上 下
5 / 42

2話【室町和風ファンタジー / あらすじショート動画あり】

しおりを挟む
ーーーーーーーーーーー
■お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI

■他、作品のあらすじ動画
『【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~』

-ショート(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
-完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU    
ーーーーーーーーーーー


「や~い、舞々(まいまい)! 乞食の子っ!」
笑い声とともに、泥団子や石の礫が飛んでくる。舞台で使う杜若(かきつばた)を取りに行く途中、村の悪ガキどもに見つかってしまったのが運の尽きだった。
鬼夜叉は飛んでくるものを、芸人ならではの俊敏さで一つ一つひょいひょいと避けていく。

「くそっ!」
「ちょこまかするなっ!」

と、後ろから罵声とともに第二弾が飛んできた。
これじゃキリがない。鬼夜叉は咄嗟に近くにある木に身を隠し、するすると登った。下では悪ガキたちが、

「くそっ、いないぞ」
「どこに行ったんだ」
としばらくウロウロしていたが、そのうち諦めて帰っていった。
ホッと息をつく。

──世は、室町。
申楽を始めとした芸人たちは、乞食や畜生と呼ばれ、最も身分が低いとされていた。巡業に行く先々で、罵声や石を投げられるのも、日常茶飯事だ。

「まったく、これだから現実ってヤツは……」
木の上でブツブツ呟いていると、

「鬼夜叉っ!」
後ろから、誰かがのしかかってきた。鬼夜叉は今、木の一番てっぺんにいる。普通の人間では、絶対に無理だ。
案の上、振り返ると、真っ赤な髪をした少女がいた。白い着物と紅の袴が、髪の色に映えて何とも鮮やかだ。

「セイ! こんなところで何を?」
「いい生気を持ったいい男いないかな~ってぶらぶらしてたら、あなたが逃げているのを見かけてね。面白そうだから見に来た」
「ふうん、相変わらずの痴女っぷりだな」
「人のこと言える? あなたこそ、その年になっても、まだ友達できないわけ?」
「よ、余計なお世話だよ……! 別に、友達なんて欲しくないし」

ぶすっとして言うと、
「ははは! あなたって、本当に昔から変わらないわね! そうゆうところ!」
セイは、クククとお腹を抱えて笑った。口元から小さな牙がのぞく。

セイは人間ではない。
──鬼だ。

この名前のせいかどうかは知らないが、鬼夜叉は昔から、普通の人には見えないモノが見えた。
精霊、妖怪、神仏。そして鬼。
物心つく頃からそうだったためか、今ではどんな奇っ怪なモノを見ても、まるで「何も見えていません」とすました顔をしていられる。

俳優(えんじゃ)だからという訳ではない。
もともと興味がないのだ。
人外のモノたちは概して、醜悪で不気味で畏ろしい。どれも見るに値しない。王朝の美しい物語とは大違いだ。

「あぁ、なんか舞いたくなってきた」
物語のことを考えたら、手足がうずうずしてきた。掌で、扇が入っている懐を撫でる。

「いいんじゃない。あたしも久しぶりに、鬼夜叉の舞い見たいし。最近稽古が忙しいとかなんとか言って、あんまり見てないしさ」
「そうだっけ? んじゃぁ、お言葉に甘えて」

鬼夜叉は枝から枝をつたって、軽やかに地面に降りたった。
芸人は舞台での演技の他、宴の席を盛り上げるための奇術や曲芸などもできないといけない。なので、このくらいは朝飯前なのだ。
落ち葉が舞う中、扇を取り出す。一呼吸つき、胸の前で扇を一つ、一つと広げていく。


天の羽衣風に和し
雨に潤う花の袖
一曲を奏で
舞ふとかや


一声を高らかに。羽衣を表現するよう、扇を胸の前でひらひらと踊らせる。

――謡曲『羽衣』。
この曲は、かの有名な天女伝説を基にして作られたものだ。

昔むかし、漁師である白龍が三保の松原の岸辺で美しい羽衣を見つけた。さっそく、それを持って帰ろうしたところ、目の前に天女が現れ「返して下さい」と懇願する。一度は断った白龍だったが、「舞いをみせてくれたら返す」という条件で羽衣を返すことになった。そして衣をまとった天女は舞いを舞いながら、そのまま天へと帰っていく。

その時に見せてくれた舞いこそが、この曲の一番の見せ所である〈天女の舞〉だ。
『羽衣』は多くの座が演じている有名な謡で、鬼夜叉もお気に入りの謡の一つであった。

(あぁ、気持ちいい~)
謡いだした瞬間、全てがどうでもよくなった。

悪ガキどもに後ろ指さされることも、父に呆れられることも。
怒りや哀しみや惨めさ、全てが吹き飛ぶ。

代わりにあるのは、申楽――舞いと自分だけだ。
今はただ心の、身体の動くままに、舞う。

『お前は、舞うために生まれてきたみたいな子だな』
普段は閉じこもってばかりいるのに、いざ舞台に立つと、誰よりも凜とした雰囲気を放つ息子を見て、ある時、父が言った。

だが、そんなことどうでもいい。
何のために生まれたとか、興味はない。
自分が欲しいものは、ただ一つ。
舞うことだけ。
それ以外、何もいらない。


「――あなたの舞いは不思議ね。〝花〟が見えるわ」
目を開けると、枝に腰をかけたセイが拍手していた。

「〝花〟? いつも言っているけど、それってどうゆう意味なの?」
「う~ん、何て言うのかしらね、心が晴れやかになるっていうか、我が身を振り返って反省しなきゃっていうか……」
セイは頬に手を当て、深くため息をついた。毎度のことながら、彼女の言っていることは、意味がわからない。

思えば、セイとの出会いは、最初から強烈だった。
あれは鬼夜叉がまだ六、七歳の頃。今日みたいに、子どもにいじめられて、森を彷徨っていた時だ。

「ああ~んっ」
舌っ足らずな声が、どこからか聞こえてきた。見ると、桜の木の又に十五、六くらいの少女が一人、座っていた。
白紗の着物の襟をはだけさせ、身体をクネクネさせながら木の幹に抱きついている。

(この人……ちょっとやばい人かも……)
鬼夜叉は、相手に気づかれる前に、急いでその場を離れようとした。

「……あら?」
だが運悪く、少女が鬼夜叉に気づいてしまった。木の上から、じっと視線を注いでくる。

「あなた、誰? どこから来たの?」
こうなっては仕方がない。鬼夜叉は、木の上の少女を真っ直ぐに見返した。

少女は、美しい容貌をしていた。
赤糸の髪に、泥眼とみがおうばかりの金の瞳。目元には鱗のような刺青まである。

どう見ても、村の者ではない。
もしかしたら、仮装している七道者かもしれない。

鬼夜叉は、怖じ気づいた背筋をぴっと正した。芸人はいかなる時でも、堂々として清く。父からの教えだ。

「僕は近くの村から来た芸人一座の者です。そうゆう、君は……?」
「あたし? あたしはね、この森を抜けたところにあるお寺から来たの」
「お寺? じゃぁ、やっぱり……でも、こんなところで何を?」
「見ればわかるでしょ」

少女はにたりと笑い、長い手足をするりと木に絡ませた。

「まぐわっているのよ」
「……へ?」
「だーかーらー、まぐわってるの。あんまりにもこの木の精気がおいしそうだったから。あなたもどう? やっぱり、樹も人間も若い方がいいわよねー! あはん」

少女は、悶絶するように自らの身体を抱き締めた。
(……この子……痴女だっ!)
本能的な危険を感じた鬼夜叉は「へ、へぇ」と言いながら、一歩ずつ後退していく。

「そ、そうなんだ。じゃ、じゃぁ、僕はこれで……!」
「ちょっと待ちなさいよ」

少女が軽やかな動作で、鬼夜叉の前に降り立った。ここぞとばかりに顔を近づけてくる。

「あら、あなた随分と、幼い姿に化けたのね」
「え? 化けたって……?」
「だって、あなた――」

少女はしばらく考えた後、ポンと手を打った。

「あら、やだ。あなた、もしかして人間? あたしが見えるから、てっきり同じ鬼かと思った」
「鬼……?」

鬼夜叉は、少女を指差した。

「……君、鬼なの?」
「見ればわかるでしょ」
少女は誇らしげに胸を張った。

「で、でも鬼って、頭から角が生えてたり、肌の色が赤だったり青だったり……要は醜いものでしょ?」
少なくとも、鬼夜叉が見てきた鬼は全部そうだった。

「はっきり言うわね。ま、あいつらはお世辞にも見目がいいとは言えないけど。でもそれは力動風鬼だけよ」
「リキドウフウキ……?」
「そう。見た目もまんま鬼って感じの、生まれながらの鬼のこと」
「じゃぁ、君は?」
「あたし? あたしはねぇ……――あっ、その前にっ!」

