この気持ちに気づくまで

猫谷 一禾

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すべてのはじまり

《13》

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「それにしても、カワイコちゃん先生LIME送り過ぎ。」


 スマホから未読の通知を開く。


『こんばんは。今何してる?』
『今日は英語の授業当てられても出来てたね♡』
『返事くれないと泣いちゃうよ?』
『おーい』
『LIMEは5分以内に返信するのがマナーだよ?』
『もしかして寝ちゃった?』


 そんなマナー聞いた事ねぇよ!

 最初のメッセージは30分前。その後、5分に一通のペースで送られてきていた。

 むしろ返事がないのに追加で送って来る方がマナー違反だと思う。


『先生は送り過ぎです。普通に返事を待ってからメッセージを送って下さい。』


 これで良し……
『もう! 遅いよ! すぐに返事くれないと女の子は拗ねるんだからね?』


 早ぇよ!

 一瞬で返事するなっ! 怖いわっ!!


「もうこれは電話した方が良くないか……? いちいちメッセージを返すのも面倒だ。」


 俺はLIMEの通話ボタンをタップした。


「もしもし?」

『もしもーし。こんばんは。電話くれるなんて嬉しいなぁ。』


 電話の向こうからカワイコちゃん先生の明るい声が聞こえてくる。


「先生、送り過ぎです。」

『そんな事はないと思うんだけど……。』


 そんな事あるんだよ。


「ちゃんと俺が送ってから返事を下さいよ。」

『えぇ?』

「言う事聞かないとフロリダしますよ?」

『それはやめて! 脅しなんて酷いじゃない。』


 おい。どの口が言ってやがる。


「先生に言われたくないんですけど?」

『何で?』


 自分の言動を振り返ってみて欲しい。まさか、脅迫したという自覚がないのだろうか?


「先生も脅してきたじゃないですか。」

『そんな事してないけど。』

「英語の成績下げるって言ってたじゃん。」

『それは仕方ないよ。ああでもしなきゃ、恋梨君は治療を受け入れないでしょ?』


 俺が病気みたいに言うなよ。


『ねぇねぇ。今みたいにタメ口で話して欲しいな。学校の時間じゃないんだからそっちの方が良いよ。』


 やべっ。つい心の中のツッコミがそのまま出てしまった。


「すみません。」

『良いって。むしろそうして貰わないと、先生と生徒って感じで気疲れしちゃう。』


 そっか。

 先生にしてみれば、プライベートの時間まで仕事してるように思ってしまうのかもしれないな。

 だが、教師による恋愛指導というお題目は果たしてどこへ行ってしまったのか。


『ついでにミイコって呼び捨てして欲しいなぁ。』


 それはハードル高過ぎだろ。


「先生、それは……」
『ミ・イ・コ!』

「……ミイコさん。」


 年上を呼び捨てにするのはどうにも気が咎める。このくらいで勘弁して欲しい。


『ま、今はそれで良いよ。』

「えっと、はい。」

『ところで、急に電話なんてどうしたの? 私の声が聞きたくなっちゃったとか?』

「ミイコさんがLIMEを連続で送って来るからです。返信するより電話した方が早いと思いまして。」

『もう! また敬語!』


 敬語使えなくて怒られるならともかく、敬語使って怒られるってのもなかなか無い気がする。

 まぁ、言いたい事は分かるんだけどさ。


「すみま……ごめん。年上の人にタメ口って慣れなくて。」

『恋人だと思って接して貰わないと困るよ?』


 いつの間に恋人に昇格したんだ。この人本当に教師として大丈夫か?


「恋人って話じゃなかったと思うんだけど……。」

『恋人だと思って接してもらう事で、よりドキドキ感が出てくると思ったの。だから素直に受け入れて。』


 強引過ぎる。その情熱が一体どこからやってくるのか皆目見当がつかない。


「ミイコさんから好かれているのは取り敢えず分かったけど、どうしてそこまで……」

『それはね。あなたの担任になったからよ。』


 どういう事? 全然意味が分からん。


『担任って事はそれなりに個人情報も知る機会があるわけ。自分を助けてくれた人の情報を知っていくうち、どんどんのめり込んじゃってね。』


 先生、それはストーカーの思考です。


『今はかなり恋梨君の事知ってると思うよ? 身長、体重、血液型に生年月日、家族構成や性格。好きな食べ物に交友関係。勿論SNSも特定してフォローしてるよ?』


 SNSの特定はガチっぽいからやめろ。


「どうやってそんな事調べたの?」

『クラスの生徒にちょっと聞き取り調査をね。』


 やめて。


「……それはいくらなんでも怪しまれない?」

『全然だよ。だってカモフラージュで恋梨君以外の生徒の事も聞いたからね。皆熱心な先生だとしか思ってないんじゃない?』


 カモフラージュって言うな。聞かれた他の生徒が不憫だろ。

 まるでアイドルにハマって何から何まで調べ出たがるアイドルオタクみたいな人だな。


「ミイコさんはハマり易いタイプなんだね。」


 精一杯頑張ってオブラートに包んだ結果、この表現に落ち着いた。


『何で分かるの? 恋梨君って意外と私に興味ある?』


 違げぇよ! ポジティブに考え過ぎだろ!


