10 / 24
はじまり
«10»
しおりを挟む「こちらを向け、カナゲ」
「…………」
顔から火を吹きそうで、恥ずかしくて恥ずかしくて躊躇してしまう。ピクリと身体は反応すれどもアルセにこの赤くなった顔を向ける勇気が足りない。
「私の言うことが聞けないのか…」
「む、向きます……」
顔の熱はちっとも引いてくれないが、こう言われてしまっては向くしかない。
(酷い顔をしているはずだ……)
カナゲはまだ顔を赤くしたまま枕から顔を上げ、アルセの方を向く。
「カナゲに教えておく。朝起きたら必ず挨拶をしろ、分かったな?」
「え……はい」
アルセは素早くカナゲにキスをする。
「覚えたか?」
「へ?」
「やはりカナゲは1度では無理なのだな」
アルセが呆れたようにヤレヤレと首を振りながら再度キスをしてきた。
「あ、あの……これは……」
「だから、朝の挨拶だと言ったが?」
「え、えぇ!……これ、が……ですか?」
「そうだ、明日からはカナゲからしてこい」
「……明日……から…」
(明日……今日、殺されることは無いってことか…ん?……からって……続けるって意味だよな…え?続けるのか…)
「え、俺から!?」
「やっと理解したか…根気よく教えなければ駄目なようだな……カナゲは」
「うぐっ……」
(な、なんで甘い声で言うんだ??)
「朝食にする」
「は、はい」
「……念の為に言っておく、私がこの離れにいる時はカナゲは私の傍にいるのだ。一時も離れること無く一緒に行動をする。カナゲはこの離れから出ることを許さない。分かったな?」
「はい。旦那様の言う通りに……」
「よし」
それからアルセは身支度を整えキチンとした格好をしている。カナゲはその様子をじっと座って待つように言われていた。
(俺は……どうするんだろう……)
カナゲは自分の服装を見る、寝る前と同じ淡い青色の羽織りを1枚着ているだけだ。モソモソと身体を動かす。
(ここへ来た時の服は捨てるように言っていたよな……確かに今着ているこの羽織の方が上等だ。でもこれでは……)
「行くぞ、食事は違う部屋だ」
「はい」
そっと肩に腕を回される。
「あの……」
「なんだ」
「あの、俺は……あの……」
「ハッキリ言え」
「あの、この格好のままで……失礼では無いですか?あの……寝る時に着るもののようですし…」
「あぁ、カナゲはそれが似合っているからそれで良い。ここで私に意見する者はいない」
「……はい」
(俺が……なんだか……恥ずかしいんだけど……)
アルセにそのままでいろと言われ、それ以上は聞けなくなってしまう。
離れの屋敷の奥まったアルセの部屋から出口付近の初めて入る部屋に来た。この建物は扉が全て横に開くようになっていた。初めて入る部屋の中には既に食事が用意されていた。大きな机に椅子が8脚、ゆったり座れる広さだ。そこに2人分温かな食事が向かい合わせで置いてある。
「そちらに座れ」
「っ!!……本当に……俺も?」
「座れ」
「はいっ……すみません……」
この5年で見ることの無かった温かなご飯。おかずも5品はある。カナゲは口を開け、キラキラとした目でじっと目の前の食事を見てしまう。
「旦那様、失礼します。これで足りますでしょうか…育ち盛りの体には少ないかと……」
「ふっ……育ち盛り……カナゲ」
「へ?」
食事に目を奪われていたカナゲはよく聞いていなかった。アルセは面白そうに世話係とカナゲを見て口を広く。
「カナゲ、育ち盛りだと言われているぞ」
「え、俺……ですか?」
「そうだ、どうしても幼く見られるな。食事の量は足りそうか?」
「え!こんな沢山の食事は初めてです!」
「…………そうか。だそうだ…ついでに、カナゲは19だ。成長は止まっているみたいだ」
「それは…失礼しました」
アルセは昨日の今日で大分見かけが小綺麗になったカナゲを見る。質素な生活であっただろう事が予想出来たが髪は艶やな黒でパチリとした大きな二重の瞳。その色は少し灰色がかっていて不思議な雰囲気を醸し出す。鼻は可愛くちょこんとしていてポテッとした唇とで全て幼く見えた。
(昨日、今日とで堪能したあの唇は柔らかく甘かったな…青は清潔に見えるな…緑や茶も昼なら良いだろう……夜はもう少し怪しげな色が良い)
カナゲはアルセの視線が値踏みをしているようで落ち着かなくなる。顎の下に手を当てて何やら考えている。まだ食事に手を付けていないのでカナゲが食べる訳にはいかなかった。
(た、食べたい……こんな豪華な食事…気が引けるけど……この人が座れって言ってたし……これ、俺食べれるんだよね…)
落ち着かない様子でアルセを見てくるカナゲ。その様子にようやく気が付いたアルセが鼻で笑う。
「待てをされている子犬みたいだな…食べろ」
「でも……旦那様が食べてからでないと……」
「私が許可している」
「あ……」
不安そうに瞳が揺れる。
「まさか……今まであの家族との家では…」
「え?あ、もちろん…俺は残った物を最後に…」
「……いいから食べろっ」
「はい、いただきます」
カナゲはホカホカとした食事を口に運び、いっそうキラキラとした目になった。それからは夢中で食べ始めた、アルセが苦々しい顔をしていたとは知らずに。
1
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話
ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。
βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。
そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。
イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。
3部構成のうち、1部まで公開予定です。
イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。
最新はTwitterに掲載しています。
平凡腐男子なのに美形幼馴染に告白された
うた
BL
平凡受けが地雷な平凡腐男子が美形幼馴染に告白され、地雷と解釈違いに苦悩する話。
※作中で平凡受けが地雷だと散々書いていますが、作者本人は美形×平凡をこよなく愛しています。ご安心ください。
※pixivにも投稿しています
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる