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第十話 八
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徹甲投射があやかしたちを貫いたとき、九位と九十三位はすでに刀を振り抜いていた。
粉雪が舞う中、戦列突撃が始まった。
胸ビレから刀を生やす一夜たちが担ぐ神輿の上で、百位も最前線に飛び込んだ。
まず、鉄砲隊の射撃で出鼻を挫かれたあやかしたちは、次に鉛玉と同じ速度で駆けてきた九位と九十三位に中央を突破されていた。獰猛な虎は大太刀に両断され、頑強そうだった壁は拳に砕かれる。そこへ黒甲冑の武士たちが斬りこみ、槍を掲げた衛兵たちが一斉になだれ込む。悪霊は衛兵が振るう白銀に燃える槍で祓われ、骸骨たちは砕け、犬たちは踏み潰される。刀や槍の穂先と牙や爪や錆びた刀がぶつかる音、男たちの雄叫び、あやかしたちの叫び、悲鳴と怒号が行き交う。奥から二体の大仏がどすんどすんと迫ってきていたが、戦列を飛び越えた赤鬼と青鬼が大仏の頭を金棒で砕く。矢や鉛玉、棘や酸、様々な飛び道具が頭上で交差する。神輿目掛けていろんな色の物体が飛んできたが、すべて半透明の武士が切り落してくれた。汗や、血、酸味や腐乱臭、この世の異臭すべてが混じり合う戦場を、神輿は担ぎ棒であやかしを轢きながら止まることなく突き進む。
しかし、奥に進めば進むほど、進軍速度が落ちてくる。前線を斬り進む九位と九十三位の脚が時折止まる。それは、強力なあやかしが、まだ奥に控えているからであった。
九位に斬りかかったのは鴉の羽をはやす天狗で、九十三位に爪を突き立てたのは鬼の顔をした女だった。
「すばしっこい!」
九位が振り抜いた刀は、空に舞い上がった天狗には掠らない。上下左右から斬りかかってくる天狗は刀捌きも上手く、鴉の羽で急加速できる緩急に戸惑う。一歩後ずさりをした九位は舌打ちをして、刀を両手に握る。
「太刀風」
反りが少ない刀身が地に刺さった瞬間、刃のような強風が吹き荒れ天狗の羽が散り、転んだ天狗は、地から抜刀された刀に首を刎ねられる。
横で、鬼女に肉薄された九十三位が後ずさりをしている。目にも止まらぬ速さの引っ掻きを、大太刀の鍔で弾き続ける。大太刀は間合いが長い分、踏み込まれると融通が利かない。と、舌打ちをした九十三位が右肘を引く。
「よ」
手に大太刀の柄を握ったまま、鬼女の鼻っ面を殴った。さらに左拳で殴れば鬼女は仰向けに倒れ、馬乗りになった九十三位が、鬼女の頭が地に埋まるまでひたすらに顔を殴り続ける。最後に下駄で鬼女の顔を踏み、また大太刀を振り始めた。
あやかしが多すぎる。そう感じた百位は一夜たちに意思を通した。
「あなたたちも戦って! 神輿は置いていくわ! わたし、走る!」
神輿が捨てられ、ぶるんぷるんと駆け出した一夜たちを追うように走る。立ちふさがったのは、八本の腕を持つ仏像だった。
一夜ら四体の担ぎ手のあやかしが胸ビレから刀を生やし、仏像に斬りかかる。八本の手が握る刀が正確に胸ビレの刀を受け止める。すかさず追い打ちの斬撃、また受け止められる、十六夜が背後に回り込み斬る、が、背に回された刀がそれを弾く。仏像がその場で回転斬り、一夜たちがたまらず跳ね飛ばされる。そこへ飛び込んできたのは、半裸の筋肉男で、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!」
