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5の扉 ラピスグラウンド

青の少女

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ある時、話石が光っているのに気が付いた。

無視しようかと思ったが、ハーシェルの色だと気付いたので仕方なく手に取る。ヤツを無視して、色々融通してくれなくなると困るからだ。

「今度女の子と石を見て欲しい。いつが空いてる?」

それを聞いて自然と口角が上がる。

また面白いネタを拾ってきたかな?
期待半分と面倒が半分、しかしある程度自分で鑑定できるアイツが持ってくる話だ。そこそこ期待出来るだろう。

「5日後の水の時間だ」

適当に返事をしておく。覚えてなくても勝手に入ってくるだろう。
途中の作業に戻ると案の定、約束の事はその時まで忘れていた。


そうして気が付くともうハーシェルはやって来て、「待ってるから早くしろ」と部屋へ呼びに来てから出ていく。

唯一の侵食されていない部屋で昨日の夜から本を読んでいたわたしは、水の石で軽く汚れを落とした後、髪を結い直して白衣を替える。
汚れていても、いなくても白衣は替えないと落ち着かない。

硬くなったパンとマグを火の四角の上に置いて温め、軽く朝食にする。
腹が減ると思考が鈍るからな。よい研究対象があれば、いつまでも減らないのだが。


支度をすると店に出る。
薄暗い店内で高い所にある明かり取りの窓から光が差し込んでいる。

アイツ、自分はいつもこの調子だから気にしてないのだろうが、灯くらいつけろ。
灯の石を調整して少しだけ明るくする。あまり、煌々としたのは好きではない。

すると、フードを被った少女があれを触ろうとするのが目に入った。遮ってそれを止めるとソファーに座らせる。
全く何故止めないんだアイツは。

チラッと目をやると寛いでる場合では無い、と言ってやった。早々に事件が起きるのは御免だ。

この赤い石は触った人の力を吸い込み、小さい闇を作る道具だ。やたらと触れないように、闇で爛れた動物の皮を使って箱を作っているから、触れる者は無いと油断していた。
見た目をかなり醜悪なものにしたからだ。怖くなかったのだろうか。
闇は色々なものを処理する時に便利なので、あると重宝する。
しかし危険なので外には出せないが。まぁかなりまじない力を使うので、外に出しても使える奴の方が少ないだろう。


わたしが向かい側に座ると、少女は自己紹介した。

ハーシェルが連れてくるのだから、ある程度厄介な状態だと予想はしていたが、少女がフードを取った瞬間、予想を遥かに超えた厄介の匂いがした。

ヨルはこの明るくない部屋でも判る程の、金色の入った瞳を持っていたからだ。

わたしは、金の瞳を持つ者を1人しか知らない。
ハーシェルも、そうだろう。

ここに連れてきたという事はそういう事だ。
流石に「すごいな」としか言いようが無かった。適切かは、知らないが。


まずはこの金の瞳を隠すものが必要だろう、と思案する。
このままだと遠からず争いの火種になる筈だ。

確実に予測できる、理由。

それは、もう1人の金の瞳の持ち主が大聖堂の長老だからだ。
わたしは絵姿でしか知らないが、ある程度学んだ者は皆知識としては知っているだろう。それでもラピスでは1割程度か。

わたしの反応を見てハーシェルも「やはりか。」と言っている。
アイツが一番解っているだろう。今はここで生活してるとはいえ、一族である事に変わりはないのだから。

戻りたくない厄介な一族の、それも最高権力者と同じ瞳を持つ少女。やはり面白い。

コイツは学生時代から引きだけは強いのだ。


しかし、更に厄介な事も判明した。

ヨルはとんでもないものも、持っていた。
ついつい彼女の腕を痛めてしまったらしいが、まぁなに、すぐ治る程度だろう。
あれだけのものをわたしの前に出したのだから、それはハーシェルの責任だ。

しかもなんと、石と意思疎通が可能だという。いしといしそつう。解っている。そこには触れないでおこう。
わたしは決して、おじさんではない。

そしてまた更に水盤の計測でも見た事のない結果だった。色が付かないのは属性無し、とも判断できるがそれは、無い。まぁ色が付かないのはどうでもいいが、水が多色に光っていたのは初めて見る。
長老にも試してもらい、多色と金目の関係を調べたいがわたしにそんな力がある訳がない。しかしいつかはやらせて欲しいものだ。
実はあのじいさんの血縁者で、デヴァイを乗っ取りわたしに研究をさせてくれるようになる、という展開がベストなのだが。楽しい研究になるに違いない。
まぁヨルは外から来たと言うし、現実にはあり得ないだろう。

石についてと、水盤についてはここにある本と資料では不足がある筈だ。
ウィールの資料も調べたいが、今は扉を移動するのも手がかかる。

昔はもっと楽に書類1枚で移動できたものだが…。最近色々物騒な話も多い。だからと言って研究を妨げてもいいという事にはならんが。どこかの馬鹿の所為でしなくてもいい苦労をする事になるのは御免被りたい。

そして、まだある。その日のネタは尽きない。
なんと、ヨルの猫が喋ったのだ。
話を聞くと通じるようになったのは最近らしいが、生まれた時から一緒に居るからか、2人は姉妹の様だった。
少し観察していただけなのに「あげませんよ」とわたしの事を警戒し、猫を抱き上げていた。

