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1章
第22話 恋人って誰と誰が――
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「私やリンのことを忘れてしまっただけでなく、みずからがタヌキのあやかしであることすら忘れてしまったとは――」
オキツネサマと呼ばれる、この青年の言葉に、わたしはがっくり肩を落とす。
(ああぁ……。オキツネサマ、今度もわかってくれてなかった)
ここはアパート、沢樫荘の管理人室。
今日からこのアパートで1人暮らしを始める予定のわたしは、入居開始日早々、数々のトラブルに見舞われていた。
わたしが今、自分の部屋ではなく管理人室にいるのだって、ある怪奇現象に巻き込まれてしまったせい。
それを助けてくれたのが、わたしのとなりに座っている青年、オキツネサマなんだけど――。
今現在の彼の見た目は、和服を着た人間の成人男性の姿に、キツネの耳としっぽがついているもの。(ちなみに耳としっぽは、いわゆるキツネ色じゃなくて、白い色をしている)
彼のそばには、人の言葉を話す 青い炎、リンちゃんがプカプカ浮かんでいる。
オキツネサマが、人間からキツネに変身したり半人半狐に変身したりする場面に居合わせてしまった以上、もう
「キツネが人に変わるなんて昔話の中の出来事よね」
と言い切れなくなってしまった。
(でも! それでも、このわたし、谷沼 紗季音は単なる人間で、タヌキが人に変身してるわけじゃないのにっ!)
オキツネサマは、わたしのタヌキの耳としっぽが見たいなんて無茶な要求をしてきたばかり。
わたしがきっぱり、はっきり『自分はタヌキが人間に変身してるわけじゃない』と告げたものの――。
『そなたがもし、タヌキでないならば、なぜ「谷沼 紗季音」などと名乗る。その名、順序を変えれば「まさにたぬきね」。つまり「まさにタヌキね」ではないか』
と勝ち誇ったような顔で言い返される始末。
そんなの偶然だと答えたら、今度は、わたしを『自分がタヌキのあやかしであることを忘れてしまった』あつかい。
こんな風にいつまでたっても平行線な、わたしとオキツネサマのやりとりを、リンちゃんは青い炎の体をゆらゆらさせ、心配そうな様子で見守っていたのだけど――。
ついにしびれを切らしたらしい。
リンちゃんはわたしとオキツネサマのそばをグルグルまわりながら、ダーッと早口で話しはじめる。
『オキツネサマ! サキっちの記憶を取りもどさせるには、やっぱオキツネサマの愛でしょ! 変身した姿をみても思いだせないとなると、あとは愛の力しかないと思うっす』
「うむ、リンもやはりそう思うか」
リンちゃんのアドバイスに、首を上下して納得するオキツネサマ。
(……愛! オキツネサマの……愛の力って!?)
わたしは、オキツネサマの愛の力とやらに、もちろん納得できない。
オキツネサマとわたし、今日会ったばっかりだよ。
リンちゃんやオキツネサマは、わたしを昔からの知りあいの……『タヌキ』だと思いこんでいるようだけど、わたしたち本当は今日が初対面なの!
わたしはリンちゃんとオキツネサマ、両方に向かって叫んだ。ここがアパートの管理人室だということも忘れて。
「愛!? なんで、この状況で『愛の力』なんて言葉がでてくるのっ」
オキツネサマは、わたしをみつめ、真面目な声色で答える。
「それはもちろん、私とそなたは恋人同士だからだ」
――恋人? キツネとタヌキで、恋人同士? キツネはキツネ、タヌキはタヌキ同士でくっつくんじゃないの?
