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2話【室町和風ファンタジー / あらすじショート動画あり】
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ーーーーーーーーーーー
■お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI
■他、作品のあらすじ動画
『【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~』
-ショート(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
-完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
ーーーーーーーーーーー
「や~い、舞々(まいまい)! 乞食の子っ!」
笑い声とともに、泥団子や石の礫が飛んでくる。舞台で使う杜若(かきつばた)を取りに行く途中、村の悪ガキどもに見つかってしまったのが運の尽きだった。
鬼夜叉は飛んでくるものを、芸人ならではの俊敏さで一つ一つひょいひょいと避けていく。
「くそっ!」
「ちょこまかするなっ!」
と、後ろから罵声とともに第二弾が飛んできた。
これじゃキリがない。鬼夜叉は咄嗟に近くにある木に身を隠し、するすると登った。下では悪ガキたちが、
「くそっ、いないぞ」
「どこに行ったんだ」
としばらくウロウロしていたが、そのうち諦めて帰っていった。
ホッと息をつく。
──世は、室町。
申楽を始めとした芸人たちは、乞食や畜生と呼ばれ、最も身分が低いとされていた。巡業に行く先々で、罵声や石を投げられるのも、日常茶飯事だ。
「まったく、これだから現実ってヤツは……」
木の上でブツブツ呟いていると、
「鬼夜叉っ!」
後ろから、誰かがのしかかってきた。鬼夜叉は今、木の一番てっぺんにいる。普通の人間では、絶対に無理だ。
案の上、振り返ると、真っ赤な髪をした少女がいた。白い着物と紅の袴が、髪の色に映えて何とも鮮やかだ。
「セイ! こんなところで何を?」
「いい生気を持ったいい男いないかな~ってぶらぶらしてたら、あなたが逃げているのを見かけてね。面白そうだから見に来た」
「ふうん、相変わらずの痴女っぷりだな」
「人のこと言える? あなたこそ、その年になっても、まだ友達できないわけ?」
「よ、余計なお世話だよ……! 別に、友達なんて欲しくないし」
ぶすっとして言うと、
「ははは! あなたって、本当に昔から変わらないわね! そうゆうところ!」
セイは、クククとお腹を抱えて笑った。口元から小さな牙がのぞく。
セイは人間ではない。
──鬼だ。
この名前のせいかどうかは知らないが、鬼夜叉は昔から、普通の人には見えないモノが見えた。
精霊、妖怪、神仏。そして鬼。
物心つく頃からそうだったためか、今ではどんな奇っ怪なモノを見ても、まるで「何も見えていません」とすました顔をしていられる。
俳優(えんじゃ)だからという訳ではない。
もともと興味がないのだ。
人外のモノたちは概して、醜悪で不気味で畏ろしい。どれも見るに値しない。王朝の美しい物語とは大違いだ。
「あぁ、なんか舞いたくなってきた」
物語のことを考えたら、手足がうずうずしてきた。掌で、扇が入っている懐を撫でる。
「いいんじゃない。あたしも久しぶりに、鬼夜叉の舞い見たいし。最近稽古が忙しいとかなんとか言って、あんまり見てないしさ」
「そうだっけ? んじゃぁ、お言葉に甘えて」
鬼夜叉は枝から枝をつたって、軽やかに地面に降りたった。
芸人は舞台での演技の他、宴の席を盛り上げるための奇術や曲芸などもできないといけない。なので、このくらいは朝飯前なのだ。
