43 / 72
2章
第4話 誰かと思えば
しおりを挟む
――ガタッ。
アパートに帰るため、大通りを歩いているわたしの耳に、不穏な物音が響いた。
空はもう薄暗がり。
今日は部の活動日だったし、帰り道にあるお店で、わたしと同居している興恒さんとリンちゃんへのおみやげに苺大福を買っていたから、この道を通る時間は、いつもより遅い。
(……何? 今の、なんだか不気味な音――)
音は、ななめ前から聞こえてきた。
視線を走らせると、そこはわたしが今いる通りから、路地の裏へと通じる道に枝わかれしている場所だった。
空は暗くなりかけているけど、路地裏への入り口付近にも街灯があって、その周囲は明かりによって照らされている。
そして、ほんの一瞬だけ黒い何かが、こちらをうかがうように路地裏から姿をみせ、また引っ込んだ……ようにみえた。
――黒い『何か』――
(あ、まさか……)
ビクリ――と、わたしの体が こわばる。
あの、黒い何かは、春休みにわたしの前にあらわれた黒い霊体かもしれない……。
以前みたいに手足をつかまれたら、必死で もがいても逃げられなくなっちゃう。
(そうなる前に――!)
今きた道を猛ダッシュで引き返そう。
いったん駅前まで戻って、遠回りにはなるけど、別の道を使って帰る。
決めるやいなやわたしは、路地裏へと続く道に背を向けた。
もはや一刻の猶予もならない状況かもしれない。一目散に走りだそうとした、その途端。
わたしの目の前に、人影のようなものがシュッとあらわれた。
あっけにとられたせいなのか、駆けようとしていたわたしの足はピタリと止まってしまう。
「……え?」
わたしの口からおもわず小さな声がこぼれた。
だって――。
全速力でここから逃げだそうとしていたわたしのまえに、アパートにいるはずの興恒さんが突然、出現したから。
「サキ、無事か?」
興恒さんが緊迫した様子でわたしに聞く。
彼に真剣なまなざしでみつめられたまま、わたしはコクコクと首を上下させた。
興恒さんはキツネのあやかしだけど、今は人間の姿をした和装男子。
彼はわたしをひきよせ、わたしの体をかばうような動作で、向かいあっていたわたしを自分の背後に移動させた。
あたりに緊張感がただよう。
(……なんで……興恒さんが、ここに……?)
わたしが疑問に思った――のと同時に、つい数秒前まで周囲を支配していた はりつめた空気がスッと消えた。
まるで、ドラマでそれまで恐ろしげなBGMが流れていたのが突然、止まるみたいに。
わたしだけの感想ってわけではないらしく、興恒さんもフーッと緊張の糸が切れたようなため息をつき、あがっていた肩をさげた。
……よくわからないけれど、今のわたしは危機的状況を脱したってこと?
わたしは背中ごしに興恒さんに質問してみた。
聞きたいことはいろいろあったけど、まずはさっき疑問に思ったことをそのまま問う。
「なんで、興恒さんがここに?」
わたしの質問は、興恒さんには意外だったみたい。
なんというか、彼の口調は……。『前にも説明したのに、おぼえてないのか』って雰囲気がにじんだ、少しさみしげなものだった。
「そなたが心で危機や恐怖を感じれば、その感情が私に伝わり、そなたのもとへあらわれることができる――と、以前、話したはずだが」
あ、そういえば……。
たしかに、興恒さんはわたしにそんなことを言ってた気がする。
だけど。
「……わたしが前にアパートの手前でつかまっちゃった黒い霊らしきものが、路地裏のほうからチラッと見えて――この場から逃げなきゃいけないって気持ちでいっぱいで……――」
正直、興恒さんが助けにきてくれるって言ってたの、忘れてた。速くここから去らなきゃって感情で頭が満杯だった。
会話につまってしまったわたしに興恒さんは語る。
「サキの危機や恐怖の感情が伝わってきたから、ここに来たが――そなたが今、黒い霊体かもしれぬと思っているものは霊ではない」
「……霊では……ない?」
