上 下
26 / 27
最終章 わたしたちのはじめかた

1.

しおりを挟む
「昔は自分もそこにいたのに、もう、そこに戻ることはできないんだって気持ちが押し寄せてきて、その場から立ち去れなくなってた。足が動かなかった。“なんで”“どうして”、そればっかりが私の頭に響いてた……」

 そう語った後、ユーリは複雑な表情をうかべ、つぶやいた。

「……ホントはね、マザーグースのあの歌も大嫌いだった。女の子に“いいもの”なんて、何もないと思ってたから……」

 彼女の言葉に、わたしは体をビクンとこわばらす。
 平静さを装いたくても、『あの歌も大嫌い』って言葉の、“大嫌い”って部分がわたしの胸をえぐるように突き刺さってくる。

 ユーリがあの歌を教えてくれたとき――、ちょっと照れくさかったけど、嬉しかった。ただの「うれしい」じゃなくて、体が羽みたいに軽くなった気がしたくらい、それくらいわたしには嬉しかった。

 でも、ユーリはあの歌、嫌いだったんだ……。
 しゅんとしてしまったわたしを見て、ユーリは少し口調を柔らかくしてくれた。

「……何もないと思ってた。でも、はじめて莉子を見たとき……」

 わたしは彼女の口調に、かすかだけれども期待のようなものを抱いて、そう問いかけてみた。

「ううん……。違うんだ。ホントは私、あの店に莉子が入ってきたときから――、莉子のこと、みてたんだ……」

「……え?」

 思いもしなかった言葉に、わたしは目を見開いてしまった。

「友達と一緒にCDショップに入ってきた莉子は楽しそうに、はしゃいでいた。髪をきれいに結んで、屈託くったくなく笑う――そんな莉子をみていたら、素直に可愛いって思ってる自分がいたんだ。“長い髪”“制服のスカート”“女の子の友達との寄り道”みんなみんな、うらやましかった……」

「ユーリ……」

「昔は自分もそこにいたのに、もう、そこに戻ることはできないんだって気持ちが押し寄せてきて、その場から立ち去れなくなってた。足が動かなかった。“なんで”“どうして”、そればっかりが私の頭に響いてた……」

 ここまで話すと、ユーリは一回息をつき、少し恥ずかしそうにこう語った。

「あの日の私はホントにどうかしてたと思う。だってね……、あのCD……。私が持ってるフランス・シャルのアルバム――。あれ、莉子が大事そうに、……小さな子が宝物を抱きしめるみたいに大事そうに手にとってたから、すごく気になって……。あの後、気がついたら買ってたんだ」

「……そうだったの?」

 彼女の発した言葉が信じられないわたしはおもわず身を乗り出してしまった。
 ユーリは静かにうなずく。

「自分のしたことが自分でも信じられなかったな……。それまでは、女の子の写真がついているCDなんて絶対買わなかった。女の子の歌う歌も、ずっと聴けなかった――。なのに、突然目の前に現れた莉子が、私からそういう気持ちをふきとってくれた……」

 そう言ってユーリは、いとおしそうに、多分、わたしのうぬぼれじゃなくて、本当にいとおしそうにわたしをみつめた。

「私は莉子となら、普通に話せた。莉子にならさわれた。最初はね、どうして莉子だけ大丈夫なのか不思議だった。……でも、マザーグースのあの歌を思い出したとき、気がついたんだ。私はきっと、心のどこかでずっと――、莉子みたいな『女の子』に戻りたかったんだと思う」

「ユーリ……」

 こわいくらい真剣な、すがるような瞳でわたしをみつめるユーリ。
 わたしはこの瞳から目をそらしてはいけないと思った。少しでも、ほんの少しでもいいから、彼女の気持ちに応えたかった。

「莉子と一緒にいるようになって、私の恐怖症も少しずつ直ってくれた。外で女の子をみかけても、ちっとも怖くなくなってた。でも――、たくさんの女の子としゃべったりするのは、まだ怖かった。……そのことが莉子にバレるのは、もっと怖かった。本当の私を知ってしまったら、莉子は私から離れていく。そんな気がして――、私はあの日、待ち合わせ場所に行けなかったんだ。莉子が待ってるってわかってても、どうしても行けなかった……」

 そう語るユーリの瞳は、うっすらと湿っていた。ガラス玉みたいに光っている悲しげな瞳がわたしの胸をしめつける。

――わたし、バカだ。ユーリを苦しめてたのに、勝手に怒ってたなんて……。ホントにバカだった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

女子校に男子入学可となったので入学したら男子が俺しかいなかった話

童好P
恋愛
タイトルのまんまにするつもりです

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...