そんな事はしない………とは言い切れないが「あれ」を見てしまったら、彼女にちょっかいを出すのは命知らずというものだろう。


ある程度話も聞き、そろそろ調べ物に移りたいわたしは、まず彼女に必要な道具を見繕った。

まず、必ず目に入るであろう金の瞳を隠す為の眼鏡。
これは望む色に瞳を変えられるので「1番目立たない色」のリクエストを受け、ラピスで1番多い茶に決定した。これだけでもだいぶ紛れられるはずだ。
ただ、まだ金が発現する前にテレクには会っているらしいので上手く誤魔化すように言う。
アイツは誤魔化しが苦手だが、ヨルの為にはやってもらわなくてはならない。しかも一族に関係ないとは言い切れない以上、アイツ自身の身を守る事にも繋がるはずだ。
何処から嗅ぎつけられるか分からない。
それ程厄介な、一族だ。心配の種は潰すに限る。


そしてもう一つ、制御の指輪を渡そうとした時、それは起こった。

ヨルの前に指輪を置き、彼女が手を伸ばした瞬間。

腕輪から炎でできたような腕が出て指輪を握り、消してしまった。跡形もなく。
通常火の石から出る火は赤く、調理に使う程度の炎だ。わたしやハーシェルくらいの力だと、少し大きな物も燃やせる。たがやはり赤い炎だ。

ヨルの腕輪から出て来た炎、それはどちらかと言えば金色に近く、彼女のしている腕輪の石と同じ色だった。
力でも火より風が強いように、それぞれ対応する色も赤より黄が強い。その腕が炎の性質を持つ事は見てすぐ判ったが、静かに燃える濃い黄色とそれなりの力を持つ指輪を一瞬で包み、消してしまった事で確信した。

「あれ」は侵してはならない物だ。

制御しようというのがわたしの奢りだった。


…………それにしても素材も貴重な上、一定以上のまじない力と学が無いと作れないシロモノ。………ここ10年のうち1番いい素材を厳選して作った指輪。工程も複雑で、満月で晒したり冬の新月で氷の池に入れたり時間もかかるあの指輪。
いつか、ここぞという時に使うつもりで温存しておいた、あの指輪……………。

しかし、わたしが悪かった様だ。
多分、腕輪以外の石を身に付ける事は石たちが許さないのであろう。

今までは炎と水しか出た事がないらしいが、「あれ」は………。
また調べなくてはいけない。




その後、夜にまたハーシェルが訪ねて来た。

来ると思っていたのでお茶を入れていたら、タイミングが合い過ぎたようで「気持ち悪い」と失礼な事を言っていたが。

何か悩みがあったり、愚痴を言いたい時などは決まってこのお茶で管を巻いていたものだ。
お茶で酔えるなんて器用なヤツ。

そんな「気持ち悪い」わたしのブレンドが好物のハーシェルは一息つくと本題に入った。

「予言。結局神父になった僕ですら信じていなかったあれが、なんで今更頭に浮かぶのかと思ったが、………やはりお前もか?」

「ああ。………もう、フードを脱いだ時パッと思いついた。そのくらいのモノなんだろう、アレは。」
「ヨルをアレ呼ばわりするな。」

「珍しく肩入れしてるじゃないか。あの一件からもう藪は突かない事にしたんじゃないのか?」

「だが、ヨルが予兆だとしたらもう動き出しているという事だろう?…かと言って何ができるのか………。」

「しかし表立っては動けないだろう。」

基本的にハーシェルの行動は、筒抜けだと思っていい。

だからこそ、今まで大人しく過ごしてきた筈だ。これ以上、大事なものを失わない為に。


「ただ、このままで良い訳がないのも分かるんだ。流石に僕もここに来て長い。愛着がない訳じゃないし、みんなの事も心配だ。」

「まぁな。」

ヤツは神父だから、要らぬ厄介を背負い込んだり頼られる事も多い。情が移るのは当然と言えば当然だ。
まぁわたしにはどちらでもいい。この研究生活が脅かされない分には、些細な事だ。
人はいつか死ぬ。早いか遅いかだ。

「お前。………またどうでもいいと思ってるだろう。」

わたしの表情を読んでハーシェルが言う。

「まぁな」とお茶のお代わりを注ぐ。


「新しいブレンドだ。試してみろ。」

「………美味いよ。とにかく、資料を漁っといてくれ。新しい事が分かったら話石を。あとは、フェアバンクスには知られるな。」

「その辺は大丈夫だ。アレは大事な研究対象だからな。取り上げられたらたまらん。」

わたしの言い草に不満そうだが、言わない事は分かっているのだろう。ため息を吐いている。

「ウィールはどうなんだ?あそこに置いておけばある程度は安全だろう。」

わたしの提案に頷く。

「それは僕も考えた。ちょっと気になるものがあるみたいで、それと絡めて勧めようかと思っている。ただなぁ………あそこの婆さんがな…」

話を聞くに、ヨルは古い服が欲しいらしい。

「なんだそれは。」

やはり女だからか?興味があるのだろうか。しかし売り物ではない服が欲しいらしく、話を通すとなるときっと婆さんが出てくるので多分ハーシェルはそれを避けたいのだろう。
あの婆さんは面倒くさいからな。

「しかしそれならまじない石と、服飾と学ぶ事が沢山あれば、よりウィール向きだろう。」
「まぁぼちぼち進めて行くよ。」

腰が重そうだがそこら辺は、コイツの仕事だ。
わたしは聞きたい事は聞いたし、早く探し物に取り掛かりたい。

「お前、そろそろ帰れ。」

さあ、続きを読むか。




新しいブレンドを飲み切った後、ハーシェルは帰って行った。

それに気が付いたのは、切りの良いところまで読んで顔を上げた、次の日の夕方だったが。


カップの底にこびり付いた茶の澱を見てため息を吐く。

アイツ、あまり無理をしなければいいが。



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