透明の「扉」を開けて

美黎

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5の扉 ラピスグラウンド

セーさんのお悩み相談(宙の時間)

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薄く、細い煙が立ち昇っている。


その日の夜、私は早速ハーブショップで買ってきたセージの葉に火を付け、ゆるりと眺めていた。

セージの香りの中、深く、深呼吸する。昼間、テンションを上げ過ぎた所為か、少し疲れたようだ。

窓の外は紺色の空に小さく明るい星がキラキラと瞬いている。
この世界は星がやたらに瞬いている気がするけど、気のせいだろうか。
何となく、応援されているような気がしてふっと笑顔になる。

笑顔になった事で、自分が何となくの不安に包まれていた事に気が付く。
このまま不安に囚われてしまうのが怖くて、気を取り直して目の前の作業に移る事にした。



「ねぇ。セーさん。これで化粧水作ったらすごく効きそうじゃない?」

そう、私が話しかけたのは今日買ってきたハーブの鉢に植わっている、ホワイトセージだ。
この世界での名前をルシアが教えてくれたけど、「ホワイトセージだ!」と見た事のある植物に釘付けになってしまった私は忘れてしまった。
また今度聞いて、メモっとこ。

ドライとして購入したホワイトセージと別にセーさんを購入したのには、訳がある。
お部屋がちょっと寂しいのもあったけど、話し相手が欲しかったのだ。畑であれだけみんなが騒いでいたので、鉢を買えば話し相手になってくれると、思った。

ここには朝もいるけれど、朝は基本猫なので寝ている時も多い。あと、家族として一緒に育っているので私に対しての扱いが粗雑というか、テキトーな所がある。
ちょっと愚痴を聞いて欲しい時とか、こうやって夜まったりと話したりするのに、セーさんは適役だ。
なんせ、癒しと浄化のホワイトセージだしね。


戦利品を袋から出しながら、並べていくこの時間が好きだ。
綺麗なものや気に入っているものはいつでも眺められる様、しばらく目立つ所に飾っておく。

ドライハーブの小瓶とパッケージが可愛いハーブティーを、机の前に順に並べる。
ドライにしたセージのスマッジを壁に掛ける。うん、いい感じ。
化粧水に使う青い小瓶はカットが入っていてとても綺麗だ。ちょっとお高かったけど、毎日使うものはその度に嬉しくなるものにする事にしている。必要な投資だ。
その小瓶と、メインのストーンオイルを並べる。

材料は揃った。


「………消毒と保湿成分が無いな。」

呟いているとお手伝いをお願いしておいた藍が言う。

「私は浄化も出来るし、保湿の水を出してあげるわよ。ちなみに美容効果も3割増にしちゃう!」

「わぁ…なんて素敵な石!最高!」と藍を褒めながら、小瓶を綺麗にしてもらい、藍曰く美容水を満たしてもらう。それに「この位かな?」と香りを確かめながら、オイルを垂らす。
家でも作っているので慣れた作業だが、ハーブオイルの濃度がわからないので慎重に足していく。

オイルは「真」のオイルにした。今私が求めている事って何だろう?って思った時に、なんだかしっくりきたからだ。
香りも花の香りだけど甘過ぎず、落ち着いた上品な香りな所が気に入ったのだ。


「うーん。いい香り。いいの選んだわね。」とセーさんも言う。今のヨルにピッタリ、とか含みのある言い方をしている。どういう事だ。
まぁそれは置いといて、「でしょう。」と得意げに言いながら小瓶を振り、完成だ。
お風呂上がりからだいぶ経ってしまっているが、試したくて少し手に取る。
手のひらで少し温め頬にしっかり馴染ませると、凄くしっとりした。やはり、乾燥していた様だ。


ふーーーーっ

深く深呼吸して、香りを堪能すると更にハーブティーも、飲みたくなる。
勿論、気分に合わせて選べるように数種類買ってきた。今はリラックスや安眠効果のこれにしよう。
部屋用に借りているポットに葉を入れ、藍と気焔に頼む。カップに注いで香りを嗅ぎ、また一息。

こんな使い方していいのかな、この子達。。

久しぶりに腕輪をじっくり見る。
変わらず綺麗に石たちは、キラキラしていた。
月明かりだととても神秘的に見える。

そのまま机の隣の木箱の上に揃えられた、靴に目線をやる。寝巻きに着替えているので今はスリッパのようなものを履いていて、姫様の靴は木箱の上でお休み中だ。
毎日履いているにしては痛みのない刺繍やビーズを見て安堵しながら、ウインドウの服を思い出す。

