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5話(3)【室町和風ファンタジー / あらすじ動画あり】

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■お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI

■他、作品のあらすじ動画
『【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~』

-ショート(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
-完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU    
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ふわりと、セイが前に躍り出る。
先を行く女面は、まるで地面を滑っているかのように速かった。

だが負ける気はしない。こう見えても、足には自信があるのだ。
鬼夜叉は父に似ず小柄な体格のため、敏捷で小回りがきく。稽古中も『お前は、足がききすぎるのが欠点だ』と何度も指摘されていたくらいだ。

「……あっ!」
もう少しで追いつくという時、女面は神社の周りに巡らせてある築地塀をすうっと通り抜けていった。

「くそっ! そっちがその気なら!」
鬼夜叉は、築地塀の脇にある巨大な樟(くす)の木に登った。そこから壁向こうの通りへと、思い切り跳躍する。

「!?」
運悪く、通りでは、一台の牛車が過ぎようとしているところだった。

(やばい、ぶつかるっ!)
鬼夜叉は咄嗟に牛車の棟に手をつくと、くるりと身体を回転させ、地面に着地した。

「ふっ、決まった……」
我ながら満点だ、と思っていると、ガタリと音がした。見ると、牛車の屋根飾りが隣に落ちていた。
サアッと血の気が引く。

「あら、今のは一体……?」
牛車が止まり、はらりと御簾が上がる。

中から顔を覗かせたのは、桟敷で義満の隣にいた側女──高橋殿(たかはしどの)だった。
桟敷で見た時と変わらず、美しい。年は面の増女(ぞうおんな)と同じくらいか。少し憂いを含んだ目元と引き締まった顔だちは、知性と落ち着いた艶を感じさせた。

彼女は鬼夜叉と落ちた屋根飾りを見比べると、
「まぁ」
とただ一言、呟いた。

「高橋、どうした?」
牛車の中から、もう一人──若い男性の声が聞こえてきた。

「大樹様」
高橋殿の口から出た言葉に、鬼夜叉は絶句した。

(もしかして、これは大樹様の車……?)
全身の血が、一気に抜かれたような感覚に陥った。

「ま、まことに、まことに申し訳ありませんでしたっ……!」
飛びつくように牛車の前で平伏する。歯の根がガタガタと震えて止まらなかった。今の自分は、きっとどの面(おもて)よりも顔色が悪いだろう。

「どうしましょう、大樹様?」
高橋殿が、困ったように両者を見た。
長い沈黙。鬼夜叉は、御簾越しに自分を見下ろす義満の視線を、ひしひしと感じていた。

「出せ」
まるで永遠とも思えるような時間が過ぎた時、牛車の中から、抑揚のない声が返ってきた。

「ですが……大樹様」
「いいから出せ。ただ子猿がぶつかっただけだ。騒ぐほどではない」
「まぁ、猿にしては雅な猿だこと」

高橋殿は鬼夜叉に向かってくすりと微笑んでみせると、御簾を下げた。そのまま牛車はガタリガタリと軛(くびき)を揺らして行ってしまう。
鬼夜叉は遠ざかる牛車を見つめたまま、呆然とその場に座り尽くした。

もしかしたら義満は、自分が結城座の者だとは気づかなかったのかもしれない。舞台の上では烏帽子をかぶったり、女の格好をしていたから。

(でも……)
義満は、自分のことをわざわざ「子猿」と呼んだ。それが猿(申)楽の子どもである自分を皮肉った言葉ではないと、どうして言えよう。

(ど、どうしよう……明日、来てくれなかったら……)
もし明日、義満が来なかったら、父の──いや、一座の夢は、努力は全部、泡沫(うたかた)となって消えてしまう。

(そんなの、嫌だ……)
ボロボロと涙が出てきた。
やっと失敗を挽回出来たと思ったのに、またもや失敗を犯してしまった。しかも今度は、挽回出来るかどうかもわからない。

「うっ、うう……」
何もかも、自分のせいだ。

申し訳なさと、悔しさから、次から次へと涙が流れてくる。
もはや女面のことなど、気にしている余裕はなかった。

「お、鬼夜叉ぁ~」
セイが心配そうに覗き込んでくる中、鬼夜叉は地面に伏したまま泣き続けた。


応永七(一三七四)年。
この新熊野神社での義満との出会いが、その後の鬼夜叉の、そして能の運命を大きく変えることになる。
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