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始まりの部屋 1
多分、始まりの日
しおりを挟む何が怖いのかは分からないけど
「本能的に怖いもの」。
私にとって、彼の第一印象はそれだった。
不思議な白い部屋に「ある」彼。
それが「いる」に変わったのは、ある日の夢の中だった。
「またこの夢?」
いつものように夢の中の白い部屋にいる私は、これまたいつものように部屋をぐるっと見渡した。
「ん?」
1面真っ白で「彼」と扉以外は何もない筈の、だだっ広い部屋。
異変には、すぐに気付いた。
何あれ…。
人が、座っている。白い人。
ここから見ると子供の様に見える大きさだが、髪が白い。
どういう事?
ここには「絵」しか、無かった筈なのに。
私が定期的に見るこの夢は、初めは物が何も無い、ただの真っ白な部屋だった。
小さい頃なのであまりハッキリは覚えていない。
それが変化したのは去年か、一昨年か。
気が付いたら私の腰の高さ程度の、大きな絵があった。
急にそこに「あった」のだ。
幸いな事に、夢の中なので疑問にも思わず私はその絵を堪能して過ごしていた。
それは、とても美しい絵だったからだ。
そう、ちょうどあんな風な、白い髪の男の子の絵………。
「まさか、ね。」
でも、きっとそうだろう。
白い髪しか見えないけれど、私には確信がある。
何故かは分からないけど、「絵」が「人」になっている。
変化して、いたのだ。
「ていうか、人なのかな?生きて………。」
それ以降は口に出すのが怖くなって、黙る。
さて、どうしようか。
このままボーッとしてれば朝になるかな。
それとも、確かめるべきか。
いや、でも怖すぎる。
でもこのまま起きたらすっごく気になりそう………あ、起きた時には忘れてるんだった、夢の事。
実は、この白い部屋は結構ややこしい存在だ。
ちょっと想像してみて欲しい。
一言で言えば起きてる時は忘れていて、寝てる時だけ覚えているのだ。
夢の中ではこの白い部屋が、階段の下の扉の中だという事を「知っている」。
いつもこの部屋にいるだけで、扉から出た事はないけれど「知っている」のだ。
まぁ夢なんて、そんなものだろう。
そしてこの部屋には扉が沢山あるけれど、そのうちの1の扉が家の階段下の扉である。
1つだけ、築50年の昭和感を醸し出しているのですぐに分かる。
ちなみに他の扉は彫刻が入っていてお洒落だ。
重厚感のある扉もある。
うちの扉だけ、なんだか浮いているのはしょうがない。
そして部屋には1から10まで扉があって上に番号が振ってあり、だだっ広いこの部屋をぐるりと取り囲んでいるのだ。
あまりに広くて白いので、一見扉があちこちに浮いているようにも、見える。
でも、何故だか1の反対側に10があったり、2の隣が4だったり、6と9が床にあったりかなり不思議部屋の様子を醸し出しているけれど。
これもまた夢だから、しょうがない。
うん、………しょうがない事にしよう。
だって、考えても解らないし。
そして、夢の中では何度も来ている勝手知ったる白い部屋だが、夢から覚めるとなんにも覚えていない。
ただ。
階段下が、いつも気になるのだ。
何もないただの壁で、勿論扉も無いんだけれど、気になる。
ついつい、立ち止まってしまう程に。
そうしてまた次に夢を見た時に「あ、この部屋の事が気になってたんだ!」と、合点がいくのだ。
この謎のループを、小さい頃から繰り返している。
そんな不思議な白い部屋に、急に絵が発生したのはいつなのか。
考えてみればそれまでと違っていた事が、1つあった。
それは、2の扉を開けた事だ。
何度もこの部屋に来ている私は、扉以外何も無いこの部屋の中で退屈していた。
ただ、扉自体はどれも様々な意匠で作られているので、見ているだけでも結構楽しめる。
それでもやはり、何度も来ていて扉しかないのは流石に飽きる。
それに、実は扉にはノブが付いていないので開ける事ができない。
そう、…つまらないにも程があるのだ。
その現状が打ち破られたのが確か去年か、一昨年だったような…夢だからね、うん。
あまりハッキリしないけど。
なんと、2の扉にドアノッカーが付いたのだ。
勿論、いつの間にか。
それを見た時、この部屋に飽きていた私は躊躇いなく開けた。
しかし、2の扉の中には、何も無かった。
正確に言うとぱっと見は、何も無い様に見えた。
よく見ると、線があったけど。
「線」です。ホントに。
その扉の中には、まるで道を示すような黒い線が真っ白な空間に走っていた。
そんなに沢山じゃないけど、少なくもない。
ただの、そんな空間だ。
なんとなく、扉から踏み出したら落ちそうな気がして、私はその部屋の中をぐるりと見渡すと、線以外は無さそうな事を確かめてから扉を閉めた。それが、前々回。
その後、絵が発生したのだと思う。
自分の中では辻褄が合ってスッキリした、私。
「で、今日は人だ、と……………。」
絵が人に変わったのも例の如く、扉の所為だと思う。
だって、その次に3の扉を開けたから。
その後初めて来たのが、今日。
そうしたら人に変化していたのだ。
いや、実は人形かもしれない。
だってあんなに白?銀?みたいな髪だし。
割と小さいし。
ていうか、人だと…困る。
そう、彼はそんな「つくり」をしているのだ。
何故判るかって?