「ああ、むろん人の世には霊以外にも、危機を感ずるものが多数存在しているだろう。だが、今日、サキが『黒い霊らしきもの』だと思った存在は、今のそなたにとっても恐れるにたらぬはずだ」
興恒さんは路地裏の入り口を長い指でさししめした。
わたしは興恒さんの背後から、彼が指さす先をみた。
すると。
さっきも聞こえたガタッという物音とともに――。
1羽の鳥が、ひょっこり体をだす。
鳥は黒みがかった灰色のハトだった。大通りの様子をさぐるように首をキョロキョロすると、また路地裏に引っ込んだ。
(……な、なんだぁ。ただのハトだったのかぁ)
獲物と決めた相手を1年間あきらめないという黒い霊体と、街に暮らすハトを思いちがいしてたなんて。
これじゃわたしも――。
わたし、谷沼 紗季音のことを『自分があやかしである記憶をなくしてしまったタヌキのあやかし』だとカンちがいしたまま、かれこれ数週間たつ興恒さんを、どうこう言えなくなってしまう。
路地の裏からこちらをみていた黒いものが、黒っぽい灰色の羽を持つハトぽっぽだったとわかったのは、よかった。
だけど、ホッとするのと同時に、とても恥ずかしくなってしまう。
興恒さんは背中を向けているから、彼から今のわたしの顔はみえていないのが、せめてものすくい。
そう思ったのも、つかのま――。
興恒さんはクルリと体の向きを変え、わたしと正面から向かいあう体勢になった。
「サキ……」
なぜか、彼はわたしの名をささやいた。
アパートに帰るため、大通りを歩いているわたしの耳に、不穏な物音が響いた。
空はもう薄暗がり。
今日は部の活動日だったし、帰り道にあるお店で、わたしと同居している興恒さんとリンちゃんへのおみやげに苺大福を買っていたから、この道を通る時間は、いつもより遅い。
(……何? 今の、なんだか不気味な音――)
音は、ななめ前から聞こえてきた。
視線を走らせると、そこはわたしが今いる通りから、路地の裏へと通じる道に枝わかれしている場所だった。
空は暗くなりかけているけど、路地裏への入り口付近にも街灯があって、その周囲は明かりによって照らされている。
そして、ほんの一瞬だけ黒い何かが、こちらをうかがうように路地裏から姿をみせ、また引っ込んだ……ようにみえた。
――黒い『何か』――
(あ、まさか……)
ビクリ――と、わたしの体が こわばる。
あの、黒い何かは、春休みにわたしの前にあらわれた黒い霊体かもしれない……。
以前みたいに手足をつかまれたら、必死で もがいても逃げられなくなっちゃう。
(そうなる前に――!)
今きた道を猛ダッシュで引き返そう。
いったん駅前まで戻って、遠回りにはなるけど、別の道を使って帰る。
決めるやいなやわたしは、路地裏へと続く道に背を向けた。
もはや一刻の猶予もならない状況かもしれない。一目散に走りだそうとした、その途端。
わたしの目の前に、人影のようなものがシュッとあらわれた。
あっけにとられたせいなのか、駆けようとしていたわたしの足はピタリと止まってしまう。
「……え?」
わたしの口からおもわず小さな声がこぼれた。
だって――。
全速力でここから逃げだそうとしていたわたしのまえに、アパートにいるはずの興恒さんが突然、出現したから。
「サキ、無事か?」
興恒さんが緊迫した様子でわたしに聞く。
彼に真剣なまなざしでみつめられたまま、わたしはコクコクと首を上下させた。
興恒さんはキツネのあやかしだけど、今は人間の姿をした和装男子。
彼はわたしをひきよせ、わたしの体をかばうような動作で、向かいあっていたわたしを自分の背後に移動させた。
あたりに緊張感がただよう。
(……なんで……興恒さんが、ここに……?)
わたしが疑問に思った――のと同時に、つい数秒前まで周囲を支配していた はりつめた空気がスッと消えた。
まるで、ドラマでそれまで恐ろしげなBGMが流れていたのが突然、止まるみたいに。
わたしだけの感想ってわけではないらしく、興恒さんもフーッと緊張の糸が切れたようなため息をつき、あがっていた肩をさげた。
……よくわからないけれど、今のわたしは危機的状況を脱したってこと?
