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1章
第23話 キツネとタヌキで
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アパートでの1人暮らし開始日。
事情があってアパートの管理人室に運ばれたわたしは――。
この部屋で、和服姿の青年から、たった今とんでもないことを言われてしまった。(正確に言えば、さっきからとんでもないことを言われっぱなしなんだけど、今、言われた内容は、さらにすごかった)
どんなことを言われたかというと――。
彼いわく「私とそなたは恋人同士だ」そうだ。
わたしとこの人は、今日会ったばかりなのに……。
どうやら彼は、とても長い間会えなかった自分の恋人とわたしを人ちがいしてるっぽい。
彼の名前はオキツネサマ。少なくともそう呼ばれている。
オキツネサマは、人間の姿をしているけれど、耳としっぽはキツネのそれだ。
彼が変身する場面や、彼の持つ不思議な力を実際にこの目で見てしまったわたしは、オキツネサマがキツネの「あやかし」と呼ばれる存在であることを認めるしかない。
だけどっ、「私とそなたは恋人同士だ」って発言を認めるわけにはいかないから!
わたしは、もう何度も「人ちがいだ」と訴えているんだけど、オキツネサマはわたしのほうが彼を忘れてしまったのだと思い込んでいる――だけでなく!!
なんとオキツネサマの恋人は、「タヌキ」だそうだ。
あやかし同士とはいえ、キツネとタヌキ。種族の違いから周囲に恋路を邪魔され、ずっと会えなかったらしい。
(恋仲を反対されたり、長い間、会えずにいた件は「大変だったんだな、オキツネサマも」と思う。……キツネとタヌキが恋に落ちるという話にもびっくりだけど)
いろんなおどろきで、うまく言葉がでないわたしは、だまりこんでしまった。
アパートの管理人室に数秒、沈黙が流れる。
オキツネサマは無言。彼のそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、リンちゃんも今は無言。
誰も言葉を交わさない間も、オキツネサマの視線は、わたし――谷沼 紗季音――に そそがれている。
この静けさ、なんだか気まずい……わたしがそう感じてから数秒後。
オキツネサマはしみじみとした声で、話を再開した。あいかわらず、わたしのことをじっとみつめながら。
「私とそなたが手に手をとりあい駆け落ちをしたものの……結局、そなたをタヌキの一族に取り返されてしまったまま、月日は流れ――」
オキツネサマの話にリンちゃんが割って入る。
『でもでもっ、オキツネサマはサキっちのことをずっとずっと探してたじゃないっすか。だから今日こうして、ふたたびめぐり会うことができ……』
ここまで話すとリンちゃんは、うれし泣きするように身をふるわせた。
「リンにもいろいろ協力してもらったな。リンの助けがなければ今日の、サキとの再会はなかったであろう。苦労をかけたな」
『……そんなっ、もったいなきお言葉……』
リンちゃんにねぎらいの言葉をかけた後、オキツネサマはわたしに質問した。
「サキも苦労したのではないか? 人の世界にまぎれこみ、人として部屋を借りたということは……タヌキの一族の里を無事、1人で出ることができたのであろう。ひょっとして、そなたの神通力は今、タヌキの一族の中で一番強いのだろうか」
「……神通力?」
あやかし関連の情報に疎いわたしでも、耳にしたことはある言葉だ。
なのに語尾がハテナマークなのは、わたしには一番もなにも、神通力なんてものはないから。
あ、オキツネサマがわたしにみせた数々の不思議な力――(呪文となえて白い煙を登場させる……からの、白キツネに変身! とか、黒い霊っぽいものを一瞬で退散させちゃったりとか)ああいうのが神通力なのかも。
でも、わたしは生まれて20年間、「谷沼さんって霊感強いんじゃない?」とすら言われたことない。
そんなわたしにいきなり「一族(しかもタヌキ)で神通力が一番強いのか?」なんて聞かれても……。
わたしがただただポカンとしてることに気づいて、ハッとするオキツネサマ。
「すまぬ、そなたは自身があやかしであることを忘れているのであったな」
神妙な面持ちであやまるオキツネサマに、わたしではなく、リンちゃんがフォローを入れる。
『なーに、オキツネサマだって今、「サキっちがあやかしであることを忘れている」のを「忘れてた」んだから、忘れん坊同士っすよ!』
……? リンちゃん、口調だけはフォローっぽかったけど、全然フォローになってなくない? ――というか、忘れん坊同士って?
わたしがツッコミを声にだすより早く、オキツネサマが口を開く。
彼はわたしと違い、リンちゃんの言葉に気が楽になったようだ。表情も口調も明るくなっている。
「まぁ、これから、ともに暮らしていくうちに過去の記憶は、だんだんと思いだしていくであろう。サキ、あせることはないぞ。私もあせらない」
「これにて一件落着」とばかりに、ほがらかに笑うオキツネサマとその横でピョンピョンとうれしそうに飛びはねるリンちゃん。
これから、ともに暮らす――って、オキツネサマはわたしといっしょにこのアパートに住むつもりでいるの!?
