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認めたくないきもち
《35》
しおりを挟む彗は少し離れた所から唯一たちの様子を見ていた。緋縁の悩み相談をしたいと言っていた唯一。でもそれは唯一自身もゆっくり自分の気持ちに向き合いたいと思っているのではないかと考えていた。
噂と違って2人は無垢で純粋だった。初めて唯一をちゃんと見た時、可愛いので声をかけたら直ぐになびくと思っていた。予想外の反応に最初はムキになっていた。だけど唯一の人柄を知るうちにすっかりハマってしまったのだ。
(あぁ……可愛い…小動物みたいなのにちょっと口悪くてハッキリものを言う所もポイント高いよな…つつくと直ぐに反応してくれるし…抱いたらどうなんだろぉ…抱きてぇ…)
結局、若い男の頭の中の行き着く先は、皆同じだった。
「分からないことも言ったら?急すぎて着いていけないって。ゆっくりしてって……あ~……聞かないかなぁ」
ハハハと笑う里葉。いつものニコニコ笑っている顔と違う魅力的な笑顔だった。
「里葉さん、学校と違いすぎる。そんなに魅力的なのに…勿体ないです」
「僕は、いいんだよ。今のままで」
少し寂しげに笑う里葉。
「俺、今回のことで里葉さんに言われた<噂は独り歩きする>って、凄くよく分かりました。噂って怖い。人から人に何気なく伝わったことが誰かの生活を変えちゃうこともあるんだ…コウだって、俺の噂を聞いて動いたんだし…」
「真実はベールに隠されて噂が前面に出ちゃうってね。里葉、待ち人来たよ」
「あ、うん。緋縁くん、これだけは伝えないといけないんだ。隊長が、動き出した。緋縁くんを制裁するつもだよ。会長に相談して」
(制裁……リンチっ!)
真面目な顔をして里葉は緋縁に言った。そして彗に目配せをして席を立つ。
「じゃあね、唯一くん、緋縁くん。またね」
里葉は待ち人の元へと去っていった。
「ヨリ、制裁ってなに?」
「……痛めつけるって、里葉さんが……」
「集団暴行、リンチだね」
彗が訳知り顔で付け足す。唯一は驚愕のあまり目と口を大きく開けて息を飲んでいた。
「ん~聞き流せないなぁ。サキちゃん、そんな物騒な学校辞めてうちに来たら?」
「なんで……先輩がいつの間にか会話にはいってるんですか?…今日はそっとしておいてくれるって言ってたのに…」
唯一が唇を突き出してブツブツ言っている。そして渋い顔のまま足元を見る。
「固いこと言わないでよ~もうお悩み相談は終わったようなもんでしょ?ゆいちゃんがこんなに近くにいてほっとけないよね~」
「あ、ヨリ。連絡先!交換しようよ。この間はそんな暇なかったでしょ。誰かのせいで僕とヨリが遠ざけられちゃったから」
「だってさぁ回り回って黒龍にゆいちゃん取られたくなかったからぁ…じゃ、俺とも交換しよ?」
「え、ガードの総長さんともですか……」
「そ、そ、何かあった時のためにね?コウとは?もう連絡先も知られちゃってるの?」
「いえ、多分まだだと…」
「あはーまたぶっ殺されそう~。俺の方が先越しちゃったのね…ふふふ。コウも詰めが甘いなぁ。あ、ゆいちゃんこれは浮気じゃないからね?」
「そもそも、付き合ってませんから」
「ちぇ~いつになったらGOサイン出してくれるのさぁ……俺も襲っちゃうってばぁ」
「ばかばかばか!」
緋縁はそんなやり取りを生暖かい眼差しで見ていた。これは痴話喧嘩だ、と。人の事だとよく見えるのに、自分のことになると途端に分からなくなる。もう1人自分がいて、皇輝とのやり取りをはたから見れればいいのに、と思ってしまった。
