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緊張のまいにち
《15》
しおりを挟む寮に帰って来た緋縁、ふぅと一息ついて荷物を置く。一瞬止まった後、頭を掻きむしり膝から崩れ落ちベットに上半身だけをダイブさせる。ベットに顔を押し付けて唸る。
「ううう"う"ぅぅ~~~」
(有り得ない……有り得ない!…あーりーえーなーいぃ~~~!…何でだ?何でなんだ!?なんでっ!…くそ~~アイツの執着半端なくない?いや、待て、まだ噂だ。まだ俺の事探してるかどうかは分からない…落ち着け、その他大勢だ…接点なんかない、会うはずもない!)
緋縁は無理矢理自分を落ち着かせ、私服に着替えて学食に向かうことにした。昨日整理したクローゼットを開ける、一番端っこにある服を見る。黒いパーカーだ。そう、あのコウのパーカーだ。逃げ出した時少しでも人目を避けたくて拝借した物だ。袖を通し、外に出てフードを被ってから失敗したと思ったのだ。まるでコウに抱きしめられているかのようにコウの香りで胸がいっぱいになってしまった。家に置きっぱなしにも出来ず、何故か手元に置いておきたい衝動にかられ、持ってきてしまった。
ふいっと視線を逸らす。明る目のパーカーとジーパンというラフな格好に着替える。クローゼットの扉を閉める時スと、目線は黒いパーカーを見詰めてしまう。あのコウの部屋から逃げてきて以来癖になっている習慣だ。本人も気付いているか甚だ微妙な所だか、コウという存在は確かに緋縁の中に息づいてしまっていた。
腹を空かせた新しい友人が待っている食堂に向かう為部屋を出る。
「いや~今日は何を食べようかな~」
佐藤は楽しそうにお昼への期待を膨らます。
「多咲は昨日から寮に入ってるんだよな?じゃあもう使い方大丈夫?」
井上が親切に聞いてくれる。
「あ、うん、なんとか…昨日はキョロキョロしちゃって……まだ慣れないけどね」
この寮の食堂はカフェテリア方式で、最初にトレーを持って好きなメニューの皿を取っていく。定額の料金を払っているので指定された数までなら好きに取れる。不正をしないように職員が目を光らせている。もちろん+αで料金を払って指定の数以上食べることも可能だ。デザート類は数に含まれていないので甘党の緋縁は悩みどころだ。
「高等部の学食も似た感じなの?」
「あーどうだろう…俺らもまだ行ってないんだよね、中等部と校舎違うからさぁ~」
「あ、そっか、そうだよね」
「でも大した説明ないから似たりよったりだろ」
井上のクールな返事が帰ってくる。
昨日食べて知っているが、ここの食事は美味しい、世間一般的な学食のメニューもあるが授業の鐘の音同様、どこか小洒落ているメニューもある。数さえ守れば色んな味を試せるのだ。しかし、別途料金が発生する場合がもう一つある。大盛りとステーキだ、高校生の分際で学食にステーキとは昨日初めて見た緋縁は思わず二度見してしまった。別料金の色分けに置かれた皿はとても手が出なかった。しかも注文を受けてからその場で焼いてくれるのだ、焼き加減まで指定できる。
今日の佐藤の説明で何となく腑に落ちたステーキ皿。見えない階級が確かにあるのだと思った。
「おっれっは~今日は…うどん!」
えらく楽しそうにメニューを決める佐藤。
「佐藤って人生楽しそうだよね…」
底抜けの明るさは今の緋縁にとって羨ましく思えた。
「え、うん。確かに…でもあれは、バカなんじゃないか?」
井上は何処までもクールだった。
各々食事を選び席に着く、佐藤と井上が横に並び佐藤の前に緋縁が座る。緋縁はドリアを選んでいた。
(パンも好きだから悩んだけど、今はチーズが食べたい。お腹は空いてるけどあんまり入ってくれそうもないな…はぁ…)
「多咲それだけ?足りる??」
佐藤は自分のトレーと見比べる。
「うん、まだ本調子じゃないのかも…いっぱい情報詰め込んで胸焼けしそうだし」
マスクを外しながら答える。頭の中はコウ一色で見つかるんじゃないかと不安からとてもじゃないが食欲は湧かなかった。見つかる不安と捕まったら半殺しくらいされるのでないか、といった恐怖があるので食欲はあるはずが無かった。
「多咲くんは佐藤と違って繊細なんだよ」
「俺ふぁって…ずずっ…ハートは…ずずずっ」
「食べるか喋るかどっちかにしろっ汚いなぁ」
うどんをすすりながらも喋る佐藤に更に冷めた視線を送る井上。スポーツ爽やかイケメンはただの体育会系の男子高校生だと心底理解している井上ならではの視線だった。
「ん"ん…俺だってね、ハートはブレイクなのよ」
「は?もう壊れてんの?ガラスのハートって言いたいのか?」
「あ、そんな感じ」
「今の会話でまったく繊細さを感じられんが」
「細かいこと言うなよ~取り敢えず、俺のハートも傷付きやすいから気をつけてね」
「やっぱりバカだ」
「…ぷっ……アハハ…コントみたいっ…ハハッ」
緋縁の目の前で始まった佐藤と井上の気のおけないやり取りを見て、思わず吹き出してしまった。先程まで不安と恐怖に意識を引きずられそうになっていた緋縁だが、一気に高校生活が楽しみになってきていた。
(気分が上がる…俺って単純だなぁ)
「いやいや、笑い事じゃないからね、多咲」
「ふふ…うんうん二人が仲いいのは分かったよ」
「多咲くん…ニュアンスが…受け入れ難いな」
そんな三人のほのぼのランチタイムが過ぎて行こうかという時、食堂が俄にざわめき出す。
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