大きく振り抜かれた大剣を、仏像が八本の刀で受け止める。ギチギチとせめぎ合うのは三位で、さらに一夜たちが加勢する。
仏像は大剣と胸ビレの刀を八本腕でいなす。大きく振りかぶった三位の一撃によろめいたとき、腕の一本を四夜に切り落される。さらなる三位の叩き斬り、防ぐため四本の腕を使ってしまった仏像は、残りの三本腕では四体の刀すべてに対応することはできない。
「そこをっ、どけええええええええええええええええ!」
腕を全て切り落された瞬間、大剣が眉間にめり込み、仏像は縦に両断された、ところを突っ込んできたのは鬼顔の牛たちの群れ、一夜たちも三位も、角を振りかざした突進を食い止めるのが精一杯、そこを横切った大鎌を手にする死神が、百位目掛けて飛んできて――、
舌なめずりをするような笑い声は一瞬しか聞けなかった。のは、大黒柱が死神の髑髏を粉砕し地揺れを起こし、大鎌がどこかへ飛んでいったからだった。
空から降ってきたのはさっき乗り捨てたはずの神輿で、担ぎ棒が死神を貫通し、地面に突き刺さっていた。身構えたままぽかんと瞬いた百位は、すぐ隣に着地した片腕の女性に意識を奪われた。
「くく」
「こころちゃん、行こう?」
にへらと緩んだ口角は、視線が絡んだとき、鬼のように歯を剥き出しにさせ、目の前から消え、
「えやああああああああああああああああああああああ!」
突き刺さった神輿を引っこ抜いた九十九位は、その担ぎ棒で鬼顔の牛たちを、蟻を踏むように叩き潰した。神輿を片腕で振り回しあやかしを張り倒す姿こそが、どんなあやかしよりも凶暴である。その後ろ姿を、ニカッと口角を上げた三位が見つめていた。
「来たか。友のために。それで良いのだ。ぬしの力を、見せてくれ」
戦線は、中央以外は全く進めていない。九位と九十三位、そして九十九位が暴れる中央だけが進めていた。切り開いた前線を、黒甲冑の武士たちが維持する。多数の死傷者が出ている。それでも、まだ集まってくれる援軍が負傷者と入れ替わり、あやかしたちと戦ってくれた。
馬で駆けてきた伝令から、錠の準備が完了したと報告される。そのとき、あやかしの門で猛吹雪が放たれた。空気を振動させるほどの号哭を上げたのは龍で、北神があんぐりと開けた凶暴な口から飛び出す暴風雪が、翠の胴に直撃し、いくつかの鱗が削れる。さらに勢いを増した氷の竜巻は、龍を人の世から追い出し、あやかしの世へと追い込む。そのままあやかしの世を吹雪かせたとき、龍の号哭はひとつも聞こえなくなった。
後ろ足で立ち上がった北神が、吠える。その遠吠えは勝利を誇示していた。この世の覇者であると、そう、世界に知らしめるために。
「鸞様」
名をぽつり呼べば、北神がのそのそと振り返る。氷の結晶のような瞳が睨んだのは、ついに前線を突破した三人の女だった。
「神輿で引き籠るより、こっちのほうが強そうだ」
九位が反りが少ない刀を下段に構える。
「熊は婿になれんのよ。とっとと、元に戻ってもらうのよ。でなければ、菊の存在意義が無くなるのよ」
九十三位が大太刀を背後で交差させた。
「えへぇ、こころちゃんに向けた牙、へし折ってあげる」
片腕で神輿を引きずる九十九位が重心を下げた。
