上 下
11 / 40
第1

10話

しおりを挟む
 何度打たれただろうか、背中が痛い。背中に心臓が有るみたいだ。ズクンズクン痛む。鞭が床に叩きつけられる音、空気を切り裂く唸る音、それを聞くだけで震え上がる。

「ふぅ……若い奴は良いな……歳いったのはイマイチでさぁ……さてと、酒が飲みたくなって来たな……休憩にするか……」

ナノニスはずっと握り拳を握りしめていたので、手の感覚がなくなっていた。

「ふはは…いい格好だな……国のお偉いさんがなぁ……お前の事が大好きな国王様はどうな顔すんのかねぇ……今のお前の格好を見てさ……ヒヒ」

男が満足そうに部屋から出て行く。
ナノニスの瞳からは涙が後から後からハラハラ流れている。ナノニスの体の下に隠れていた妖精が出てきて背中を飛び回る。

(何で……何でこんな事に……痛い……痛い…)

時々背中の痛みがフッと軽くなる時が有るが、すぐに痛み出す。妖精の力だろう、ナノニスをどうにか助けようとしてくれているみたいだ。

(あいつ、僕の事……ずっとエイリカだと思ってる。痛くて痛くて、違うって言う前に…あの音が聞こえて…うぅ……)

静かで、隣から聞こえていた声はもうずっと聞こえない。あの男はいつ帰ってくるのだろう。帰ってきたら、次は何をするつもりなのだろう。背中の痛みに隠れているが、目の上も痛い。どこもかしこも痛い。
ナノニスはピクリとも動けなかった。うつ伏せて、ハラハラ泣くばかり。そんなナノニスの目の前に妖精の光が見えた。

「小さい…………何で……君は……僕の、こと…」

勢いのなくなった妖精の飛び方。ナノニスの涙にくっついてくる。フワッと光ったかと思ったら、丸かった光が人型になった。小さな人形みたいに、背中には蝶の羽みたいなのをパタパタさせて。輪郭だけ人型の妖精は緑の光の塊のまま。

「わ………すご……凄いね……でも、君は…大丈夫……なの?」

妖精はさっきより元気なく飛んでいるように見える。

「こんなに…小さい……のに、僕を……助けて…平気?」

(疲れてしまうよ。痛みが少し引いてる気がする…これが、この子の力なら…ずっと使ってる、さっきから。)

「ありがと……あいつ…には……君が、見えてないのかな…君、大丈夫?」

妖精が小さな手でナノニスの涙を拭いてくれる。あんなに小さな手、びしょびしょになってしまうよ、とほっと息を吐き出せた。全身に力が入ったままだったナノニスはようやく、呼吸ができた気がした。

「ねぇ……君に……名前……つけても……良い?」

ナノニスは何とか、他のことを考えたかった。現実的に痛い背中。けれど、あまりにも常軌を逸したこの状況、悪い夢を見ているようだ。

「良いのかな?…………えと、……ら、ラシュー……ラシューって……どう、かな?」

妖精は両手を広げてナノニスの鼻に抱きついてきた。気に入ってくれたみたいだ。

「ありがとう……ラシュー……背中…痛いの…少し、無くなったよ」

ラシューと呼ばれた妖精はまたしても嬉しそうにナノニスにくっついて来る。表情がないのに、この子の感情が伝わってくる。
それまでナノニスにくっついていたラシューが高く飛び、クルクル部屋の中を回っている。そしてナノニスの元に降りてきて、服の端っこを掴んでいる引っ張っている。

(まさかっ…あの男が戻ってくるの!?)

耐えられない、これ以上なんて耐えられない。ナノニスは絶望的な気持ちになる。痛くて動けそうに無いのに、ラシューはグイグイ引っ張る。両手を床について、痛みが走る背中に苦労しながら起き上がる。へたり込んだ状態で一息つく。

「無理だよ……逃げるの?でも、見つかったら……どうしよう……魔物もいるんだよ……どうしよう」

遠くで大きな音がして、空気が震えた気がした。

「え…………」

金属音が聞こえる。これは、剣と剣がぶつかり合う音だ。

「あ、あ、……ラシュー…騎士団だ」

(助かったんだ、騎士団が助けに来てくれたんだ。もう大丈夫なんだ…)

安堵のため息を吐いたナノニスだったが、いきなり部屋に飛び込んできたあの男の登場で一気に緊張する。

「てめぇ……呼びやがったな……この野郎…逃げる前に一発やらせろ!王子を汚してやるっ!」

「っ!!な……」

憎々しそうに見てくる男の手がナノニスに伸びてくる。咄嗟に後ろに逃げるナノニス。建物の中から、ワーっと大勢の声が聞こえてくる。あと少し、時間を稼げば、きっと助かる。

「逃げんなっ!本当はもう少し痛めて、歪んだ表情の奴をヤルのが良いんだけどよ。今は時間が無い…早くこっちに来い」

尚も捕まえようと伸びてくる男の手。こんな狭い部屋でおまけにナノニスは満身創痍、逃げおおせるはずもなく、男に捕まってしまう。

「ヒヒ、捕まえたぞ。この背中…今触ったら、痛いだろうなぁ」

ゾッとする事を平然と言うこの男。ナノニスは同じ人間として考えられなかった。ニヤつく男の影から唸り声が聞こえた。

グルルルルゥゥ……

ナノニスと男は弾かれるように音の方を見る。そこにはヨダレを垂らした魔物がいた。あれは怒った顔だ、唸りこちらを睨みつけてくる。

「おいおい……お前……どう、どうした?」

男が焦り出す、魔物がこんなに威嚇してきたことは初めてだった。男が声をかけた途端、魔物が飛びかかってきた。

「うわぁぁぁーー!!がぁぁあっ!!」

目の前で人が襲われている。魔物に馬乗りにのられ男は必死に腕でガードしているが、その腕に刺さった牙は深そうだ。ラシューがナノニスの服を引っ張る。今しかチャンスはない。痛む背中に顔を歪めながらソロソロと部屋を出て行こうとする。

「待てぇ!!許さねぇぞっ!ぐあっコイツ、なんでだぁ!!」

魔物を手懐けるなど、到底無理な話だったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

無自覚な

ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。 1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。 それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外 何をやっても平凡だった。 そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない そんな存在にまで上り積めていた。 こんな僕でも優しくしてくれる義兄と 僕のことを嫌ってる義弟。 でも最近みんなの様子が変で困ってます 無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。

さむいよ、さみしいよ、

moka
BL
僕は誰にも愛されない、、、 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 人を信じることをやめた奏が学園で色々な人と出会い信じること、愛を知る物語です。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

処理中です...