落ち葉が舞う中、扇を取り出す。一呼吸つき、胸の前で扇を一つ、一つと広げていく。
〽
天の羽衣風に和し
雨に潤う花の袖
一曲を奏で
舞ふとかや
一声を高らかに。羽衣を表現するよう、扇を胸の前でひらひらと踊らせる。
――謡曲『羽衣』。
この曲は、かの有名な天女伝説を基にして作られたものだ。
昔むかし、漁師である白龍が三保の松原の岸辺で美しい羽衣を見つけた。さっそく、それを持って帰ろうしたところ、目の前に天女が現れ「返して下さい」と懇願する。一度は断った白龍だったが、「舞いをみせてくれたら返す」という条件で羽衣を返すことになった。そして衣をまとった天女は舞いを舞いながら、そのまま天へと帰っていく。
その時に見せてくれた舞いこそが、この曲の一番の見せ所である〈天女の舞〉だ。
『羽衣』は多くの座が演じている有名な謡で、鬼夜叉もお気に入りの謡の一つであった。
(あぁ、気持ちいい~)
謡いだした瞬間、全てがどうでもよくなった。
悪ガキどもに後ろ指さされることも、父に呆れられることも。
怒りや哀しみや惨めさ、全てが吹き飛ぶ。
代わりにあるのは、申楽――舞いと自分だけだ。
今はただ心の、身体の動くままに、舞う。
『お前は、舞うために生まれてきたみたいな子だな』
普段は閉じこもってばかりいるのに、いざ舞台に立つと、誰よりも凜とした雰囲気を放つ息子を見て、ある時、父が言った。
だが、そんなことどうでもいい。
何のために生まれたとか、興味はない。
自分が欲しいものは、ただ一つ。
舞うことだけ。
それ以外、何もいらない。
「――あなたの舞いは不思議ね。〝花〟が見えるわ」
目を開けると、枝に腰をかけたセイが拍手していた。
「〝花〟? いつも言っているけど、それってどうゆう意味なの?」
「う~ん、何て言うのかしらね、心が晴れやかになるっていうか、我が身を振り返って反省しなきゃっていうか……」
セイは頬に手を当て、深くため息をついた。毎度のことながら、彼女の言っていることは、意味がわからない。
思えば、セイとの出会いは、最初から強烈だった。
あれは鬼夜叉がまだ六、七歳の頃。今日みたいに、子どもにいじめられて、森を彷徨っていた時だ。
「ああ~んっ」
舌っ足らずな声が、どこからか聞こえてきた。見ると、桜の木の又に十五、六くらいの少女が一人、座っていた。
白紗の着物の襟をはだけさせ、身体をクネクネさせながら木の幹に抱きついている。
(この人……ちょっとやばい人かも……)
鬼夜叉は、相手に気づかれる前に、急いでその場を離れようとした。
「……あら?」
だが運悪く、少女が鬼夜叉に気づいてしまった。木の上から、じっと視線を注いでくる。
「あなた、誰? どこから来たの?」
こうなっては仕方がない。鬼夜叉は、木の上の少女を真っ直ぐに見返した。
少女は、美しい容貌をしていた。
赤糸の髪に、泥眼とみがおうばかりの金の瞳。目元には鱗のような刺青まである。
どう見ても、村の者ではない。
もしかしたら、仮装している七道者かもしれない。
鬼夜叉は、怖じ気づいた背筋をぴっと正した。芸人はいかなる時でも、堂々として清く。父からの教えだ。
「僕は近くの村から来た芸人一座の者です。そうゆう、君は……?」
「あたし? あたしはね、この森を抜けたところにあるお寺から来たの」
「お寺? じゃぁ、やっぱり……でも、こんなところで何を?」
「見ればわかるでしょ」
少女はにたりと笑い、長い手足をするりと木に絡ませた。
「まぐわっているのよ」
「……へ?」
「だーかーらー、まぐわってるの。あんまりにもこの木の精気がおいしそうだったから。あなたもどう? やっぱり、樹も人間も若い方がいいわよねー! あはん」
少女は、悶絶するように自らの身体を抱き締めた。
(……この子……痴女だっ!)
本能的な危険を感じた鬼夜叉は「へ、へぇ」と言いながら、一歩ずつ後退していく。
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃぁ、僕はこれで……!」
「ちょっと待ちなさいよ」
少女が軽やかな動作で、鬼夜叉の前に降り立った。ここぞとばかりに顔を近づけてくる。
「あら、あなた随分と、幼い姿に化けたのね」
「え? 化けたって……?」
「だって、あなた――」
少女はしばらく考えた後、ポンと手を打った。
「あら、やだ。あなた、もしかして人間? あたしが見えるから、てっきり同じ鬼かと思った」
「鬼……?」
鬼夜叉は、少女を指差した。
「……君、鬼なの?」
「見ればわかるでしょ」
少女は誇らしげに胸を張った。
「で、でも鬼って、頭から角が生えてたり、肌の色が赤だったり青だったり……要は醜いものでしょ?」
少なくとも、鬼夜叉が見てきた鬼は全部そうだった。
「はっきり言うわね。ま、あいつらはお世辞にも見目がいいとは言えないけど。でもそれは力動風鬼だけよ」
「リキドウフウキ……?」
「そう。見た目もまんま鬼って感じの、生まれながらの鬼のこと」
「じゃぁ、君は?」
「あたし? あたしはねぇ……――あっ、その前にっ!」
いきなり、少女はパッと手を差し出してきた。
「あたし、セイっていうの。よろしくね」
「よろしく。僕は鬼夜叉」
「あら、ご丁寧にどうもどうも……って、何か順応早いわねっ!」
セイがすかさずツッコんできた。
「普通、人間が鬼に会ったら、もっとワーキャーみたいのが、あるんじゃない!?」
「はぁ、そうゆうものなの?」
「そうゆうものよっ! もしあたしが可憐で繊細な鬼じゃなかったら、どうするの! 頭から喰われちゃっているところよ!」
「……はぁ、可憐で繊細……」
「そこじゃないっ!」
焦れたようにセイは、紅い髪をガリガリとかき乱した。
「さっきから思ってたけど、あなた、大丈夫? 随分、浮き世離れしているというか……人間の子どもって、もっと生き生きと溌剌としているものじゃないの?」
「溌剌? はっ、そんなの無理に決まってる。こんな腐りきった現実で、溌剌なんて……」
「う~ん、とっても面倒くさい感じね。もう一度確認するけど、本当に人間の子どもよね?」
セイは大きな目で、じっと見てきた。その瞳は、人間なら白目があるところが金に染まり、瞳は満月を戴いた夜のような闇色だった。
(……やっぱり、この子、人間じゃないんだ……)
今更ながらに、実感する。
「あら? その着物、どうしたの? 随分、汚れているじゃない? 友達にでもいじめられた?」
セイが、鬼夜叉の衣に気づいた。
「違う! あんな奴ら、友達じゃない!」
思わず叫ぶと、セイが吹き出す。
「あはは! そうしていると年相応ね! 能面みたいに澄ましているかと思いきや、ただの強がりってわけ! そんなんだから、友達ができないのよ!」
「う、うるさい。い、いいんだよ、友達なんかいなくて。僕には一座の人たちがいるし、物語や申楽だってあるし……!」
「ムキになっっちゃって。かあわいい。そうだ! 何なら、あたしが友達になってあげましょうかっ!?」
セイは、名案とばかりに手を叩いた。
「丁度、退屈してたところなの。ねぇ、これから一緒に遊びましょうよ」
「あ、ごめん……僕、これからお寺に行かなくちゃいけなくて……」
嘘ではなかった。鬼夜叉はここにきてようやく、自分がどこに向かう途中だったのかを思い出した。
「お寺?」
セイが首を傾げる。
「それって、もしかして今流行の稚児奉公ってヤツ? お坊さんが美少年はべらせて、でれでれするっていう」
「さぁ。今日が初めてだから、よくわからないけど」
「それにしては、随分、乗り気じゃないみたいね?」
「だって……」
