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始まりの部屋 1

現れた扉

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「やはりあったか。」

気焔は知っていたのだろうか。

言った通りに出現していた、扉の前で。
黄色の石は、キラリと輝きながらそう言ったのだ。



気が急いて、いつの間にか早足になる。

私達が、連れ立って廊下へ出ると。
階段の下にある壁には、夢でしか見た事の無かった扉が出現していた。

しかし、すぐにでも中に入ろうと急いている気焔とは裏腹に、私は尻込みしていた。

だって、………なんか怖いんだもん。


ついこの間入った様な気がするのに、すごく前だった様な気もする。
前回絵から人形になったシンラは、どのように変化しているのだろうか。

絵から、人形になったのだ。
その、次は…………。

そんな私の心中を察してか、朝が励ましてくれる。

「大丈夫よ、依る。開けるしかないんだから、開けなさい。」

その身も蓋もない励まし方にある意味脱力して、ノブに手をかけた。




「………!」
「なんという事だ!」
「あらまあ。」

 三者三様の反応を示しながら、私達は急ぎ足で駆け寄った。
あ、気焔は手のひらに乗ってるだけだけど。

しかし私は、少し手前で足を止めた。
何故かというと彼の姿はあまりにも、変わっていたからだ。


私の中で彼は、凄く「美しいもの」だった。

芸術品と、言える程。

それが、今は遠くで見ても判る程くたびれている。
以前は胡座をかいて座っていた様な形も、今は力なく座らざるを得ない、倒れないようになんとか座っている様に、見えるし。
髪だってボサボサ、服も状態が酷い。

ああ、私のレースが………刺繍……………!!

朝がクンクン匂いを嗅いで彼のチェックをしている間に、近寄れない私は周りを見渡していた。
何か他に、変化があるかもしれない。

「ドアノッカー………。」

前回3の扉までしか無かったドアノッカーが、増えている。
ぐるりと回ってみた所、それは6の扉まで現れていた。

多分、2と3の扉には1年ごとに来ていたと思う。
そうなると、単純計算で2年はここに来ていなかったと予測できる。
今年で3年目で、6の扉にドアノッカーが出来たのだろう。
私がついこの間だと思っていた夢も、大分前の事の様だ。


「全然来れなくて………ごめんね。」

部屋に入った時は、シンラの変わり様に怖くなって近付けなかった。 

しかし、何故かは分からないが。
来れない期間が、長過ぎたのだ。

多分、こんな事は初めてだろう。

小さい頃から定期的に見ている夢だったから、見ていないなんて疑ってもいなかった。
そもそも夢自体を思い出したのも、さっきだ。

来ていなかった間に変わってしまった彼を見て、どうしようもない罪悪感が湧く。

まさか、ここまで酷い事になるなんて思ってなかった。
なんなら次来た時は、また成長しているかとも思っていたのだ。


私が1人落ち込んでいると、どうやら匂いチェックが終わったらしい朝が言う。

「かなり弱ってるわ。」

………やっぱり。

見た目からも分かる様に、やはり私が来なかった事でかなり痛んでいるらしい。

来ても、何かをする訳でもなかったけれど。
「ここに来る」という事が大事だった様だ。


「依るは覚えてないと思うけど、ここには毎年来てたのよ。」

朝が言うには、私が夢だと思っていたのは半分現実らしく、夜のある時間になるとあそこに扉が現れるのだと言う。

私が光らなくなってから、朝は「どうしようか」「この家が駄目になるのか」と心配していた。
すると今度は扉が現れ、私が夜中に入る様になったので、光らなくなった代わりに部屋に行っていると思ったらしい。
私が夢だと思って扉に入って行く所を、朝はいつも見ていたのだ。


