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1章
第7話 この和服男子は、いったい何者?
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桜が咲き誇る、昼下がりの神社の境内。
あれこれ思案してから、ようやく――。
わたしは今度こそ、うしろを振りむく。おそるおそる、ゆっくりと。
「わたしは、もう……――」
頭の中で考えた言葉を、ちゃんと最後まで言うつもりだった。
さっきまでは背後。たった今からは、正面にいる人物に対して。
だけど。
できなかった。だって――。
わたしの目の前にいる、その人はあまりにも美男子だったから。
息をのむほど美しい、とは……彼のような人物をいうのだろう。
髪の色は白みがかった銀色、もしくは淡い金色のような、不思議な色。
白銀にも白金にもみえるのは、光の加減によってみえかたが違ってくるんだと思う。まっすぐでサラサラ。とても艶めいた髪だ。
長くのばした髪だけじゃない。きりっとした眉や切れ長の目をおおっている まつ毛も髪と同じ色をしていた。
この人、背が高くてやせ型で――、全体的に神秘的な雰囲気がただよっている。
そう思わせるのは、身につけているのが和服なのも影響してるのかも。着物は、着流しじゃなくて、下は袴だった。
背中ごしに話しかけられた瞬間に、声のトーンから、相手が若い男性だということは予測できたけど――まさか、今日から住む町に、こんなにきれいな男の人がいるなんてと、ただただ驚いてしまう。
自分がこの人に何を言おうとしてたのかなんて、すっかり忘れてしまうほど。
ドキン、ドキンと鳴り響く、自分の心臓の音をうるさく感じるくらい、わたしの鼓動は激しくなっていた。
あれ? 今日のわたし、なんかおかしくない? この人はたしかにすごい美男子だけど、わたし、『見た目がかっこいい人を見ただけで胸がやたら高鳴る』とか――今までそんなこと一度もなかったから。
別にわたし、特別イケメンずきってわけじゃないよ?
そもそも異性や恋愛に対して、そこまで強い興味や関心はないのに(注・まったくないとは言わないけど)……それなのに、なんで!?
初めての事態に動揺しながらも……。
わたしはこの人から目が離せなくなる。
目を大きく見開いたまま、向かいにいる彼を無言で凝視してしまう。
(黙ったままじゃ、きっと不審がられちゃう。……でも……『わたしは、もう』のあと、一体なんて話すつもりだったんだっけ。頭がパニックで、ああ、もう全然っ思いだせない!)
あせりまくるわたしをみつめる青年。
彼は、やや唐突に(でも、しみじみとした口ぶりで)わたしにささやいた。
「そなたに、また会える日をどれだけ待ったことか」
(……はい?)
『そなた』って、これまたずいぶん古めかしい二人称を使うんですね。……ん、違う。
今、この人の発言でわたしが問題にすべき点はそこじゃない。
この和服イケメンが、わたしのこと『そなた』って呼ばなかったとしても……。たとえば「きみにまた会える日をどれだけ待ったか」と言われたって、わたしのリアクションは(……はい?)だよ。
この人とわたしは、初対面なんだから。
(わたしと誰かを、人まちがいしてる……とか? 『あなたとわたしは今日初めて会ったばかりですよ。わたしをどなたかとお間違いではありませんか?』って言ったほうがいいかな? 『あなた』や『どなた』は『そなた』と違って、現代も日常会話で普通に使うよね)
わたしは目の前の青年に人まちがいの件を伝えようとする。
だけど、彼はわたしが口を開くよりも早く、こんな発言を――。
「そなたと会えぬ数百年は、桜の美しさにも心からは酔えずにいたが、今日からは違う」
す、数百年? いやいやいや、この人、20代にしかみえないよ。年齢はわたしより少し上にみえるけど、30代にすらみえない人が、数百年ぶりに誰かと再会とか不可能でしょ!? 20代にしかみえない30代の人や、30代にしかみえない40代の人も実際に知ってるけど、数百歳若くみえる人なんて、ありえないからっ。
そう、ありえない。だからこの場で、ありえる可能性は……。
(この人、数百『日』を数百『年』って言いまちがえたのかも。でなけりゃ、わたしが聞きまちがいしたかだよね)
もし数百日と言ったなら、最高でも九百九十九日。
九百九十九日なら、約二年と九ヶ月。
三年はたってないものの、二年以上経過しちゃうと、記憶の中で顔の印象があいまいになってくるのも、充分うなずける。
――うん、うん。それで、人ちがいしちゃうこともあるでしょう。
ちょっと無理があるなと思いながらも、わたしは自分を納得させ、彼が人まちがいをしていると伝える気でいた。
それなのに、今度も!
わたしに口をはさむ猶予をあたえることなく、イケメンは話をつづける。わたしの瞳をじっとみつめながら。
……会話のキャッチボールが成立してないのは、わたしのせいだけじゃない。
「さっそく今宵は、そなたと共に夜桜など……」
ちょ、ちょっと、何が『さっそく』なのっ!?
『今宵』って……なんで、わたしと夜までいっしょにいる前提なの!