あやかしの恋愛事情にあかるくないわたしにとって、オキツネサマの答えは意外なものだったからか――。
気がつくとわたしは、彼の言葉をくりかえしていた。
「……恋人同士?」
「ああ、相思相愛の間柄ともいうな」
リンちゃんがわたしたちのあいだでユラユラと体をゆらしながら語る。
『あやかし同士とはいえ、キツネとタヌキ。種族の違いから周囲に恋路を邪魔され、ずっと会えなかったなんて。ううっ、泣けるっすね~』
……あ、やっぱりあやかし同士ならなんでもOKって倫理観じゃないんだ、あやかしの世界も。キツネとタヌキのカップルってあんまり聞かないものね。
オキツネサマと呼ばれる、この青年の言葉に、わたしはがっくり肩を落とす。
(ああぁ……。オキツネサマ、今度もわかってくれてなかった)
ここはアパート、沢樫荘の管理人室。
今日からこのアパートで1人暮らしを始める予定のわたしは、入居開始日早々、数々のトラブルに見舞われていた。
わたしが今、自分の部屋ではなく管理人室にいるのだって、ある怪奇現象に巻き込まれてしまったせい。
それを助けてくれたのが、わたしのとなりに座っている青年、オキツネサマなんだけど――。
今現在の彼の見た目は、和服を着た人間の成人男性の姿に、キツネの耳としっぽがついているもの。(ちなみに耳としっぽは、いわゆるキツネ色じゃなくて、白い色をしている)
彼のそばには、人の言葉を話す 青い炎、リンちゃんがプカプカ浮かんでいる。
オキツネサマが、人間からキツネに変身したり半人半狐に変身したりする場面に居合わせてしまった以上、もう
「キツネが人に変わるなんて昔話の中の出来事よね」
と言い切れなくなってしまった。
(でも! それでも、このわたし、谷沼 紗季音は単なる人間で、タヌキが人に変身してるわけじゃないのにっ!)
オキツネサマは、わたしのタヌキの耳としっぽが見たいなんて無茶な要求をしてきたばかり。
わたしがきっぱり、はっきり『自分はタヌキが人間に変身してるわけじゃない』と告げたものの――。
『そなたがもし、タヌキでないならば、なぜ「谷沼 紗季音」などと名乗る。その名、順序を変えれば「まさにたぬきね」。つまり「まさにタヌキね」ではないか』
と勝ち誇ったような顔で言い返される始末。
そんなの偶然だと答えたら、今度は、わたしを『自分がタヌキのあやかしであることを忘れてしまった』あつかい。
こんな風にいつまでたっても平行線な、わたしとオキツネサマのやりとりを、リンちゃんは青い炎の体をゆらゆらさせ、心配そうな様子で見守っていたのだけど――。
ついにしびれを切らしたらしい。
リンちゃんはわたしとオキツネサマのそばをグルグルまわりながら、ダーッと早口で話しはじめる。
『オキツネサマ! サキっちの記憶を取りもどさせるには、やっぱオキツネサマの愛でしょ! 変身した姿をみても思いだせないとなると、あとは愛の力しかないと思うっす』
「うむ、リンもやはりそう思うか」
リンちゃんのアドバイスに、首を上下して納得するオキツネサマ。
(……愛! オキツネサマの……愛の力って!?)
わたしは、オキツネサマの愛の力とやらに、もちろん納得できない。
オキツネサマとわたし、今日会ったばっかりだよ。
リンちゃんやオキツネサマは、わたしを昔からの知りあいの……『タヌキ』だと思いこんでいるようだけど、わたしたち本当は今日が初対面なの!
わたしはリンちゃんとオキツネサマ、両方に向かって叫んだ。ここがアパートの管理人室だということも忘れて。
「愛!? なんで、この状況で『愛の力』なんて言葉がでてくるのっ」
オキツネサマは、わたしをみつめ、真面目な声色で答える。
「それはもちろん、私とそなたは恋人同士だからだ」
――恋人? キツネとタヌキで、恋人同士? キツネはキツネ、タヌキはタヌキ同士でくっつくんじゃないの?
あやかしの恋愛事情にあかるくないわたしにとって、オキツネサマの答えは意外なものだったからか――。
気がつくとわたしは、彼の言葉をくりかえしていた。
「……恋人同士?」
「ああ、相思相愛の間柄ともいうな」
リンちゃんがわたしたちのあいだでユラユラと体をゆらしながら語る。
『あやかし同士とはいえ、キツネとタヌキ。種族の違いから周囲に恋路を邪魔され、ずっと会えなかったなんて。ううっ、泣けるっすね~』
……あ、やっぱりあやかし同士ならなんでもOKって倫理観じゃないんだ、あやかしの世界も。キツネとタヌキのカップルってあんまり聞かないものね。
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