事情があってアパートの管理人室に運ばれたわたしは――。
この部屋で、和服姿の青年から、たった今とんでもないことを言われてしまった。(正確に言えば、さっきからとんでもないことを言われっぱなしなんだけど、今、言われた内容は、さらにすごかった)
どんなことを言われたかというと――。
彼いわく「私とそなたは恋人同士だ」そうだ。
わたしとこの人は、今日会ったばかりなのに……。
どうやら彼は、とても長い間会えなかった自分の恋人とわたしを人ちがいしてるっぽい。
彼の名前はオキツネサマ。少なくともそう呼ばれている。
オキツネサマは、人間の姿をしているけれど、耳としっぽはキツネのそれだ。
彼が変身する場面や、彼の持つ不思議な力を実際にこの目で見てしまったわたしは、オキツネサマがキツネの「あやかし」と呼ばれる存在であることを認めるしかない。
だけどっ、「私とそなたは恋人同士だ」って発言を認めるわけにはいかないから!
わたしは、もう何度も「人ちがいだ」と訴えているんだけど、オキツネサマはわたしのほうが彼を忘れてしまったのだと思い込んでいる――だけでなく!!
なんとオキツネサマの恋人は、「タヌキ」だそうだ。
あやかし同士とはいえ、キツネとタヌキ。種族の違いから周囲に恋路を邪魔され、ずっと会えなかったらしい。
(恋仲を反対されたり、長い間、会えずにいた件は「大変だったんだな、オキツネサマも」と思う。……キツネとタヌキが恋に落ちるという話にもびっくりだけど)
いろんなおどろきで、うまく言葉がでないわたしは、だまりこんでしまった。
アパートの管理人室に数秒、沈黙が流れる。
オキツネサマは無言。彼のそばで浮かんでいる、人の言葉を話す青い炎、リンちゃんも今は無言。
誰も言葉を交わさない間も、オキツネサマの視線は、わたし――谷沼 紗季音――に そそがれている。
この静けさ、なんだか気まずい……わたしがそう感じてから数秒後。
オキツネサマはしみじみとした声で、話を再開した。あいかわらず、わたしのことをじっとみつめながら。
「私とそなたが手に手をとりあい駆け落ちをしたものの……結局、そなたをタヌキの一族に取り返されてしまったまま、月日は流れ――」
オキツネサマの話にリンちゃんが割って入る。
『でもでもっ、オキツネサマはサキっちのことをずっとずっと探してたじゃないっすか。だから今日こうして、ふたたびめぐり会うことができ……』
ここまで話すとリンちゃんは、うれし泣きするように身をふるわせた。
「リンにもいろいろ協力してもらったな。リンの助けがなければ今日の、サキとの再会はなかったであろう。苦労をかけたな」
『……そんなっ、もったいなきお言葉……』
リンちゃんにねぎらいの言葉をかけた後、オキツネサマはわたしに質問した。
「サキも苦労したのではないか? 人の世界にまぎれこみ、人として部屋を借りたということは……タヌキの一族の里を無事、1人で出ることができたのであろう。ひょっとして、そなたの神通力は今、タヌキの一族の中で一番強いのだろうか」
「……神通力?」
あやかし関連の情報に疎いわたしでも、耳にしたことはある言葉だ。
なのに語尾がハテナマークなのは、わたしには一番もなにも、神通力なんてものはないから。
あ、オキツネサマがわたしにみせた数々の不思議な力――(呪文となえて白い煙を登場させる……からの、白キツネに変身! とか、黒い霊っぽいものを一瞬で退散させちゃったりとか)ああいうのが神通力なのかも。
でも、わたしは生まれて20年間、「谷沼さんって霊感強いんじゃない?」とすら言われたことない。
そんなわたしにいきなり「一族(しかもタヌキ)で神通力が一番強いのか?」なんて聞かれても……。
わたしがただただポカンとしてることに気づいて、ハッとするオキツネサマ。
「すまぬ、そなたは自身があやかしであることを忘れているのであったな」
神妙な面持ちであやまるオキツネサマに、わたしではなく、リンちゃんがフォローを入れる。
『なーに、オキツネサマだって今、「サキっちがあやかしであることを忘れている」のを「忘れてた」んだから、忘れん坊同士っすよ!』
……? リンちゃん、口調だけはフォローっぽかったけど、全然フォローになってなくない? ――というか、忘れん坊同士って?
わたしがツッコミを声にだすより早く、オキツネサマが口を開く。
彼はわたしと違い、リンちゃんの言葉に気が楽になったようだ。表情も口調も明るくなっている。
「まぁ、これから、ともに暮らしていくうちに過去の記憶は、だんだんと思いだしていくであろう。サキ、あせることはないぞ。私もあせらない」
「これにて一件落着」とばかりに、ほがらかに笑うオキツネサマとその横でピョンピョンとうれしそうに飛びはねるリンちゃん。
これから、ともに暮らす――って、オキツネサマはわたしといっしょにこのアパートに住むつもりでいるの!?
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