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3章
やってきました、ボロ市に!
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(ここが、世田谷ボロ市かぁ……)
わたしは、現在同居中の興常さんと都内の冬に開催される『ボロ市』に来ていた。
――世田谷ボロ市――。
東京都の無形民俗文化財で、なんと440年以上もの歴史を持つ市だという。
(それにしても……。人、人、人で すごい にぎわいだな)
今、わたしが立っている通りの左右には、たくさんの露店がならんでいる。
平日の昼間、しかも外の気温はけっこう低い冬日にもかかわらず、あたりは人でごったがえしていた。
隣にいる興常さんとは、いつもより腕がぴったりくっついてるけど、この人だかりなのだからしかたがない。
キツネのあやかしである興常さんは、人の姿になることができるわけだけど……。人間の若者の姿のときの興常さんは、とても背が高いから、もしもわたしたちのうちどちらかが人ごみに流されてしまっても――たくさんの人の中から興常さんをみつけることは難しくなさそう。
興常さん、今日も着物だし。
いくら興常さんが高身長の和装イケメンだから大人数の中にいても探しやすそうとはいえ、最初から はぐれないように注意しとこうっと。
たとえば人の波に流されて、前方に興常さんがいることはわかっている状況になったとして……。この人数を押しのけて、ずんずん前に進んでいくのは困難かも。将棋倒しにでもなったら一大事だ。
(ボロ市には、1日で20万人ほどの人間がどっと押しよせると、前もって聞いてはいたよ。……でも)
言葉で聞いただけじゃ20万人なんてケタが大きすぎて、なんだかピンとこなかった。
にじゅうまんにん? ずいぶんお客さんがくる大きな催しなんだね~くらいにしか感じなかった。
だけど今まさに! 20万人も訪れるイベント、その、見渡す限りの人の多さをまざまざと実感してる最中。
ボロ市は午前中から夜まで、長ーい時間やっているから、たった今この時間にここにいる人たちの人数は20万には、とどいてないんだろうけど……。
(それでも、こんなに人がいっぱいいる中で、迷子なんて、いや!)
わたしはほとんど無意識に――。興常さんの着物の袂をキュッと つかんでしまった。
でも、それは一瞬のこと。
興常さんは、着物の袖から自分の手を出し、わたしの手を直接にぎってきた。
(……!! お、興常さん?)
人間に変身しているだけあって、興常さんの手は人とおなじようにあたたかい。そのぬくもりが、わたしの心臓をトクンと跳ねさせる。
(……わ、わたしたち、今日べつにデートでここに来たわけじゃないんだよ。興常さんがすっごい昔にもボロ市に訪れたことがあるって言うから。あ、そのころはボロ市って名称じゃなかったらしいけど――。とにかくわたしは、興常さんの『本当の恋人』を探す何かの手がかりがつかめるんじゃないかって思ってボロ市に……)
興常さんの大きな手は、わたしの手をつないだまま放さない。
冷えていたはずのわたしの指先がぽかぽかしてくる。
鼓動も、いつもより はやくなってる。
そんなにしっかり、つながれたら……。
今、自分の手をつつんでいるのは興常さんの手なんだって、やたら気になってしまう。
それが、いやじゃないことも、胸のドキドキぐあいから実感しちゃって――。
(あ、今のわたし、興常さんのこと、かなり意識してる?)
わたしがどぎまぎしてると、興常さんは声をひそめ、ささやく。
「この人だかりだ。離れないようにしていたほうがよい」
……あれ? 興常さん、しごくまっとうなことを口にした!
普段はしょっちゅう、すっとんきょうなことを(おそらく本人は真面目に)言ってるのに。
わたしはつい数秒前まで、興常さんに、ある種のときめきのようなものを感じていたような気がするけど。
なんというか、彼がおもしろいことを言ったわけでも、甘いセリフをささやいたわけでもないおかげで、いつものわたしに戻れた気がする。
興常さんがわたしに「なんでそうなるのっ!?」って思わせる発言をしなかったことが、逆にわたしをおどろかせ、その衝撃がさっきまで高鳴っていたはずのときめく心を落ちつかせてくれたのかもしれない。
びっくりするとしゃっくりがとまるみたいに。
――わたしのさっきのときめきは、しゃっくりみたいなもの、だった???
それは、ともかく!
