上 下
4 / 8

004 邂逅④/救助

しおりを挟む
 レオナルドは目の前に立つ初老の男に恐怖すら感じていた。
 男は突然現れ、人間を紙屑のように殺してきた魔物たちを瞬く間に全滅させたかと思えば、見ず知らずの自分に対して柔和な笑みを浮かべている。

「あんた……何者だよ」
「失礼、私はエヴァルトと申す者です。レイヴンローズ家で執事をしております」

 礼儀正しく挨拶する老執事にレオナルドは怪訝な顔をする。ただの執事があれほどまでの強さを持っているはずがない。

「これまた失礼なことなのですが、君に一つ頼みたいことがあります」

「頼みたいこと? なんだよ」

「生存者を探して私に知らせてほしいのです。なるべく重症な者から順番にね。瓦礫に挟まって身動きできない者もいると思いますが、そこは無理に動かさず、私が治療するのを待っていてください」
 エヴァルトの意外な言動にレオナルドは目を丸くする。

「俺が役に立つのかよ。そういうことは他のやつに頼め」

「ことは一刻を争います。こうしている間にも救える命が失われていくのです。それが私には惜しい。それに今この場所でまともに動けるのはあなただけと私は思っています」

 老執事の真っ直ぐな目にレオナルドは僅かに考える。これほどまでに誰かに頼られることはあったのかと。

「……爺さん、俺がこの件を引き受けたら報酬をいただく、それが筋ってもんだ。異論は認めねえ」

「構いません、私が用意できる範囲でしたら、何でも用意致しましょう」
「言ったな、その言葉忘れるんじゃねえぞ」
 
 レオナルドはそう言って生存者を探しに焼けた街の中を駆け出した。
 レオナルドは焼け払われた建物の瓦礫の隙間から生存者の声を聞く。

「爺さん、こっちにもいたぞ! 血を流しているが、まだ意識がある!」
 他の負傷者の手当てをしているエヴァルトに叫ぶ。すぐさまエヴァルトは瓦礫の下敷きとなっている者のもとへ駆け寄る。

「どうする、爺さん。とりあえず、この刺さっている木材を引き抜くか!?」
「いいえ、この木材が血が流れきるのを防ぐ役割をしているかもしれません。むやみに引き抜くべきではない」

「じゃあ、どうすればいいんだよ?」

「まず圧迫している木材をどかします、慎重にね。そしたら私が魔術で血の流れを正常にさせます。手伝ってくださいますか、少年」
「ああ、わかった」

 レオナルドとエヴァルトは呼吸を合わせ、重い木材をどかす。瓦礫に潰された男の苦悶の声が上がった。

「少年、5秒ほどで構いません、一人で支えていて下さい」
 エヴァルトはそう言って屈み、男の背中へと手を添え小声で何かを呟く。小さな光が老執事の手から溢れたと思ったら、男が少し安らいだ表情になった。

 レオナルドは感嘆した。いま目の前で死にゆくはずの人間の運命が変わった瞬間だった。

 エヴァルトは男を抱きかかえ、安全な場所へと運ぶ。そこへ、街の生存者たちが駆け寄ってきた。

「お爺さん、俺たちにも手伝わせてくれ!」
「分かりました。では私の支持の下、動いてください」
 その言葉を皮切りに街の住人は救助活動に参加する。

 エヴァルトの指示通り、負傷者を怪我の具合によって分け、より重症の者から順に治療していく。治療可能であれば木材や布などを使って止血や固定をし、出血がひどい場合には魔術を用いて傷口を塞ぐ。

 そのエヴァルトの手際の良さと医療知識、そして治癒魔術に街の男たちは瞠目した。

「爺さん、あんた本当に何者だよ……」
 木材を負傷者の腕に布で固定し、骨折による応急処置を施すエヴァルトにレオナルドは訊く。

「ただの通りすがりの老執事ですよ」

 人々の応急処置が終わる頃にはすっかり日が傾き、星々が姿を見せていた。
 エヴァルトは街の教会に負傷者が運ばれて行くのを見送る。

「ずいぶんと時間がかかってしまいました。お嬢様がお怒りにならないといいのですが」
 主が待つ馬車の下へ踵を返そうとしたその先に、先程助けた亜麻色の髪の少年が立っていた。