わたしは背中ごしに興恒さんに質問してみた。
聞きたいことはいろいろあったけど、まずはさっき疑問に思ったことをそのまま問う。
「なんで、興恒さんがここに?」
わたしの質問は、興恒さんには意外だったみたい。
なんというか、彼の口調は……。『前にも説明したのに、おぼえてないのか』って雰囲気がにじんだ、少しさみしげなものだった。
「そなたが心で危機や恐怖を感じれば、その感情が私に伝わり、そなたのもとへあらわれることができる――と、以前、話したはずだが」
あ、そういえば……。
たしかに、興恒さんはわたしにそんなことを言ってた気がする。
だけど。
「……わたしが前にアパートの手前でつかまっちゃった黒い霊らしきものが、路地裏のほうからチラッと見えて――この場から逃げなきゃいけないって気持ちでいっぱいで……――」
正直、興恒さんが助けにきてくれるって言ってたの、忘れてた。速くここから去らなきゃって感情で頭が満杯だった。
会話につまってしまったわたしに興恒さんは語る。
「サキの危機や恐怖の感情が伝わってきたから、ここに来たが――そなたが今、黒い霊体かもしれぬと思っているものは霊ではない」
「……霊では……ない?」
「ああ、むろん人の世には霊以外にも、危機を感ずるものが多数存在しているだろう。だが、今日、サキが『黒い霊らしきもの』だと思った存在は、今のそなたにとっても恐れるにたらぬはずだ」
興恒さんは路地裏の入り口を長い指でさししめした。
わたしは興恒さんの背後から、彼が指さす先をみた。
すると。
さっきも聞こえたガタッという物音とともに――。
1羽の鳥が、ひょっこり体をだす。
鳥は黒みがかった灰色のハトだった。大通りの様子をさぐるように首をキョロキョロすると、また路地裏に引っ込んだ。
(……な、なんだぁ。ただのハトだったのかぁ)
獲物と決めた相手を1年間あきらめないという黒い霊体と、街に暮らすハトを思いちがいしてたなんて。
これじゃわたしも――。
わたし、谷沼 紗季音のことを『自分があやかしである記憶をなくしてしまったタヌキのあやかし』だとカンちがいしたまま、かれこれ数週間たつ興恒さんを、どうこう言えなくなってしまう。
路地の裏からこちらをみていた黒いものが、黒っぽい灰色の羽を持つハトぽっぽだったとわかったのは、よかった。
だけど、ホッとするのと同時に、とても恥ずかしくなってしまう。
興恒さんは背中を向けているから、彼から今のわたしの顔はみえていないのが、せめてものすくい。
そう思ったのも、つかのま――。
興恒さんはクルリと体の向きを変え、わたしと正面から向かいあう体勢になった。
「サキ……」
なぜか、彼はわたしの名をささやいた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。
高尾山で立ち寄ったカフェにはつくも神のぬいぐるみとムササビやもふもふがいました
なかじまあゆこ
キャラ文芸
高尾山で立ち寄ったカフェにはつくも神や不思議なムササビにあやかしがいました。
派遣で働いていた会社が突然倒産した。落ち込んでいた真歌(まか)は気晴らしに高尾山に登った。
パンの焼き上がる香りに引き寄せられ『ムササビカフェ食堂でごゆっくり』に入ると、
そこは、ちょっと不思議な店主とムササビやもふもふにそれからつくも神のぬいぐるみやあやかしのいるカフェ食堂でした。
その『ムササビカフェ食堂』で働くことになった真歌は……。
よろしくお願いします(^-^)/
あやかし温泉街、秋国
桜乱捕り
キャラ文芸
物心が付く前に両親を亡くした『秋風 花梨』は、過度な食べ歩きにより全財産が底を尽き、途方に暮れていた。
そんな中、とある小柄な老人と出会い、温泉旅館で働かないかと勧められる。
怪しく思うも、温泉旅館のご飯がタダで食べられると知るや否や、花梨は快諾をしてしまう。
そして、その小柄な老人に着いて行くと―――
着いた先は、妖怪しかいない永遠の秋に囲まれた温泉街であった。
そこで花梨は仕事の手伝いをしつつ、人間味のある妖怪達と仲良く過ごしていく。
ほんの少しずれた日常を、あなたにも。
やり直し悪女は転生者のヒロインと敵対する
光子
恋愛
ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう……
断頭台を登る足が震える。こんなところで死にたくないと、心の中で叫んでいる。
「《シルラ》、君は皇妃に相応しくない! その罪を悔い、死で償え!」
私に無情にも死を告げるのは、私の夫である《キッサリナ帝国》の皇帝陛下 《グラレゴン》で、その隣にいるのは、私の代わりに皇妃の座に収まった、《美里(みさと)》と呼ばれる、異世界から来た転生者だった。
「さようならシルラ、また、来世で会えたら会いましょうね。その時には、仲良くしてくれたら嬉しいな!」
純粋無垢な笑顔を浮かべ、私にお別れを告げる美里。
今の人生、後悔しかない。
もしやり直せるなら……今度こそ間違えない! 私は、私を大切に思う人達と、自分の幸せのために生きる! だから、お願いです女神様、私の人生、もう一度やり直させて……! 転生者という、未来が分かる美里に対抗して、抗ってみせるから! 幸せになってみせるから! 大切な人を、今度こそ間違えたりしないから!
