上 下
48 / 72
2章

第9話 これって、特別な行為にあたりますか?(2/2)

しおりを挟む
 大学から、アパート 沢樫荘への帰り道。
 薄暗がりの大通りで、わたしと向かいあっている興恒おきつねさんに、こんなことを言われてしまう。

「美味なる菓子を私にわけあたえるため、薄暗くなるまで黒餡の苺大福が売られている店をしらみつぶしに探さずとも……そなたの真心だけで充分なのだ。今後、帰りが遅くなりそうなときは私がむかえに参ろうぞ」

 ……あれれ?
 興恒さんの中では、わたしの帰りがいつもより遅くなったのは、興恒さん(とリンちゃん)へのおみやげの苺大福を買うために、いくつものお店を渡り歩いていたから……って、ことになっちゃってる!?

 興恒さんは、今は人間の若者の姿になっているけど、キツネのあやかし。いまごろアパートでお留守番してるであろうリンちゃんは、人の言葉を話す、青い火の玉。
 興恒さんとリンちゃんは、現在わたしと沢樫荘で同居中なんだけど、人間の常識や考えは伝わらないことがままある。(ちゃんと伝わるときもある)
 
 でもわたし、今日の朝、沢樫荘をでるとき……。
 「今日は帰りが普段より遅くなるよ」「夕方をすぎても大学に残るけど、夜になる前には帰って来るね」って、興恒さんとリンちゃんに、ちゃんと伝えたはずなんだけどなぁ。
 いつもより長く大学に残るのは、料理研究部の活動日だったからだし。

 まぁ、わたしも、料理研究部で部の活動として料理やお菓子をつくっていることは興恒さんにもリンちゃんにも、まだ話してないけど。上手く料理かお菓子がつくれるようになってから、
「実はこれ、わたしがつくったの。料理研究部って、あつまりに入って練習してたんだ」
 って打ちあける予定だから。

(部に入ったことを秘密にしてる以上、興恒さんが『サキは今日、大学にいつもより長く残ると言っていたが……あれは我らに贈る黒餡の苺大福を探し求めるための策、アリバイ作りであったのだろう』と早合点《はやがてん》してしまったとしても、しかたないのかもしれない……)

 そもそも興恒さんが、わたしが料理をすることを『いろいろな意味でとても危険だ』と思っていなければ、アパートの台所でも、どんどん料理の練習するんだけどなぁ。

 わたしが黙ったまま、ああでもないこうでもないと考えていると、興恒さんがわたしにささやいた。

「約束してくれるか、サキ。今後は私に美味なるものを贈るために、帰宅が遅くなるほど長い時間をかけて、たくさんの店をまわったりはしないと……。そなたの気持ちだけでうれしいというのは、誠の言葉だ。今日のそなたが、私の神通力がおよばぬほど遠くまで行っていないのは、気配でわかっているが」

 ……興恒さん――。いろいろ、間違っています……。最後の『遠くまで行っていない』っていうのは、あってるけど。

「えっと、今日、心配かけちゃったのは本当にごめんなさいだけど、わたし、いろんなお店をまわったりしてないよ。黒餡の苺大福を売ってるお店は元々知ってたけど……最近はお休みで。でも今日は、やってたから買えたの。場所も、この大通りにあるお店だから、帰宅中の通り道だし。だから、約束以前に、わたしは――」

 わたしの話を聞きながら、興恒さんは「うむうむ」といった雰囲気で何度もうなずく。……わかってくれたの?

「わかった。サキがそういうのならば、そういうことにしよう。そなたが私のためにほうぼう手を尽くし、苺大福を手に入れてくれた。けれど、そなたがその苦労を悟られたくないと思うのならば――私もその話にのろう。『サキは帰りがけに、通り道にある店で苺大福を買った。わざわざ探してはいない』これでいいか」

「へっ? これでいいも何も、本当にそのとおりなんだけど……」

 興恒さんは快活に笑った。

「はっはっは、そうであったな。サキがリンの前でそうしゃべっても、私は話をあわせるぞ。決してリンに『サキは通りすがりに買ったと言っているが、本当は我らのために何軒も何軒も黒餡の苺大福を探してくれたのだぞ。サキの心遣こころづかい、実にありがたいものだな』などと告げたりはしない。安心せよ」

 ……安心せよ、って言われても。
 あらためて、興恒さんの謎のポジティブさに面くらってしまう。
 彼はこう続けた。

「さあ、我らが住処すみか、沢樫荘に戻ろう。ちょうど夕飯用に生地を寝かせているところだ」

 ……生地?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

恵麗奈お嬢様のあやかし退治

刻芦葉
キャラ文芸
一般的な生活を送る美憂と、世界でも有名な鳳凰院グループのお嬢様である恵麗奈。  普通なら交わることのなかった二人は、人ならざる者から人を守る『退魔衆』で、命を預け合うパートナーとなった。  二人にある共通点は一つだけ。その身に大きな呪いを受けていること。  黒を煮詰めたような闇に呪われた美憂と、真夜中に浮かぶ太陽に呪われた恵麗奈は、命がけで妖怪との戦いを繰り広げていく。  第6回キャラ文芸大賞に参加してます。よろしくお願いします。

ブラック企業を辞めたら悪の組織の癒やし係になりました~命の危機も感じるけど私は元気にやっています!!~

琴葉悠
キャラ文芸
ブラック企業で働いてた美咲という女性はついにブラック企業で働き続けることに限界を感じキレて辞職届けをだす。 辞職し、やけ酒をあおっているところにたまに見かける美丈夫が声をかけ、自分の働いている会社にこないかと言われる。 提示された待遇が良かった為、了承し、そのまま眠ってしまう。 そして目覚めて発覚する、その会社は会社ではなく、悪の組織だったことに──

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

狐塚町にはあやかしが住んでいる

佐倉海斗
キャラ文芸
狐塚町には妖狐が住んでいる。妖狐の名前は旭。狐塚稲荷神社にて祀られてしまったことにより神格を与えられた「あやかし」だ。 「願いを叶えてやろう」 旭は気まぐれで人を助け、気まぐれで生きていく。あやかしであることを隠すこともせず、旭は毎日が楽しくて仕方がなかった。 それに振り回されるのは、いつだって、旭の従者である鬼の「春博」と人間の巫女「狐塚香織」だった。 個性的な三人による日常の物語。 3人のそれぞれの悩みや秘密を乗り越え、ゆっくりと成長をしていく。 ※ 物語に登場する方言の一部にはルビを振ってあります。 方言は東海のある地域を参考にしています。

カフェぱんどらの逝けない面々

来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
 奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。  大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。  就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。  ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。

処理中です...