そして、担ぎのあやかしを従える百位は、右手の鍵を天に掲げた。
どくん、白銀の鍵が鼓動する。すれば、肩まで燃え上がっていた白銀の炎が鍵の先端へ集まりだす。光の線になり、それは槍のように伸びる。白銀に伸びた光がかたどったのは、門の鍵、そして北神を封じるための鍵であった。
「女帝一位が命じます。そこのシロクマ、頭が高いから跪かせなさい」
「「「御意」」」
北神と女帝の争いが始まった。
九十九位が北神の左前脚による引っ掻きを神輿で受け止める。踏ん張った両脚が氷の上のように滑った。左前脚に飛び乗った九十三位が下駄を凍らせながら駆け上り、
「よっ、かた」
大きく振り抜かれた大太刀が北神の顔を叩く、鉄を叩いたような音、大太刀が跳ね返される。続けて九位も斬りかかる、が、刀は凍った毛並みに弾かれ、さらに頭突きをくらった九位が吹き飛ぶ。
「ぐっ」
なんとか受け身はとれた九位だったが、右腕が刀ごと氷漬けになっていた。大太刀と神輿もかちこちに凍る。北神が左前脚で地を掬うように引っ掻けば、氷山のような槍が生え、それに九十三位が殴られる。突進をくらった九十九位も耐えきれず後ろへ飛び退き、滑りながら戻ってきた。
「よよよ、ちと、力負けしておるのよ」
凍った下駄の歯を気にする九十三位は、大太刀の刀身に入った罅に気づくと点の眉をひそめた。
「こりゃ、一発で仕留めないと駄目だな。いや、仕留めるならやりようがあるが、跪かせるのが目的だと、骨が折れる」
九位は、右腕から氷を払い落としながら眉間に皺を寄せている。
「凍った毛皮、斬れないかもしれないけど、打撃はどうかなぁ?」
首をパキポキ鳴らした九十九位がにへらと口角だけを緩めた。
「打撃か、丁度良いのがあるが……」
「よよ、あのデカブツなら取りに行かせておる」
「……なんで知ってんだよ」
「よよよ。菊に隠し事はせんことよ」
「ちっ……、おい、ひゃく……じゃなくて、一位」
ただ見守ることしかできていなかった百位は、突然呼ばれてびくりと肩を揺らした。
「な、なに?」
「次、仕掛けるとき、終わらせる。もし、それで封印に失敗するなら、おれたちは北神を殺す。だからな、絶っっっ対に、後悔しないように、気合い入れろ」
つり上がった目から放たれたのは殺気で、それに目を射抜かれたからきゅっと首が縮こまった。
「よよ。余の役目は女帝一位をお守りすることよ。帝位一位はその次よ。お主に嫌われたくないのよ。ちゃんと、ぶつかってやるのよ」
左頬だけを上げた九十三位は、槍の穂先のように尖った八重歯を見せつけてきた。なんだか首に噛みついてきそうで、首を守ろうと肩がせり上がる。
「えへ、こころちゃん、旦那さん、一発だけ殴るけど、怒らないでね?」
そんな目を見開いた半笑いで振り返らないでほしい。漏らしそうになるから。
周辺では、衛兵や黒甲冑の武士たちがあやかしと死闘を繰り広げている。北神の背後には全開になったあやかしの門があって、そこから大小様々なあやかしが這い上がってきている。北神は、あやかしの門を守るようにその場から動かない。
ずっと見られているような気がした。凍った瞳と視線が交わっているような気がした。
左手が、ぶるんとした。見下ろせば、十六夜がピンク色に染めた胸ビレで、手を握ってくれていた。一夜も、四夜も、八夜も、寄り添ってくれている。