実はちょっと移動してたんですよ、彼の顔が見える方向に。
近いと怖いから、遠巻きにだけど………。
好奇心が勝って、私は彼の後ろから正面側に少しずつ移動していた。
段々と顔が、見えてくる。
気付かれないように近づいていたのだが、杞憂に終わった。
多分、人形だ………。
私が視界に入っているであろう彼は、正面を向いて真っ直ぐ座っている。
胡座をかいているのか、足は見えない。
そして、何より目が、私を追わないのだ。
この何も動かない部屋で動くものを見た時に、目を動かさないでいられるのは余程の強者だと思う。
意識的にやってたら、めちゃくちゃ怖いけど。
ちょっとバタバタしてみたり怪しい動きをして、目が動かない事を確認するとそっと近づいてみる。
まだ、油断できない。
しかし最終的に彼は人形だった。
どうやって確かめたかって?
実は勇気を振り絞って近づいた末、目の前で手を「パン!!」とやってみたけど、瞬きしなかったから。
良かった、人形で。
1人攻防戦をやっていた私は少し疲れて、彼の隣で休憩する事にした。
真正面はちょっと怖いから、でも顔が見えるように斜め前。
何故って怖いけれど、とても綺麗だからだ。
近くで見ると彼はそんなに小さくはなかった。
小学校低学年くらいだろうか。
人形としては十分大きい。
そんな大きさで、白のような銀のようなサラサラした長い髪。
腰くらいまである。
長さが揃っていないので、ロングヘアというよりはあの、歌舞伎の頭振り回すアレに似ている。
お肌も白い。
ただ、目と口が赤い。
正確に言えば、目は金と赤だ。
虹彩が赤で真ん中が濃い金。
外側に向かう程赤が濃くなる瞳は、とても綺麗だ。
白くて長い睫毛がさらに人ではない事を証明している様で、やっぱり少し怖い。
一体何でできているんだろう?
そんな彼自体もかなり美しいのだけど、私の目はどちらかと言えば衣装に釘付けだった。
骨董やアンティーク好きな私から言わせてもらえば、これでご飯が食べられる。
いや、売りませんよ?
そういう事じゃなくてここで眺めながら白飯2杯はイケるってこと。(控えめに言って)
レースの立ち襟のシャツに、袖無しのワンピースの様なものを上から被っている、変わった形の服。
シャツは袖がベルスリーブで、袖口にも細かい刺繍が施されている。
ワンピース部分には首、胸元、裾に刺繍とノルマンディーレースのような組み合わされたレースが使われていて。
ベースが白のタフタのような生地で同色の糸で繊細な刺繍。
光沢のある生地と所々銀糸の入った刺繍の豪華さと言ったら。
一つ一つの刺繍もレベルが高く、ため息が出る。
思わずもう一度、本当に人形なのかを確かめるべくその赤い瞳を確認した。
うん、大丈夫。
多分。
そして私の目は、再び衣装に釘付けになった。
うーーーーん。
ちょっとこの座ってて隠れてる裾のところも見たいしなんと言っても首元のところにあるマルタ十字っぽいレースが西洋らしさを感じられてともすればお稲荷さんぽい赤白カラーの彼を国籍不詳に陥らせているし襟元袖からして裾の刺繍レースの素晴らしさは必ず一見の価値あるものと思われもしかしたらまだ見ていない色が使われてたりきっと見えないインナー部分にも細かい刺繍が施されていると確信出来るこのクオリティを確かめないわけにはいかない、が、脱がせるのは無理だよなぁ???
