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獲物その五 弟 後編
しおりを挟む「パーティーだと?」
「そうそう。仮装パーティー」
「仮装……」
「いいだろ別に。ここ俺ん家なんだし」
「いや、まあそれはそうだが」
問題は使用用途だ。
我が城で宴席の場を開くには百歩譲るが、ガルビートが招くのは人間だろう。魔王は討たれた世界とはいえ、この城をそのような用途で開放してもいいのだろうか。しかし悩んだところでワシにはこの願いを突き返す力はない。
「お兄さまここから出れないんだろ? だったら一緒に楽しもうぜ」
「何故ワシが人間などと……」
元来魔王が人と馴れ合うなどあってはならんことだ。勇者や賢者に世話を焼かれたようなことがあったが、あれにワシの意思は介在しておらん。
「俺の魔力で人間にしてやるよ」
「なんだと」
「せっかくのパーティーの場にむっすりした魔王がいたら興醒めだろ? どうせ気の利いたこともいわねえんだろうし。それに俺が魔王の弟っていうのもバレたら女の子たち引いちゃうかもだしなー」
なんだかちょこちょこ精神的に攻撃された気がするが、ワシを人間にだと? ワシは魔族の王ガルヴァ・ガルマバーンだぞ。そのワシが人間に……ってちょっと待てガルビート。もはや魔力が渦巻いておるではないか。
「と、言うわけで早速」
「ちょ、ちょっとまだ心の準備が、あ! あぁ! ああ! 魔力入ってきとるぅ! あああぁぁぁぁぁ————!!!!」
◆◆◆◆◆◆
情けない声を出してしまった。
いつの間にか握り締めていた掌を開く。体内を駆け巡る魔力の奔流に緊張していたのか、その肌色の掌は汗で光っている。……肌色だ。
前を向けばガルビートと目線が合っている。後ろを振り返れば巨大な玉座が聳え立っている。
ワシはどうなったのだ。
「パニクってるなー。ほれ、鏡」
ガルビートが魔法で鏡を出現させた。そこに映っているのは——、
「誰だこれは」
角が消え、黒い長髪が生えている。肌は浅黒く、無精髭の生えた顔にあの緑色はどこにもない。目元はそのままのような気はするが、どこからどう見ても人間だ。
ガルビートと同じような柄のシャツを着せられ、背には安物のマントのようなものが揺らめいている。
「いいじゃねえか、なかなかワイルドだぜ? 今日は仮装だから角は生やしとこう」
「う、うむ」
言下にガルビートの額に赤い二本の角が生えた。ワシも言われるがままに角を生やす。その程度の魔力は胃の腑に残っていた。
肌色の肌に緑色の角。安物の衣装で魔王の真似をする人間……違和感しかない。
というか、ワシはなにをやっておるんだ。
「よし、じゃあ始めようぜ」
「は? 始める?」
「もう皆んな扉の前まできてるぜ?」
我に帰る暇なく、ガルビートはスタスタと扉まで歩いていってしまった。
既に客を呼んでいるとはガルビートのやつ、ワシがなんといおうともここで宴席を持つつもりだったな。
「いらっしゃーい!」
陽気な声と共に扉が開いた。
吸血鬼にサキュバス、ピクシーにメデューサ……様々な格好をした人間がぞろぞろと入ってくる。黄色い声、そしてまるで花畑に顔を埋めたような噎せ返るほどの甘い香り——女ばかりではないか。
「魔王城貸し切れるなんてガルちゃんすごぉーい」
ガルビートが女に囲まれこちらへ向かってくる。甘ったるい声でしなだれかかるメデューサ。必要以上に胸を当てるサキュバス、誰もがガルビートの腕を奪い合うようにしている。まるで移動式のハーレム。
なにがガルちゃんだ。……ワシもガルちゃんだぞ。
ハーレムの後ろに続くように酒や食事が大量に運ばれてくる。こちらはただの雇われた人間の男たちのようだ。さらにその後ろからは楽器を抱えた仮装の男たち続く。その楽団は玉座の前に並び、やけに激しい音楽を奏で始めた。
「うう」
ココハドコ? ワタシハダレ?
