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3章
気に入ったのは……
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冬の寒空の下。わたしは興常さんと2人、世田谷ボロ市で、ある露店の前で置物をみていた。
(……この置物、やたらめったら可愛い……!)
わたしの心をギュッと鷲づかみしたのは、10センチくらいのミニサイズの置物。
3頭身の小さな男の子と女の子の磁器製の人形が仲よく並んでる。
やさしくあたたかな作風でみているだけで、ほっこりしてきちゃう。
雰囲気としてはオランダの民族衣装を着た幼い男の子と女の子がチュ! ってキスしてる民芸品。あの小さな恋人たちの雰囲気に似ているかな。
この置物は、キスはしてなくて、よりそっているだけだけど、ほのぼのとした仲むつまじいムードがただよっている。
「サキはその置物が気にいったのか」
隣にいる興常さんがわたしに聞いてきた。
「……えっと」
と言ったきり黙ってしまう。
さっきまでのわたしは、たぶん目を輝かせて小さな置物をながめていたんだろうけど……今のわたしは置物からも興常さんからも視線をはずしてしまう。目がおよいでるって状態だ。
(だって、ここで『うん、とっても可愛いからすっかり気に入っちゃたよ』と答えたら、きっと――)
沈黙するわたしだったけど、興常さんはそれを『置物は気に入ったけど、遠慮して答えられない』と解釈したみたい。(その予想は当たってる)
「店主、こちらの品をいただこう」
興常さんは、そう言って店主の男性に現金を手渡した。
(わわっ! 興常さん、またわたしに贈り物を買おうとしてる……っていうか、もう買っちゃった――)
彼、興常さんはあやかし。今の興常さんは人間の若者の姿をしているとはいえ、れっきとしたキツネのあやかしだ。
そして、興常さんは、あやかしだけど人間の世界で流通している現金もたくさん持っている。
今年の4月の月末、初めて興常さんがわたしにアパートの家賃と食費を入れた封筒を渡してきたときは、かなりおどろいてしまったものだけど……。
あやかしである興常さんが現金を差しだしても、店主の男性は別段おどろいた様子はみせていない。
この男性は、興常さんのことを『和服を着た青年』としか思ってないようだ。(たまにあやかしをあやかしだと判定できる人間もいる。わたしにはそんな能力ないから、興常さんがキツネになったり、顔と体は人型のままキツネの耳とシッポがある姿になったり『神通力』をみるまで、彼があやかしだとは、わからなかった)
店主の男性は明るい声で告げた。
「はいよ、毎度あり! そうだ、おまけに これもつけとくよ」
気前よくそう言うと彼は、5センチくらいの小さな小さな木彫りの置物を手にとった。
その木彫りの置物は、サイズの小ささもあいまって、他の置物に隠れてわたしの視界には入ってこなかったものだった。
この置物も充分すぎるほど可愛い――2匹のキツネが仲よさそうに よりそっている。
「わぁ、ありがとうございます」
感激するわたしに店主の男性が言う。
「キツネっちゅーもんは、つがいの相手を変えないってことで、縁結びや夫婦円満のご利益があって縁起がいいらしいからね」
そうだったんだ!
露店の店主の言葉に、キツネのあやかしである興常さんはしみじみとうなずく。
「店主の言うとおりだ。キツネは、つがいの相手を変えたりせぬぞ。しかも ただ単につがいになるのではない。オスも子育てに加わる……21世紀の言葉でいったらイクメンだな」
えっ! お父さんキツネがお母さんキツネに子育てをまかせきりにしないのは、野生動物として、とてもめずらしいと思うし、わたしにとっては初めて聞く動物トリビアだ。
でも、たくさんの人でにぎわっている通りの露店での会話なのに、なんというか興常さんのセリフは『自分もイクメンになるよ』アピールに受けとられかねなくない? それはわたしの気にしすぎ?
さいわい店主は、わたしたちをひやかすでもなく、
「お兄さん、キツネにくわしいね~」
と話しながら、置物を手早く新聞紙につつんでくれた。
こんなに、ほっこり可愛い置物が割れたりしたら悲しいものね。磁器の置物、頑丈につつんでいただき、ありがとうございます。
わたしは、店主の男性から包装の終わった磁器の置物と木製の置物を受けとった。
(……この置物、やたらめったら可愛い……!)
わたしの心をギュッと鷲づかみしたのは、10センチくらいのミニサイズの置物。
3頭身の小さな男の子と女の子の磁器製の人形が仲よく並んでる。
やさしくあたたかな作風でみているだけで、ほっこりしてきちゃう。
雰囲気としてはオランダの民族衣装を着た幼い男の子と女の子がチュ! ってキスしてる民芸品。あの小さな恋人たちの雰囲気に似ているかな。
この置物は、キスはしてなくて、よりそっているだけだけど、ほのぼのとした仲むつまじいムードがただよっている。
「サキはその置物が気にいったのか」
隣にいる興常さんがわたしに聞いてきた。
「……えっと」
と言ったきり黙ってしまう。
さっきまでのわたしは、たぶん目を輝かせて小さな置物をながめていたんだろうけど……今のわたしは置物からも興常さんからも視線をはずしてしまう。目がおよいでるって状態だ。
(だって、ここで『うん、とっても可愛いからすっかり気に入っちゃたよ』と答えたら、きっと――)
沈黙するわたしだったけど、興常さんはそれを『置物は気に入ったけど、遠慮して答えられない』と解釈したみたい。(その予想は当たってる)
「店主、こちらの品をいただこう」
興常さんは、そう言って店主の男性に現金を手渡した。
(わわっ! 興常さん、またわたしに贈り物を買おうとしてる……っていうか、もう買っちゃった――)
彼、興常さんはあやかし。今の興常さんは人間の若者の姿をしているとはいえ、れっきとしたキツネのあやかしだ。
そして、興常さんは、あやかしだけど人間の世界で流通している現金もたくさん持っている。
今年の4月の月末、初めて興常さんがわたしにアパートの家賃と食費を入れた封筒を渡してきたときは、かなりおどろいてしまったものだけど……。
あやかしである興常さんが現金を差しだしても、店主の男性は別段おどろいた様子はみせていない。
この男性は、興常さんのことを『和服を着た青年』としか思ってないようだ。(たまにあやかしをあやかしだと判定できる人間もいる。わたしにはそんな能力ないから、興常さんがキツネになったり、顔と体は人型のままキツネの耳とシッポがある姿になったり『神通力』をみるまで、彼があやかしだとは、わからなかった)
店主の男性は明るい声で告げた。
「はいよ、毎度あり! そうだ、おまけに これもつけとくよ」
気前よくそう言うと彼は、5センチくらいの小さな小さな木彫りの置物を手にとった。
その木彫りの置物は、サイズの小ささもあいまって、他の置物に隠れてわたしの視界には入ってこなかったものだった。
この置物も充分すぎるほど可愛い――2匹のキツネが仲よさそうに よりそっている。
「わぁ、ありがとうございます」
感激するわたしに店主の男性が言う。
「キツネっちゅーもんは、つがいの相手を変えないってことで、縁結びや夫婦円満のご利益があって縁起がいいらしいからね」
そうだったんだ!
露店の店主の言葉に、キツネのあやかしである興常さんはしみじみとうなずく。
「店主の言うとおりだ。キツネは、つがいの相手を変えたりせぬぞ。しかも ただ単につがいになるのではない。オスも子育てに加わる……21世紀の言葉でいったらイクメンだな」
えっ! お父さんキツネがお母さんキツネに子育てをまかせきりにしないのは、野生動物として、とてもめずらしいと思うし、わたしにとっては初めて聞く動物トリビアだ。
でも、たくさんの人でにぎわっている通りの露店での会話なのに、なんというか興常さんのセリフは『自分もイクメンになるよ』アピールに受けとられかねなくない? それはわたしの気にしすぎ?
さいわい店主は、わたしたちをひやかすでもなく、
「お兄さん、キツネにくわしいね~」
と話しながら、置物を手早く新聞紙につつんでくれた。
こんなに、ほっこり可愛い置物が割れたりしたら悲しいものね。磁器の置物、頑丈につつんでいただき、ありがとうございます。
わたしは、店主の男性から包装の終わった磁器の置物と木製の置物を受けとった。
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