『あっ……でも、性癖は知らないんだよね。どんなプレイが好き?』


 教師が生徒にプレイ言うな。


「あの、それは流石に……」

『あんなセクハラみたいな発言しといて今更恥ずかしがられてもねぇ。』


 確かに指導室でムラムラするとか言っちゃったけどさ。


「やっぱセクハラは良くないかな……と。」

『大丈夫、私の方から聞いたんだし。それで?』

「特にはない……と思う。そもそも経験がないのでなんとも。」

『そう……なら今度家庭訪問してあげる。どんなエロ本持ってるか見せてね?』

「嫌だ。」

『もしかして本じゃなくて動画派?』


 どうしようこの人。


「そろそろ寝よう。」

『え? まだ五分ちょっとしか話してないよ?』

「ミイコさんがセクハラするので寝たくなってきた。」

『やだやだやだっ! やぁだー!』


 こ、こどもかよ……。


『恋人は電話で3時間くらいお話するのが普通だもぉぉん!』


 長過ぎだろ! 絶対におかしい。

 でも……それが普通のカップルだったりするのか? 待て待て、だとしてもそんなに長電話してられるかよ!


「ダメ。」

『わーかーりぃーまーしーたぁー。2時間で我慢しますぅぅ。』


 物凄く不満そうに無茶な要求をする先生。


「勉強もしなきゃいけないし30分で。」

『勉強? そんなもの社会に出たって何の役にも立たないよ。』


 教師がそれを言ったらオシマイでしょ!?


「一応、受験生だし。」

『今の成績なら志望校合格は間違いなし! なんだったら私が教えるから。』

「それは結構です。」


 この人に個人受業されると脱線ばかりになりそうだ。


『もしかして遠慮してるの? 私は先生なんだし気にしなくて良いのよ?』


 何でそうポジティブなんだ?

 遠慮じゃなくて拒否のつもりで言ったんだけど。


『分かった分かった。ちゃんと成績が下がらないように教えてあげるから。毎週日曜日は家に来てね。』

「はい?」

『毎週日曜日は私の家に来る事。』


 何言ってんだこの人。


「家に行くのはダメでしょ。」

『女教師と男子生徒、二人きりの個人受業を人目につく所でやる方がダメしょ。』


 何でそんなエロい言い方にするんだよ。


「ミイコさんは一体何をするつもり?」

『や、やだなぁ。ちゃんと勉強を教えるよ? ちょっと恋愛の勉強もするだけで……。』


 何故焦る?


『兎に角! これは決定事項。恋梨君の受験が失敗したら私も悲しいし、ちゃんと勉強は見てあげます!』


 何て強引な。

 まぁ、考えようによっては無料の家庭教師がついたと思えなくもない……のか?


「そこまで言うなら……お願いします。」

『任せて! こっちは教えるプロ。安心して任せてくれて良いからね。』


 不安だ、とても不安だ。変な事になったらどうしよう……。

 こちとら性欲だけはあるんだ。迫られたら我慢出来なくなる恐れだってある。流石に体だけの関係は申し訳ないから自制したいところだ。

 恋愛出来ないから責任取れないし…………


『どうして黙ってるの?』


 考え事に没頭していたようだ。


「ごめん。ちょっと考え事を。」

『もしかしてドキドキしてくれてるとか?』


 どちらかと言えばハラハラの方だな。


「えーっと……。」

『ちょっとでもそう感じてくれたら嬉しいな。』


 先生の声からは喜びの感情が伝わって来る。

 わざわざ否定してそれを台無しにするのも何か違うという気がするな。


「まぁ、その……ちょっとだけ。」

『ふふっ。恋梨君の治療も順調ね。卒業までには間に合いそうだわ。……ぐふふ。』


 ぐふふ?


「今、変な笑い方した?」

『え? してないけど。テレビじゃない?』


 テレビという割にはハッキリ聞こえたぞ。でも、本当にそんな事してないって感じで言ってるし……俺の聞き違いか?


『ところでさ、恋梨君は女性のどんな服装が好み?』


 随分唐突だな。


「制服かなぁ……。」

『制服って、学校の?』

「そう。」

『なにか理由があるの?』

「身近な女子と言えば学校の女子達ってのがある。だからなんとなくそう思ってさ。」

『あぁ……てっきり変な趣味があるのかと思っちゃったよ。』


 変な趣味ではないだろ。第一、俺自身が高校生なんだから女子の制服が好きでもそれ程変じゃないはず……だよな?
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