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第2
34話
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「あ…お食事ですか?……えーと…店内にどうぞ」
「……恐縮ですが…少々お話をさせて頂いても宜しいですか?」
モンジは、にこやかなまま相手が断れない雰囲気で聞いてくる。
「僕にですか?……僕は…隊長さんと話すような事……何も無いんですが…」
「古城の事件に巻き込まれたとか?」
「え…………」
心臓がドクリと音をたてたかと思った。
「モンジ!」
シュシュルがきつく睨み付ける。それでもモンジは気にせず話し続ける。
「今、魔物の爪の傷跡から毒の症状が出る症例が報告されまして…古城では魔物の目撃談もありましたし…。万が一があります」
「…………毒…………」
ドクドクとうるさい心臓。
「古城の事件の日、近くで倒れていたと聞きました。魔物の爪の傷跡……有りますよね?」
シュガーレに運び込まれた日のことはフドー食堂の者なら誰でも知っている事だ。傷だらけのナノを診てくれた医者もいる。いつもは隠しているが、傷跡があることを知っている人もいる。だから目の前の騎士がそれを知っていても食堂の人から聞いていれば知り得る可能性はある。しかし、こうも面と向かって聞かれたことは無かった。
「……私の隊で実際に被害が出ました。隊員の傷跡も見ています。王都の中でその可能性のある人に声を掛けているんです」
モンジは口を割らないナノに対して一瞬考えて、王子であるから聞いている訳では無いと遠回しに言う。
「毒……ですか?」
「はい、傷が治って、肌に傷跡として残った箇所から毒の効果が出るのです。なので、まだ知る者があまりいません」
ナノは急なことで戸惑ってしまう。シュシュルが言うかどうか迷っている隙にサクサク話されてしまった。シュシュルはナノの心の動きを心配していた、また暗い瞳になってしまわないか。
ナノは無意識に額にある傷跡を撫でていた。
「そこですか?失礼、見せて頂きます」
「え…………」
オロオロしている内にパッと帽子を取られてしまう。目深に被った帽子がなくなると、周りの明るさが感じられ、長い前髪がパラパラっと瞳を隠し目の前の騎士と壁を作る。一瞬の開けた視界、うるさかった心臓の音が止まった気がした。
「前髪を上げて頂いても…宜しいですか?」
「あ………」
ナノは身を固くしてしまう。俯いて、見られたくないと全身で訴える。
「モンジ…無理には…」
「良いですか?毒ですよ、毒なんです。私の隊員はもう治療してしまったので治っていますが、放置してしまった場合は何が起こるか分かりません。最悪の場合は命を落とす可能性だって…」
そこまで言って言葉を切る。シュシュルに肩を強く掴まれただけでは無く、目の前の少年の雰囲気が変わったからだ。強ばっていた身体から、諦めのような雰囲気を感じてしまったからだ。そして、モンジは自分の失言に気が付いた。ナノには言ってはいけないのだ。命が尽きる可能性の話を…あの事件以降、心のどこかで諦めがあるからだ。それはシュシュルの希望の言葉を簡単に打ち消してしまう呪いのような言葉。死んでしまえば楽になれるかも、と何度も思ったナノには慣れ親しんだ言葉なのだ。あっという間にそちらに引っ張られてしまう。
(くそっ……)
実際、喉元まで出かかった舌打ちと悪態だ。モンジはシュシュルと違う。優しい男では無い。
「毒の効果…本人だけとは限りませんよ」
汚いやり方だと自覚しているが、この状況を打破するには有効な手段だと思った。けして褒められたやり方ではないだろうが。
「え…………」
「言いましたよね?何が起こるか分からないと…毒を食らった本人だけの問題ではなく、周りをも巻き込む効果が現れた場合…どうしますか?」
「そ、そんな……」
さぁっと青くなるナノはこれ以上激しく動かないんじゃないかと言うくらい心臓がバクバクいう。思わず顔を上げてモンジを見つめる。シュシュルはナノの気持ちが動いたのを感じてグッと我慢する。このやり方は、ナノの気持ちをまるで無視している。
「僕のせいで……」
必死に胸元の服を強く強く握りしめる。今更だが、モンジは初めてナノの顔を確認できた。流石のモンジも軽く目を見開く。予想はしていた、話も聞いていた、しかし目の前には紛うことなき第5王子ナノニスがいた。
(本当に…生きていた…)
ナノはそれどころでは無い。恩人のフドー食堂の人達に迷惑を掛けるのを何より嫌うナノは頭の中で色んな感情が駆け巡る。
(ら、ラシューラシュー…どうしよう、どうしよう僕が居るだけで迷惑になってしまうなんて…そんなの、そんなの…)
「だ、だったら……それだったら…僕だけが死んでしまえば良いのでは…ないですか?死体も跡形もなく焼いてしまえば…」
「なんて事をっ!!」
我慢の限界に来たシュシュルが思わずナノの両腕を掴み揺すってしまう。
「そんな事…言わないで下さい!こ、ここの…ここのフドー食堂の方々は…貴方を助けたんですよ?酷い状態だったと聞きました…その…貴方を必死で助けたあの方々の気持ちを…踏みにじってしまいますよ!」
衝撃を受けたナノはボタボタっと涙を流す。胸元を握っていた手で前髪をクシャッと握り腕で顔を隠す。
「う……うぅ……ぅ~……うっ…………もぅヤダァ」
かすれる声に堪らず抱きしめるシュシュル。
ナノは、こんなに自分を嫌ったことは無い。身体だけでなく、心も醜くなってしまった気がした。利己的で嫌になる。可哀想な自分は居なくなってしまえとどこかでずっと卑下している。そう思う事で自分の心を守っているのだ。ナノは現実を受け止め切れないでいるままなのだ。心の傷はよりずっと深かった。
