21 / 72
1章
第19話 これが『あの姿』?
しおりを挟む
今この部屋にいるのは、わたし、谷沼 紗季音と『オキツネサマ』と呼ばれる、和服を着た美青年、そして『りんかのリンちゃん』と名乗る、人の言葉を離す不思議な青い炎だ。
この部屋は沢樫荘というアパートの管理人室。
オキツネサマの横にプカプカと浮かぶ、リンちゃんがオキツネサマに催促する。
『ささっ、オキツネサマ! 早いところ、あの姿に変わって、サキっちの過去の記憶を呼びさましましょうよ~』
ん、リンちゃんってば、わたしのこと『サキっち』って呼んでる。
わたしがリンちゃんをリンちゃんと呼ぶのは、リンちゃん自身がそう呼んでいいって言ってたからだよ。リンちゃんからのわたしへの呼び名は『サキっち』で、もう決定なの?
べつに不服ってわけじゃないけど……。
でも『サキっち』だと、なんだか『佐吉』って名前の、男の子みたいだよ。
ただでさえ、リンちゃんって、ときどき江戸っ子っぽいしゃべりかたするし。……はっ! 現在問題にすべき部分は、リンちゃんがわたしをなんて呼ぶか、じゃない。
もっと重要なことがある。
リンちゃんは、オキツネサマに、どんな姿になるように うながしているの?
リンちゃんのいう『あの姿』って、いったい……。
今、わたしの隣にいるオキツネサマの見た目は人間だ。
そして、わたしが今日神社で出会った白いキツネは、どうやらオキツネサマの変身した姿らしい。
だけどこの白いキツネは煙の中からあらわれたものだから、わたしはオキツネサマ本人が本当にキツネに変身したと、100パーセント信じているわけじゃない。
(このキツネは人の言葉がしゃべれて、その声はオキツネサマとよく似ていたんだけど――でも、姿が変わる徹底的瞬間をこの目で見たわけではないし……)
そもそも、昨日までのわたしなら、人間がキツネになったり、キツネが人間になるなんて、
民話とかおとぎ話とか昔話とか童話とか
……そういった世界の話であって現実には――って思ってたはず。
でもわたしは、今日1日だけで、何度も『不思議って言葉だけじゃ言いあらわせない出来事』に、立て続けに遭遇した。
この管理人室に運ばれる前だって、アパートの建物の手前で、黒い靄のような、謎の存在に手足をとらえられ、つかまってしまったんだ。(それを助けてくれたのがオキツネサマ)
昨日までは、非現実的だと思ってたことだって、今のわたしなら信じてしまう。
オキツネサマとリンちゃん、お二方の『わたしの昔からの知りあい』なんだって主張は、ちょっと信じかねるけど。……だって、わたしにそんな記憶、全然ないし。
(リンちゃんは、オキツネサマのどういった姿をわたしに見せようとしてるの?)
オキツネサマに早く『あの姿』へ変身してもらおうって雰囲気いっぱいのリンちゃんに対して、当のオキツネサマは、なんだか慎重になってるっぽい。
(……まさか、『あの姿』って、このアパートの天井を突き破ってしまうほどの、大きなキツネ……? サイズが巨大怪獣並にあるビッグなキツネに変身とか?)
もしそうなら止めなきゃ! わたし、人間姿のオキツネサマみたいに美形な知りあいも、しゃべるキツネの知りあいも、超ビッグサイズなキツネの知りあいもいないから!!
オキツネサマが躊躇してるっぽい今のうちに、巨大化変身をわたしが食いとめなければ……。
賃貸物件を借りて大学に通う学生としては、このアパートが壊れてしまったら、また一からお部屋探しをしなくちゃならなくなる。
まだ『あの姿』が、とてつもなく大きくなることを言っているとは確信も何もないけど。何かあってからじゃ、遅いかもしれない。
「オキツネ……」
わたしが彼の名前を途中まで口にしたとき(この人から直接名前を教えてもらったわけじゃないけど、リンちゃんは『オキツネサマ』って呼んでいるし……)
彼は体をピクリとふるわせてから、切れ長の美しい瞳でわたしの目をじっとみつめた。
そして、どういうわけかオキツネサマは『あの姿』に変身する覚悟を決めてしまったようだ。(ほんと、なんで? わたしまだ名前だって最後まで言ってないのに……)オキツネサマは真剣な声で
「サキ」
と、わたしを呼んだ。
すると、その瞬間。
オキツネサマの見た目が、わずか秒数でサッと変化した。
(……これがリンちゃんのいう、オキツネサマの『あの姿』? 全然、巨大なキツネなんかじゃないよ。あ、大きなキツネに変身するのかも、っていうのは……単なるわたしの想像だった)
今のオキツネサマも、ついさきほどまでのオキツネサマも。背の高さや整った顔かたちに、これといった変化はみられない。
……だけど。
背の高さは正確に はかれば、ちょっとちがうかも。
なぜって――。
今、わたしのとなりにいるオキツネサマには、動物のものにみえる真っ白な耳が はえているから!!(この、ピンッと立った三角の耳、さっき会った白キツネの耳とそっくり!)