「ホント、あれが気になっちゃって………」
「状態としては良くないものね。分かるわ。」

セーさんは私の心を読めるのか、服の事だと分かっているようだ。そのまま私のとりとめのない話を聞いてくれる。

「ハーシェルさんは多分売り物じゃないと思うから大丈夫だよって言うけど、分かんないよね…。いつか突然ウインドウから消えてたら、どうしよう。」
「確かにあの状態だと、飾られてるだけでしょうね。補修されたら欲しい人はいるとは思うけど。」

「だよね………。でも直し方を教えてる所があるって言ってた。どこにあるんだろ。でもお金かかるよなぁ。」


服の事が気になって、ハーシェルに尋ねた時気になる事を言っていた。
どうやら刺繍やレースを教えている所がある様なのだ。しかしなんだか歯切れが悪くて、聞いちゃいけない事なのかとあまり突っ込めなかった。
ただでさえ、ハーシェルにはお世話になっているし、迷惑もかけている。

「あれもヤバかったしなぁ。」

「ねぇ。藍。アレはやり過ぎでしょ。」と畑の事を突っ込むと藍は悪びれずに言う。

「だって水をブワッと撒くことを想像したでしょ?そりゃ、出るわよ。」

そういうものらしい。そして自分が石の使い方について殆ど何も知らない事を、今更落ち込んだ。それも、改めて教えてもらわなければいけない。目立たないよう言われていたのに、あれじゃ完全にやらかしだ。


「あーあー」

なんだか迷惑ばかりかけているような気がしてきた。
姫様の服も、あの状態ではどうしていいか分からない。そもそも、売り物じゃなかったら手に入らない可能性だってある。


夜、考え事を始めると負のループにハマりやすい。どんどん気持ちが落ち込んできた。

「大体、私が冒険なんて向いてないんだよ。物語の主人公はなんであんなにバンバン活躍できるんだ…。」

段々愚痴っぽくなってきた私をセーさんが慰めるように言った。

「ヨルは疲れているわ。まだここに来たばかりで慣れていないし、きちんと休めていないでしょう?身体の疲れは心の疲れよ。ゆっくり休めるように、おまじないしてあげるからもう寝なさい……………。」






気が付くと私は白い部屋にいた。

カフェテーブルの様なテーブルと椅子のセットに、私と男の人が向かい合わせに座っている。
ここ、どこ?

目の前の男の人は私を見てニコニコ微笑んでいるのだが、私は彼に心当たりは無い。

その人は、40代くらいの知的なおじさんだ。
深緑の髪と少し明るさが入る似た色合いの瞳。
同じ深い緑色のジャケットに、揃いのパンツ。きっちりしたシャツとベストの三揃いを着ている。服装を見ると、執事っぽい。
そして、目の前の執事は徐ろに喋り出した。

「姫様は真面目に考え過ぎますからね。もう少し気楽にいくといいですよ。」

え?
私の事知ってるみたい。誰。しかも姫様じゃないし。

そのまま顔に出ていたのだろう、執事は答えてくれた。

「宙ですよ。」

え?

