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1章
第36話 目標! タヌキじゃないって信じてもらう
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「……な、なんでいきなり治癒能力の話題に変わるのっ!? 毎日の料理をおまかせする、しないって話をしてたんじゃなかったっけ、わたしたち」
アパート、沢樫荘201号室。
とある事情で、あやかしと同居することになってしまったわたしの声がダイニングスペースに響く。
わたしの言葉は、今日からこのアパートで共同生活を送ることになったあやかしの青年、オキツネサマに対して言ったものだ。
彼は、人間の姿にもキツネの姿にもなれる、キツネのあやかしだけど、今は顔も体も人間、耳としっぽはキツネという外見で和服を着て、わたしと向かいあわせにすわっている。
あやかしとともに暮らすといっても、わたし谷沼 紗季音とオキツネサマの2人きりというわけではなく――。オキツネサマのそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、りんかのリンちゃんもいっしょだ。
たった今、わたしがオキツネサマに向かって質問したとおり、オキツネサマは、それまで料理の話をしていたのに、急に「治癒能力がどうたらこうたら」と話題を変えてきた。
そもそも料理の話題を振ってきたのだって、オキツネサマのほうなのに……。
なぜ、突然オキツネサマは治癒能力に関することを話しはじめたか……その疑問に答えてくれたのは、当のオキツネサマではなく、彼の隣で浮かんでいる、リンちゃんだった。
リンちゃんは青い炎の体をふるわせ、わたしに言った。
『オキツネサマは、「今」のサキっちの体を心配して――治癒能力のことを聞いたっす。別に不自然に話を変えたわけじゃなくて……。サキっちが相手ならば、実に自然な会話の流れっす。おれっちだって、サキっちが危険な道をふたたび歩もうとしているのをオキツネサマとともに止めるつもりっす』
リンちゃんは、わたしの問いに答えてくれたんだろうけど――話が全然みえてこない。
リンちゃんがわたしのことを『「今」のサキっち』と強調したのは、オキツネサマとリンちゃんは、わたしのことを『自分があやかしである記憶を失ってしまった、タヌキのあやかし』だとカンちがいしているから。
わたしとしては、その誤解をとくためにも、『タヌキが人に変身したわけではなく、ごく平凡な普通の人間』であることを証明したいんだけど――口で何度否定しても彼らはわたしのことを『記憶を失ったあやかし』あつかい。
それにしても……。
「ねえ、リンちゃん。えっと……わたしが危険な道をふたたび歩もうとしているって、どういうこと? わたしはただ、自炊するつもりだから食事を毎回オキツネサマにつくってもらわなくても平気だよって、オキツネサマの『料理はすべて私にまかせてくれるか』って申し出に対して――」
『どういうことも何も、サキっちが料理をすると、いろいろ危険だって意味っすよ』
はいっ!? リンちゃんの言葉に顔がピクリと こわばったのが自分でもわかった。
リンちゃんが今、話した『料理すると危険』っていうのは、オキツネサマとリンちゃんがわたしだとカンちがいしているタヌキのあやかしの娘さんのことだよね?
