傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾

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第2

38話

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 「いらっしゃいませー」

元気の良い声が狭い店内に響く。いつかと同じ光景を一日と間を開けずに見る第2隊隊長フワーム・ツツー。新人魔法士キコヌ・ノーロと再度話す為にやって来ていた。

「あ!昨日の…また来て頂いて、ありがとうございます。あの…昨日は大丈夫だったでしょうか?」

「覚えてくれていたんだね。話が早くて助かるよ」

「いえいえーこの店、そんなにお客さんが来ないんです…まだまだなんですよ」

カウンター越しに挨拶をしていたキコヌは嬉しそうにカウンターを回ってフワームの近くに来る。

「あの、もう一度来て頂いたってことは…お仕事のご依頼でしょうか」

期待に満ちた目を向けられてフワームは一瞬怯んでしまう。彼が望む吉報を持ってきたとは言いきれない。

「うん…えーとね。今日はもう少し話を詰めてみたいなって思ってて…君に依頼するかは…条件次第ってことなんだけど……それでも良いかな?」

「ありがとうございます!昨日は騎士団の副団長さんの様な方が僕のような新人なんかのお店にって思ってたんですけど、嬉しいです!是非依頼して頂きたいです」

邪気のない素直な言葉に若干気が引けてしまう。

(あーーこれは……巻き込まない方が……良いんじゃないだろうか……)

気持ち影を落とすフワームは、それでも話を進めるしかない。

「さる御方の治癒をお願いしたいんだ。素性を明かす訳にはいかない御方なんだ。そういった仕事……受けられるかい?」

「素性を……」

「あぁ……例の…爪の傷痕の毒、それが大前提。それを無毒化、更に綺麗にできるかい?」

「毒の無効化は…何とか……出来ると思います。が、傷痕をキレイに出来るかは…正直不安です……あの、素性を明かせないって…あの……」

(本来ならここでアウトだ。こんな聞き方する子はこういった仕事に向かない。興味を持ったとしても、それを相手に気付かせじゃ駄目だ。しかし折角の数少ない魔法士の候補……簡単に切り捨てれない)

フワームはギリギリの質問をしてキコヌの様子を伺う。しかし、この新人は余りに無知だ。心配になってしまう。

「分かってるかな…口の堅い者を望んでいるんだよ?我々は……。この話をここまで聞いてしまった君にはそれ相応の覚悟を持って欲しいんだけど…分かってるかな?」

「え……それは……」

「口外禁止、普段でもあるでしょ?そう言った依頼。でも今回は最大級な依頼をしようかと思っている。この仕事をもし受けたら、終わったあと…綺麗さっぱり忘れて欲しい。そういった内容。詮索もして欲しくない。意図を読んで欲しい…無理かい?」

いっぺんに言われて圧倒されてしまったキコヌは口がハクハクと動いてしまう。

「ぼ、僕で良いんでしょうか!?」

ひっくり返った声を出して、勢い良く質問する。

「……正義感溢れる、新人の君が良いんだよ」

「新人の僕が……」

キラキラと瞳が輝き出すキコヌ。そんな嬉しい言葉は有るだろうか。

「僕、僕、本当に腕はイマイチなんですけど。頑張ります!人の為になりたくて魔法士になったんです。正義のためと言われたならば断る理由はどこにもありません!」

フワームは微妙な気持ちでキコヌを見る。彼は将来有望な魔法士なのだろう。天才的ではないにしても、きっとこの先順調に人々に力を貸していくのだろう。この依頼の件に関わって、もしも王家に睨まれるような事があれば、新人のキコヌは最悪消されてしまうかもしれない。そんなリスクまで説明すべきか、それでも彼に依頼するか正直迷うところである。将来と天秤にかけて依頼を受けるだろうか……

「もし、本当に依頼をして受けて貰ったら…事前の話し合いをすると思う。今日、私がこういった依頼の話を持ちかけた事さえ誰にも匂わせないで欲しい。分かるかな?」

「はい!お困りの方にはどんな方であっても手を差し伸ばします。あ!極悪非道な方だと流石にちょっと……」

「ふっそれは無い。しかし例えそうだったらどうする?何でもかんでも思ったままを口にするのは身を滅ぼすかもしれない。君はそう言った職業をしているんだよ。正義感はとても良い事だ。しかし君は攻撃系が得意ではないんだよね?戦えないのなら、身を守る方法を考えておく事だ。魔法士は一見煌びやかな職業だが、危険と隣り合わせだと肝に銘じておいた方が良い」

フワームはこの若い未来の希望溢れる新人魔法士に罪悪感を感じ、余計な忠告までしてしまう。キャスがいたら肩入れし過ぎだ、とフワームが注意されてしまうだろう。しかし腹の探り合いなどの淀んだ関係性と無縁の新人、前途有望なという意味ではナノと被るところもある。ついついお節介を妬いてしまう。魔法士なんて能力の強い職業、遅かれ早かれ甘い誘惑や汚い仕事に触れるだろう。それでも、こんなに瞳をキラキラとしている若者は、出来ればこのままでいて欲しい。それは成熟した魔法士に触れてきた数日間で更に強く思ってしまう。

「明日、また来るよ……良く考えて欲しい」

「はい……」

まだ、世の中の汚い部分を上辺のみしか知らないキコヌはよく分からず返事をする。親切な騎士の人だと思っている。
フワームは店を出てため息を着く。かなり際どい事を言った自覚がある。もっとさらりと言えなかったものか。しかしフワームの心の中には罪悪感があるので騙し討ちに出来なかった。

(俺も甘ちゃんなんだな……)

非常になり切れない心優しい第2隊隊長はナノにさえそれを見破られている。キャスが夢中になるフワームの魅力の一つだ。
フワームが店を離れてからまた新人魔法士の店のドアが開く。あまり客が訪れない店に新しい客が入って行く。その客が持ち込むものはキコヌが目指す魔法士になり得るものなのだろうか…
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