「先ほどは救助を手伝って下さり、ありがとうございます」
 エヴァルトは礼儀正しくお辞儀する。名前も知らないみすぼらしい少年に対してもそれは崩さない。

「爺さん、あんたはこんな俺にもそういう風に接してくれるんだな」
「はて、そういう風にとは?」
「俺みたいな薄汚いガキに対しても敬意を払っているところだよ」

 エヴァルトは頬をポリポリとかきながら少年を見る。
「君は人助けをした。それは誇っていいことです。私はその姿勢に敬意を払います」

「そっか……」 
 少年は数秒考えたのちに、意を決したようにエヴァルトを見る。

「爺さん、俺にその生き方を教えてくれ。あんたみたいに誰かに誇れるような生き方をしたいんだ」

 その言葉にエヴァルトは目を丸くした。遠い昔に置いてきた思い出を手繰るように懐かしさが脳裏をよぎる。

「少年、名前は?」
「レオナルド」

「レオナルドですか、良い名をしております。ですが、その名前をあなたが使うにはまだまだ未熟すぎます」

「はあ? じゃあ、なんて名乗ればいいんだよ?」

「そうですね、あなたの名前はレオン。レオナルドという名前はあなたが一人前になってからお使いなさい」
「レオン……なんか勝手が悪いな。それより俺に生き方を教えてくれるのか?」

「はい、君には私の執事業の全てを教えます。立派な私の後継者になって下さい」

「執事ぃ⁉ 俺が⁉」

「はいまずはお屋敷に戻らないといけませんね、話はそれからにしましょう。お嬢様が待っています」

 エヴァルトに連れられ、レオナルド改めレオンは一台の馬車の下へ来た。不思議な事にその馬車の周りは月明かりに照らされきらきらと輝いている。エヴァルトがその輝きに軽く手を添えると、それはたちまち消えていった。

「この馬車にかけていた加護の魔術を取り消しただけですよ」
 不思議そうな顔でその光景を見るレオンを横目にエヴァルトが呟く。

「エヴァルト、街の騒動は解決したの?」
 馬車の中から少女の声が聞こえた。

「はい、お嬢様。魔物討伐と怪我人の手当てに時間がかかってしまいました。貴重なお時間をとってしまい、申し訳ありません」

「構わないわ、人命が最優先よ。私も貴方のような力があれば、この馬車の中に隠れずに街に駆けつけていたわ。ところで、貴方の隣にいるのは誰?」

「先程、街で出会った少年です。怪我人の命を救ってくれました」

「そう、それはお礼をしなければならないわね」

「お嬢様、屋敷の者に心配させるといけません。積もる話はお屋敷に戻ってからにしましょう」

「そうね」
 
 エヴァルトは御者台に座る。レオンはどうすればよいか戸惑う。
「レオン、私の隣に座りなさい」

 レオンはエヴァルトの隣に座り馬車にしっかりとつかまる。ほどなくして三人を乗せた馬車は走りだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

黄昏のエルドラード

鹿音二号
ファンタジー
※暴力表現予定でR15とさせていただきます。性的表現はありません※ 対悪魔殲滅兵器。エルドを指す言葉としてだいたい用いられるものだ。 世界に厄災をもたらす【悪魔】。それらと戦い、殲滅することこそ使命だと、異端の存在であるエルドは、【昼の教会】に封じられ、悪魔との戦いに備えている。 てんでお人好しのエルドに、仲間の美少年ハーヴィーと、【夜の教会】に属するドラクルの二人はやきもきしながらともに戦う。 聖女ガイアもまた、エルドを信じて、彼を送り出す。 エルドの本当の運命を、まだ誰も知らない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