「ここ2年、いつ部屋に入っているのかしら?と思ってたらどうやら行っていなかったのね。」

そう言って私とシンラを交互に、見る。

朝もずっと扉の前に張り付いている訳ではない。やはり、そこまで把握していなかったのだろうし、まさかこんな事になるとは思っていなかっただろう。


「でも、なんで今になって繋がったんだろう…。」

今まで夢以外は、この部屋の事は忘れてたのに。

考えても分からない事を、罪悪感を埋める様に考えてしまう。


しかし、私がシンラの横で真剣に悩んでいる、その手のひらの上で。

気焔はその神妙な空気を、ぶち壊していた。

「シンラ様!シンラ様!!お待たせいたしましたぞ!私が来たからには大丈夫です!お任せください!!!」

ものすごく気焔が煩いけど、シンラは動かない。

やっぱ生き物じゃないから喋らないのかな……………。

そう思ってふと顔を見ると、寝ている様に見える。
 
ん?くたびれてはいるけど、かなり大きくはなってる?
もしかして。


前に初めて人形になった時は、小学生くらいの大きさだったと思う。
今は座っているからよく判らないけれど、多分私と同じ位に見えるのだ。

ちなみに今は、まる2年来なかったので14歳だ。
本当に同じくらいの大きさなのか確かめたくて、隣に座り少し俯いている顔を覗き込む。

その瞬間、閉じていた赤い瞳が開いた。


「………!!!、!」


心臓が止まりそうになると同時に、2メートルくらい後ろにすっ飛んだ。
いや、飛ばされた訳じゃ、ない。

本能的に、「なにか」を感じて。
咄嗟に後ろに、飛び退いたのだ。


そんな事は気にしていない、その場に落ちたままの気焔が騒いでいる。

「シンラ様!!!おはようございます!!」

えっ?
おはようで、合ってる?

そんな呑気な事を考えながら、妙な体勢のままシンラの反応を窺っていた。
返事をするのだろうか。

その瞬間。

まるで私が見ている事に気が付いた様に、急に彼の首が「くるり」と回った。

私は更に後ろに1メートル、すっ飛ぶ事になったのだ。



いやいやいやいやいやいやいや。
怖過ぎるから。

前から綺麗過ぎて怖いとは思っていたが、シンラが薄汚れているのは本体?だけらしい。

こちらを見る、瞳とオーラが。

とんでもない圧を醸し出していて、この距離でも心臓がドキドキしているのが自分でも、分かる。

ヤバいのは私の語彙だけど、半端なく、ヤバい。

ちょっと逃げ出したい。


動く事もできずに固まっていると、いい感じに熱血が張り詰めている空気を壊した。

「シンラ様!!長い間お待たせいたしました!!この気焔、姫様を迎えに行く準備、万端でございます!!!」

そのセリフを聞いた途端、シンラの首がまたクルッと戻って気焔を見る。

戻り方も、なんか怖い。
やはり人形の様な動きで回る首が、その怖さを倍増させているのだ。

しかし、空気を読まずにまだ気焔は熱く語っている。

「さあ、どの扉に向かいますか!3の扉までは依るが開けているので4ですか!5ですか!!はたまた6!?!」

少しふざけている様にも取れる気焔の言葉を、ドキドキしながら聞いていた。

大丈夫?そんなふざけてて、怒られない??
てか、姫様って誰??


