上 下
37 / 40
第2

36話

しおりを挟む
「当たり前です!」

「でも……僕は、大勢の人に……いなくなった方が良いって思われてる……か、か……家族…にも」

「ナノニス様!血の繋がりだけがご家族ではありません!!ここの方々は?フドー食堂のご夫婦は?」

瞬きをしたナノの瞳から涙がポロリと落ちる。

「私も、ミリー城でお住まいの方々よりナノニス様を大切に思っています」

「僕は…僕を棄てないと…いけないって…だって…だって…兄上達が……」

いっそう強く握るシュシュルの両手。

「大変失礼ですが…王家という繋がりのみのティーヌ王子とビニモンド王子とは…心の距離が希薄ではないでしょうか?ナノニス様は親身になって、慈しんで下さる方々と出会うのが少し遅かっただけです。なので、ナノニス様……生きて下さい。これからもずっと」

「い、良いのかなぁ……うっ…でも……怖いよ」

ナノは裏切られる怖さを知ってしまった。深く傷付く怖さを知ってしまった。心が痛くて、辛くて、どうすることも出来ないあの感覚。自己否定する事で何とか守ってきた己の心をこの騎士たちに預けても大丈夫だろうか。不安は尽きないが、最終的には命が終わるだけだ。命を諦めたくせに心を守ると言う事は、口先だけで本当は命をも諦めていなかった。本当の意味で虚無になれば、命だろうが心だろうがどうでもよかっただろう。

(本当は…僕……生きたかったんだ……)

「裏切らないで……もう嫌なんだ……」

「勿論です!私はナノニス様に命を捧げます。この命、貴方のものです」

「僕、僕は……ナノニスで……良いの?」

か細く震える少年の肩にその場にいる大人は心を掴まれる。勇気を出して一歩前に進む瞬間に立ち会えたのだ。例え僅かな一歩だとしても、それは確かに前に進めた。

「あんた達に…食事なんて……持ってこなけりゃ良かったかね…」

いつの間にか開いていた部屋のドアからシュガーレが顔を覗かせていた。

「何度泣かせりゃいぃんだい……」

シュガーレはナノのすすり泣くような様子に静かに怒りを燃え上がらせている。

「揃いも揃って、床に這いつくばって何やってんだい!」

「あっ…シュガーレさん…ちが、違うんです」

「ナノは目がとけちまうよっ!ほら冷えてるからこのタオル」

シュガーレは机の上にお皿の乗ったトレーをガシャンと置いてナノの肩を抱き込んだ。そしてナノの手を掴んでいるシュシュルの手首をギュっと握りこんで睨む。

「どんな理由があろうとね、この子が泣くのは許せないんだよ。騎士団だろうが許さないよ」

その姿は紛うことなき母親の姿だった。

(あったかい……)

この状況でもナノは柔らかな感触に抱き締められて嬉しさを感じていた。母からこんな暖かなことをされたことは無い。単純に嬉しかった。自分が泣いていたら心配してくれた。

「あの、シュガーレさん。違うんです……僕が勝手に泣いちゃって……あの……この方達は…僕の事、心配してくれてて、あの…傷痕のことを教えてくれてたんです」

ナノは必死に説明する。心配してくれたのは嬉しいが、誤解はとかなければいけない。

「……そうなのかい?」

それでもシュガーレは疑わしそうに四人の騎士を見る。

「女将!私が泣かせるわけないでしょう!?」

シュシュルも心外だと言う。

「……あんたが1番信用ならないねぇ……色んな意味で……」

ジロリと見られてしまう副団長シュシュル。

「くくっ……確かに……」

その時、シュシュルの後ろから笑い声が聞こえてきた。今まで黙って成り行きを見守っていたモンジが我慢できずに笑い出す。

「フドー食堂の女将さん、貴方はこの方がどなたかご存知なのですね?」

「……ふん……予想はつくが……ナノはナノだよ」

(シュガーレさん……)

ナノはシュガーレの顔を見上げる。この人はどこまでも暖かい人だ。知ってて、知らないふりをずっと続けてくれていたのだ。手に持った冷たかったタオルも生暖かくなってきた。ナノは嬉しくてまた涙が溜まってきてしまう。

「また泣くのかい!?まったく……困った子だねぇ」

シュガーレは全く困ってなさそうに、そう言う。満足そうなため息をつくとシュガーは肘にかけていたカゴを揺らす。

「ここにパンが入ってる。あそこにはスープがある。込み入った話があんだろ?食べながらでも話しな。2階には暫く誰も来ないよ」

よいしょっと掛け声で立ち上がったシュガーレは部屋を出ていこうとする。急いでお礼を言うナノ。

「ありがとうございますシュガーレさん!」

「良いんだよ。ナノは子供のいない私たちに見守らせてくれて、心配させてくれた存在だよ。そんな体験は子供がいなきゃ出来ないからね!私たちこそ、ナノがいてくれて嬉しいのさ」

それだけ言うとサッサと部屋を出てドアを閉めてしまう。

「ちょっとここの女将、カッコよ過ぎませんか」

シュガーレの後ろ姿を見送って、ぽやっとしながら思わず呟いてしまったフワーム。

「ありゃ適わないな……」

モンジも苦笑混じりに言う。器の違いを見せつけられたようだった。

「ナノニス様はとても良い方に助けて頂いたのですね。女将の事は前から知っていましたが、改めて再認識させられました」

柔らかい笑顔で言われ、ナノはまるで自分が褒められたかのように嬉しかった。

「はい。ここの方達と出会えて良かったです」

「では王子、お食事を頂きながらお話を……」

「……分かりました。古城での事……話します。ナノニスとして…」

涙で赤くなった瞳だが、その眼差しはしっかりと前を見ていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さむいよ、さみしいよ、

moka
BL
僕は誰にも愛されない、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人を信じることをやめた奏が学園で色々な人と出会い信じること、愛を知る物語です。

前世である母国の召喚に巻き込まれた俺

るい
BL
 国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

BLドラマの主演同士で写真を上げたら匂わせ判定されたけど、断じて俺たちは付き合ってない!

京香
BL
ダンサー×子役上がり俳優 初めてBLドラマに出演することになり張り切っている上渡梨央。ダブル主演の初演技挑戦な三吉修斗とも仲良くなりたいけど、何やら冷たい対応。 そんな中、主演同士で撮った写真や三吉の自宅でのオフショットが匂わせだとファンの間で持ち切りに。 さらに梨央が幼い頃に会った少女だという相馬も現れて──。 しゅうりおがトレンドに上がる平和な世界のハッピー現代BLです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...