相手が人ではないからか、気がついたら色々と話していた。
「僕だって、本当は家に閉じこもって物語を読んだり、稽古をしていたりしたい。でも、うちはしがない芸人の家だから、こうして小銭を稼がないと……父上は『そんなこと気にしないでいい』とは言ってくれるけど……」
「へぇ、偉いのね、じゃぁ、父親と一座のために?」
「いや、違うんだ」
強く首を振った。
「一座がなくなったら、僕が舞えなくなるから。僕は舞うためなら何をしたっていいんだ」
瞳に初めて宿った光を見て、セイが興味深そうに喉を鳴らした。
「面白いわね、あなた。そこまで言うなら、あたしがどうにかしてあげましょうか?」
「え、できるの……?」
「まっかせなさーい。いくら流行っているとはいえ、稚児趣味ってどうもいただけないと思っていたところだしね。うーん、そうね……あっ、こうゆうのは、どうかしら! あたしが木偶の人形を鬼術で操って、あなたの代わりとしてお寺に送るの。そうすれば、あなたは行かなくていいわ」
「そんなことが……?」
「できるわよ。こう見えても、あたしはそこらへんの鬼よりも力が強いんだから。何なら、法力もたいしてない欲ばっかり深いお坊さんたちを誘惑して、『お許し下さい女王様』と跪いて足を舐めるまで、いじめてやるのもいいわね。ほーほっほ」
興奮を抑えきれなかったのか、セイが高笑いをした。ふと途中で何かに気づき、ぐるりと鬼夜叉の方を向く。
「んじゃ、これであたしとあなたは友達ね。仲良くしましょう」
セイが鋭い爪をもった手を差し出してきた。鬼夜叉は咄嗟に、その手を掴む。
ザラザラして、すこし冷たい彼女の手は、とても快かった。
◆参考
『羽衣』天女の舞
出典:くらきSS(ショートストーリー)能「羽衣」(金春流能楽師山井 綱雄 tsunao yamai様)
https://youtu.be/oFJgr5jB6-o?si=TUSlWFrQtPj1Oa-5&t=504
■お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI
■他、作品のあらすじ動画
『【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~』
-ショート(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
-完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
ーーーーーーーーーーー
「や~い、舞々(まいまい)! 乞食の子っ!」
笑い声とともに、泥団子や石の礫が飛んでくる。舞台で使う杜若(かきつばた)を取りに行く途中、村の悪ガキどもに見つかってしまったのが運の尽きだった。
鬼夜叉は飛んでくるものを、芸人ならではの俊敏さで一つ一つひょいひょいと避けていく。
「くそっ!」
「ちょこまかするなっ!」
と、後ろから罵声とともに第二弾が飛んできた。
これじゃキリがない。鬼夜叉は咄嗟に近くにある木に身を隠し、するすると登った。下では悪ガキたちが、
「くそっ、いないぞ」
「どこに行ったんだ」
としばらくウロウロしていたが、そのうち諦めて帰っていった。
ホッと息をつく。
──世は、室町。
申楽を始めとした芸人たちは、乞食や畜生と呼ばれ、最も身分が低いとされていた。巡業に行く先々で、罵声や石を投げられるのも、日常茶飯事だ。
「まったく、これだから現実ってヤツは……」
木の上でブツブツ呟いていると、
「鬼夜叉っ!」
後ろから、誰かがのしかかってきた。鬼夜叉は今、木の一番てっぺんにいる。普通の人間では、絶対に無理だ。
案の上、振り返ると、真っ赤な髪をした少女がいた。白い着物と紅の袴が、髪の色に映えて何とも鮮やかだ。
「セイ! こんなところで何を?」
