求め続けたモノ

猫谷 一禾

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はじまり

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「こちらを向け、カナゲ」
「…………」

顔から火を吹きそうで、恥ずかしくて恥ずかしくて躊躇してしまう。ピクリと身体は反応すれどもアルセにこの赤くなった顔を向ける勇気が足りない。

「私の言うことが聞けないのか…」
「む、向きます……」

顔の熱はちっとも引いてくれないが、こう言われてしまっては向くしかない。

(酷い顔をしているはずだ……)

カナゲはまだ顔を赤くしたまま枕から顔を上げ、アルセの方を向く。

「カナゲに教えておく。朝起きたら必ず挨拶をしろ、分かったな?」
「え……はい」

アルセは素早くカナゲにキスをする。

「覚えたか?」
「へ?」
「やはりカナゲは1度では無理なのだな」

アルセが呆れたようにヤレヤレと首を振りながら再度キスをしてきた。

「あ、あの……これは……」
「だから、朝の挨拶だと言ったが?」
「え、えぇ!……これ、が……ですか?」
「そうだ、明日からはカナゲからしてこい」
「……明日……から…」

(明日……今日、殺されることは無いってことか…ん?……からって……続けるって意味だよな…え?続けるのか…)

「え、俺から!?」
「やっと理解したか…根気よく教えなければ駄目なようだな……カナゲは」
「うぐっ……」

(な、なんで甘い声で言うんだ??)

「朝食にする」
「は、はい」
「……念の為に言っておく、私がこの離れにいる時はカナゲは私の傍にいるのだ。一時も離れること無く一緒に行動をする。カナゲはこの離れから出ることを許さない。分かったな?」
「はい。旦那様の言う通りに……」
「よし」

それからアルセは身支度を整えキチンとした格好をしている。カナゲはその様子をじっと座って待つように言われていた。

(俺は……どうするんだろう……)

カナゲは自分の服装を見る、寝る前と同じ淡い青色の羽織りを1枚着ているだけだ。モソモソと身体を動かす。

(ここへ来た時の服は捨てるように言っていたよな……確かに今着ているこの羽織の方が上等だ。でもこれでは……)

「行くぞ、食事は違う部屋だ」
「はい」

そっと肩に腕を回される。

「あの……」
「なんだ」
「あの、俺は……あの……」
「ハッキリ言え」
「あの、この格好のままで……失礼では無いですか?あの……寝る時に着るもののようですし…」
「あぁ、カナゲはそれが似合っているからそれで良い。ここで私に意見する者はいない」
「……はい」

(俺が……なんだか……恥ずかしいんだけど……)

アルセにそのままでいろと言われ、それ以上は聞けなくなってしまう。
離れの屋敷の奥まったアルセの部屋から出口付近の初めて入る部屋に来た。この建物は扉が全て横に開くようになっていた。初めて入る部屋の中には既に食事が用意されていた。大きな机に椅子が8脚、ゆったり座れる広さだ。そこに2人分温かな食事が向かい合わせで置いてある。

「そちらに座れ」
「っ!!……本当に……俺も?」
「座れ」
「はいっ……すみません……」

この5年で見ることの無かった温かなご飯。おかずも5品はある。カナゲは口を開け、キラキラとした目でじっと目の前の食事を見てしまう。

「旦那様、失礼します。これで足りますでしょうか…育ち盛りの体には少ないかと……」
「ふっ……育ち盛り……カナゲ」
「へ?」

食事に目を奪われていたカナゲはよく聞いていなかった。アルセは面白そうに世話係とカナゲを見て口を広く。

「カナゲ、育ち盛りだと言われているぞ」
「え、俺……ですか?」
「そうだ、どうしても幼く見られるな。食事の量は足りそうか?」
「え!こんな沢山の食事は初めてです!」
「…………そうか。だそうだ…ついでに、カナゲは19だ。成長は止まっているみたいだ」
「それは…失礼しました」

アルセは昨日の今日で大分見かけが小綺麗になったカナゲを見る。質素な生活であっただろう事が予想出来たが髪は艶やな黒でパチリとした大きな二重の瞳。その色は少し灰色がかっていて不思議な雰囲気を醸し出す。鼻は可愛くちょこんとしていてポテッとした唇とで全て幼く見えた。

(昨日、今日とで堪能したあの唇は柔らかく甘かったな…青は清潔に見えるな…緑や茶も昼なら良いだろう……夜はもう少し怪しげな色が良い)

カナゲはアルセの視線が値踏みをしているようで落ち着かなくなる。顎の下に手を当てて何やら考えている。まだ食事に手を付けていないのでカナゲが食べる訳にはいかなかった。

(た、食べたい……こんな豪華な食事…気が引けるけど……この人が座れって言ってたし……これ、俺食べれるんだよね…)

落ち着かない様子でアルセを見てくるカナゲ。その様子にようやく気が付いたアルセが鼻で笑う。

「待てをされている子犬みたいだな…食べろ」
「でも……旦那様が食べてからでないと……」
「私が許可している」
「あ……」

不安そうに瞳が揺れる。

「まさか……今まであの家族との家では…」
「え?あ、もちろん…俺は残った物を最後に…」
「……いいから食べろっ」
「はい、いただきます」

カナゲはホカホカとした食事を口に運び、いっそうキラキラとした目になった。それからは夢中で食べ始めた、アルセが苦々しい顔をしていたとは知らずに。
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