「…………る!依る!!」
「…?」
「いつまで寝てるの。いい加減起きなさい。夏休みだからって全く寝過ぎ……………」
「夏休み………ああ、良かった。」
「良かったじゃないわよ、全くもう、‥」
二度寝をしようとしたのだが、終わらなそうなお母さんの小言に仕方なくまだ眠い体を起こす。
一瞬遅刻かと焦ったが、そういえば今日から夏休みだった事を思い出した。
二度寝を阻まれたがさてお母さんが部屋を出ていけば…こっちのもの……。
「そんなにダラダラしてるんなら、おばあちゃんのお花、採ってきて。」
いや、私の考えなんてお見通しか。
亡くなったおばあちゃんは古いものが好きで、その影響で私も色々な所へ連れて行ってもらった。
美術館、民芸館、デパートの催事、地方の資料館等等。
このベッドカバーもその時に手に入れた、アンティークレースが使われているリメイク品だ。
そんな大好きだったおばあちゃんに毎日花を飾るのは、私の役割だ。
モソモソと起き出しスウェットのまま、庭へ出る。
うちの庭はちょっとした森の様になっているので、人に見られる事はないだろう。
別に普通のサラリーマン家庭だが、家と庭だけはやたらと広い。
「平屋が見たかった………。」
家を振り返りながら呟く。
昔、お母さんに聞いた話によると、この家を建て替える前は平屋だったらしい。
なんだか当時既にかなり古い木造建築だったらしく、文化財指定を逃れる為に建て替えをしたのだそうだ。
「なんて事………。」
いつ思い出してもやりきれない話だ。
絶対見たかった。
しかし文化財指定されると立ち退きになるそうで、その後の住居斡旋制度などは当時無かったらしく、そうなると話は違う。
私でも建て替えるだろう。
勿体無い………その話を時々思い出して悔しくなるのは、うちの中では私だけだ。
姉兄はその話を聞いても「ふーん」って感じだったもんね。
そんな事を考えながら、適当な花を選んで摘んでいく。
おばあちゃんにはこの花だよね………。
まだ元気だった頃は、庭仕事をしているおばあちゃんの周りをよくウロウロしたものだ。
悪戯して怒られたりもしたけれど、一緒にいたからこそ把握している、好きだった花。
摘んでいると、ふと以前おばあちゃんとした会話が浮かんできた。
「依るはそこ、気になるかい?子供は感受性が鋭いって言うからねぇ。」
私はいつもの様に、階段下の廊下に立っていた。
それを見ておばあちゃんが話しかけている。
そういえばよく「またそこにいる」って言われてたな?
「人形神さまのお部屋だったからね。何か感じるんだろうね。」
人形。
神?
その瞬間、目の前が「バチン!」とはじけた。
え?やっぱり部屋あるじゃん!
おばあちゃん言ってたよ、そのままズバリ、人形の部屋だって!!!
なんで?
なんで今まで気付かなかったんだろう?
庭に立ちすくんだまま、無意識に、頭を抱えた。
ギュッと握りしめている花が、顔の前に垂れ下がって「それ」が夢では無い事を知らせている様で。
急に夢と現実が繋がり、頭の中をぐるぐると回る、景色。
階段下 おばあちゃんの顔
「人形神」という言葉 立ち止まっていた私
古い壁の色
少し暗い 廊下
確かに、おばあちゃんとの話は覚えている。
それは、「知っていた」のだ。
でも、夢の事を忘れてたから。
ずっと「繋がらなかった」んだ。
ハッとして顔を上げる。
さっきの大きな何かが弾けた音で、すべての回路が繋がったのだ。
え…そうか、あれは神様なんだ。
おばあちゃんの「人形神」と言っていた声を思い出して、納得がいく。
だってアレ、怖いもん…。
色々な事がどんどん頭に浮かぶ。
思考を整理しようとふと下を見ると、今し方摘んだ花の様子が違っている。
綺麗なものを選んだつもりなのに、少し花びらが茶色くなっていたり、葉も、しんなりしていたり。
「なん、で…… 」
呟きながら周りを見回すと、辺りも同じ様に。
萎れているような、曇っている様な少し澱んだ雰囲気に包まれている。
まるで、ぼんやりとした大きな靄の中にスッポリと包まれているかの様だ。
さっきまでと、明らかに何かが、違う。
そう確信した私は、家が心配になり踵を返した。
途中で朝に会い、声をかける。
朝は変な名前だけど、うちの猫だ。
因みに名付けは私じゃない。
「朝は大丈夫だよね?」
急ぎ焦りながらも、声をかける。
「なにが?」
「なにがってなんか急に雰囲気変わったしさ、何かが起こっ………た…え??うん?」
え。今、返事した。
いや、話しかけたのは私だけど。
でも返事をしたのは、猫。
通り過ぎようとした所を立ち止まり、じっと目の前のうちの猫を見る。
いつもの、グレーの中毛フワフワ、青い目がくりくりして可愛い、うちの、朝だ。
「えー………。朝?今喋ったよね??」
「まぁ話しかけられたからね。今までもずっと喋ってたわよ?」
えー…………。
嘘だぁ!って言いたいけど、今目の前で喋ってるしな…。
きっとアレだ、さっきの音で急に色々おかしくなったんだ。
そうそう。
とりあえず自分に謎の言い訳をして「ポン」と手を打ち、そのまま疑問をぶつけてみた。
「これって、朝が話せるようになったの?私が分かるようになった、だけ?」
自分でもよく意味の分からぬまま、そう問い掛ける。
すると、返ってきたのはまた私を煙に巻く様な返事であった。
「私と話せるのは依るだけだけど、依るが話せるのは私だけじゃないわよ」
やめて。
そういうなぞなぞみたいなやつ。
ただでさえ、頭混乱してるのにっ。
「やーっと私たちの出番がきたのよね??」
「そうだわね、もういいのかしら?」
「あらやだ、私が先よ!」
「いやいや、私の方が先に咲いたし!」
そうして急に手に持っている花達がガヤガヤと喋り出した、所で。
目の前が、真っ暗になったのだ。
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