……ええっと、耳のさきっぽが頭のてっぺんよりも高い場合、身長はどっちで測定するの?
あ、オキツネサマに増えたのはキツネの耳だけじゃないっぽい。
彼の背中ごしにキツネのしっぽがチラチラ見え隠れする。
『あの姿』というのは、人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれた姿のことをさしていたの?
わたしが頭で考えても正確な答えはわからない。
ここはひとつ、疑問点をそのまま質問してみよう。
「人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれたのが、リンちゃんのいう『あの姿』なの?」
オキツネサマの横でリンちゃんがコクリとうなずく。(青い炎でできた体の上半分だけを器用にかたむけさせたから、これは人でいえば、うなずく動作なんだろうな、とわたしが勝手に解釈しただけなんだけど、たぶんあってるはず)
リンちゃんのお次は、オキツネサマ本人が、ゆっくりと口をひらいた。
今の彼は雰囲気こそやさしくおだやかだけど、わたしの問いに答えようってムードじゃない。
そもそも、彼はわたしの質問を聞いていなかったっぽい。わたしが聞いているときも、目はずっとわたしをみているんだけど、わたしの言っていることは、うわの空って感じだったし。
そんなオキツネサマがわたしに向かって告げた言葉は――。
「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」
……はい? わたし、しっぽなんてないよ。
耳は今、髪の毛に隠れていて みえてないかもしれないけど……。人の耳がついてるだけ。獣の耳、通称ケモ耳が頭の上にニョキッとあらわれることはないし。
この部屋は沢樫荘というアパートの管理人室。
オキツネサマの横にプカプカと浮かぶ、リンちゃんがオキツネサマに催促する。
『ささっ、オキツネサマ! 早いところ、あの姿に変わって、サキっちの過去の記憶を呼びさましましょうよ~』
ん、リンちゃんってば、わたしのこと『サキっち』って呼んでる。
わたしがリンちゃんをリンちゃんと呼ぶのは、リンちゃん自身がそう呼んでいいって言ってたからだよ。リンちゃんからのわたしへの呼び名は『サキっち』で、もう決定なの?
べつに不服ってわけじゃないけど……。
でも『サキっち』だと、なんだか『佐吉』って名前の、男の子みたいだよ。
ただでさえ、リンちゃんって、ときどき江戸っ子っぽいしゃべりかたするし。……はっ! 現在問題にすべき部分は、リンちゃんがわたしをなんて呼ぶか、じゃない。
もっと重要なことがある。
リンちゃんは、オキツネサマに、どんな姿になるように うながしているの?
リンちゃんのいう『あの姿』って、いったい……。
今、わたしの隣にいるオキツネサマの見た目は人間だ。
そして、わたしが今日神社で出会った白いキツネは、どうやらオキツネサマの変身した姿らしい。
だけどこの白いキツネは煙の中からあらわれたものだから、わたしはオキツネサマ本人が本当にキツネに変身したと、100パーセント信じているわけじゃない。
(このキツネは人の言葉がしゃべれて、その声はオキツネサマとよく似ていたんだけど――でも、姿が変わる徹底的瞬間をこの目で見たわけではないし……)
そもそも、昨日までのわたしなら、人間がキツネになったり、キツネが人間になるなんて、
民話とかおとぎ話とか昔話とか童話とか
……そういった世界の話であって現実には――って思ってたはず。
でもわたしは、今日1日だけで、何度も『不思議って言葉だけじゃ言いあらわせない出来事』に、立て続けに遭遇した。
この管理人室に運ばれる前だって、アパートの建物の手前で、黒い靄のような、謎の存在に手足をとらえられ、つかまってしまったんだ。(それを助けてくれたのがオキツネサマ)
昨日までは、非現実的だと思ってたことだって、今のわたしなら信じてしまう。
オキツネサマとリンちゃん、お二方の『わたしの昔からの知りあい』なんだって主張は、ちょっと信じかねるけど。……だって、わたしにそんな記憶、全然ないし。
(リンちゃんは、オキツネサマのどういった姿をわたしに見せようとしてるの?)
