魔王さま!本日の獲物はこちらです!

hane

文字の大きさ
上 下
10 / 10

獲物その五 弟 後編

しおりを挟む

「パーティーだと?」

「そうそう。仮装パーティー」
「仮装……」
「いいだろ別に。ここ俺ん家なんだし」
「いや、まあそれはそうだが」

 問題は使用用途だ。
 我が城で宴席の場を開くには百歩譲るが、ガルビートが招くのは人間だろう。魔王は討たれた世界とはいえ、この城をそのような用途で開放してもいいのだろうか。しかし悩んだところでワシにはこの願いを突き返す力はない。

「お兄さまここから出れないんだろ? だったら一緒に楽しもうぜ」
「何故ワシが人間などと……」

 元来魔王が人と馴れ合うなどあってはならんことだ。勇者や賢者に世話を焼かれたようなことがあったが、あれにワシの意思は介在しておらん。

「俺の魔力で人間にしてやるよ」
「なんだと」
「せっかくのパーティーの場にむっすりした魔王がいたら興醒めだろ? どうせ気の利いたこともいわねえんだろうし。それに俺が魔王の弟っていうのもバレたら女の子たち引いちゃうかもだしなー」

 なんだかちょこちょこ精神的に攻撃された気がするが、ワシを人間にだと? ワシは魔族の王ガルヴァ・ガルマバーンだぞ。そのワシが人間に……ってちょっと待てガルビート。もはや魔力が渦巻いておるではないか。

「と、言うわけで早速」
「ちょ、ちょっとまだ心の準備が、あ! あぁ!  ああ! 魔力入ってきとるぅ! あああぁぁぁぁぁ————!!!!」


◆◆◆◆◆◆

 情けない声を出してしまった。

 いつの間にか握り締めていた掌を開く。体内を駆け巡る魔力の奔流に緊張していたのか、その肌色の掌は汗で光っている。……肌色だ。
 前を向けばガルビートと目線が合っている。後ろを振り返れば巨大な玉座が聳え立っている。

 ワシはどうなったのだ。

「パニクってるなー。ほれ、鏡」

 ガルビートが魔法で鏡を出現させた。そこに映っているのは——、

「誰だこれは」

 角が消え、黒い長髪が生えている。肌は浅黒く、無精髭の生えた顔にあの緑色はどこにもない。目元はそのままのような気はするが、どこからどう見ても人間だ。
 ガルビートと同じような柄のシャツを着せられ、背には安物のマントのようなものが揺らめいている。

「いいじゃねえか、なかなかワイルドだぜ? 今日は仮装だから角は生やしとこう」
「う、うむ」

 言下にガルビートの額に赤い二本の角が生えた。ワシも言われるがままに角を生やす。その程度の魔力は胃の腑に残っていた。
 肌色の肌に緑色の角。安物の衣装で魔王の真似をする人間……違和感しかない。
 
というか、ワシはなにをやっておるんだ。

「よし、じゃあ始めようぜ」
「は? 始める?」
「もう皆んな扉の前まできてるぜ?」

 我に帰る暇なく、ガルビートはスタスタと扉まで歩いていってしまった。
 既に客を呼んでいるとはガルビートのやつ、ワシがなんといおうともここで宴席を持つつもりだったな。

「いらっしゃーい!」

 陽気な声と共に扉が開いた。

 吸血鬼にサキュバス、ピクシーにメデューサ……様々な格好をした人間がぞろぞろと入ってくる。黄色い声、そしてまるで花畑に顔を埋めたような噎せ返るほどの甘い香り——女ばかりではないか。

「魔王城貸し切れるなんてガルちゃんすごぉーい」

 ガルビートが女に囲まれこちらへ向かってくる。甘ったるい声でしなだれかかるメデューサ。必要以上に胸を当てるサキュバス、誰もがガルビートの腕を奪い合うようにしている。まるで移動式のハーレム。
 なにがガルちゃんだ。……ワシもガルちゃんだぞ。

 ハーレムの後ろに続くように酒や食事が大量に運ばれてくる。こちらはただの雇われた人間の男たちのようだ。さらにその後ろからは楽器を抱えた仮装の男たち続く。その楽団は玉座の前に並び、やけに激しい音楽を奏で始めた。

「うう」

 ココハドコ? ワタシハダレ?