いきなり、少女はパッと手を差し出してきた。

「あたし、セイっていうの。よろしくね」
「よろしく。僕は鬼夜叉」
「あら、ご丁寧にどうもどうも……って、何か順応早いわねっ!」

セイがすかさずツッコんできた。

「普通、人間が鬼に会ったら、もっとワーキャーみたいのが、あるんじゃない!?」
「はぁ、そうゆうものなの?」
「そうゆうものよっ! もしあたしが可憐で繊細な鬼じゃなかったら、どうするの! 頭から喰われちゃっているところよ!」
「……はぁ、可憐で繊細……」
「そこじゃないっ!」

焦れたようにセイは、紅い髪をガリガリとかき乱した。

「さっきから思ってたけど、あなた、大丈夫? 随分、浮き世離れしているというか……人間の子どもって、もっと生き生きと溌剌としているものじゃないの?」
「溌剌? はっ、そんなの無理に決まってる。こんな腐りきった現実で、溌剌なんて……」
「う~ん、とっても面倒くさい感じね。もう一度確認するけど、本当に人間の子どもよね?」

セイは大きな目で、じっと見てきた。その瞳は、人間なら白目があるところが金に染まり、瞳は満月を戴いた夜のような闇色だった。
(……やっぱり、この子、人間じゃないんだ……)
今更ながらに、実感する。

「あら? その着物、どうしたの? 随分、汚れているじゃない? 友達にでもいじめられた?」
セイが、鬼夜叉の衣に気づいた。

「違う! あんな奴ら、友達じゃない!」
思わず叫ぶと、セイが吹き出す。

「あはは! そうしていると年相応ね! 能面みたいに澄ましているかと思いきや、ただの強がりってわけ! そんなんだから、友達ができないのよ!」
「う、うるさい。い、いいんだよ、友達なんかいなくて。僕には一座の人たちがいるし、物語や申楽だってあるし……!」
「ムキになっっちゃって。かあわいい。そうだ! 何なら、あたしが友達になってあげましょうかっ!?」

セイは、名案とばかりに手を叩いた。

「丁度、退屈してたところなの。ねぇ、これから一緒に遊びましょうよ」
「あ、ごめん……僕、これからお寺に行かなくちゃいけなくて……」
嘘ではなかった。鬼夜叉はここにきてようやく、自分がどこに向かう途中だったのかを思い出した。

「お寺?」
セイが首を傾げる。

「それって、もしかして今流行の稚児奉公ってヤツ? お坊さんが美少年はべらせて、でれでれするっていう」
「さぁ。今日が初めてだから、よくわからないけど」
「それにしては、随分、乗り気じゃないみたいね?」
「だって……」

相手が人ではないからか、気がついたら色々と話していた。

「僕だって、本当は家に閉じこもって物語を読んだり、稽古をしていたりしたい。でも、うちはしがない芸人の家だから、こうして小銭を稼がないと……父上は『そんなこと気にしないでいい』とは言ってくれるけど……」
「へぇ、偉いのね、じゃぁ、父親と一座のために?」
「いや、違うんだ」

強く首を振った。

「一座がなくなったら、僕が舞えなくなるから。僕は舞うためなら何をしたっていいんだ」
瞳に初めて宿った光を見て、セイが興味深そうに喉を鳴らした。

「面白いわね、あなた。そこまで言うなら、あたしがどうにかしてあげましょうか?」
「え、できるの……?」
「まっかせなさーい。いくら流行っているとはいえ、稚児趣味ってどうもいただけないと思っていたところだしね。うーん、そうね……あっ、こうゆうのは、どうかしら! あたしが木偶の人形を鬼術で操って、あなたの代わりとしてお寺に送るの。そうすれば、あなたは行かなくていいわ」
「そんなことが……?」
「できるわよ。こう見えても、あたしはそこらへんの鬼よりも力が強いんだから。何なら、法力もたいしてない欲ばっかり深いお坊さんたちを誘惑して、『お許し下さい女王様』と跪いて足を舐めるまで、いじめてやるのもいいわね。ほーほっほ」

興奮を抑えきれなかったのか、セイが高笑いをした。ふと途中で何かに気づき、ぐるりと鬼夜叉の方を向く。

「んじゃ、これであたしとあなたは友達ね。仲良くしましょう」
セイが鋭い爪をもった手を差し出してきた。鬼夜叉は咄嗟に、その手を掴む。
ザラザラして、すこし冷たい彼女の手は、とても快かった。


◆参考
『羽衣』天女の舞
出典:くらきSS(ショートストーリー)能「羽衣」(金春流能楽師山井 綱雄 tsunao yamai様)
https://youtu.be/oFJgr5jB6-o?si=TUSlWFrQtPj1Oa-5&t=504
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...