ああ、そう言えば宙は私の事姫様って呼んでたっけ………
「宙って、石の宙??人になれるの??」

傾げた首が、戻らないまま聞く。

「ここは姫様の夢の中ですよ。」と宙は言った。

はぁ。なる程。確かに石と同じ色合い。

するとテーブルの上のセーさんが言う。

「宙はこういう時にはいい相談相手よ。」

執事に気を取られていたけど、テーブルの上には鉢が1つ乗っている。

夜の雰囲気、セージの煙の中、確かにこんな夢も見そうだ。そういえばセーさんおまじないしてあげるって言ってたしな………。

なんとなく納得した私は「あのね………」と、思っていた不安を取り止めもなく話していった。



最終的にはループになってきた愚痴を、黙って聞いていた宙は、私に聞く。

「姫様は何しにここに来たんでしたっけ?」

「家を守るため………と姫様の物を探すため。」
「分かっているなら、何を悩んでいるのですか?」

「その為にどうしたらいいのか行き詰まったというか、分からないというか………。」
「不安になって、ちょっと焦ってしまったのかもしれませんね。」

宙は言って、丸い鏡を取り出した。
大人の顔くらいの楕円形の鏡で、シンプルな装飾の鏡。それをテーブルに置く。すると、何かがモヤモヤ写り出した。

なんだろう………。


覗いてみると見慣れた光景が見える。

そこは、幼なじみのしのぶの部屋だ。
しかし誰も、いない。

見慣れたベッドや机、本棚がある。

「懐かしい………。」

まだここに来てそんなに経っていないのに、口から出てきたのは、そんな言葉だった。ちょっとホームシックみたいで恥ずかしくなり、宙を見る。

「そりゃ親兄姉、お友達から離れて扉へ来たんです。寂しくなるのは当たり前ですよ。」と宙は優しく言う。
「ほら見て下さい」と宙がまた鏡を指す。

するとしのぶの部屋にはしのぶと私が入ってきた。見慣れたストレートの黒髪と私のアッシュの髪が見える。

「私だ!!」

ビックリしてそのまま見ていると、いつものようにおやつとジュースを持って卓に座り、お喋りをしながらおやつを食べている。

「え…懐かしい。」

多分、去年くらいじゃないだろうか。
2人ともマンガが好きで貸し借りしているので、分かる。テーブルの上にある新刊を見るとその頃発売した3巻が乗っているから。


「で、どうするの。やるの、やらないの?」

そう、しのぶが言った。

しのぶは性格がハッキリしている。どちらかと言うと周りに合わせることが多い私に対して、しのぶは自分の意思を曲げないし、嫌なことは嫌とハッキリ言うタイプだ。空気を読まずに。

故に友達は多くはないと思う。でも私は幼なじみで親友だし、彼女曰くめっちゃ深いご同好はいるから別に気にしてないらしい。
私も、しのぶのその裏表の無い性格が好きだし、逆にしのぶ慣れしてるので学校の女子との付き合い方に苦労したくらいだ。

「結局なんだかんだで依るはやるんでしょ。放っとける訳無いんだから、グダグダ言わずにやればいいのよ。」

続けてしのぶは言う。

私、結局しのぶに言われてる事、全然変わってないな……………。



「いつもあれこれ悩みながらもちゃんと考えて、納得をして、きちんと全力で向かっていける姫様の事をよく分かってますね。」

そう、宙が言う。


場面がパッと変わって家の中になった。
珍しくお姉ちゃんとお兄ちゃんがいる。
お姉ちゃんはお母さんと台所で話しながら何か作ってるし、お兄ちゃんはTVを見ている。お父さんはどこだろう?あ、入ってきた。
いつもの風景である。こちらは音声は聞こえない。いつなのかは分からないけど、私がいない事に気付いていなそうだしみんな楽しそうだ。

それだけでも安心した。やはり家族の顔を見れて、ホッとしたのだ。懐かしい。安心する。
でも、帰りたいかと言われれば、まだ帰れない。

だって、私はまだ目的を達成していないし、この世界をまだまだ知りたいし、楽しみたいとも思っているのだ。


するとスッと鏡が覗き込んでいる私の顔に変わった。ブルーグレーの髪と青い瞳を見て、映像が消えた事を認識する。

フウッと、息を吐いて椅子に座り直した。


「宙。単純だけど、なんか落ち着いた。ありがとう。」
「それがヨルのいい所よね。しのぶちゃん、的確よね。ウチにも欲しいわ~。」

セーさんに頷きながら、しのぶを巻き込まないでっ…と思う。
でも多分しのぶなら喜ぶと思うけどね、この世界。間違いない。



改めて今迄、ここに来てからの事を振り返る。
それなりに、精一杯考えてやってきた筈だ。

ちょっとやらかしたりしてるけど、それはもうこれから気をつけるしかない。
そう、同じ失敗をしなければいいのだ。焦らず、一つ一つやるしかない。なんでも完璧にできるわけじゃない、だって私は普通の中学生だし。

自分で頭の中を整理すると、だいぶ落ち着いてきた。何処から出したのか、宙がお茶を入れてくれる。
大きく、伸びをした。


「うーん。スッキリすると、きっとお茶も美味しいよね!」

香りを堪能していざ、口を付けると…………なんとベッドの上で、目が覚めた。


「ちょっと、せめて味わってから起こしてよ………。」


執事ならそこ、気を利かせようよ!
しかも私は姫様じゃないし!依るだし!



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