 なんと居心地の悪いことか。目眩がする。

「これ、うちのお兄さま」
 慣れない黒髪を掻き毟っているとハーレムがワシの前で止まった。肌色率高し。

 いや、紹介されても困る。こういう時に何を話せばいいのだ。気の利いた言葉は一つも浮かんでこぬ。

「えー双子コーデじゃんかわいいー」
「お兄さまワイルド系で素敵ー」
「何? めっちゃ顔赤いんですけど、可愛いー」
「え? 全然喋んないんだけど? 童貞?」

 口々に話す女ども。
 最後のピクシーの女。顔は覚えたぞ。

「うちのお兄さまはシャイなんだよ。仲良くしてやってよ」

 そういって肩を組んできたガルビートは『お兄さま、踊るぞ』とワシに囁き、女どもを置いて玉座の上へと駆け上っていった。

「それでは皆さま! まずはテンション爆上げのダンスタイムといきまショータイム!!」

 ガルビートがフゥー!っと奇声に近い声を上げ、パチンと指を鳴らした。
 それを合図に音楽が激しさを増し、赤や青、色とりどりの光が室内を散らばり走り回る。

「この光は……」

 光源を探り頭上を見上げた。眩しくて見えづらいが、よく目を凝らしてみれば、球状のなにかが回転しているのが分かる。
 さらに目を凝らすと、それはよく見覚えのあるものだった。

「ボーン……」

 頭上で回転していたのは球状に組み替えられたボーンだった。色彩豊かに明滅する魔力を埋め込まれ、その眼窩から光を放っている。もはや考えることもやめたのか、ボーンは一言も発しない。

「許せボーン。ワシにはなにもしてやれぬ」

 合掌。

「お兄さまも踊りましょー」

 天井に手を合わせていると、一人の女がワシの腕を引いた。強制的に女と音と光の渦に飛び込んでいく。密着した女の腰や胸が腕に当たる。人間の感覚とはこうも鋭敏なものなのか。柔らかい感触と匂いに顔が熱く、気が遠くなる。気づけばワシは密集する女のなかで両手を上げていた。

「何その踊りー」
「ぐぅ……馬鹿にしおって」

 ええい! ままよ! どうにでもなるがよい!
 ワシは魔族の王! 女と踊りの一つや二つ華麗に踊ってみせるわ!

 ワシは女の群れから抜け、テーブルに並ぶ酒瓶を掴んだ。そしてそれを一気に流し込み、再び群れのなかへと飛び込んでいった。

 さあ、ショータイムだ。



◆◆◆◆◆◆


「……はっ」

 本日も晴天なり。陽光が眩しすぎて視界が奪われる。

 昨日の乱痴気騒ぎから一夜明けたらしい。

 肌は緑色だ。ワシはどうやら元の姿に戻っているようだ。
 身体を起こすと頭が痛い。吐いた息が酒臭く、その臭いでまた酔いそうだ。調子に乗って飲み過ぎたらしい。

 辺りには食器や酒瓶が散らばり、昨晩の名残をとどめている。女どもは誰一人いない。

 昨日の記憶はあまりないが、完全に羽目を外してしまっていたように思う。
 酒と女と、まるで自分ではなくなってしまったような感覚に酔っていたのだ。
 そこにいたのは新しい自分だった。
 血は争えないというやつか、ガルビートのことを馬鹿にはできない。

「ふぅ……」

 なんであろうか、この虚無感は。
 ガルビートのやつまた顔を出さんだろうか……っていかんいかん。ワシは魔族の王ぞ。
 しかし昨日のワシのステップはなかなかのものではなかったか?

 こう……ここで左足をこう、そして回転……右足をこう……ここで腕の動きを——、

「昨晩はお楽しみでしたね魔王さま」

「はっ⁉︎」

 天井から聞き慣れた声がした。もはや遅いが、玉座に飛び乗るように座り、平静を装う。

「ボーン」
 眩しくて見えなかったが上を見上げれば我が下僕が吊るされたままそこに残っていた。肋骨を上手く使ったものだ、なかなかの球状である。

 ボーンは無言でワシを見つめている。
 昨日のワシの姿は全て見られていたのだ。ワシに付き従う身としては昨晩のワシはボーンにとってなかなかの惨状だったのでは……。

 ここは素直に謝っておいた方がよいか……。

「ご、ごめんなサイクロプスー……」

 一つ目ヒウィゴー! byガルビート。


————————続く。

しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

花雨
2021.10.13 花雨

こちらもお気に入り登録しますね(*^^*)

解除
やた
2020.05.26 やた

アホの子っぽい感じが可愛すぎます
がんばれガルマバーン!(笑)

hane
2020.05.26 hane

ありがとうございます。応援よろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。