昨日まで実家暮らしだったわたしは、料理の経験がほとんどなくて――まったくないわけじゃないけど、数少ない料理体験の結果は――失敗、もしくは、失敗とも成功ともいえない微妙な出来ばえ。成功も大成功もしたことない。
だけど、実家を離れ、アパートで暮らすのを機に自炊すれば、料理の腕は段々あがるんじゃないかなと思っていた。
こんな風に料理が得意とは言えないわたしだけど――。
わたしの腕前は、そのタヌキのあやかしと違って、『危険』ってほどじゃないよ。
(食材を切るときに、指に小さな切りキズをつくってしまったことならある。でも、危険といえるほどの、大失敗や大ケガを調理中にしたことはないし)
そう訴えようとしたとき。
オキツネサマが、なだめるようなくちぶりでわたしに告げた。
「記憶を失う以前のそなたが、私のために料理をつくってくれようとした――その気持ちだけで私には充分すぎる」
え? タヌキのあやかしの女性は、オキツネサマと相思相愛だったのかもしれないけど、わたしは自分のために自炊しようかなと思ってただけなんだけど。
……もしかしてオキツネサマ、わたしがついさっき「わたしも料理をつくる」って言ったのを、わたしがオキツネサマのために料理をつくりたがっているって解釈しちゃってる!? オキツネサマ思い込み激しいから、ありえそう……。
わたしがオキツネサマにどう返事をすべきか迷っていると――。
リンちゃんもわたしを説得しようと試みたようだ。
『ほら、サキっち! オキツネサマも気持ちだけで充分だとおっしゃってることだし――。サキっちの料理は、はっきりいって、とてつもなく下手っぴなんだから、食事はオキツネサマにおまかせすると約束してほしいっす!』
……はっきりいって、とてつもなく下手っぴ……。
いくらタヌキとカンちがいされているからって、すごい言われよう。
リンちゃん、さっきオキツネサマはオブラートにつつんだ言いかたができないから自分が代わりに話す――みたいなこと言ってたけど、むしろリンちゃんのほうがけっこうズバズバ言ってくるような。
それにしても……。
「『とてつもなく下手っぴ』って、料理しようとすると不器用でしょっちゅうケガをして危険だからって意味で下手なの? それとも、どうにか出来た料理の味がちっともおいしくないって意味で下手なの?」
わたしの問いに、リンちゃんは、さも当然だというくちぶりで答える。
『もちろん両方っす。つくる過程にも、できあがった料理にも、問題あり――悪いことはいわないから、サキっちは料理をオキツネサマにまかせるっす!』
オキツネサマは軽くセキ払いをしてから、フォローするように言った。
「誓っていうが、私はかつてサキがつくってくれた料理をマズ……いや、おいしくないとは決して思わなかったぞ。一度たりともな。しかし、サキは料理の腕をあげようと1年間、懸命になったものの――。その腕が上達することはなかった以上、やはり私にまかせたほうが得策ではないか?」
あやかし2名が、わたしに料理をさせたがらない理由は、どうにかわかった。
わたしをタヌキのあやかしだとカンちがいしている、オキツネサマとリンちゃんは、そのあやかしに料理をさせるのが危険だと思ってる。
そして、タヌキのあやかしの娘さんは――1年間、懸命に料理の腕をあげようとしたものの、上手になることはなかった。
(あ、これって――)
わたしの頭の中で、ひとつの考えが思いついた。
(1年以内にわたしの料理がうまくなれば――。オキツネサマもリンちゃんも、わたしがタヌキのあやかしとは全然別の存在だって納得するんじゃないかな)
そのあやかしの女性は料理がうまくなるように頑張ったけど、でも無理だった。
残念ながら、現時点のわたしの料理スキルのまま、オキツネサマたちに手料理をふるまっても、
『やっぱりおいしい料理をつくれないままだ! あやかしの記憶を失う前からそうだったから、わかってたけど』
って評価しかもらえなさそう。
だけどわたしが頑張って、おいしい料理を自分でつくれるようになれば――。
『むむ、自分たちが知っているタヌキのあやかしなら、こんな料理はつくれまい。記憶を失ったあやかしなどではなく、本人が言うように人間なのでは?』
って考えをあらためてくれる、気づきや目覚めになってくれる可能性はある気がする。
もちろん、この方法で、絶対にわかってもらえるって保障はない。(「数百年前から苦手だった料理が上手くなったんだ。ところで記憶は戻った?」って、反応をされる可能性も否定できない)
でも、少なくとも、チャレンジする価値はあるはず。
(決めた! わたし、料理の腕をあげる! それで、どんなに遅くとも1年以内に、オキツネサマとリンちゃんが「おいしい」って認める料理をつくって、自分が人間に変身したタヌキじゃないってことを証明してみせる!)