緋縁も分かっていることはある。皇輝に対して好意があるかどうかと言われれば有る。そして怒っている。許せない狼藉を働いた奴だ。でもその先が、ぼんやりとしている。無意識にストップを掛けているのか、認めたくないってことなのか、分からない。しかし、唯一と里葉と話して大分スッキリとした。これで来週から皇輝と会っても慌て方が変わりそうだ。
(ってもっと大問題があるじゃん!どうしよう、否が応でもコウと会わないと…でも俺から言うって…言いづらいなぁ)
「ヨリ、学校戻らないとダメ?うちに来る?」
「イチ…大丈夫。なんとかしてみるよ」
「コウをいっっぱい使ってやんな」
心配気な唯一を残し、緋縁は門限もあるので先に帰ることにした。里葉が一緒に帰ってくれると申し出てくれ、連れ立って帰っていく。
「ヨリ、心配だな……制裁って…大丈夫かな」
「そうだね、心配だね。でも、各方面の人が動いているみたいだし、コウを信じてみよう。大丈夫、サキちゃんのことに関しては命懸けの男だから」
「先輩……」
いつの間にやら唯一の肩に回された彗の腕。
「ところで先輩、この手、なんですか?」
「えぇ~いいじゃんこれくらい~本当は抱きしめて、ちゅうしたいのに、これで我慢してる俺って偉くない!?」
唯一は、ふぅとため息をして俯くのみだった。
「あれ?ゆいちゃん?文句言わないの?俺チャンスを逃さない男なんだよね~いいの?ちゅう」
「ちゅうは嫌です。でも肩に手を回すぐらいなら…そんなに嫌じゃないかなぁって考えてました。さっき、里葉さんがヨリに言ってたことが…ちょっと引っかかって…」
「ふぅ~~ん」
ニヤニヤしながら顔を近づけてくる彗。
「ちゅうは嫌だって僕言いましたよ」
「どれぐらい近づいたらダメなのかなぁって。肩に手を回して、抱き寄せて、密着するのがOKならもう少し近づいても良いでしょ?」
「僕のこと、丸め込もうとしてませんか?」
「ゆいちゃんは鋭いねぇ?サキちゃんくらいポヤってしてると勝手に転がってくれそうだよね」
「そういうタイプが好みなら僕は辞めませんか?」
「本当に?良いの?」
唯一は困った顔で彗の腕を見つめる。
「僕、3次元の人と付き合うとか、恋愛するとか無いと思ってたんです。だから……戸惑ってるし、現実的じゃ無いんです…きっと、嫌になると思いますよ」
「そんなの付き合ってみないと分かんないでしょ?俺は大丈夫だと思ってるけどね」
「僕は大丈夫じゃありません。リアルに傷つくの、慣れてないんです」
「大事にするよ?信じられない?ゆいち……」
彗が唯一の手を取りその甲にキスを落とす。
「ちょっと……考えてみます」
「マジで!?やった……里葉様々だ!」
「考えるだけ!考えるだけですよ!?まだ付き合うって言ったわけじゃないですよ…」
「いーのいーの、前進前進!前向きに、よろしくお願いしま~す」
にっこにっこと溢れんばかりの笑顔を向けられる。自分の返答次第でこんなに人を喜ばせることが出来るのか、と衝撃に近い感情に支配される。
(ヨリはきっと不安でいっぱいなのに…僕は何をしてるんだっ…どうにか…何かしてあげられないのかな)
心に影を落とした唯一の様子に彗も気が付き
「ゆいちゃんが心配でたまらないことは、俺も取り除いてあげたいから声かけてみるよ?だから心配し過ぎないで、笑って。サキちゃんはゆいちゃんの大事な友達だもんね。俺だって酷い目にあって欲しくないって思ってるから」
「はい。先輩……お願いします」
「ん~~いいね。その響き…」
心なし潤んだ瞳で見つめてくる唯一の頬を優しく撫でる彗。2人のあいだには甘い雰囲気がただよい始めていた。
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