「……恐縮ですが…少々お話をさせて頂いても宜しいですか?」
モンジは、にこやかなまま相手が断れない雰囲気で聞いてくる。
「僕にですか?……僕は…隊長さんと話すような事……何も無いんですが…」
「古城の事件に巻き込まれたとか?」
「え…………」
心臓がドクリと音をたてたかと思った。
「モンジ!」
シュシュルがきつく睨み付ける。それでもモンジは気にせず話し続ける。
「今、魔物の爪の傷跡から毒の症状が出る症例が報告されまして…古城では魔物の目撃談もありましたし…。万が一があります」
「…………毒…………」
ドクドクとうるさい心臓。
「古城の事件の日、近くで倒れていたと聞きました。魔物の爪の傷跡……有りますよね?」
シュガーレに運び込まれた日のことはフドー食堂の者なら誰でも知っている事だ。傷だらけのナノを診てくれた医者もいる。いつもは隠しているが、傷跡があることを知っている人もいる。だから目の前の騎士がそれを知っていても食堂の人から聞いていれば知り得る可能性はある。しかし、こうも面と向かって聞かれたことは無かった。
「……私の隊で実際に被害が出ました。隊員の傷跡も見ています。王都の中でその可能性のある人に声を掛けているんです」
モンジは口を割らないナノに対して一瞬考えて、王子であるから聞いている訳では無いと遠回しに言う。
「毒……ですか?」
「はい、傷が治って、肌に傷跡として残った箇所から毒の効果が出るのです。なので、まだ知る者があまりいません」
ナノは急なことで戸惑ってしまう。シュシュルが言うかどうか迷っている隙にサクサク話されてしまった。シュシュルはナノの心の動きを心配していた、また暗い瞳になってしまわないか。
ナノは無意識に額にある傷跡を撫でていた。
「そこですか?失礼、見せて頂きます」
「え…………」
オロオロしている内にパッと帽子を取られてしまう。目深に被った帽子がなくなると、周りの明るさが感じられ、長い前髪がパラパラっと瞳を隠し目の前の騎士と壁を作る。一瞬の開けた視界、うるさかった心臓の音が止まった気がした。
「前髪を上げて頂いても…宜しいですか?」
「あ………」
ナノは身を固くしてしまう。俯いて、見られたくないと全身で訴える。
「モンジ…無理には…」
「良いですか?毒ですよ、毒なんです。私の隊員はもう治療してしまったので治っていますが、放置してしまった場合は何が起こるか分かりません。最悪の場合は命を落とす可能性だって…」
そこまで言って言葉を切る。シュシュルに肩を強く掴まれただけでは無く、目の前の少年の雰囲気が変わったからだ。強ばっていた身体から、諦めのような雰囲気を感じてしまったからだ。そして、モンジは自分の失言に気が付いた。ナノには言ってはいけないのだ。命が尽きる可能性の話を…あの事件以降、心のどこかで諦めがあるからだ。それはシュシュルの希望の言葉を簡単に打ち消してしまう呪いのような言葉。死んでしまえば楽になれるかも、と何度も思ったナノには慣れ親しんだ言葉なのだ。あっという間にそちらに引っ張られてしまう。
(くそっ……)
実際、喉元まで出かかった舌打ちと悪態だ。モンジはシュシュルと違う。優しい男では無い。
「毒の効果…本人だけとは限りませんよ」
汚いやり方だと自覚しているが、この状況を打破するには有効な手段だと思った。けして褒められたやり方ではないだろうが。
「え…………」
「言いましたよね?何が起こるか分からないと…毒を食らった本人だけの問題ではなく、周りをも巻き込む効果が現れた場合…どうしますか?」
「そ、そんな……」
さぁっと青くなるナノはこれ以上激しく動かないんじゃないかと言うくらい心臓がバクバクいう。思わず顔を上げてモンジを見つめる。シュシュルはナノの気持ちが動いたのを感じてグッと我慢する。このやり方は、ナノの気持ちをまるで無視している。
「僕のせいで……」
必死に胸元の服を強く強く握りしめる。今更だが、モンジは初めてナノの顔を確認できた。流石のモンジも軽く目を見開く。予想はしていた、話も聞いていた、しかし目の前には紛うことなき第5王子ナノニスがいた。
(本当に…生きていた…)
ナノはそれどころでは無い。恩人のフドー食堂の人達に迷惑を掛けるのを何より嫌うナノは頭の中で色んな感情が駆け巡る。
(ら、ラシューラシュー…どうしよう、どうしよう僕が居るだけで迷惑になってしまうなんて…そんなの、そんなの…)
「だ、だったら……それだったら…僕だけが死んでしまえば良いのでは…ないですか?死体も跡形もなく焼いてしまえば…」
「なんて事をっ!!」
我慢の限界に来たシュシュルが思わずナノの両腕を掴み揺すってしまう。
「そんな事…言わないで下さい!こ、ここの…ここのフドー食堂の方々は…貴方を助けたんですよ?酷い状態だったと聞きました…その…貴方を必死で助けたあの方々の気持ちを…踏みにじってしまいますよ!」
衝撃を受けたナノはボタボタっと涙を流す。胸元を握っていた手で前髪をクシャッと握り腕で顔を隠す。
「う……うぅ……ぅ~……うっ…………もぅヤダァ」
かすれる声に堪らず抱きしめるシュシュル。
ナノは、こんなに自分を嫌ったことは無い。身体だけでなく、心も醜くなってしまった気がした。利己的で嫌になる。可哀想な自分は居なくなってしまえとどこかでずっと卑下している。そう思う事で自分の心を守っているのだ。ナノは現実を受け止め切れないでいるままなのだ。心の傷はよりずっと深かった。
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