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1章

第25話 いっしょに暮らすって!(2/2)

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 ここはアパート、沢樫荘の管理人室。
 一入居者にすぎないはずのわたしは、現在、非常にやっかいな状況に直面している。
 今日出会ったばかりの青年が、わたしのことを『過去の記憶を失った自分の恋人』だとカンちがいしているのだ。

(どうしよう……。このままじゃわたし……、すごいイケメンとはいえ、キツネのあやかしであるオキツネサマと、ひとつ屋根の下で同居生活をおくることになってしまう)

 あせった結果わたしは、自分の隣にすわっているオキツネサマとその横でプカプカ浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、りんかのリンちゃんに向かって――。

「わたしは、今日からこのアパートで1人暮らしする予定で引っ越してきたので、他の人とは住めないからっ」

 ごく普通に、お断りの言葉を口にした。
 いままでのオキツネサマとリンちゃんとの会話から、この程度の断わりの文句じゃ、両名とも納得してくれないことは予想できる。

 でも、せめて、わたしは同居に賛成してないという意志だけでもしめしておきたかった。たとえ、お二方《ふたかた》には伝わらなかったとしても。

 おそるおそるオキツネサマとリンちゃんをみてみると――。
 オキツネサマは、さわやかな笑顔をうかべた。

(……これは案外、普通に断わりの言葉を言ったら、話が通じたとか?)

 ほほえみをくずさないまま、オキツネサマはわたしに言った。切れ長の目をやさしく ほそめながら。

「そう照れずともよい。たとえそなたに記憶がなくとも、私とそなたはすでに、ともに暮らしていたことがあるのだ」

 ――やっぱり通じてなかった! テレて同居を断わってるわけじゃないし。
 というか、……あれ? なんか違和感。だって、さっきオキツネサマがわたしと自分の恋人を混同して過去の話を語ったときには――。

『私とそなたが手に手をとりあい駆け落ちをしたものの……結局、そなたをタヌキの一族に取り返されてしまったまま、月日は流れ――』

 って言ってなかった? オキツネサマの恋人はタヌキのあやかし。キツネとタヌキ、種族を超えた恋には反対者が多くてオキツネサマと恋人は駆け落ち。でも駆け落ち、失敗しちゃったって話してたよ、たしかに! どういうこと?

「……あのぅ、さっきは駆け落ちしたものの、タヌキの一族に邪魔されて引き離されてしまったって言ってたような気が……」

 疑問を素直に口にするわたしに、オキツネサマはまぶたをふせて、感慨深かんがいぶかげに語った。
 話の矛盾をつかれて、必死にごまかしているって雰囲気は微塵みじんもない。

「駆け落ちしたわたしたちは、タヌキの一族に見つけられてしまうまでの一年間。人間の夫婦として人の世で暮らしていたのだ。あの一年間は夢のようであった」

 なつかしげに話すオキツネサマに、リンちゃんが感極まった様子で炎の体をゆらめかせながら言った。

『もう、夢にしちゃだめっすよ、オキツネサマ!』

「うむ」

 力強くうなずくオキツネサマ。
 あ、またオキツネサマとリンちゃんの2人で、「これにて一件落着」みたいな雰囲気になっちゃった。

 うーん、もし、恋愛映画や恋愛ドラマで――。

『ずっと会えなかった恋人たちの再会。
 しかし、なんということだろうか! ヒロインはヒーローのことも、自分の過去も、忘れていた……。
 それでもヒーローはヒロインのそばにいる。
 いつかヒロインが過去の記憶を取りもどしてくれることを願って……』

 こんな感じの設定だったら、メロドラマの王道のストーリーが展開されるのだと思う。(そういう内容の作品、決して きらいじゃないよ。フィクションとしてならば)

 でもわたしは、恋愛映画や少女漫画のような恋とは無縁の生活を送っているし、別にそれでかまわないと思ってる。

(なにより、オキツネサマの恋人は、わたしではなく別人だから!)

 ああ、どう言ったら、信じてくれるんだろう。
 オキツネサマの恋人のタヌキのあやかしは、わたしではありませんって。
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