私の一度目の人生は幕を閉じ――――
――――次に目を覚ました時には、私は生家の自分の部屋にいた。女神様の気まぐれか、女神様は、私の願いを叶えて下さったのだ。
不定期更新。
この作品は私の考えた世界の話です。魔物もいます。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
七人の兄たちは末っ子妹を愛してやまない
猪本夜
ファンタジー
2024/2/29……3巻刊行記念 番外編SS更新しました
2023/4/26……2巻刊行記念 番外編SS更新しました
※1巻 & 2巻 & 3巻 販売中です!
殺されたら、前世の記憶を持ったまま末っ子公爵令嬢の赤ちゃんに異世界転生したミリディアナ(愛称ミリィ)は、兄たちの末っ子妹への溺愛が止まらず、すくすく成長していく。
前世で殺された悪夢を見ているうちに、現世でも命が狙われていることに気づいてしまう。
ミリィを狙う相手はどこにいるのか。現世では死を回避できるのか。
兄が増えたり、誘拐されたり、両親に愛されたり、恋愛したり、ストーカーしたり、学園に通ったり、求婚されたり、兄の恋愛に絡んだりしつつ、多種多様な兄たちに甘えながら大人になっていくお話。
幼少期から惚れっぽく恋愛に積極的で人とはズレた恋愛観を持つミリィに兄たちは動揺し、知らぬうちに恋心の相手を兄たちに潰されているのも気づかず今日もミリィはのほほんと兄に甘えるのだ。
今では当たり前のものがない時代、前世の知識を駆使し兄に頼んでいろんなものを開発中。
甘えたいブラコン妹と甘やかしたいシスコン兄たちの日常。
基本はミリィ(主人公)視点、主人公以外の視点は記載しております。
【完結:211話は本編の最終話、続編は9話が最終話、番外編は3話が最終話です。最後までお読みいただき、ありがとうございました!】
※書籍化に伴い、現在本編と続編は全て取り下げとなっておりますので、ご了承くださいませ。
【完結】ペンギンの着ぐるみ姿で召喚されたら、可愛いもの好きな氷の王子様に溺愛されてます。
櫻野くるみ
恋愛
笠原由美は、総務部で働くごく普通の会社員だった。
ある日、会社のゆるキャラ、ペンギンのペンタンの着ぐるみが納品され、たまたま小柄な由美が試着したタイミングで棚が倒れ、下敷きになってしまう。
気付けば豪華な広間。
着飾る人々の中、ペンタンの着ぐるみ姿の由美。
どうやら、ペンギンの着ぐるみを着たまま、異世界に召喚されてしまったらしい。
え?この状況って、シュール過ぎない?
戸惑う由美だが、更に自分が王子の結婚相手として召喚されたことを知る。
現れた王子はイケメンだったが、冷たい雰囲気で、氷の王子様と呼ばれているらしい。
そんな怖そうな人の相手なんて無理!と思う由美だったが、王子はペンタンを着ている由美を見るなりメロメロになり!?
実は可愛いものに目がない王子様に溺愛されてしまうお話です。
完結しました。
深夜0時、カフェ・エスポワールにようこそ
柚木ゆず
キャラ文芸
とある場所にある、深夜0時にオープンする不思議なカフェ・エスポワール。
そこでは店主・月島昴が作る美味しい料理と不思議な出来事が、貴方をお待ちしております。
招待状を受け取られた際は、是非足をお運びください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる