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003 一ヶ月前、本を読む凛とした少女
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一ヶ月前。
「なあ、運命って信じるか?」
黒無蒼司は何の前触れもなく、自然にそう口にした。
ここは全国チェーン展開されているとある牛丼屋。時刻は午後九時で蒼司は友人とともに遅めの夕食を囲っていた。
人気が少なく閑散とした店内では二人の会話がよく響く。
蒼司の言葉に店員が一瞬こちらを見た。
「蒼司、お前急にどうした?」
蒼司の対面に座り、いままさに紅ショウガを牛丼の上に乗せようとしている橘一真は、友人の唐突な言葉に手を止めた。
「いや今日、大学の図書館で本を読んでいる子がいてさ」
「ふーん、その子に一目ぼれしてしまったわけか」
「いや恋愛感情はまったくない」
表情の変化が乏しい蒼司の冷たい言い様に一真は目頭を押さえた。
「そこは好きになったとか言えよ」
「一度視界におさめただけで恋愛に発展するのは非現実的だ。確かに人間の第一印象は視覚か――」
「あーわかったわかった。んでその図書館にいた子がどうしたんだ?」
長い前髪がかかる眼鏡の位置を直しながら力説しようとする蒼司を、一真が軽く手を挙げて制止させる。
「思い出したんだ」
「なんだ前世の記憶か? 実はお前は魔王の生まれ変わりで今は勇者に転生して生きてます的なあれか」
「ごめん一真、言葉の意味が分からない」
「冗談だ。相変わらずノリ悪いな、蒼司は」
蒼司は真剣な眼差しで今日の出来事を語り出した。
◆◇◆◇◆
黒無蒼司は大学進学を気に都会で一人暮らしを始めていた。
都会の大学に進学したいという蒼司の想いを、これまで育ててくれた祖父母は時に厳しく、そして優しく汲みってくれた。
『蒼司、交通事故と病気に気を付けて、頑張ってね』
引越し前夜、蒼司は祖母にこう言われた。なんの変哲もないただの激励の言葉だ、普通の家庭ならば。
そして、花の大学生活も蓋を開ければバイトと勉強の連続だ。大学生の一人暮らしとなると学費や生活費などでお金がどんどん減っていく。それが東京での生活であれば尚更だ。
大学入学当初の新入生のサークル勧誘を鋼の意志で断り続け、気付けばもう六月。
蒼司が大学講義の合間を縫って図書館で勉強しようとしていた時だ。
一人の少女が窓際の席に座り、静かに本を読んでいた。
凛と背筋を伸ばし、本の世界に入っている。机に置かれた純銀の栞が彼女が読書好きであることを示しているように見える。
するりと前に流れた艶やかな髪を耳にかけ、少女は再び本の世界に入る。なるほど通りで図書館内の男の視線が彼女に集まるわけだ。
しかし蒼司が抱いたのは少女に対する憧れではなく、どこか懐かしいという想いだった。
「あれ、この光景どこかで……」
蒼司が呟いた次の瞬間、言葉にならない頭痛が彼を襲った。
「うっ……」
まっすぐ立つのもままならなくなり、近くの机と自らの頭を手で押さえる。
蒼司の頭に次々と知らない記憶が入ってくる。男の人と女の人の声、悲鳴、そしてどこかの神社。短い映画を見ているかのように場面が変わっていき、最後に一人の小さな少女の姿が映った。
『 、 ……?』
小さな少女の声が聞こえなくなる。分かるのは最後に首を傾げていたことだった。
「大丈夫……?」
先程まで本を読んでいた少女が蒼司の顔を覗き込んでいた。長い睫毛、大きめの瞳、細面。なるほどかなりの美人だ。
周囲を見渡すと数人の学生が集まっていた。
「顔色悪いけど、どうかしたの?」
少女が蒼司に問いかける。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
蒼司は気恥ずかしさを覚え、図書館を後にした。
「なあ、運命って信じるか?」
黒無蒼司は何の前触れもなく、自然にそう口にした。
ここは全国チェーン展開されているとある牛丼屋。時刻は午後九時で蒼司は友人とともに遅めの夕食を囲っていた。
人気が少なく閑散とした店内では二人の会話がよく響く。
蒼司の言葉に店員が一瞬こちらを見た。
「蒼司、お前急にどうした?」
蒼司の対面に座り、いままさに紅ショウガを牛丼の上に乗せようとしている橘一真は、友人の唐突な言葉に手を止めた。
「いや今日、大学の図書館で本を読んでいる子がいてさ」
「ふーん、その子に一目ぼれしてしまったわけか」
「いや恋愛感情はまったくない」
表情の変化が乏しい蒼司の冷たい言い様に一真は目頭を押さえた。
「そこは好きになったとか言えよ」
「一度視界におさめただけで恋愛に発展するのは非現実的だ。確かに人間の第一印象は視覚か――」
「あーわかったわかった。んでその図書館にいた子がどうしたんだ?」
長い前髪がかかる眼鏡の位置を直しながら力説しようとする蒼司を、一真が軽く手を挙げて制止させる。
「思い出したんだ」
「なんだ前世の記憶か? 実はお前は魔王の生まれ変わりで今は勇者に転生して生きてます的なあれか」
「ごめん一真、言葉の意味が分からない」
「冗談だ。相変わらずノリ悪いな、蒼司は」
蒼司は真剣な眼差しで今日の出来事を語り出した。
◆◇◆◇◆
黒無蒼司は大学進学を気に都会で一人暮らしを始めていた。
都会の大学に進学したいという蒼司の想いを、これまで育ててくれた祖父母は時に厳しく、そして優しく汲みってくれた。
『蒼司、交通事故と病気に気を付けて、頑張ってね』
引越し前夜、蒼司は祖母にこう言われた。なんの変哲もないただの激励の言葉だ、普通の家庭ならば。
そして、花の大学生活も蓋を開ければバイトと勉強の連続だ。大学生の一人暮らしとなると学費や生活費などでお金がどんどん減っていく。それが東京での生活であれば尚更だ。
大学入学当初の新入生のサークル勧誘を鋼の意志で断り続け、気付けばもう六月。
蒼司が大学講義の合間を縫って図書館で勉強しようとしていた時だ。
一人の少女が窓際の席に座り、静かに本を読んでいた。
凛と背筋を伸ばし、本の世界に入っている。机に置かれた純銀の栞が彼女が読書好きであることを示しているように見える。
するりと前に流れた艶やかな髪を耳にかけ、少女は再び本の世界に入る。なるほど通りで図書館内の男の視線が彼女に集まるわけだ。
しかし蒼司が抱いたのは少女に対する憧れではなく、どこか懐かしいという想いだった。
「あれ、この光景どこかで……」
蒼司が呟いた次の瞬間、言葉にならない頭痛が彼を襲った。
「うっ……」
まっすぐ立つのもままならなくなり、近くの机と自らの頭を手で押さえる。
蒼司の頭に次々と知らない記憶が入ってくる。男の人と女の人の声、悲鳴、そしてどこかの神社。短い映画を見ているかのように場面が変わっていき、最後に一人の小さな少女の姿が映った。
『 、 ……?』
小さな少女の声が聞こえなくなる。分かるのは最後に首を傾げていたことだった。
「大丈夫……?」
先程まで本を読んでいた少女が蒼司の顔を覗き込んでいた。長い睫毛、大きめの瞳、細面。なるほどかなりの美人だ。
周囲を見渡すと数人の学生が集まっていた。
「顔色悪いけど、どうかしたの?」
少女が蒼司に問いかける。
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」
蒼司は気恥ずかしさを覚え、図書館を後にした。
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