「わかった。みんなの力、わたしに貸して」
右手に籠めた力に、白銀の炎は揺らめきで呼応する。
最後の戦いの始まりを告げたのは、どこまでも響く奥ゆかな裏声だった。
常人には出せないほど高音であり、均等な間隔で上下に揺れる裏声は、黒甲冑の武士たちの姿勢を低くさせた。それは、反撃開始の合図であり、衝撃の一手を待てという菊の伝令でもあった。
門広間正門前、青子は自慢の歌声を披露している。北神は異様な雰囲気を警戒してか、牙の隙間から真っ白な冷気を吐き始める。肺一杯に空気を吸い込むように後ろに重心をずらし始めた北神は、左右から迫った地響きに顔を揺らした。
駆けるは巨大な赤鬼と青鬼。あやかしたちを踏み潰しながら門広間の防壁を沿うようにどすんどすんと走る。やがて進路を変えた鬼は、一直線に北神へ立ち向かう。
凶暴な口から吹雪が漏れる。右の青鬼に顔を向けた北神が、牙を剥き出しに――、
「よっ!」
凶暴な口が開かれる直前、黒髪をなびかせた菊の女が、大太刀を凍った瞳に突き刺す。毛皮ほどの強度が無かったらしい氷の瞳に、大太刀の先端が食いこむ。刀身が折れ、刃先だけが目に残った。折れた大太刀を手放した菊の女を左前脚で追い払ったとき、猛吹雪が放たれた。
狙いが僅かに逸れ、暴風雪は青鬼の右腕だけを奪った。青鬼は体勢を崩すも足は止めない。そのまま体当たりしたのは、開かれていた朽ちかけの門で――、
鬼が、地鳴りのような轟きを腹から叫べば、鬼よりも巨大な門が軋みながら閉まり始める。それを阻止しようと北神がまた吹雪を溜め込み――、
「うらあ!」
赤髪の女が叩いたのは、北神の左目ではなく、凍って折れていた大太刀の先端で、反りが少ない刀の峰に押された刃は、氷の瞳を砕く。
悶えた北神は闇雲に暴風雪を放つ。防壁が抉れ、あやかしの群れが砕け、間一髪で躱した赤髪の女は長かった髪を短くした。そして左目を失った北神は、門広間正門への視界を失う。
鉄門の前、汗だくでへばる赤子の真後ろには、黒光りする巨大な鉄筒があった。車輪付きで一馬身ほどの長さがある鉄筒は、人の頭がすっぽり入るほどの空洞を空けている。その後ろには、松明を握り締める黄子の姿があった。鉄筒の先端が向くのは、北神――、
北神が鉄筒に気づくとき、鉄筒は爆発した。
火薬の燃焼で発生した力に押し出されるのは、巨大な鉄の玉。風を切りながら戦列を飛び越えた鉄玉を受け止めたのは凍てつく鼻先――、
顔面の氷柱が飛び散るほどの衝撃によろけた北神の足元に、抜刀体勢の武士が居た。
妖刀の居合斬りは目で追えない。音も無く、空間が歪む。歯を食いしばった北神が、凍ったように動きを止めたとき、地から迫るのは大黒柱で、
「頭がったっかあああああああああああああああああああい!」
片腕の女が振り抜いた神輿の担ぎ棒が氷柱を垂らす顎を粉砕、北神は二足立ちになるまで仰け反る。へし折れた担ぎ棒が宙を舞う。鬼の気合いが朽ちかけの門を閉じる。北神が門の上に仰向けで倒れる。舞い上がった呪符の群れが青白く燃えた。
呪符から発射された半透明の鎖が朽ちかけの門と北神に何重にも巻きつく。悶えながら唸った北神の胸に現れた鍵穴を、待ち焦がれていた少女が居た。
「みんなっ、いくわよ!」