なんと居心地の悪いことか。目眩がする。
「これ、うちのお兄さま」
慣れない黒髪を掻き毟っているとハーレムがワシの前で止まった。肌色率高し。
いや、紹介されても困る。こういう時に何を話せばいいのだ。気の利いた言葉は一つも浮かんでこぬ。
「えー双子コーデじゃんかわいいー」
「お兄さまワイルド系で素敵ー」
「何? めっちゃ顔赤いんですけど、可愛いー」
「え? 全然喋んないんだけど? 童貞?」
口々に話す女ども。
最後のピクシーの女。顔は覚えたぞ。
「うちのお兄さまはシャイなんだよ。仲良くしてやってよ」
そういって肩を組んできたガルビートは『お兄さま、踊るぞ』とワシに囁き、女どもを置いて玉座の上へと駆け上っていった。
「それでは皆さま! まずはテンション爆上げのダンスタイムといきまショータイム!!」
ガルビートがフゥー!っと奇声に近い声を上げ、パチンと指を鳴らした。
それを合図に音楽が激しさを増し、赤や青、色とりどりの光が室内を散らばり走り回る。
「この光は……」
光源を探り頭上を見上げた。眩しくて見えづらいが、よく目を凝らしてみれば、球状のなにかが回転しているのが分かる。
さらに目を凝らすと、それはよく見覚えのあるものだった。
「ボーン……」
頭上で回転していたのは球状に組み替えられたボーンだった。色彩豊かに明滅する魔力を埋め込まれ、その眼窩から光を放っている。もはや考えることもやめたのか、ボーンは一言も発しない。
「許せボーン。ワシにはなにもしてやれぬ」
合掌。
「お兄さまも踊りましょー」
天井に手を合わせていると、一人の女がワシの腕を引いた。強制的に女と音と光の渦に飛び込んでいく。密着した女の腰や胸が腕に当たる。人間の感覚とはこうも鋭敏なものなのか。柔らかい感触と匂いに顔が熱く、気が遠くなる。気づけばワシは密集する女のなかで両手を上げていた。
「何その踊りー」
「ぐぅ……馬鹿にしおって」
ええい! ままよ! どうにでもなるがよい!
ワシは魔族の王! 女と踊りの一つや二つ華麗に踊ってみせるわ!
ワシは女の群れから抜け、テーブルに並ぶ酒瓶を掴んだ。そしてそれを一気に流し込み、再び群れのなかへと飛び込んでいった。
さあ、ショータイムだ。
◆◆◆◆◆◆
「……はっ」
本日も晴天なり。陽光が眩しすぎて視界が奪われる。
昨日の乱痴気騒ぎから一夜明けたらしい。
肌は緑色だ。ワシはどうやら元の姿に戻っているようだ。
身体を起こすと頭が痛い。吐いた息が酒臭く、その臭いでまた酔いそうだ。調子に乗って飲み過ぎたらしい。
辺りには食器や酒瓶が散らばり、昨晩の名残をとどめている。女どもは誰一人いない。
昨日の記憶はあまりないが、完全に羽目を外してしまっていたように思う。
酒と女と、まるで自分ではなくなってしまったような感覚に酔っていたのだ。
そこにいたのは新しい自分だった。
血は争えないというやつか、ガルビートのことを馬鹿にはできない。
「ふぅ……」
なんであろうか、この虚無感は。
ガルビートのやつまた顔を出さんだろうか……っていかんいかん。ワシは魔族の王ぞ。
しかし昨日のワシのステップはなかなかのものではなかったか?
こう……ここで左足をこう、そして回転……右足をこう……ここで腕の動きを——、
「昨晩はお楽しみでしたね魔王さま」
「はっ⁉︎」
天井から聞き慣れた声がした。もはや遅いが、玉座に飛び乗るように座り、平静を装う。
「ボーン」
眩しくて見えなかったが上を見上げれば我が下僕が吊るされたままそこに残っていた。肋骨を上手く使ったものだ、なかなかの球状である。
ボーンは無言でワシを見つめている。
昨日のワシの姿は全て見られていたのだ。ワシに付き従う身としては昨晩のワシはボーンにとってなかなかの惨状だったのでは……。
ここは素直に謝っておいた方がよいか……。
「ご、ごめんなサイクロプスー……」
一つ目ヒウィゴー! byガルビート。
————————続く。
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