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2章

第3話 さぁ帰ろうというときに

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(今日は料理研究部の活動日だから、いつもより帰りが遅くなっちゃったな)

 わたしの帰りが今日は普段より遅くなることは、興恒おきつねさんにもリンちゃんにもちゃんと伝えてある。
 今、わたしが1人で歩いている大通りの歩道からみえる空は――多少、薄暗くなっている程度で、まだまだ夜って雰囲気じゃない。

(初めてのアパート暮らしだけど、電車を使わずに徒歩で大学に通学できるのって、やっぱり便利! 興恒さんとリンちゃんに、おみやげを買ってた時間もあるのに、まだ外は真っ暗になってないし……)

 興恒さんは妖狐といわれるキツネのあやかし、リンちゃんは燐火といわれる青白い火の玉。
 ふたりとも人間とはちがうけど、興恒さんは人の姿になることができるし、リンちゃんは人の言葉が話せる。
 わたしと興恒さんとリンちゃんで共同生活を送るようになって、わたしは両名のすきな食べ物の傾向をおおっざっぱになら、つかめてきた。

 興恒さんもリンちゃんも、おいしい和食がすき。そして、和食以外のおいしいものもすきだ。
 料理もお菓子も飲みものも。
 日本料理以外のアジア料理も、洋食などアジア以外の料理も。
 和洋折衷も、無国籍料理もOK。

 つまり、おいしければ、どういう料理でもいけるみたい。
 でも、この『おいしければ』って部分がとっても重要で、料理研究部に入ったものの、わたしは、いまだにおいしい料理がつくれてないのだけど。

 わたしの入った料理研究部は、料理じゃなくてお菓子をつくることも多い。
 今日、部でつくったのはシュークリーム。
 20年間 生きてきて、これまでいったい何十個、いや何百個食べてきたのかわからないほど、おなじみのスイーツ。
 見た目も味も、とてもよく知っている。

(……だけど、つくるの失敗しちゃった。シュー生地がうまくふくらんでくれなくて、ぺたんこ気味。シューは『キャベツ』って意味らしいけど、わたしがつくったのは、とてもキャベツに見えなかった。じゃあ何にみえるかっていったら、『誤って誰かが踏んでしまったシュークリーム』にみえた……、誰にも踏まれていないのに。問題はシューだけじゃなくて、カスタードクリームを味見したら、ダマがあったし)

 どんなに出来がよくなくても、わたしが生まれて初めてつくったシュークリーム。
 だから残したりしないで全部食べた。(クリームの味はそこまで悪くないんだけど、ダマがあって、なめらかな質感とはいえなかった)
 ――でももし、つくるのに成功していたら、興恒さんとリンちゃんにおみやげにするつもりだった。

 おいしい料理をつくることができるのと、おいしいお菓子をつくることができるのは、イコールではないのかもしれないけど――料理もお菓子も食品だし、共通する材料や調理方法も多いし。

(うまくつくれたら、ふたりにも食べてもらおうと思ってたシュークリームだけど、失敗しちゃったものは出せない。というか、見せられない)

 だから今日は、ついさっき、この大通りにあるお店で買った和スイーツを興恒さんたちへのおみやげにする。
 甘いものも大すきなふたりに選んだのは、苺大福。(店内にはシュークリームも売られていたけど、自分の失敗したシューを思いだしちゃって、うつくしく均一な姿を保った、市販のシュークリームから、おもわず視線をそらしてしまった)

 もちろん、今わたしが持っている苺大福は販売されていたもので、自分でつくったものじゃないって正直に言う。
 人間の世界に長くいるという彼らは、どういうものが『既製品の食品』か、きちんと知っているし。

 わたしだってお店で売られていたおいしいものを自分がつくったんだなんて嘘はつかない。
 正々堂々、料理の腕をあげて、わたしはおいしい料理がつくれるって認めてもらうんだ。

(さぁ、早くアパートに帰ろうっと)

 そのとき。
 ガタッ、とヘンな物音がした。

 音がしたのは、わたしのななめ前。
 そこは、わたしが今歩いている大きな通りから、路地裏へと通じる道が枝わかれしている場所だった。 

 路地裏への入り口付近を凝視すると――。
 街灯の明かりに照らされているはずの場所なのに、一瞬だけ黒い何かが、こちらをうかがうように姿をみせ、また引っ込んだ……ような気がした。
 ほんの数秒のことだったから、わたしの見まちがいかもしれない。
 でも。

 チラリとだけみえた黒い何かは、とっても不審な感じだった。
 物音は、たしかにしたし。

――黒い『何か』――

(あ、まさか……)
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