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002 邂逅②/貴族嫌いな少年

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 少年レオナルドにとって、貴族とは憎悪の対象であった。生まれながらにして温かい食事と柔らかな寝床があり、明日飢えて野垂れ死ぬ心配がない貴族。
 それとは対照的にレオナルドは酷く貧しい暮らしを生まれた時から余儀なくされた。

 今年で十二歳になる彼の亜麻色の髪は長く伸びボサボサで、体中は薄汚れている。身に余る服の長い袖口を結び、左右で異なる靴をはいた姿がいまの少年レオナルドだ。

 レオナルドはゴトン、ゴトンと揺れる荷馬車の中に隠れ、その中にある果実を齧りながら馬車が停まるのを待っていた。行く当てなどない。一日一日を強く生きて、いつかこの負けだらけの人生を変える、それが彼の野望であった。

「もう半日くらい走ってるな……まだ着かないのかよ」
 レオナルドは果実を一つ乱暴にとり齧る。少し苦い味が口の中に広がった。

 荷馬車の隙間から外の風景を窺う。先程の木ばかりの光景は消え、街を繋ぐ巨大な橋が見えた。

「まずは寝床を見つけるか……あとは適当に飯を盗んで」
 今後の方針を決め初め、揺れる馬車の中、レオナルドは降りるタイミングを見計らった。
 なるべく人の通りが少ないところでレオナルドは馬車から飛び降りた。

「御者、ご苦労さん。果実美味しかったぜ」
 通り過ぎゆく馬車に聞こえない声で言うと、街の空気を吸い込み吐き出す。

「初めて来た街だな。建物も悪くねえ。人も多いし、ここから俺はのし上がってやる!」

 建物の屋根をレオナルドは韋駄天の如く駆け巡る。盗賊や商売人から逃げる為に彼の足は尋常ならざる進化を遂げていた。
 
 人々は頭上を見上げる間もなくせっせと働いている。そんな彼らを見下ろして、レオナルドは気分が高揚した。
(いい街じゃねえか。飯もうまそうだし、とろそうなやつばっかりだし!)

 レオナルドが次の建物に足を踏み出した直後―――、

 ゴォオオオオオンッという爆発音とともに後方の建物が弾け飛んだ。

 散らばる瓦礫を生きる上で手に入れたステップでレオナルドはかわす。
「なんだッ!?」
 爆心地に目を凝らし、レオナルドは驚愕した。

 獅子の頭、山羊を彷彿とさせる胴体、そして鞭のようにしなる蛇の尻尾。
 ――異形の怪物である。

「きゃあああああああああああああああああああああああ」

 人々の悲鳴が耳にこだまする。
 思考を停止させた一瞬に怪物は獅子の頭から炎を放った。
 燃え広がる建物、死にゆく人々の影がこの世の地獄を顕現させた。

「冗談じゃねえ、どうして今日なんだ!」
 せっかくこの地でのし上がるそう決めたその日に。

「どうして魔物が来るんだよ‼」

 レオナルドは逃げる。煙を吸って肺を焼かないように口を押えて。
 下を見れば逃げまとう人々の姿が、崩れゆく命の灯火が目に映る。

 異形の怪物がもたらしたのは、炎だけではなかった。

 炎の中から一対の翼と角そして尻尾を持った、人よりも一回り大きい悪魔が醜悪な笑みとともに現れた。

 悪魔達は人々を空へ持ち上げ、グシャと喰らう。

 レオナルドは吐きそうになる光景に目を背けて走り抜ける。
「冗談じゃねえ、ここで死んでたまるかっ!」

 そこへ――、

「お母さん、お母さん‼」

 泣き叫ぶ少女の声がレオナルドの意識をそこへ向けさせた。

 逃げまとう人々に押し倒され、跪く自分とそう歳の離れていない少女。その先で横たわりおびただしい血を流し倒れている一人の女性。

 どうしようもない理不尽に押しつぶされた姿は、レオナルドの幼い記憶を想起させた。

「クソがッ!!」
 レオナルドは地面に着地し、少女の手を乱暴にとる。

「おら、逃げるぞ! 死にてえのか‼」

「でも、まだお母さんが‼」

「もうそいつは―――」
 言い終わるよりも前にレオナルドは少女とともに爆風に吹き飛ばされた。

 咄嗟に少女を庇い、建物の壁に背中から叩き付けられ、血を吐き出す。それでも彼は、少女とともに駆け出す。

 しかし、現実は残酷なものだった。

 燃え盛る炎の海に囲まれ、頭上には悪魔たちが醜悪に笑う。ドンッドンッ‼ となり響く足音とともに異形の怪物が姿を現した。

 絶体絶命の状況。しかし、レオナルドは乾いた笑みを浮かべた。
「これだから嫌になるんだよ、人生ってやつが」
 救いの手なんてない、いつもそうだった。

「今日から本気でやろうとした時にこれだ、だけどな―――」
 すべての理不尽に怒りをぶつけるように少年は叫ぶ。

「オレが一番嫌いなのは、平凡に生きてるやつらをゴミくずのように破り捨てるお前たちなんだよッ‼」
 レオナルドは無力な拳を振り上げ、悪魔に殴りかかる。

 その刹那、頭上から雷鳴の如き輝きが降り注いだ。

「なんだ!?」

 新たな敵の襲来と身構えるレオナルド。彼の視線の先には初老の男の背中があった。

 真っ直ぐに伸びた背中、化け物達に囲まれているのにも関わらず臆することのない姿勢。

 レオナルドはこの時から、その背中に憧憬を抱いた。
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