わたしが「タヌキのあやかしじゃない」と口で言っても信じてくれなかったオキツネサマたちには――。
言葉以外の方法で、タヌキじゃないことをしめすしかなさそうと思ったものの、じゃあ、具体的に何をすればいいのかは、いままで思いつけずにいた。
でも、今は違う。
タヌキのあやかしにはできなかったことをわたしはやってみせ、証明するんだ。
我は狸に有らず。ただの人間であると。
さっきからずっと探していた、自分がタヌキではないことをあきらかにする方法を、やっとみつけたわたしは決意に燃えていた。
アパート、沢樫荘201号室。
とある事情で、あやかしと同居することになってしまったわたしの声がダイニングスペースに響く。
わたしの言葉は、今日からこのアパートで共同生活を送ることになったあやかしの青年、オキツネサマに対して言ったものだ。
彼は、人間の姿にもキツネの姿にもなれる、キツネのあやかしだけど、今は顔も体も人間、耳としっぽはキツネという外見で和服を着て、わたしと向かいあわせにすわっている。
あやかしとともに暮らすといっても、わたし谷沼 紗季音とオキツネサマの2人きりというわけではなく――。オキツネサマのそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、りんかのリンちゃんもいっしょだ。
たった今、わたしがオキツネサマに向かって質問したとおり、オキツネサマは、それまで料理の話をしていたのに、急に「治癒能力がどうたらこうたら」と話題を変えてきた。
そもそも料理の話題を振ってきたのだって、オキツネサマのほうなのに……。
なぜ、突然オキツネサマは治癒能力に関することを話しはじめたか……その疑問に答えてくれたのは、当のオキツネサマではなく、彼の隣で浮かんでいる、リンちゃんだった。
リンちゃんは青い炎の体をふるわせ、わたしに言った。
『オキツネサマは、「今」のサキっちの体を心配して――治癒能力のことを聞いたっす。別に不自然に話を変えたわけじゃなくて……。サキっちが相手ならば、実に自然な会話の流れっす。おれっちだって、サキっちが危険な道をふたたび歩もうとしているのをオキツネサマとともに止めるつもりっす』
リンちゃんは、わたしの問いに答えてくれたんだろうけど――話が全然みえてこない。
リンちゃんがわたしのことを『「今」のサキっち』と強調したのは、オキツネサマとリンちゃんは、わたしのことを『自分があやかしである記憶を失ってしまった、タヌキのあやかし』だとカンちがいしているから。
わたしとしては、その誤解をとくためにも、『タヌキが人に変身したわけではなく、ごく平凡な普通の人間』であることを証明したいんだけど――口で何度否定しても彼らはわたしのことを『記憶を失ったあやかし』あつかい。
それにしても……。
「ねえ、リンちゃん。えっと……わたしが危険な道をふたたび歩もうとしているって、どういうこと? わたしはただ、自炊するつもりだから食事を毎回オキツネサマにつくってもらわなくても平気だよって、オキツネサマの『料理はすべて私にまかせてくれるか』って申し出に対して――」
『どういうことも何も、サキっちが料理をすると、いろいろ危険だって意味っすよ』
はいっ!? リンちゃんの言葉に顔がピクリと こわばったのが自分でもわかった。
リンちゃんが今、話した『料理すると危険』っていうのは、オキツネサマとリンちゃんがわたしだとカンちがいしているタヌキのあやかしの娘さんのことだよね?