オキツネサマに早く『あの姿』へ変身してもらおうって雰囲気いっぱいのリンちゃんに対して、当のオキツネサマは、なんだか慎重になってるっぽい。
(……まさか、『あの姿』って、このアパートの天井を突き破ってしまうほどの、大きなキツネ……? サイズが巨大怪獣並にあるビッグなキツネに変身とか?)
もしそうなら止めなきゃ! わたし、人間姿のオキツネサマみたいに美形な知りあいも、しゃべるキツネの知りあいも、超ビッグサイズなキツネの知りあいもいないから!!
オキツネサマが躊躇してるっぽい今のうちに、巨大化変身をわたしが食いとめなければ……。
賃貸物件を借りて大学に通う学生としては、このアパートが壊れてしまったら、また一からお部屋探しをしなくちゃならなくなる。
まだ『あの姿』が、とてつもなく大きくなることを言っているとは確信も何もないけど。何かあってからじゃ、遅いかもしれない。
「オキツネ……」
わたしが彼の名前を途中まで口にしたとき(この人から直接名前を教えてもらったわけじゃないけど、リンちゃんは『オキツネサマ』って呼んでいるし……)
彼は体をピクリとふるわせてから、切れ長の美しい瞳でわたしの目をじっとみつめた。
そして、どういうわけかオキツネサマは『あの姿』に変身する覚悟を決めてしまったようだ。(ほんと、なんで? わたしまだ名前だって最後まで言ってないのに……)オキツネサマは真剣な声で
「サキ」
と、わたしを呼んだ。
すると、その瞬間。
オキツネサマの見た目が、わずか秒数でサッと変化した。
(……これがリンちゃんのいう、オキツネサマの『あの姿』? 全然、巨大なキツネなんかじゃないよ。あ、大きなキツネに変身するのかも、っていうのは……単なるわたしの想像だった)
今のオキツネサマも、ついさきほどまでのオキツネサマも。背の高さや整った顔かたちに、これといった変化はみられない。
……だけど。
背の高さは正確に はかれば、ちょっとちがうかも。
なぜって――。
今、わたしのとなりにいるオキツネサマには、動物のものにみえる真っ白な耳が はえているから!!(この、ピンッと立った三角の耳、さっき会った白キツネの耳とそっくり!)
……ええっと、耳のさきっぽが頭のてっぺんよりも高い場合、身長はどっちで測定するの?
あ、オキツネサマに増えたのはキツネの耳だけじゃないっぽい。
彼の背中ごしにキツネのしっぽがチラチラ見え隠れする。
『あの姿』というのは、人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれた姿のことをさしていたの?
わたしが頭で考えても正確な答えはわからない。
ここはひとつ、疑問点をそのまま質問してみよう。
「人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれたのが、リンちゃんのいう『あの姿』なの?」
オキツネサマの横でリンちゃんがコクリとうなずく。(青い炎でできた体の上半分だけを器用にかたむけさせたから、これは人でいえば、うなずく動作なんだろうな、とわたしが勝手に解釈しただけなんだけど、たぶんあってるはず)
リンちゃんのお次は、オキツネサマ本人が、ゆっくりと口をひらいた。
今の彼は雰囲気こそやさしくおだやかだけど、わたしの問いに答えようってムードじゃない。
そもそも、彼はわたしの質問を聞いていなかったっぽい。わたしが聞いているときも、目はずっとわたしをみているんだけど、わたしの言っていることは、うわの空って感じだったし。
そんなオキツネサマがわたしに向かって告げた言葉は――。
「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」
……はい? わたし、しっぽなんてないよ。
耳は今、髪の毛に隠れていて みえてないかもしれないけど……。人の耳がついてるだけ。獣の耳、通称ケモ耳が頭の上にニョキッとあらわれることはないし。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる