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第二十六話 やまんば

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 列車が見えなくなるまで、みんな帽子や手を振り続けていた。駅の中は人でぎゅうぎゅうだった。「無事で」「武運を」「元気で」そんな見送りの声を飛ばすのは、お母さんやお婆さんみたいな女の人ばかり。みんなが豆粒みたいになった列車を惜しんでいる。でもわたしは手なんか振らなかった。食い物の恨みはすごいのだ。絶対に許してやんないから。

「いつまで拗ねてんだい。かぼちゃ、そんなに好きなのかい?」

 手を引っ張られた。隣を見上げたら、前歯が欠けたおばさんがいた。頑固そうなヘの字の唇から聞こえる声は、お酒を飲みすぎた人みたいに枯れていた。

「だって、まんじゅうだった」

 不満を言えば、おばさんが「贅沢だねぇ」とぼやく。

「お国のために戦っている人がいるんだ。我儘言っちゃいかんよ」

「たまには食べたい。お腹一杯」

「こら。人前で言っちゃいかん」

 目をキッと細めたおばさんは、わたしの手を無理やり引っ張って駅の外に連れだした。叱られるのかと思ったけど、おばさんは「帰るよ」と言った。

「まったく、御守りなんて、迷惑なこったい」

 わたしは、おばさんに手を引かれるまま歩き続けた。

 すれ違う人たちは、みんな同じような服装だった。よれた着物とぶかぶかそうに見えるズボンを穿いている。ズボンは足首のところできゅっと絞られている。色だって黒っぽい、茶色みたいな暗い色ばっかり。もちろん、わたしの手を握るおばさんも同じ服を着ていた。

『欲しがりません 勝つまでは』

 見慣れた標語を掲げた看板の脚が折れて傾いていた。おばさんは標語を気にも留めなかった。あの標語は、もう三年前のものだ。当時、いまのわたしと同じ五年生の子が考えたんだとか。みんな、ちゃんとお国のために我慢しよう。そんな雰囲気がより強くなったのも、そのくらいの時期だった。

 勝てるのなら、我慢することも、逃げる必要もないのに。

「まだ拗ねてんのかい?」

 視界一杯にやまんばの顔が広がったのは、おばさんがいきなりわたしの顔を覗き込んできたからだった。びっくりして「きゃっ」と声が出た。

「次、会ったら、ちゃぁんと謝りな」

 顎で指図されると、腹のあたりがむかむかした。

「なんでわたしが」

 言えば、むすっとしたおばさんが鼻息を荒くさせる。

「傷つけるような悪いことを言ったからさ」

「でも、あっちが」

「ほんとにまんじゅう、とられたのかい?」

「ちゃんとあったの。でも、なくなった」

「そうかい。勘違いしてるかもしんないね。よく考えておきな」

 おばさんが突き放すように言う。そんな言い方をされると、わたしが悪者みたいに感じる。また「帰るよ」と手を引かれたけど、わたしは疑問だった。

 家は爆弾が落ちて燃えたのに、どこに帰るのだろう。

 わたしは、おばさんと一緒に帰った。まだ焼けていない町の名前すら知らなかったけど、手を引かれるままに歩いた。

 お腹、空いたな。
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