあると思ってます。だって、街が嫌な空気に包まれていたら、嫌な思いをしてる人が多かったら、嫌な思いをさせている人が多かったら。そうなりますよね。抜け出しませんか?そして抜け出して、力を高める方に持っていきませんか?」

「あなたが息子さんを信じて、一緒に応援して、やって、成功したら。幸せだし、石もパワーアップすると思います。でも周りを恐れて、否定して何もしなければむしろマイナスです。」

「やりましょう?出来るだけの協力はします。お友達に会いにくくなったら、是非うちへ来てください。家族で、みんなで変えていきませんか?」

ここまで一気に喋ると、私はじっとお母さんを見つめて待った。

決断は、勇気がいる事だ。
特に、女性のコミュニティを抜けるという事は。

お母さんと2人で話す事も考えたが、この家は女性が1人しかいない。娘がいれば、助け合えるが男衆にそれを期待できない。それなら、女性が置かれている立場を知っておいて欲しい。
あわよくば、協力は出来なくても話は聞いてあげて欲しいし、慰めてほしい時もある。そう思って、ここで話をした。
案の定、男性陣はお母さんが思っている事など全く考えていなかった、という様な顔をしている。………まぁこれは仕方が無いよね。

少し目を伏せて考えていたお母さんは、決心したように私の目を見た。
そして手を握って、決心したように言った。

「できるかどうか、分かりませんが私は息子が大事です。協力したいと思います。」
「お母さん……………。」

どうしよう、私が泣きそう。ガマンガマン、私は部外者、進行役。がんばれ私。

そして最後、イシンに向き直る。

「あと、イシンさんはすごく家族の事を考えてくれてると思います。お兄さんの考えも頭ごなしに否定しないし。でもお菓子は心配なんですよね?分かります。とりあえず、今度の夏の祭りで出してみませんか?」

もうすぐ夏の終わりの祭りがある。最初の頃キティラが言っていたやつだ。
かなりの出店が出ると言っていたので、そこで人気が出ればある程度の先行きが見込めるのではないか、と思ったのだ。あともう一つ、考えがあるけどこれはハーシェルに確認しないとここでは提案できない。

「なるほど。それはいいと思います。」
「僕もやりたい。そこで売れれば自信もつくし、店は出せなくてもベイルートさんの所で置いてもらえるかもしれないし。」

ベイルートは商家の人間だ。確かに最初はそれもアリだと思う。

何となく話がまとまってきた。
とりあえず、家族は前向きにはなった様で、ホッと一息つく。

「あ、お母さんは心配事があったらため込まずに家族に相談するか、うちでもいいので来てくださいね。イシンさんは家族の話を聞く事です。今回全く説得できないかとヒヤヒヤしましたけど、全然そんな事なくてもっと普段から話をしていれば、問題は起こらなかったものもありますからね。」

偉そうだけどこれだけは言っておきたかった。
みんな、話さなすぎ。


家族は少し照れ臭そうに顔を見合わせて笑っている。
もう大丈夫だろう。細かい事は、また後でもいい。

そう思って私も笑顔になるとまた朝が私の足をトントンしている。

「ん?」尻尾の先を見ると、今度は腕輪が緑に光っている。

え。ヤバい。気焔の次はクルシファー??

慌ててまた手首を掴み、「じゃ、皆さん後は家族水入らずで………。」なんて言いながら、ティラナに目で「ごめん!」と言い「暗くなる前に帰りますね。また詳細は後日…!」と言い残して私達は広場を後にした。


それにしても気焔の事忘れてたけど、いつ消えたんだろう?光…みんなに見えてなかったよね?
しかもクルシファーも光るなんて、聞いてないよ!

頭の中はまだゴチャゴチャしてるし、腕輪は光って焦るし、何だかよく分からないけど家族の笑顔を見た事で、多分今日はよく寝れそうだ。


そう思いながら、急いで帰った。

でもなんか、報告したら怒られそうだな??
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