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2章

第10話 生地は生地でも……

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 薄暗がりの大通りを歩いて、大学からアパート 沢樫荘へ帰宅中のわたしは――。真正面からわたしをみつめる興恒おきつねさんに告げられる。

「さあ、我らが住処すみか、沢樫荘に戻ろう。ちょうど夕飯用に生地を寝かせているところだ」

 ……生地?
 生地って、興恒さんは何の生地を寝かせているんだろう。

 今は人間の青年の姿をしているけれど、興恒さんはキツネのあやかし。
 人の姿にもキツネの姿にもなれるだけじゃなく、人の世の料理をつくるのも、とっても上手。どこでおぼえたのだか、和食だけじゃなく、いろいろな国の料理をつくれちゃう。

 とある事情で数週間前から興恒さんと同居しているわたしは、彼がつくるおいしい夕飯に毎日、感謝感激していた。……わたしも早く興恒さんみたいに美味な料理をつくれるようになりたいと思ってるものの、なかなかうまくいかないけど。

(生地といえば……わたしも今日、料理研究部でシュークリームをつくったけど――シュー生地が上手くふくらんでくれなくて失敗しちゃったんだよね)

 さっき自分でつくったシュークリームは、とても成功とはいえない出来だった。それを思いだし、ちょっと落ちこみそうになる。

「ん? どうした、サキ。そのようにかない顔をして。沢樫荘に戻りたくないわけでもあるのか」

 普段は大雑把おおざっぱな興恒さんなのに、たった今わたしの気分が下向きになったことには、なぜか気がついてくれたみたい。

 興恒さんを心配させちゃいけない。だって、わたし、興恒さんには料理研究部に入ったことをまだ秘密にしてるから。
 料理がうまくつくれるようになってから、打ちあけるって決めた以上、『今日、シュークリームをつくってみたんだけど上手にできなかったことを思いだしちゃっただけ』なんて答えられない。

 興恒さんは、わたしが料理をすることをやたら『危険』だと思っているから。……べつにそんなことないのに。(まだうまくつくれないだけで)
 わたしは向かいにいる興恒さんに不審に思われないように、できるだけ自然に話した。

「え、わたし憂かない顔なんてしてた? 沢樫荘に戻りたくない、なんて全然思ってないよ」

「そうか、それならよいが――」

 興恒さんは、わたしがなぜ『憂かない顔』をしていたのか、まだ少し気になってる様子。
 わたしは、興恒さんの正面から横へ移動し
「だから、もう沢樫荘に帰ろうよ。リンちゃんも待ってるだろうし」
 と、彼をせかす。

 興恒さんは、ようやく「そうだな」と、ほほえんだ。
 沢樫荘をめざし、ふたりでならんで、大通りを歩きはじめる。

 ……わたし、興恒さんに嘘は、ついていないよね。料理研究部に入部したことは秘密にしてるけど、部には入っていないとか別の部に入ってるとかは言ってないし。
 沢樫荘に戻りたくないとも思ってないし。

(それにしても興恒さん、夕飯用に生地を寝かせてるって言ってたけど、それが何の生地なのかは、いまだに謎だ。わたしが聞いてないから。……よし、質問しよう!)

「興恒さん、夕飯用の生地って何の生地?」

 彼は、一瞬考えるような表情をみせ、それから楽しげな声でささやく。大きな瞳をいたずらっぽく、ほそめる。

「そなたは何の生地だと思うか? 当ててみよ」

 ええっ! ……質問を質問で返されてしまった。
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