「まぁまぁ落ち着きなさいよ、気焔。シンラ様はまだ半分寝ている様な状態でしょう。あなたのその勢いに驚いていらっしゃるわよ、多分。」

最後の「多分」が気になったけれど。
気焔を見たまま固まっているシンラの様子を見ると、多分と言いたくなるのも分かる。

とりあえずどうしようかと思案していると、朝も困ったように話しかけた。

「シンラ様、初めまして。少し前からこの家にお世話になっています、朝と申します。惣介が何も残していなかったので、そのままになってしまっていました…。」

朝が、言い訳をしている。

私の所からはシンラの表情が全く判らないので、
そのまま反応を待っていた。

て言うか、多分腰が抜けてるみたいだし?
なんか、動けない。
とりあえず動けるようになるまで待つしかないか…。

移動する事を諦め溜息を吐くと、それに応える様にシンラが。

ゆっくりと、立ち上がったのだ。



ええええぇぇぇ。

座っていてもヤバかったのに、立つともっとヤバいんですけども。ついでにまた語彙もヤバいんですけども。

そんな事を考えている私を他所に、気焔と朝には応えずシンラは私の方に近付いて来た。

歩いているというよりは、動いているに近い。

ススーッと、滑る様な動きなのだ。

その様子が怖くて、とりあえず目を瞑りたいのをギリギリ我慢して、逃げ出さない様に、する。

できれば走って逃げ出したい、位には。
怖いのだ、その纏っている空気が。



そうして真っ白い部屋の中、音も無く私の目の前まで移動してきた、彼は。

そのまま膝立ちで座り、スッと私に何かを差し出した。

しかし、何かを差し出した事はなんとなく分かっていたが、私の視線はそれよりも彼の変化の方に釘付けだった。
改めて近くで見ると、記憶の中より大分くたびれているのが、はっきりと分かるからだ。

サラサラとしていた髪はボサボサになっているし、豪華な刺繍やレースのあしらわれた服も、かなり痛んでいる。

勿体無い………。
黄変や虫食いの様な穴がある。ああああぁ………。
あんなにいいレースなのにかなり黄変してる!切れてるところもあるし!なんて事!どうやって直そう?でも私が手を入れるとそこだけレベルが変わっちゃう!それは許せない…。
でもこのレベルでこの繊細なレース、今はもう無いんじゃない?そもそも売ってないだろうし、あったとしても展示してある系か。
でも、このままの状態はもっと無理………………………。


そうして私は勝手に一人で、ぐるぐるすると。

白い床に倒れ込み、空白の空間を見つめながらレースについての切ない思いを巡らせていた。
そう、すっかり差し出された手の事は忘れていたのだ。

そうしてその倒れたままの体勢で、染み抜きや補修についてつらつらと、考えていると。

突然シンラが、口を開いた。

「これを。」

まさか喋ると思っていなかったのと、真剣に衣装について悩んでいた私は、案の定その言葉があまり耳に入ってはいなかった。

「へっ?」

起き上がり、いつの間にか隣に来ていた朝の尻尾に叩かれ、差し出された手にある物を見た。

んん?

「これは?」

彼の手の上には、金のブレスレットの様なものがあった。

細かい見事な細工がされており、ぱっと見はアンティークの様に見える。

「なに?」と尋ねても、シンラは何も言わない。

衣装に気を取られて気付いていなかったオーラを今更ヒシヒシと感じていると、朝が急に熱血になって言った。

「おお!これは姫様の腕輪!!これを依るに持たせて、姫様を探させるのですな!!さすがシンラ様!!さて、依る行くぞ!」

え。やだ。誰か乗り移ってない?

急に朝が熱血になった事に驚いていると、朝の口の中から気焔がポロリと出てきた。
シンラを追いかけるのに、朝の口にくわえられていたらしい。

「姫様の腕輪?」

シンラは腕輪を持ったまま、動かないし返事も無い。
もしかしたらと、思い付いてその腕輪を受け取ってみた。

空になった掌を暫く、見つめた後。
シンラは手を下ろし、そのままこちらを見て座っている。


黙って見られてると余計に怖いんですけど………。
イケメンっていうか御神体っていうか神オーラ。
…ちょっと控えてもらっていいですか。


並んで立った訳ではないので正確には判らないけれど、やはり私と同じくらいに大きくなっているのは判る。
子供だったのが、少年くらいになっているのだ。しかも、以前は人形だったのに何となく人間らしくなっている気が、する。

