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1章

第19話 これが『あの姿』?

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 今この部屋にいるのは、わたし、谷沼たにぬま 紗季音さきねと『オキツネサマ』と呼ばれる、和服を着た美青年、そして『りんかのリンちゃん』と名乗る、人の言葉を離す不思議な青い炎だ。
 この部屋は沢樫荘というアパートの管理人室。
 オキツネサマの横にプカプカと浮かぶ、リンちゃんがオキツネサマに催促する。

『ささっ、オキツネサマ! 早いところ、あの姿に変わって、サキっちの過去の記憶を呼びさましましょうよ~』

 ん、リンちゃんってば、わたしのこと『サキっち』って呼んでる。
 わたしがリンちゃんをリンちゃんと呼ぶのは、リンちゃん自身がそう呼んでいいって言ってたからだよ。リンちゃんからのわたしへの呼び名は『サキっち』で、もう決定なの?

 べつに不服ってわけじゃないけど……。
 でも『サキっち』だと、なんだか『佐吉さきち』って名前の、男の子みたいだよ。

 ただでさえ、リンちゃんって、ときどき江戸っ子っぽいしゃべりかたするし。……はっ! 現在問題にすべき部分は、リンちゃんがわたしをなんて呼ぶか、じゃない。
 もっと重要なことがある。

 リンちゃんは、オキツネサマに、どんな姿になるように うながしているの?
 リンちゃんのいう『あの姿』って、いったい……。

 今、わたしの隣にいるオキツネサマの見た目は人間だ。
 そして、わたしが今日神社で出会った白いキツネは、どうやらオキツネサマの変身した姿らしい。
 だけどこの白いキツネは煙の中からあらわれたものだから、わたしはオキツネサマ本人が本当にキツネに変身したと、100パーセント信じているわけじゃない。
(このキツネは人の言葉がしゃべれて、その声はオキツネサマとよく似ていたんだけど――でも、姿が変わる徹底的瞬間をこの目で見たわけではないし……)

 そもそも、昨日までのわたしなら、人間がキツネになったり、キツネが人間になるなんて、
 民話とかおとぎ話とか昔話とか童話とか
 ……そういった世界の話であって現実には――って思ってたはず。

 でもわたしは、今日1日だけで、何度も『不思議って言葉だけじゃ言いあらわせない出来事』に、立て続けに遭遇した。

 この管理人室に運ばれる前だって、アパートの建物の手前で、黒いもやのような、謎の存在に手足をとらえられ、つかまってしまったんだ。(それを助けてくれたのがオキツネサマ)
 昨日までは、非現実的だと思ってたことだって、今のわたしなら信じてしまう。

 オキツネサマとリンちゃん、お二方ふたかたの『わたしの昔からの知りあい』なんだって主張は、ちょっと信じかねるけど。……だって、わたしにそんな記憶、全然ないし。

(リンちゃんは、オキツネサマのどういった姿をわたしに見せようとしてるの?)

 オキツネサマに早く『あの姿』へ変身してもらおうって雰囲気いっぱいのリンちゃんに対して、当のオキツネサマは、なんだか慎重になってるっぽい。

(……まさか、『あの姿』って、このアパートの天井を突き破ってしまうほどの、大きなキツネ……? サイズが巨大怪獣並にあるビッグなキツネに変身とか?)

 もしそうなら止めなきゃ! わたし、人間姿のオキツネサマみたいに美形な知りあいも、しゃべるキツネの知りあいも、超ビッグサイズなキツネの知りあいもいないから!!

 オキツネサマが躊躇ちゅうちょしてるっぽい今のうちに、巨大化変身をわたしが食いとめなければ……。
 賃貸物件を借りて大学に通う学生としては、このアパートが壊れてしまったら、また一からお部屋探しをしなくちゃならなくなる。

 まだ『あの姿』が、とてつもなく大きくなることを言っているとは確信も何もないけど。何かあってからじゃ、遅いかもしれない。

「オキツネ……」

 わたしが彼の名前を途中まで口にしたとき(この人から直接名前を教えてもらったわけじゃないけど、リンちゃんは『オキツネサマ』って呼んでいるし……)
 彼は体をピクリとふるわせてから、切れ長の美しい瞳でわたしの目をじっとみつめた。

 そして、どういうわけかオキツネサマは『あの姿』に変身する覚悟を決めてしまったようだ。(ほんと、なんで? わたしまだ名前だって最後まで言ってないのに……)オキツネサマは真剣な声で
「サキ」
 と、わたしを呼んだ。
 すると、その瞬間。

 オキツネサマの見た目が、わずか秒数でサッと変化した。

(……これがリンちゃんのいう、オキツネサマの『あの姿』? 全然、巨大なキツネなんかじゃないよ。あ、大きなキツネに変身するのかも、っていうのは……単なるわたしの想像だった)

 今のオキツネサマも、ついさきほどまでのオキツネサマも。背の高さや整った顔かたちに、これといった変化はみられない。
 ……だけど。
 背の高さは正確に はかれば、ちょっとちがうかも。

 なぜって――。
 今、わたしのとなりにいるオキツネサマには、動物のものにみえる真っ白な耳が はえているから!!(この、ピンッと立った三角の耳、さっき会った白キツネの耳とそっくり!)
 ……ええっと、耳のさきっぽが頭のてっぺんよりも高い場合、身長はどっちで測定するの?

 あ、オキツネサマに増えたのはキツネの耳だけじゃないっぽい。
 彼の背中ごしにキツネのしっぽがチラチラ見え隠れする。
 『あの姿』というのは、人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれた姿のことをさしていたの?

 わたしが頭で考えても正確な答えはわからない。
 ここはひとつ、疑問点をそのまま質問してみよう。

「人の外見にキツネの耳としっぽがあらわれたのが、リンちゃんのいう『あの姿』なの?」

 オキツネサマの横でリンちゃんがコクリとうなずく。(青い炎でできた体の上半分だけを器用にかたむけさせたから、これは人でいえば、うなずく動作なんだろうな、とわたしが勝手に解釈しただけなんだけど、たぶんあってるはず)

 リンちゃんのお次は、オキツネサマ本人が、ゆっくりと口をひらいた。
 今の彼は雰囲気こそやさしくおだやかだけど、わたしの問いに答えようってムードじゃない。

 そもそも、彼はわたしの質問を聞いていなかったっぽい。わたしが聞いているときも、目はずっとわたしをみているんだけど、わたしの言っていることは、うわの空って感じだったし。
 そんなオキツネサマがわたしに向かって告げた言葉は――。

「さぁ、サキも早く私に耳としっぽをみせてくれないか」

 ……はい? わたし、しっぽなんてないよ。
 耳は今、髪の毛に隠れていて みえてないかもしれないけど……。人の耳がついてるだけ。獣の耳、通称ケモ耳が頭の上にニョキッとあらわれることはないし。
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