人だかりがすごいから離れないようにしていたほうがいいって興常さんの意見には賛成だ。わたしもそう考えてたところだし。
(……だって、この人数だもんね……)
わたしは興常さんと手をつなぐことに同意だという意味をこめて、コクンとうなずいた。
本当にものすごい人数の人間が、通りに密集しているのだから。
そもそも、今わたしと興常さんがいるこの通りには、『ボロ市通り』という通称があるらしい。
このまま歩き進んでいけば、世田谷にある代官屋敷もみえてくるという。
といっても、ボロ市通りは、約500メートルもあるらしいから、代官屋敷が視界に入ってくるのは、多分まだまだ先だろう。
(それにしても、ボロ市って、いろいろなものが売られてるな)
通りの左右に軒を連ねている露店であつかってるものは、店によってさまざま。
骨董品や食料品をはじめ、衣料品(洋服も和服も)、日用品、古書などなど。
実にバラエティにとんだ品ぞろえだ。
「あ!」
ある露店に目をとめたわたしは、おもわず声をだす。
※※※現在、賞にエントリーしている関係で推敲の終わったエピソードから公開しています。そのため、『◆3章のあらすじ』に書かれているエピソードの中には、まだ公開されていないものもあります※※※
わたしは、現在同居中の興常さんと都内の冬に開催される『ボロ市』に来ていた。
――世田谷ボロ市――。
東京都の無形民俗文化財で、なんと440年以上もの歴史を持つ市だという。
(それにしても……。人、人、人で すごい にぎわいだな)
今、わたしが立っている通りの左右には、たくさんの露店がならんでいる。
平日の昼間、しかも外の気温はけっこう低い冬日にもかかわらず、あたりは人でごったがえしていた。
隣にいる興常さんとは、いつもより腕がぴったりくっついてるけど、この人だかりなのだからしかたがない。
キツネのあやかしである興常さんは、人の姿になることができるわけだけど……。人間の若者の姿のときの興常さんは、とても背が高いから、もしもわたしたちのうちどちらかが人ごみに流されてしまっても――たくさんの人の中から興常さんをみつけることは難しくなさそう。
興常さん、今日も着物だし。
いくら興常さんが高身長の和装イケメンだから大人数の中にいても探しやすそうとはいえ、最初から はぐれないように注意しとこうっと。
たとえば人の波に流されて、前方に興常さんがいることはわかっている状況になったとして……。この人数を押しのけて、ずんずん前に進んでいくのは困難かも。将棋倒しにでもなったら一大事だ。
(ボロ市には、1日で20万人ほどの人間がどっと押しよせると、前もって聞いてはいたよ。……でも)
言葉で聞いただけじゃ20万人なんてケタが大きすぎて、なんだかピンとこなかった。
にじゅうまんにん? ずいぶんお客さんがくる大きな催しなんだね~くらいにしか感じなかった。
だけど今まさに! 20万人も訪れるイベント、その、見渡す限りの人の多さをまざまざと実感してる最中。
ボロ市は午前中から夜まで、長ーい時間やっているから、たった今この時間にここにいる人たちの人数は20万には、とどいてないんだろうけど……。
(それでも、こんなに人がいっぱいいる中で、迷子なんて、いや!)
わたしはほとんど無意識に――。興常さんの着物の袂をキュッと つかんでしまった。
でも、それは一瞬のこと。
興常さんは、着物の袖から自分の手を出し、わたしの手を直接にぎってきた。
(……!! お、興常さん?)
人間に変身しているだけあって、興常さんの手は人とおなじようにあたたかい。そのぬくもりが、わたしの心臓をトクンと跳ねさせる。
(……わ、わたしたち、今日べつにデートでここに来たわけじゃないんだよ。興常さんがすっごい昔にもボロ市に訪れたことがあるって言うから。あ、そのころはボロ市って名称じゃなかったらしいけど――。とにかくわたしは、興常さんの『本当の恋人』を探す何かの手がかりがつかめるんじゃないかって思ってボロ市に……)
興常さんの大きな手は、わたしの手をつないだまま放さない。
冷えていたはずのわたしの指先がぽかぽかしてくる。
鼓動も、いつもより はやくなってる。
そんなにしっかり、つながれたら……。
今、自分の手をつつんでいるのは興常さんの手なんだって、やたら気になってしまう。
それが、いやじゃないことも、胸のドキドキぐあいから実感しちゃって――。
(あ、今のわたし、興常さんのこと、かなり意識してる?)
わたしがどぎまぎしてると、興常さんは声をひそめ、ささやく。
「この人だかりだ。離れないようにしていたほうがよい」
……あれ? 興常さん、しごくまっとうなことを口にした!
普段はしょっちゅう、すっとんきょうなことを(おそらく本人は真面目に)言ってるのに。
わたしはつい数秒前まで、興常さんに、ある種のときめきのようなものを感じていたような気がするけど。
なんというか、彼がおもしろいことを言ったわけでも、甘いセリフをささやいたわけでもないおかげで、いつものわたしに戻れた気がする。
興常さんがわたしに「なんでそうなるのっ!?」って思わせる発言をしなかったことが、逆にわたしをおどろかせ、その衝撃がさっきまで高鳴っていたはずのときめく心を落ちつかせてくれたのかもしれない。
びっくりするとしゃっくりがとまるみたいに。
――わたしのさっきのときめきは、しゃっくりみたいなもの、だった???
それは、ともかく!
人だかりがすごいから離れないようにしていたほうがいいって興常さんの意見には賛成だ。わたしもそう考えてたところだし。
(……だって、この人数だもんね……)
わたしは興常さんと手をつなぐことに同意だという意味をこめて、コクンとうなずいた。
本当にものすごい人数の人間が、通りに密集しているのだから。
そもそも、今わたしと興常さんがいるこの通りには、『ボロ市通り』という通称があるらしい。
このまま歩き進んでいけば、世田谷にある代官屋敷もみえてくるという。
といっても、ボロ市通りは、約500メートルもあるらしいから、代官屋敷が視界に入ってくるのは、多分まだまだ先だろう。
(それにしても、ボロ市って、いろいろなものが売られてるな)
通りの左右に軒を連ねている露店であつかってるものは、店によってさまざま。
骨董品や食料品をはじめ、衣料品(洋服も和服も)、日用品、古書などなど。
実にバラエティにとんだ品ぞろえだ。
「あ!」
ある露店に目をとめたわたしは、おもわず声をだす。
※※※現在、賞にエントリーしている関係で推敲の終わったエピソードから公開しています。そのため、『◆3章のあらすじ』に書かれているエピソードの中には、まだ公開されていないものもあります※※※
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