昨日まで実家暮らしだったわたしは、料理の経験がほとんどなくて――まったくないわけじゃないけど、数少ない料理体験の結果は――失敗、もしくは、失敗とも成功ともいえない微妙な出来ばえ。成功も大成功もしたことない。
だけど、実家を離れ、アパートで暮らすのを機に自炊すれば、料理の腕は段々あがるんじゃないかなと思っていた。
こんな風に料理が得意とは言えないわたしだけど――。
わたしの腕前は、そのタヌキのあやかしと違って、『危険』ってほどじゃないよ。
(食材を切るときに、指に小さな切りキズをつくってしまったことならある。でも、危険といえるほどの、大失敗や大ケガを調理中にしたことはないし)
そう訴えようとしたとき。
オキツネサマが、なだめるようなくちぶりでわたしに告げた。
「記憶を失う以前のそなたが、私のために料理をつくってくれようとした――その気持ちだけで私には充分すぎる」
え? タヌキのあやかしの女性は、オキツネサマと相思相愛だったのかもしれないけど、わたしは自分のために自炊しようかなと思ってただけなんだけど。
……もしかしてオキツネサマ、わたしがついさっき「わたしも料理をつくる」って言ったのを、わたしがオキツネサマのために料理をつくりたがっているって解釈しちゃってる!? オキツネサマ思い込み激しいから、ありえそう……。
わたしがオキツネサマにどう返事をすべきか迷っていると――。
リンちゃんもわたしを説得しようと試みたようだ。
『ほら、サキっち! オキツネサマも気持ちだけで充分だとおっしゃってることだし――。サキっちの料理は、はっきりいって、とてつもなく下手っぴなんだから、食事はオキツネサマにおまかせすると約束してほしいっす!』
……はっきりいって、とてつもなく下手っぴ……。
いくらタヌキとカンちがいされているからって、すごい言われよう。
リンちゃん、さっきオキツネサマはオブラートにつつんだ言いかたができないから自分が代わりに話す――みたいなこと言ってたけど、むしろリンちゃんのほうがけっこうズバズバ言ってくるような。
それにしても……。
「『とてつもなく下手っぴ』って、料理しようとすると不器用でしょっちゅうケガをして危険だからって意味で下手なの? それとも、どうにか出来た料理の味がちっともおいしくないって意味で下手なの?」
わたしの問いに、リンちゃんは、さも当然だというくちぶりで答える。
『もちろん両方っす。つくる過程にも、できあがった料理にも、問題あり――悪いことはいわないから、サキっちは料理をオキツネサマにまかせるっす!』
オキツネサマは軽くセキ払いをしてから、フォローするように言った。
「誓っていうが、私はかつてサキがつくってくれた料理をマズ……いや、おいしくないとは決して思わなかったぞ。一度たりともな。しかし、サキは料理の腕をあげようと1年間、懸命になったものの――。その腕が上達することはなかった以上、やはり私にまかせたほうが得策ではないか?」
あやかし2名が、わたしに料理をさせたがらない理由は、どうにかわかった。
わたしをタヌキのあやかしだとカンちがいしている、オキツネサマとリンちゃんは、そのあやかしに料理をさせるのが危険だと思ってる。
そして、タヌキのあやかしの娘さんは――1年間、懸命に料理の腕をあげようとしたものの、上手になることはなかった。
(あ、これって――)
わたしの頭の中で、ひとつの考えが思いついた。
(1年以内にわたしの料理がうまくなれば――。オキツネサマもリンちゃんも、わたしがタヌキのあやかしとは全然別の存在だって納得するんじゃないかな)
そのあやかしの女性は料理がうまくなるように頑張ったけど、でも無理だった。
残念ながら、現時点のわたしの料理スキルのまま、オキツネサマたちに手料理をふるまっても、
『やっぱりおいしい料理をつくれないままだ! あやかしの記憶を失う前からそうだったから、わかってたけど』
って評価しかもらえなさそう。
だけどわたしが頑張って、おいしい料理を自分でつくれるようになれば――。
『むむ、自分たちが知っているタヌキのあやかしなら、こんな料理はつくれまい。記憶を失ったあやかしなどではなく、本人が言うように人間なのでは?』
って考えをあらためてくれる、気づきや目覚めになってくれる可能性はある気がする。
もちろん、この方法で、絶対にわかってもらえるって保障はない。(「数百年前から苦手だった料理が上手くなったんだ。ところで記憶は戻った?」って、反応をされる可能性も否定できない)
でも、少なくとも、チャレンジする価値はあるはず。
(決めた! わたし、料理の腕をあげる! それで、どんなに遅くとも1年以内に、オキツネサマとリンちゃんが「おいしい」って認める料理をつくって、自分が人間に変身したタヌキじゃないってことを証明してみせる!)
わたしが「タヌキのあやかしじゃない」と口で言っても信じてくれなかったオキツネサマたちには――。
言葉以外の方法で、タヌキじゃないことをしめすしかなさそうと思ったものの、じゃあ、具体的に何をすればいいのかは、いままで思いつけずにいた。
でも、今は違う。
タヌキのあやかしにはできなかったことをわたしはやってみせ、証明するんだ。
我は狸に有らず。ただの人間であると。
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