上 下
29 / 72
1章

第27話 リンちゃん、名乗りでる!

しおりを挟む
 ここは、沢樫荘の管理人室。
 今日からこのアパートで1人暮らしを開始する、一入居者のわたしが今、管理人室にいるのにはわけがある。

 引っ越し早々、アパートの出入口手前で、わたしは黒いもやのような謎の何かに手足をとらえられてしまった。

 危機にさらされたわたしを助け、黒い霊っぽい何かを一瞬で退散させてしまったのが、あやかしの青年、オキツネサマ。
 人間の姿にもなれる彼は、意識を失ってしまったわたしをこの管理人室に運び、休ませてくれた。

(オキツネサマのおかげで、今のわたしの体は、元気を取りもどせたはず――)

 あやかしのオキツネサマには、人間のわたしからみると、自己中心的にうつる言動が多々あるけど、そんな彼でも彼なりにわたしの体調を気づかってくれてたみたい。
 だからこそ、さっきオキツネサマは――。わたしの隣にすわり、わたしをみつめながら、あたたかみのある声でいたわるように、ああ話しかけてきたのだろう。

 わたしはオキツネサマに、ついさきほど言われた言葉を思いだした。

「そろそろ体調のほうは回復してきたか。そなたの気分がよくなってから、この部屋を出て、そなたの借りた、我らの新しき住まいに移動しよう。あ、無理はいかんぞ」

 オキツネサマ……わたしの体は心配してくれてるのかもしれないけど――。わたしが住む部屋に、いっしょに住む気でいる。

 わたしは今日から1人暮らしを始めるのであって、誰ともいっしょに住む気はないって、はっきり伝えたのに……。
 オキツネサマは、わたしが『テレているだけ』だと思いこんだままだ。

(オキツネサマに助けてもらったことにはお礼を言うけど、だからって同居はできない。また『テレてるだけ』って誤解されるだけかもしれないけど、いっしょに住むつもりはないってことは言い続けなきゃ……)

 わたしはオキツネサマ、そして彼の横でプカプカ浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、リンちゃんに向かって言った。

「わたしを黒い霊みたいなものから助けてくれたことは、本当に感謝してるけど、でも、だからってわたしの部屋でいっしょに暮らすわけにはいかないので……。同居はできないって、わかってもらえるとうれしいんだけど――」

 わたしは、はじめこそハキハキと話せていたんだけど、言葉を続けていくうちに
(どうせ、今度も納得してくれないんだろうな)
 って弱気な気持ちになっちゃって、声も小さく、はぎれも悪くなってしまった。

 こんなんじゃ押しの強いオキツネサマにお引き取り願うことは、むずかしそう……。不安になったわたしの元へ、いままでオキツネサマの横にいたリンちゃんが、ふわふわと飛んでくる。

(……ど、どうしたの、リンちゃん!?)

 リンちゃんは、炎の体をゆらしながらつぶやく。

『黒い霊みたいなもの……って、ああ、アイツらのことか』

 リンちゃんは、疑問を1人で解決し納得した感じだけど――。
 わたしはリンちゃんの言葉を聞き、そういえばオキツネサマがわたしを黒い何かから助けだしたとき――。彼の近くにリンちゃんはいなかったことに気がつく。少なくとも、わたしの記憶ではリンちゃんはいない。

 わたしは、この部屋で初めてリンちゃんに会ったはず。
 リンちゃんのくちぶりからすると、(やっぱりリンちゃんはあの場にはいなかったけど)わたしが『黒い霊みたいなもの』って言った存在が何なのかは見当がついたって感じ。

 一方、オキツネサマは、何か説明したそうな雰囲気で口をひらいた。

「サキ、そなたは『黒い霊みたいなものから助けてくれた』と言うが、あれは……」

「あれは――?」

 話の続きが気になり、オキツネサマの言葉をわたしがくりかえすのと、わたしのそばにいたリンちゃんがオキツネサマの横に舞いもどるのは、ほぼ同時だった。

 オキツネサマの隣に、ものすごいスピードで移動したリンちゃんは早口で言う。

『オキツネサマッ! その説明は、おれっちがするんで! オキツネサマはしばらく黙っててくださいっす』

 あの場にいたのは、オキツネサマとわたし。リンちゃんはいなかったはず。なのに、なんでリンちゃんが?
 不思議に思ったのは、わたしだけではなかったみたい。

 オキツネサマまで首をかしげてリンちゃんに質問する。

「リン、いったいどうしたのだ」

『どうしたって言われても、どうしても、ゆずれないっす。お願いですから、おれっちがいいって言うまでオキツネサマは口をはさまないでくださいね。いいっすか?』

「……う、うむ。リンがそこまで言うのなら、かまわんが」

 押しの強いはずのオキツネサマが律儀に言うことを聞いている。
 リンちゃんも、オキツネサマをヨイショすることはあっても、強めのお願いをすることなんて、いままでなかったのに。……いままでっていっても、今日会ったばかりの2人組(?)だけど。

 なにはともあれ、黒い靄みたいな、あの霊のような存在については、オキツネサマではなくリンちゃんがわたしに説明してくれることになった。

(いったい何なの、あの黒い霊みたいなものは――)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

殿下、側妃とお幸せに! 正妃をやめたら溺愛されました

まるねこ
恋愛
旧題:お飾り妃になってしまいました 第15回アルファポリス恋愛大賞で奨励賞を頂きました⭐︎読者の皆様お読み頂きありがとうございます! 結婚式1月前に突然告白される。相手は男爵令嬢ですか、婚約破棄ですね。分かりました。えっ?違うの?嫌です。お飾り妃なんてなりたくありません。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

処理中です...