「いい生気を持ったいい男いないかな~ってぶらぶらしてたら、あなたが逃げているのを見かけてね。面白そうだから見に来た」
「ふうん、相変わらずの痴女っぷりだな」
「人のこと言える? あなたこそ、その年になっても、まだ友達できないわけ?」
「よ、余計なお世話だよ……! 別に、友達なんて欲しくないし」
ぶすっとして言うと、
「ははは! あなたって、本当に昔から変わらないわね! そうゆうところ!」
セイは、クククとお腹を抱えて笑った。口元から小さな牙がのぞく。
セイは人間ではない。
──鬼だ。
この名前のせいかどうかは知らないが、鬼夜叉は昔から、普通の人には見えないモノが見えた。
精霊、妖怪、神仏。そして鬼。
物心つく頃からそうだったためか、今ではどんな奇っ怪なモノを見ても、まるで「何も見えていません」とすました顔をしていられる。
俳優(えんじゃ)だからという訳ではない。
もともと興味がないのだ。
人外のモノたちは概して、醜悪で不気味で畏ろしい。どれも見るに値しない。王朝の美しい物語とは大違いだ。
「あぁ、なんか舞いたくなってきた」
物語のことを考えたら、手足がうずうずしてきた。掌で、扇が入っている懐を撫でる。
「いいんじゃない。あたしも久しぶりに、鬼夜叉の舞い見たいし。最近稽古が忙しいとかなんとか言って、あんまり見てないしさ」
「そうだっけ? んじゃぁ、お言葉に甘えて」
鬼夜叉は枝から枝をつたって、軽やかに地面に降りたった。
芸人は舞台での演技の他、宴の席を盛り上げるための奇術や曲芸などもできないといけない。なので、このくらいは朝飯前なのだ。
落ち葉が舞う中、扇を取り出す。一呼吸つき、胸の前で扇を一つ、一つと広げていく。
〽
天の羽衣風に和し
雨に潤う花の袖
一曲を奏で
舞ふとかや
一声を高らかに。羽衣を表現するよう、扇を胸の前でひらひらと踊らせる。
――謡曲『羽衣』。
この曲は、かの有名な天女伝説を基にして作られたものだ。
昔むかし、漁師である白龍が三保の松原の岸辺で美しい羽衣を見つけた。さっそく、それを持って帰ろうしたところ、目の前に天女が現れ「返して下さい」と懇願する。一度は断った白龍だったが、「舞いをみせてくれたら返す」という条件で羽衣を返すことになった。そして衣をまとった天女は舞いを舞いながら、そのまま天へと帰っていく。
その時に見せてくれた舞いこそが、この曲の一番の見せ所である〈天女の舞〉だ。
『羽衣』は多くの座が演じている有名な謡で、鬼夜叉もお気に入りの謡の一つであった。
(あぁ、気持ちいい~)
謡いだした瞬間、全てがどうでもよくなった。
悪ガキどもに後ろ指さされることも、父に呆れられることも。
怒りや哀しみや惨めさ、全てが吹き飛ぶ。
代わりにあるのは、申楽――舞いと自分だけだ。
今はただ心の、身体の動くままに、舞う。
『お前は、舞うために生まれてきたみたいな子だな』
普段は閉じこもってばかりいるのに、いざ舞台に立つと、誰よりも凜とした雰囲気を放つ息子を見て、ある時、父が言った。
だが、そんなことどうでもいい。
何のために生まれたとか、興味はない。
自分が欲しいものは、ただ一つ。
舞うことだけ。
それ以外、何もいらない。
「――あなたの舞いは不思議ね。〝花〟が見えるわ」
目を開けると、枝に腰をかけたセイが拍手していた。
「〝花〟? いつも言っているけど、それってどうゆう意味なの?」
「う~ん、何て言うのかしらね、心が晴れやかになるっていうか、我が身を振り返って反省しなきゃっていうか……」
セイは頬に手を当て、深くため息をついた。毎度のことながら、彼女の言っていることは、意味がわからない。
思えば、セイとの出会いは、最初から強烈だった。
あれは鬼夜叉がまだ六、七歳の頃。今日みたいに、子どもにいじめられて、森を彷徨っていた時だ。
