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4の扉 ティレニア

白い森

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「あっ。少し綺麗になってるかも。」

次の日、お母さんが出かけた後。
階段下の扉から、また白い部屋へやってきた。

もしかしたら夢だったかも?とか、扉がまた無くなってるかも、とか。
ちょっと考えてはいたけれど、そんな事はなかった様だ。

残念な様な、ワクワクする様な複雑な気分である。


朝と石達と共に白い部屋へ入ると、なんだか少し様子が違って見える。

なんとなく、シンラが回復しているような気がするのだ。
それでもまだ、ちょっとボロだし髪もボサボサだし何だかくたびれては、いるんだけど。

気になっていた衣装のレースを確認していると、黄変が無くなっている事に気が付いた。

「これだけでもだいぶ違うな…。」

顎に手を当て、シンラの周りをグルグルしながら入念にチェックをする。

「どうしてそこに1番に目が行くのかしらね。」

それを見ていた朝が、呆れた声でそう言った。

「いや、この文化遺産として残した方がいいレースがさ、……………。」

「何のために持って来たんだか。」

私が熱弁を奮おうとすると、呟きながらもゴソゴソとリュックの中に頭を突っ込み、櫛を出す。

その咥えられた櫛を受け取りながら、気焔に尋ねた。

「ねぇ気焔。シンラの髪ってとかしても大丈夫かな?こう、引っ張ったらゴッソリ抜けちゃったりしない??」
「何とも言えないが……………そーっとやってみたらどうだ?」

気焔から「そーっと」なんて台詞が出るのが意外だわ………。
勢いだけじゃ、ないの??


目が閉じたままのシンラを、じっと見る。

この部屋を出た時と寸分違わぬその姿を観察しながら、やはり声を掛けることにした。

また、急に目が開いたら。
絶対に驚いて、髪を引っ張りそうだからだ。

「シンラ?起きてる?」

この状態が寝てるのかどうかという疑問は置いておいて、かける言葉が分からなくて、そう尋ねる。


少し、間を置いて、静かに目が開いた。

中央が濃い金で虹彩は外側に向かう程赤くなる、怖いけれど美しい瞳。
伏し目がちに開いた瞳にかかる、白くて長い睫毛が。
以前よりは人間らしく見える彼が、やはり人では無い事を印象付けていた。

前回より力がこもり、キラキラしている瞳を見て少し安心する。

力無く、座るしかなかった、と思わせる前回の様な雰囲気は少し薄れ、楽に座っている様に見える。

少しは力が戻っていると良いのだけれど。

そう思いつつ、質問した。

「髪を梳かしてもいいかな?シンラ?」

「……………。」


やっぱり、急にスラスラ喋ったりはしなそうだな?

目を開けて静かに座っている彼から、拒否の気配はしないので梳かしてみる事にした。
後ろ側に回って、そっと髪を一房手に取る。
正面からだと、まだ少し怖いからだ。

綺麗で怖い、これが畏怖って事かな…。

そんな事を考えながらも、絡まない様に少しずつ下から櫛を通す。

すると櫛を通した端から、急に髪質が変わった。

「ねぇちょっと、朝。見て。」

何これ。凄いんだけど。ビフォーアフター。

その変化に驚いて、朝に「見て見て」と手招きして指差した。
朝は私と髪を交互に見ながら何やら考えて、それをこう結論付けた様だ。

「依るが梳かしたから、綺麗になったのね。」

え?…なんで?


朝の考えでは、私がこの部屋に来る事でシンラの状態が保たれたり、成長したりするという事は、多分手を入れる事で回復するのではないかと考えたらしい。

嬉しくなった私は調子に乗って、髪全体を綺麗に整えた。

初めて見た時と、同じ様にキラキラした白銀の髪になったのを見て、満足する。
調子に乗って他に何かできる事は無いかとシンラを観察し始めると、心配そうに朝が言った。

「依る、シンラ様がそれだけ変わる影響があるのだからあなたに何かあるかもしれないわ。体調に変化は無い?」

「うーん?今のところ、大丈………夫」
「馬鹿者、手をかけ過ぎだ。………」


なんだか気焔が文句を言ってる所で、意識が途切れた。






「起きたか。」

ん?白い……………。

ボーッとしながら「何してたんだっけ?学校??」なんて考えていたら、ぬっと上から朝が覗き込む。

「大丈夫?依る。寝ちゃったみたいよ。」

意識がなかった間の事を聞くと、髪を梳かし終わって話してるうちにパッタリと倒れたらしい。

しかし、暫く様子を見ていても寝ているだけだと結論付けた二人はのんびりと待っていた様だ。


どのくらい寝てたんだろう?

「でも、1時間くらいじゃないかしら?」

朝の言葉に、そんなに時間が経っていないと安心すると、シンラがどうなったのか急に気になってきた。

まさか、また戻ってないよね?


白い部屋の中を彼を探すように視線を彷徨わせると、意外と近くで目が合った。

「……………!!」


思ったより近くに居た事に驚いて、また1メートルくらい下がっちゃったけど。
でも前よりは飛んでないから、免疫ができてきてるかも?

そんな事を思いながら、私の丁度後ろ側にいた彼の様子を確認する。

さっきと同じ様に髪はサラサラで、しかもオーラが回復した様に増している。
それを見ると、安心すると共にその場にゴロリと寝転んだ。

「良かったぁー。また戻っちゃってたら嫌だもんね。」

そのままの体勢で呟くと、シンラが立ち上がった。
そのままスッと、近づいて来る。

いや、だからその近付き方、怖いんだよ…。


そのまま私の目の前で止まり、じっと見て、いる。
そう、私を、だ。

いかん。
このままだと、なにかがヤバい。

そう思い、少しは怖さが薄れるかと私も立ち上がった。

見下ろされてると怖さ増すからね………。


「依る、シンラ様に私を渡せ。」

気焔が言う通りに、腕輪を差し出す。

受け取ったシンラは少し気焔達を眺めた後、空いている方の手を私に差し出した。

「え?」

躊躇いながらも、私も手を出す。

するとシンラが私の手を取り、もう一方の手で腕輪を私の腕に、嵌めた。


すると腕輪が私の腕に合わせてシュッと吸い付く様に、大きさを変えた。
まるで魔法の様に、変化したのだ。

驚いて目を見開き、その、腕に嵌まった金の腕輪を凝視していたけれど。
気焔は満足そうに「うんうん」頷いている(ように見える)。

シンラを見ると、シンラも満足そうな目をして私を見ていた。
表情が出て、少し怖さが薄れた彼の瞳を私も初めて正面からしっかり見る。


やっぱり、綺麗………。

サラサラになった髪と、満足そうな瞳で彼のオーラが和らいでいる事が嬉しい。
自分が役に立てた事で幾分距離が縮まった感じがして、更に何かしてあげたくなった。

あ、でもまた寝ちゃうとまずいな。

1人下を向いてシンラを美しくしよう計画を考えていると、朝に遮られた。

「さ、支度ができたら行きましょうか。」

そう、あっさりと告げた朝の視線の先には、訪問者を待っているかの様な、4の扉があった。




 「じゃあ、行くね。」

少し近付いた気がするシンラを置いていくのは、何だか寂しい。

そんな私の心を読んだのか、気焔が言った。

「依る、シンラ様はここから出られない。」

予想通りの言葉と、出たらどうなるのか、考えたくなかった私は頷くと扉の前に進んだ。

「なるべく早く帰るよ。」

振り向いてそう言うと、朝に続いて4の扉を潜ったのだ。






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