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1章
第35話 条件としては、いいのかもしれないけど
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とある事情で、あやかしと同居することになってしまったわたし。
今日からこのアパート、沢樫荘でいっしょに暮らすのは、人間の姿にもキツネの姿にもなれる、キツネのあやかしの青年、オキツネサマ。
そして、オキツネサマのそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、りんかのリンちゃん。
これから共同生活を始めるにあたって、オキツネサマは
「料理は私にまかせてほしい」
と言ってきた。
わたしがオキツネサマに、なぜ料理担当になりたいのか たずねてみても、理由は教えたがらない。……どうして?
だけど、ついにオキツネサマは、わたしにそのワケを話そうと、決心したらしい。
沢樫荘201号室に、今は人間の姿になっているオキツネサマ(耳としっぽはキツネのままだけど)の声が響く。
「サキ、そなたは記憶を失う前、この私と駆け落ちをし、1年間、人の世で夫婦として暮らした――と、さきほど話したな」
わたしは一応、うなずいた。
うなずかないと、話が先に進まないと思ったからだ。
わたし、谷沼 紗季音は記憶喪失になったことはないし、キツネのあやかしであるオキツネサマと駆け落ちしたこともないけど――。オキツネサマも、リンちゃんも、わたしのことを『自分があやかしであるという記憶を失い、みずからを人間だと思いこんでいるタヌキのあやかし』だと、信じきってるから。
わたしはタヌキが人間に変身したわけじゃない、ごく普通の人間だって、何度うったえても、全然信じてくれないなんて、あやかしって思いこみが激しいの?
それとも、オキツネサマとリンちゃんが、特にそういう傾向の性格とか?
チラリと向かいにすわっているオキツネサマに視線をうつす。
オキツネサマも、わたしの目をじっとみつめている。そして、こんな質問をしてきた。
「ときに、『今』のサキは……料理は得意か」
「へっ!? わたし、料理は全然得意じゃないよ。つくった経験あんまりないし……。でも、これからは自炊、がんばろうって思ってるし――」
正直に答えるわたしを、オキツネサマは「うむ、そうであろう、そうであろう」とたいそうご納得した様子でつぶやき、首を上下してうなずく。
両目を軽く閉じ、はるか昔に思いをはせつつ語っているという雰囲気で、言葉を続けるオキツネサマ。
「やはり、あやかしとしての記憶をなくしても、サキはサキ。何も気にやむことはない。今後も食事は私の料理を食べればよい」
「え……、どういう意味なの?」
「どういう意味も何も――さきほどそなたは、私のつくった料理をおおいに喜んでくれたであろう。料理を私にまかせてくれるのであれば――これからもそなたの望む品々を食卓にならべようと言っているのだ。悪い話では、ないと思うが……」
ふせていた目をひらき、オキツネサマはわたしをみつめる。
わたしがうかべた表情から、わたしの心を読みとろうとしているのかもしれない。
オキツネサマの申し出は、料理が得意でない1人暮らし女子には、とても魅力的なものだろう。
おいしい食事をつくれちゃう(しかも簡単な材料で)イケメンがすすんで料理を提供しようと言ってくれてるのだ。
まあ、オキツネサマは見た目は20代の若者でも、少なくとも数百年は生きているあやかしだけど……。わたしは、『引っ越し初日から、謎の霊に食べ物として狙われて、今後1年はターゲットにされたまま』という、不運の一言では片づけられない身の上。
その霊が今後ふたたびあらわれても、オキツネサマが神通力で追い払ってくれるという。
わたしがもし、美形のあやかしに憧れる、乙女な女子だったら、なんて夢のつまった展開なんだ、1人暮らしの不安が解決するうえにひとつ屋根の下ハラハラドキドキの同居ライフが!……と、諸手をあげて歓迎しただろう。
わたしだって、自分がタヌキに間違えられているんじゃなければ、和風ファンタジー作品のヒロインになったみたい……と、ときめいているかもしれない。
(……でも、人間に変身したタヌキだと思われてる時点で、『ああ、わたしには、やっぱり恋愛ものの主人公みたいなドラマッチックな恋は、おとずれないんだな』――って、微妙な気持ちになってしまう)
そもそも、オキツネサマがわたしを助けてくれるのって、そのタヌキのあやかしと恋人同士だったからだし。
黒い霊の件は、わたしが食べられちゃうかもしれない重大な問題だから、今、オキツネサマに去られたら非常に困るのは、わたしだけど……。
(料理まで毎回つくってもらうのは、さすがに気がひけるよ)
わたしはいろいろ考えたあげく、さっき言ったことと、ほとんど変わらない内容をオキツネサマに告げていた。
「たしかにあなたは料理がとっても得意で、わたしは全然得意じゃないよ。でも、やっぱりわたしも自炊をがんばろうと思うから――いつも料理をつくってもらわなくても大丈夫だよ」
オキツネサマは神妙な顔つきでわたしの話を聞いていた。
「サキ……、人にもあやかしにも――得手不得手というものがある。――記憶を失っている今のそなたは、治癒能力も低くなっているのではないか? あやかしのころの治癒能力を保ったまま、人の世で人として暮らしていれば――いままでに周囲の人間たちが、並はずれた回復力を不審に思ったはずだ」
ええっ? 治癒……、回復力???