「ああ~んっ」
舌っ足らずな声が、どこからか聞こえてきた。見ると、桜の木の又に十五、六くらいの少女が一人、座っていた。
白紗の着物の襟をはだけさせ、身体をクネクネさせながら木の幹に抱きついている。
(この人……ちょっとやばい人かも……)
鬼夜叉は、相手に気づかれる前に、急いでその場を離れようとした。
「……あら?」
だが運悪く、少女が鬼夜叉に気づいてしまった。木の上から、じっと視線を注いでくる。
「あなた、誰? どこから来たの?」
こうなっては仕方がない。鬼夜叉は、木の上の少女を真っ直ぐに見返した。
少女は、美しい容貌をしていた。
赤糸の髪に、泥眼とみがおうばかりの金の瞳。目元には鱗のような刺青まである。
どう見ても、村の者ではない。
もしかしたら、仮装している七道者かもしれない。
鬼夜叉は、怖じ気づいた背筋をぴっと正した。芸人はいかなる時でも、堂々として清く。父からの教えだ。
「僕は近くの村から来た芸人一座の者です。そうゆう、君は……?」
「あたし? あたしはね、この森を抜けたところにあるお寺から来たの」
「お寺? じゃぁ、やっぱり……でも、こんなところで何を?」
「見ればわかるでしょ」
少女はにたりと笑い、長い手足をするりと木に絡ませた。
「まぐわっているのよ」
「……へ?」
「だーかーらー、まぐわってるの。あんまりにもこの木の精気がおいしそうだったから。あなたもどう? やっぱり、樹も人間も若い方がいいわよねー! あはん」
少女は、悶絶するように自らの身体を抱き締めた。
(……この子……痴女だっ!)
本能的な危険を感じた鬼夜叉は「へ、へぇ」と言いながら、一歩ずつ後退していく。
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃぁ、僕はこれで……!」
「ちょっと待ちなさいよ」
少女が軽やかな動作で、鬼夜叉の前に降り立った。ここぞとばかりに顔を近づけてくる。
「あら、あなた随分と、幼い姿に化けたのね」
「え? 化けたって……?」
「だって、あなた――」
少女はしばらく考えた後、ポンと手を打った。
「あら、やだ。あなた、もしかして人間? あたしが見えるから、てっきり同じ鬼かと思った」
「鬼……?」
鬼夜叉は、少女を指差した。
「……君、鬼なの?」
「見ればわかるでしょ」
少女は誇らしげに胸を張った。
「で、でも鬼って、頭から角が生えてたり、肌の色が赤だったり青だったり……要は醜いものでしょ?」
少なくとも、鬼夜叉が見てきた鬼は全部そうだった。
「はっきり言うわね。ま、あいつらはお世辞にも見目がいいとは言えないけど。でもそれは力動風鬼だけよ」
「リキドウフウキ……?」
「そう。見た目もまんま鬼って感じの、生まれながらの鬼のこと」
「じゃぁ、君は?」
「あたし? あたしはねぇ……――あっ、その前にっ!」
いきなり、少女はパッと手を差し出してきた。
「あたし、セイっていうの。よろしくね」
「よろしく。僕は鬼夜叉」
「あら、ご丁寧にどうもどうも……って、何か順応早いわねっ!」
セイがすかさずツッコんできた。
「普通、人間が鬼に会ったら、もっとワーキャーみたいのが、あるんじゃない!?」
「はぁ、そうゆうものなの?」
「そうゆうものよっ! もしあたしが可憐で繊細な鬼じゃなかったら、どうするの! 頭から喰われちゃっているところよ!」
「……はぁ、可憐で繊細……」
「そこじゃないっ!」
焦れたようにセイは、紅い髪をガリガリとかき乱した。
「さっきから思ってたけど、あなた、大丈夫? 随分、浮き世離れしているというか……人間の子どもって、もっと生き生きと溌剌としているものじゃないの?」
「溌剌? はっ、そんなの無理に決まってる。こんな腐りきった現実で、溌剌なんて……」