もう、「話に入るタイミングが~」とか、悠長なことは言ってられない。
わたしは大声で言った。
「あのっ、知りあいのどなたかと、人ちがいされてますよ! わたしはあなたと、今、初めてお会いしたので……」
信じられないという表情でわたしをみつめる青年。
数秒間の沈黙ののち、ぽつりとつぶやく。
「……そなた、おぼえていないのか、この私を」
あれこれ思案してから、ようやく――。
わたしは今度こそ、うしろを振りむく。おそるおそる、ゆっくりと。
「わたしは、もう……――」
頭の中で考えた言葉を、ちゃんと最後まで言うつもりだった。
さっきまでは背後。たった今からは、正面にいる人物に対して。
だけど。
できなかった。だって――。
わたしの目の前にいる、その人はあまりにも美男子だったから。
息をのむほど美しい、とは……彼のような人物をいうのだろう。
髪の色は白みがかった銀色、もしくは淡い金色のような、不思議な色。
白銀にも白金にもみえるのは、光の加減によってみえかたが違ってくるんだと思う。まっすぐでサラサラ。とても艶めいた髪だ。
長くのばした髪だけじゃない。きりっとした眉や切れ長の目をおおっている まつ毛も髪と同じ色をしていた。
この人、背が高くてやせ型で――、全体的に神秘的な雰囲気がただよっている。
そう思わせるのは、身につけているのが和服なのも影響してるのかも。着物は、着流しじゃなくて、下は袴だった。
背中ごしに話しかけられた瞬間に、声のトーンから、相手が若い男性だということは予測できたけど――まさか、今日から住む町に、こんなにきれいな男の人がいるなんてと、ただただ驚いてしまう。
自分がこの人に何を言おうとしてたのかなんて、すっかり忘れてしまうほど。
ドキン、ドキンと鳴り響く、自分の心臓の音をうるさく感じるくらい、わたしの鼓動は激しくなっていた。
あれ? 今日のわたし、なんかおかしくない? この人はたしかにすごい美男子だけど、わたし、『見た目がかっこいい人を見ただけで胸がやたら高鳴る』とか――今までそんなこと一度もなかったから。
別にわたし、特別イケメンずきってわけじゃないよ?
そもそも異性や恋愛に対して、そこまで強い興味や関心はないのに(注・まったくないとは言わないけど)……それなのに、なんで!?
初めての事態に動揺しながらも……。
わたしはこの人から目が離せなくなる。
目を大きく見開いたまま、向かいにいる彼を無言で凝視してしまう。
(黙ったままじゃ、きっと不審がられちゃう。……でも……『わたしは、もう』のあと、一体なんて話すつもりだったんだっけ。頭がパニックで、ああ、もう全然っ思いだせない!)
あせりまくるわたしをみつめる青年。
彼は、やや唐突に(でも、しみじみとした口ぶりで)わたしにささやいた。
「そなたに、また会える日をどれだけ待ったことか」
(……はい?)
『そなた』って、これまたずいぶん古めかしい二人称を使うんですね。……ん、違う。
今、この人の発言でわたしが問題にすべき点はそこじゃない。
この和服イケメンが、わたしのこと『そなた』って呼ばなかったとしても……。たとえば「きみにまた会える日をどれだけ待ったか」と言われたって、わたしのリアクションは(……はい?)だよ。
この人とわたしは、初対面なんだから。
(わたしと誰かを、人まちがいしてる……とか? 『あなたとわたしは今日初めて会ったばかりですよ。わたしをどなたかとお間違いではありませんか?』って言ったほうがいいかな? 『あなた』や『どなた』は『そなた』と違って、現代も日常会話で普通に使うよね)
わたしは目の前の青年に人まちがいの件を伝えようとする。
だけど、彼はわたしが口を開くよりも早く、こんな発言を――。
「そなたと会えぬ数百年は、桜の美しさにも心からは酔えずにいたが、今日からは違う」
す、数百年? いやいやいや、この人、20代にしかみえないよ。年齢はわたしより少し上にみえるけど、30代にすらみえない人が、数百年ぶりに誰かと再会とか不可能でしょ!? 20代にしかみえない30代の人や、30代にしかみえない40代の人も実際に知ってるけど、数百歳若くみえる人なんて、ありえないからっ。
そう、ありえない。だからこの場で、ありえる可能性は……。
(この人、数百『日』を数百『年』って言いまちがえたのかも。でなけりゃ、わたしが聞きまちがいしたかだよね)
もし数百日と言ったなら、最高でも九百九十九日。
九百九十九日なら、約二年と九ヶ月。
三年はたってないものの、二年以上経過しちゃうと、記憶の中で顔の印象があいまいになってくるのも、充分うなずける。
――うん、うん。それで、人ちがいしちゃうこともあるでしょう。
ちょっと無理があるなと思いながらも、わたしは自分を納得させ、彼が人まちがいをしていると伝える気でいた。
それなのに、今度も!
わたしに口をはさむ猶予をあたえることなく、イケメンは話をつづける。わたしの瞳をじっとみつめながら。
……会話のキャッチボールが成立してないのは、わたしのせいだけじゃない。
「さっそく今宵は、そなたと共に夜桜など……」
ちょ、ちょっと、何が『さっそく』なのっ!?
『今宵』って……なんで、わたしと夜までいっしょにいる前提なの!
もう、「話に入るタイミングが~」とか、悠長なことは言ってられない。
わたしは大声で言った。
「あのっ、知りあいのどなたかと、人ちがいされてますよ! わたしはあなたと、今、初めてお会いしたので……」
信じられないという表情でわたしをみつめる青年。
数秒間の沈黙ののち、ぽつりとつぶやく。
「……そなた、おぼえていないのか、この私を」
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