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緊張のまいにち
《20》
しおりを挟む緋縁たち一般生徒の洗濯事情は各学年の居住スペースにランドリールームが設置されている。調度、談話室の真上に位置する場所だ。各個人自由に出入りでき、朝も早く6時から夜は10時まで使える。運動部の生徒は頻繁に通うが、緋縁はそんなに頻繁に通ってはいなかった。何時でも清潔で洗濯機と乾燥機がズラリと並んでいた。盗難防止のために防犯カメラも設置され、お洒落なコインランドリーの様な雰囲気であった。
「結構たまってたなあ…」
緋縁は佐藤からの情報により、週末の混むのを避けて平日に来ていた。あの談話室のニアミス事件から数日が過ぎていた。生徒会が活動しているこの授業終わりすぐの時間、まだ放課後校舎に人が残っている時間にいち早く洗濯しに来ていた。
(流石にあの後すぐにはこういう雑多な事やる気になれなかったなぁ…下着がそろそろ無くなるって)
ほとんどの生徒がまだ校舎にいるはずだが、緋縁はあの談話室での一件以来、部屋から出るのが怖くなっていた。ざざっと洗濯物を洗濯機に放り込んでボタンを押す。そしてキョロキョロと周りを確認してから部屋に急ぎ足で戻る。
(2時間後…ここが一番危ないよな~…でも仕方ない、パンツのためだ!)
乾燥まで一気に済ました後は長く入れっぱなしにして置けない。終わった後に放置するとクレームが来るのだ。しかも今回は名前入りの体操服も入っている、言い逃れは出来ない。2時間、ソワソワと気になりながら時間を潰す。
(よし、時間ピッタリなはず。終わった後のホカホカの匂いが好きなんだよなぁ)
2時間後、ランドリールームにまたしてもキョロキョロとして来た緋縁は先客がいる事に気が付いた。
(あれ?もう終わったと思ってたけど…まだ後5分あるな…どうしよ…5分だし、ここで待つか…)
緋縁の洗濯物がまだ回っていた。もう一度部屋に帰るような時間ではないのでそのまま待つことにした。乾燥中の機械に触れると温かかった。
「よっすーお前もやってんの?」
「おー明日外出だからさぁ今日やっちゃおうかと思って。休みの日って混むじゃん?」
「確かにー」
先客の生徒が緋縁より後に来た生徒と言葉を交し、会話をし出した。2人とも見たことの無い生徒だった。まだまだ4月、緋縁はクラスメイトの名前と顔を覚えるだけで精一杯で、他のクラスの人までは覚える余裕がなかった。何となく彼らに背を向けながら俯き加減でスマホをイジる。もちろん、部屋を出る時はフードを被っていた。
「外出って例の?」
「そうそう、あれだよ」
言葉を切って、心持ち小声になってから
「黒龍の集まり」
ピクリッ……
嫌がおうにも反応してしまう。ここは黒龍の巣窟なのかとスマホをタッチしていた指先が止まる。冷や汗が背中を流れたような感覚がした。知らず聞き耳を立ててしまう。
「あそこのBARだっけ?」
「そうそう、1番街の外れの所。お前は?まだ入らないの?」
「あーうん…まだ考え中~」
「そういえばさ、3番街のゲーセンに双黒ってよくいたじゃん、最近はどうなの?俺あんまり3番街の方行かないからさぁ」
「あーあー双黒ね、最近見ないんだよ~。つっても片割れはここ1・2週間よく見るって」
「え?片割れだけ?2人揃ってるのがいいのにぃ」
「3番街のジムっつーゲーセンでは見かけるって話だって。黒いパーカーが寂しそうだってさ」
(3番街のジム……俺がよく行ってた所だ)
ピーピーピー
乾燥まで終わり機械音が鳴る。
蓋を開けホカホカの洗濯物を取り出していく。
(俺が行ってたときは双黒なんて聞いたこと無かったけどな…新しい人がいるのかな…)
「わっお前それ汚っ」
「寝ぼけてトレーぶちまけた…」
「マジかー…明日の外出の時早めに行って3番街覗いてみようかな~双黒のファンなんだよねー」
「1番街と3番街ちょっと離れてるじゃん」
「だから早めに出るんだよ」
洗濯物を全て出し終えた緋縁は持ってきていた大きめの袋に詰め込み、そそくさとランドリールームを後にした。部屋について洗濯物を出す。焦って詰め込んだので、しわくちゃになりそうだ。スマホを握りしめて見つめる。懐かしい場所の名前を聞いた。緋縁には半年前のあの事件以来気になっていることがもうひとつあった。ゲームセンターで一緒に遊んでいた唯一と連絡が取れなくなっていたことだ。
(イチどうしたんだろう…何かあったのかな…)
自分のことを棚に上げて唯一の心配をする緋縁。一度思い出してしまうと会いたくなってしまう。
(明日は土曜日、俺も外出届け出して外に出てみようかな…ジムに行けばイチに会えるかもっ…でも夜の街かぁ…どうしよ………さっきの人達…黒龍は1番街にいるって言ってたよね…)
この半年会えていない、心配でもある。そして半年程自分も遊んでいない、夜の街から遠ざかっていたからだ。
(久しぶりに行ってみようかな…)
個室から出てリビングに行く、同室者の田中がいた。田中とは付かず離れずのいい距離で生活出来ていた。お互いベッタリとした付き合いは得意ではなく苦手で、一人の時間をそれぞれ無理なく大事にできていた。
「田中くん、おかえり。今ランドリーから帰ってきたんだ」
「ただいま、多咲くんはしっかりしてるね。一人暮らし初めてなんでしょ?」
「そんな…初めてだからまだ張り切ってるのかも。あ、そうだ明日は外出しようと思ってるんだ。帰りは門限ギリギリかも…」
「分かった、ハメ外しすぎないようにね」
田中は同じ空間にいて、とても楽になれる雰囲気を持った人物だった。生徒会の派手な見た目に胸焼けを起こしそうになった時、田中の地味めな外見はほっと出来たのだ。
そして次の日、お昼過ぎ頃に門の外に出た緋縁は思わず後ろの建物をじっと見上げた。強固な門で外界と断絶された敵の魔王が住むお城みたいだとイメージしてしまい、ぴったり過ぎて引きつった笑いがでそうだった。
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