劣等生のハイランカー

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ダンジョンが当たり前に存在する世界で、貧乏学生である【海斗】は一攫千金を夢見て探索者の仮免許がもらえる周王学園への入学を目指す! 無事内定をもらえたのも束の間。案内されたクラスはどいつもこいつも金欲しさで集まった探索者不適合者たち。通称【Fクラス】。 カーストの最下位を指し示すと同時、そこは生徒からサンドバッグ扱いをされる掃き溜めのようなクラスだった。 唯一生き残れる道は【才能】の覚醒のみ。 学園側に【将来性】を示せねば、一方的に搾取される未来が待ち受けていた。 クラスメイトは全員ライバル! 卒業するまで、一瞬たりとも油断できない生活の幕開けである! そんな中【海斗】の覚醒した【才能】はダンジョンの中でしか発現せず、ダンジョンの外に出れば一般人になり変わる超絶ピーキーな代物だった。 それでも【海斗】は大金を得るためダンジョンに潜り続ける。 難病で眠り続ける、余命いくばくかの妹の命を救うために。 かくして、人知れず大量のTP(トレジャーポイント)を荒稼ぎする【海斗】の前に不審に思った人物が現れる。 「おかしいですね、一学期でこの成績。学年主席の私よりも高ポイント。この人は一体誰でしょうか?」 学年主席であり【氷姫】の二つ名を冠する御堂凛華から注目を浴びる。 「おいおいおい、このポイントを叩き出した【MNO】って一体誰だ? プロでもここまで出せるやつはいねーぞ?」 時を同じくゲームセンターでハイスコアを叩き出した生徒が現れた。 制服から察するに、近隣の周王学園生であることは割ている。 そんな噂は瞬く間に【学園にヤバい奴がいる】と掲示板に載せられ存在しない生徒【ゴースト】の噂が囁かれた。 (各20話編成) 1章:ダンジョン学園【完結】 2章:ダンジョンチルドレン【完結】 3章:大罪の権能【完結】 4章:暴食の力【完結】 5章:暗躍する嫉妬【完結】 6章:奇妙な共闘【完結】 7章:最弱種族の下剋上【完結】

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

金貨1,000万枚貯まったので勇者辞めてハーレム作ってスローライフ送ります!!

夕凪五月雨影法師
ファンタジー
AIイラストあり! 追放された世界最強の勇者が、ハーレムの女の子たちと自由気ままなスローライフを送る、ちょっとエッチでハートフルな異世界ラブコメディ!! 国内最強の勇者パーティを率いる勇者ユーリが、突然の引退を宣言した。 幼い頃に神託を受けて勇者に選ばれて以来、寝る間も惜しんで人々を助け続けてきたユーリ。 彼はもう限界だったのだ。 「これからは好きな時に寝て、好きな時に食べて、好きな時に好きな子とエッチしてやる!! ハーレム作ってやるーーーー!!」 そんな発言に愛想を尽かし、パーティメンバーは彼の元から去っていくが……。 その引退の裏には、世界をも巻き込む大規模な陰謀が隠されていた。 その陰謀によって、ユーリは勇者引退を余儀なくされ、全てを失った……。 かのように思われた。 「はい、じゃあ僕もう勇者じゃないから、こっからは好きにやらせて貰うね」 勇者としての条約や規約に縛られていた彼は、力をセーブしたまま活動を強いられていたのだ。 本来の力を取り戻した彼は、その強大な魔力と、金貨1,000万枚にものを言わせ、好き勝手に人々を救い、気ままに高難度ダンジョンを攻略し、そして自身をざまぁした巨大な陰謀に立ち向かっていく!! 基本的には、金持ちで最強の勇者が、ハーレムの女の子たちとまったりするだけのスローライフコメディです。 異世界版の光源氏のようなストーリーです! ……やっぱりちょっと違います笑 また、AIイラストは初心者ですので、あくまでも小説のおまけ程度に考えていただければ……(震え声)

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

ダンジョン美食倶楽部

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
長年レストランの下働きとして働いてきた本宝治洋一(30)は突如として現れた新オーナーの物言いにより、職を失った。 身寄りのない洋一は、飲み仲間の藤本要から「一緒にダンチューバーとして組まないか?」と誘われ、配信チャンネル【ダンジョン美食倶楽部】の料理担当兼荷物持ちを任される。 配信で明るみになる、洋一の隠された技能。 素材こそ低級モンスター、調味料も安物なのにその卓越した技術は見る者を虜にし、出来上がった料理はなんとも空腹感を促した。偶然居合わせた探索者に振る舞ったりしていくうちに【ダンジョン美食倶楽部】の名前は徐々に売れていく。 一方で洋一を追放したレストランは、SSSSランク探索者の轟美玲から「味が落ちた」と一蹴され、徐々に落ちぶれていった。 ※カクヨム様で先行公開中! ※2024年3月21で第一部完!

処理中です...