このまま育ったらさぞイケメンになるんだろうな………。

そう思ったけど、迫力も増す事になると怖さ倍増でイケメンなんて言ってられない様な気がする。
これ以上は、まずい。


しかし私が腕輪を受け取ると、少し彼の表情が変化した気がする。

それまでは、基本「無」だったから。

怖さがヒシヒシと感じられたけれど、幾分雰囲気が和らいだのだ。


まぁ神様だからしょうがないのかな………。

そう思いながら、シンラは答えないだろうと気焔に尋ねる。

「ねぇ、姫様の腕輪って?姫様って誰なの?」

落っこちたまんまの気焔が、張り切って答える。

「姫様とは姫様です!」

 …こいつはダメかもしれない。

私が少し落ち込んだ所で、そのまま気焔は続けた。

「姫様とはシンラ様のつい。この腕輪の持ち主である。今はどこにいるのか分からないが、この扉の中に行って探すのである!」

嫌な予感がする。

「ねぇ気焔。誰が探すのかな?」

ニッコリ笑って聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。

「それは依るに決まっている!」

………いつ決まった。
うん、今だよね。

そんな私の考えを見透かす様に、朝が言った。

「依るが生まれた時に決まったのよ。」

え?

「はいー??」

「だって、もうダメかなって思ったけど多分あなたが生まれたからシンラ様が「保ってる」のよ。何故だかは、分からないけれど。」


朝の考えに、よると。

シンラが隠れておじいちゃんが亡くなってから、誰も人形神の事を知らず祀り直せない為、そのまま家は潰れるしかなかった様だ。

でも私が生まれた時に「なにか」が、ピンときて。
帰ってきて、その光を見て確信したらしい。

この子だ、と。


「猫の勘は当たるのよ。」

得意そうにふふっと笑う。

それでどうして私が扉の中に姫様を探しに行く事になるのかはイマイチよく分からないが、兎に角シンラを助けるのに、姫様が必要らしい。


そう納得すると、なんだか身体が動く様になっている事に気付いた。
腰が抜けたままだったのが恥ずかしくて、誤魔化すように座り直す。

そもそも、うちを守ってくれてたんだから恩返ししなきゃダメよね、うん。

そう考えていたら、シンラが急に喋ったのでまた腰が抜けそうで危なかった。

喋るなら喋るって言ってから、喋って欲しい。


「すまないが姫のものも探して欲しい」

思ったよりも高い声を聞いて、ああ、少年なんだなぁと納得していると気焔が答えた。

「シンラ様、石と指輪と衣装でよろしいですかな?姫はバラバラに落とされたのでしょうか?」

どんなおてんば姫だと想像していると、シンラは頷いている。
お転婆らしい。

「えーと、気焔が何をするかは分かっているという事でいいのかな?シンラ?」

横で「シンラ様と言えっ!!」と喚いている気焔を放っておいて確認する。

あまりシンラ本人からの細かい説明は、期待できなそうだからだ。
気焔が知っているなら、なんとかなるだろう。

やはり頷くだけのシンラを見て、チラリと気焔に視線を移す。

そうして心配事を、口にしてみた。

「ねぇ。うちの事だから私も頑張るけど、そんなに張り切ってるんだから気焔もついて来てくれるんだよね??」

「そりゃ勿論吾輩は姫様の石ですからな!!」

何が勿論かは分からないが、当然の様に気焔はそう言って私の手の上に飛び乗った。

「わっ!」

石も動けるんかーいという心の中のツッコミよりも早く、私の手のひらにあった腕輪の凹み部分に気焔が嵌る。


「!」

瞬間、腕輪が眩い光を発した。

気焔から黄色の眩い閃光が一瞬、部屋全体に広がる。

そして光が収まると、まるで始めからそうだった、様に。

気焔が腕輪の真ん中、大きな石が嵌っていただろう部分に収まっていたのだ。


気焔が腕輪になっちゃった!

しかし、焦る私の心配を他所に「いざ行かん!!」と相変わらず煩い気焔は、まだ私の手のひらで騒いでいた。


ホント、煩い。




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