「う~ん、とっても面倒くさい感じね。もう一度確認するけど、本当に人間の子どもよね?」
セイは大きな目で、じっと見てきた。その瞳は、人間なら白目があるところが金に染まり、瞳は満月を戴いた夜のような闇色だった。
(……やっぱり、この子、人間じゃないんだ……)
今更ながらに、実感する。
「あら? その着物、どうしたの? 随分、汚れているじゃない? 友達にでもいじめられた?」
セイが、鬼夜叉の衣に気づいた。
「違う! あんな奴ら、友達じゃない!」
思わず叫ぶと、セイが吹き出す。
「あはは! そうしていると年相応ね! 能面みたいに澄ましているかと思いきや、ただの強がりってわけ! そんなんだから、友達ができないのよ!」
「う、うるさい。い、いいんだよ、友達なんかいなくて。僕には一座の人たちがいるし、物語や申楽だってあるし……!」
「ムキになっっちゃって。かあわいい。そうだ! 何なら、あたしが友達になってあげましょうかっ!?」
セイは、名案とばかりに手を叩いた。
「丁度、退屈してたところなの。ねぇ、これから一緒に遊びましょうよ」
「あ、ごめん……僕、これからお寺に行かなくちゃいけなくて……」
嘘ではなかった。鬼夜叉はここにきてようやく、自分がどこに向かう途中だったのかを思い出した。
「お寺?」
セイが首を傾げる。
「それって、もしかして今流行の稚児奉公ってヤツ? お坊さんが美少年はべらせて、でれでれするっていう」
「さぁ。今日が初めてだから、よくわからないけど」
「それにしては、随分、乗り気じゃないみたいね?」
「だって……」
相手が人ではないからか、気がついたら色々と話していた。
「僕だって、本当は家に閉じこもって物語を読んだり、稽古をしていたりしたい。でも、うちはしがない芸人の家だから、こうして小銭を稼がないと……父上は『そんなこと気にしないでいい』とは言ってくれるけど……」
「へぇ、偉いのね、じゃぁ、父親と一座のために?」
「いや、違うんだ」
強く首を振った。
「一座がなくなったら、僕が舞えなくなるから。僕は舞うためなら何をしたっていいんだ」
瞳に初めて宿った光を見て、セイが興味深そうに喉を鳴らした。
「面白いわね、あなた。そこまで言うなら、あたしがどうにかしてあげましょうか?」
「え、できるの……?」
「まっかせなさーい。いくら流行っているとはいえ、稚児趣味ってどうもいただけないと思っていたところだしね。うーん、そうね……あっ、こうゆうのは、どうかしら! あたしが木偶の人形を鬼術で操って、あなたの代わりとしてお寺に送るの。そうすれば、あなたは行かなくていいわ」
「そんなことが……?」
「できるわよ。こう見えても、あたしはそこらへんの鬼よりも力が強いんだから。何なら、法力もたいしてない欲ばっかり深いお坊さんたちを誘惑して、『お許し下さい女王様』と跪いて足を舐めるまで、いじめてやるのもいいわね。ほーほっほ」
興奮を抑えきれなかったのか、セイが高笑いをした。ふと途中で何かに気づき、ぐるりと鬼夜叉の方を向く。
「んじゃ、これであたしとあなたは友達ね。仲良くしましょう」
セイが鋭い爪をもった手を差し出してきた。鬼夜叉は咄嗟に、その手を掴む。
ザラザラして、すこし冷たい彼女の手は、とても快かった。
◆参考
『羽衣』天女の舞
出典:くらきSS(ショートストーリー)能「羽衣」(金春流能楽師山井 綱雄 tsunao yamai様)
https://youtu.be/oFJgr5jB6-o?si=TUSlWFrQtPj1Oa-5&t=504
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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