「……な、なんでいきなり治癒能力の話題に変わるのっ!? 毎日の料理をおまかせする、しないって話をしてたんじゃなかったっけ、わたしたち」
当然の疑問を口にするわたしに――。
今日からこのアパート、沢樫荘でいっしょに暮らすのは、人間の姿にもキツネの姿にもなれる、キツネのあやかしの青年、オキツネサマ。
そして、オキツネサマのそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、りんかのリンちゃん。
これから共同生活を始めるにあたって、オキツネサマは
「料理は私にまかせてほしい」
と言ってきた。
わたしがオキツネサマに、なぜ料理担当になりたいのか たずねてみても、理由は教えたがらない。……どうして?
だけど、ついにオキツネサマは、わたしにそのワケを話そうと、決心したらしい。
沢樫荘201号室に、今は人間の姿になっているオキツネサマ(耳としっぽはキツネのままだけど)の声が響く。
「サキ、そなたは記憶を失う前、この私と駆け落ちをし、1年間、人の世で夫婦として暮らした――と、さきほど話したな」
わたしは一応、うなずいた。
うなずかないと、話が先に進まないと思ったからだ。
わたし、谷沼 紗季音は記憶喪失になったことはないし、キツネのあやかしであるオキツネサマと駆け落ちしたこともないけど――。オキツネサマも、リンちゃんも、わたしのことを『自分があやかしであるという記憶を失い、みずからを人間だと思いこんでいるタヌキのあやかし』だと、信じきってるから。
わたしはタヌキが人間に変身したわけじゃない、ごく普通の人間だって、何度うったえても、全然信じてくれないなんて、あやかしって思いこみが激しいの?
それとも、オキツネサマとリンちゃんが、特にそういう傾向の性格とか?
チラリと向かいにすわっているオキツネサマに視線をうつす。
オキツネサマも、わたしの目をじっとみつめている。そして、こんな質問をしてきた。
「ときに、『今』のサキは……料理は得意か」
「へっ!? わたし、料理は全然得意じゃないよ。つくった経験あんまりないし……。でも、これからは自炊、がんばろうって思ってるし――」
正直に答えるわたしを、オキツネサマは「うむ、そうであろう、そうであろう」とたいそうご納得した様子でつぶやき、首を上下してうなずく。
両目を軽く閉じ、はるか昔に思いをはせつつ語っているという雰囲気で、言葉を続けるオキツネサマ。
「やはり、あやかしとしての記憶をなくしても、サキはサキ。何も気にやむことはない。今後も食事は私の料理を食べればよい」
「え……、どういう意味なの?」
「どういう意味も何も――さきほどそなたは、私のつくった料理をおおいに喜んでくれたであろう。料理を私にまかせてくれるのであれば――これからもそなたの望む品々を食卓にならべようと言っているのだ。悪い話では、ないと思うが……」
ふせていた目をひらき、オキツネサマはわたしをみつめる。
わたしがうかべた表情から、わたしの心を読みとろうとしているのかもしれない。
オキツネサマの申し出は、料理が得意でない1人暮らし女子には、とても魅力的なものだろう。
おいしい食事をつくれちゃう(しかも簡単な材料で)イケメンがすすんで料理を提供しようと言ってくれてるのだ。
まあ、オキツネサマは見た目は20代の若者でも、少なくとも数百年は生きているあやかしだけど……。わたしは、『引っ越し初日から、謎の霊に食べ物として狙われて、今後1年はターゲットにされたまま』という、不運の一言では片づけられない身の上。
その霊が今後ふたたびあらわれても、オキツネサマが神通力で追い払ってくれるという。
わたしがもし、美形のあやかしに憧れる、乙女な女子だったら、なんて夢のつまった展開なんだ、1人暮らしの不安が解決するうえにひとつ屋根の下ハラハラドキドキの同居ライフが!……と、諸手をあげて歓迎しただろう。
わたしだって、自分がタヌキに間違えられているんじゃなければ、和風ファンタジー作品のヒロインになったみたい……と、ときめいているかもしれない。
(……でも、人間に変身したタヌキだと思われてる時点で、『ああ、わたしには、やっぱり恋愛ものの主人公みたいなドラマッチックな恋は、おとずれないんだな』――って、微妙な気持ちになってしまう)
そもそも、オキツネサマがわたしを助けてくれるのって、そのタヌキのあやかしと恋人同士だったからだし。
黒い霊の件は、わたしが食べられちゃうかもしれない重大な問題だから、今、オキツネサマに去られたら非常に困るのは、わたしだけど……。
(料理まで毎回つくってもらうのは、さすがに気がひけるよ)
わたしはいろいろ考えたあげく、さっき言ったことと、ほとんど変わらない内容をオキツネサマに告げていた。
「たしかにあなたは料理がとっても得意で、わたしは全然得意じゃないよ。でも、やっぱりわたしも自炊をがんばろうと思うから――いつも料理をつくってもらわなくても大丈夫だよ」
オキツネサマは神妙な顔つきでわたしの話を聞いていた。
「サキ……、人にもあやかしにも――得手不得手というものがある。――記憶を失っている今のそなたは、治癒能力も低くなっているのではないか? あやかしのころの治癒能力を保ったまま、人の世で人として暮らしていれば――いままでに周囲の人間たちが、並はずれた回復力を不審に思ったはずだ」
ええっ? 治癒……、回復力???
「……な、なんでいきなり治癒能力の話題に変わるのっ!? 毎日の料理をおまかせする、しないって話をしてたんじゃなかったっけ、わたしたち」
当然の疑問を口にするわたしに――。
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