ぶるぶるの弾力と共に飛び上がったのは、濃藍の髪を伸ばす、白寝巻一枚の少女。四体の白くてふにゃってそうでのっぺらなあやかしと一緒に北神を空から見下ろす。その右手に握る鍵の輝きが、北神を白銀に染め上げた。
咆哮を上げた北神が四肢を暴れさす。鎖が一本、二本、千切れる。少女の願いが、担ぎ手のあやかしを従わせた。
ぷるん、ぶるん、揺れた胴は純白の刀身に姿を変える。少女の背丈の倍はある両刃の大剣が、音の速さを超えたとき、北神の四肢を純白の大剣が貫通した。朽ちかけの門に磔にされた北神は、それでも足掻き、凶暴な口をあんぐりと開け、
白銀の鍵と暴風雪がぶつかった。
「ぬうううううううううううううううっ!」
自由落下していたはずの体が静止した。視界が吹雪で埋まる。伸ばした右腕を左手で支える。暴風雪が下から押し返してくる。槍のように伸びた白銀の鍵が暴風雪を分散させる。氷竜巻の中心にいる。猛吹雪の向かい風に袖が凍る。白む睫毛を生やす瞼を開けていられない。耳に氷が押し当てられている。足先の感覚が消えていく。凍てつく空気が肺から体温を盗んでいく。
冷たい。寒い。あの日より、寒い。泣き叫ぶ声が聞こえる。幼い自分の声。泣き叫ぶ声が聞こえる。お母さんの声。いろんな人の悲しみが聞こえる。主への忠誠が空回りした声、忠誠に応えられなかった声、過去に蝕まれる声、過去に寄り添えない声、自分に無い才能を求める声、家族のため友達を裏切った声、背負った重荷に潰された声、たくさん、たくさん聞こえる。
たくさんの悲しみ、苦しみ、妬み、辛み、それに生かされている。悔しくて、取り返したくて、怒りが、みんなを突き動かしている。誰も、諦めなかった。諦められなかった。どうしてできないのだ、どうして手に入れられないのだ、どうして失った手はいつまでも空なのだ。そこにある。すぐそこにいる。すぐそばにある。どんなに身を凍らせたとしても、握りたいものが、失いたくものが、守りたいものが、そこにっ、あるっ!
「こぉんのっ! ばっかあああああああああああああああああああああああああ!」
体の中に宿る大事なものが溢れ、それは声となり、熱となり、光となり、白銀の鍵に刻まれた何百年と続く誰かを想う心が、吹雪の中心に春の息吹を与える。
桜を咲かせる想いを、あなたに。
「わたしっ、あんたのことっ、好きだからあああああああああああああああああ!」
白銀が暴風雪を貫く。さらに荒れる猛吹雪が行く手を阻む。だが、たくさんの温かみに満たされてきた知らない女性たちが背を押してくれる。
一人だけ、人間じゃなかった。獣みたいな大きな耳と尻尾があった。表情はわからない。けど、きっと、お母さんのように微笑んでくれていると思った。
暴風雪の中心が雪解けのように晴れる。鍵を握る右手が前に進む。まだ、諦めていない。それは、あやかしだってそうで、
閉まったはずの朽ちかけの門が僅かに開けば、獰猛な長い口に女髪の髭をなびかせる翠色のそいつが、ずらりと並ぶ牙を剥き出しにしていた。北神の頭上でがぱっと開いた咽頭から、電光石火の雷が飛び出し、それが暴風雪に雷鳴を轟かせ、凶悪な天変地異と化けさせる。
また押し返されそうになった。でも、負けられない、負けたくない!
人が、どんな天変地異も乗り越えてこられたのは、胸に鼓動する、大切なものがあるから!
だからこそ、受け継がれてきた愛情は、天変地異には止められない!
わたしの春は、ここにある!
「うりゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
稲妻が駆け回っていた吹雪をくぐり抜けた。
雪山にあった錠に、鍵は刺さる。
彼の心に触れられたような気がする。
わたしの心で。
「らんさま、すき」
右に捻る。
鎖が、巻きつく。
僅かに開いていた門が問答無用で強制閉門し、龍の首が千切れる。
曇天ごと吹雪が晴れ、星空に浮かぶまんまるな満月の明かりが帝都を照らしたとき、無数のあやかしたちは悲鳴も上げられずに散った。
「「「「「えい、えい、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
勝利の雄叫びが帝都を揺らす。
歓喜の中心で、こころは寝息をたてる鸞の頬を撫でた。
なんだか子供の寝顔みたいだ。無垢な、男の子の顔だ。
でも、誰よりも一途に守ってくれる頼もしさがある。
すやすやと眠る唇に口づけをして、ヒノキの香りに包まれれば、春の夢の中へと誘われる。
ずっと探していた体温が、末端まで冷え切った体には熱い。
白銀に輝く鍵を、胸に抱く。
もう、寒くない。
粉雪が舞う中、戦列突撃が始まった。
胸ビレから刀を生やす一夜たちが担ぐ神輿の上で、百位も最前線に飛び込んだ。
まず、鉄砲隊の射撃で出鼻を挫かれたあやかしたちは、次に鉛玉と同じ速度で駆けてきた九位と九十三位に中央を突破されていた。獰猛な虎は大太刀に両断され、頑強そうだった壁は拳に砕かれる。そこへ黒甲冑の武士たちが斬りこみ、槍を掲げた衛兵たちが一斉になだれ込む。悪霊は衛兵が振るう白銀に燃える槍で祓われ、骸骨たちは砕け、犬たちは踏み潰される。刀や槍の穂先と牙や爪や錆びた刀がぶつかる音、男たちの雄叫び、あやかしたちの叫び、悲鳴と怒号が行き交う。奥から二体の大仏がどすんどすんと迫ってきていたが、戦列を飛び越えた赤鬼と青鬼が大仏の頭を金棒で砕く。矢や鉛玉、棘や酸、様々な飛び道具が頭上で交差する。神輿目掛けていろんな色の物体が飛んできたが、すべて半透明の武士が切り落してくれた。汗や、血、酸味や腐乱臭、この世の異臭すべてが混じり合う戦場を、神輿は担ぎ棒であやかしを轢きながら止まることなく突き進む。
しかし、奥に進めば進むほど、進軍速度が落ちてくる。前線を斬り進む九位と九十三位の脚が時折止まる。それは、強力なあやかしが、まだ奥に控えているからであった。
九位に斬りかかったのは鴉の羽をはやす天狗で、九十三位に爪を突き立てたのは鬼の顔をした女だった。
「すばしっこい!」
九位が振り抜いた刀は、空に舞い上がった天狗には掠らない。上下左右から斬りかかってくる天狗は刀捌きも上手く、鴉の羽で急加速できる緩急に戸惑う。一歩後ずさりをした九位は舌打ちをして、刀を両手に握る。
「太刀風」
反りが少ない刀身が地に刺さった瞬間、刃のような強風が吹き荒れ天狗の羽が散り、転んだ天狗は、地から抜刀された刀に首を刎ねられる。
横で、鬼女に肉薄された九十三位が後ずさりをしている。目にも止まらぬ速さの引っ掻きを、大太刀の鍔で弾き続ける。大太刀は間合いが長い分、踏み込まれると融通が利かない。と、舌打ちをした九十三位が右肘を引く。
「よ」
手に大太刀の柄を握ったまま、鬼女の鼻っ面を殴った。さらに左拳で殴れば鬼女は仰向けに倒れ、馬乗りになった九十三位が、鬼女の頭が地に埋まるまでひたすらに顔を殴り続ける。最後に下駄で鬼女の顔を踏み、また大太刀を振り始めた。
あやかしが多すぎる。そう感じた百位は一夜たちに意思を通した。
「あなたたちも戦って! 神輿は置いていくわ! わたし、走る!」
神輿が捨てられ、ぶるんぷるんと駆け出した一夜たちを追うように走る。立ちふさがったのは、八本の腕を持つ仏像だった。
一夜ら四体の担ぎ手のあやかしが胸ビレから刀を生やし、仏像に斬りかかる。八本の手が握る刀が正確に胸ビレの刀を受け止める。すかさず追い打ちの斬撃、また受け止められる、十六夜が背後に回り込み斬る、が、背に回された刀がそれを弾く。仏像がその場で回転斬り、一夜たちがたまらず跳ね飛ばされる。そこへ飛び込んできたのは、半裸の筋肉男で、
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!」
大きく振り抜かれた大剣を、仏像が八本の刀で受け止める。ギチギチとせめぎ合うのは三位で、さらに一夜たちが加勢する。
仏像は大剣と胸ビレの刀を八本腕でいなす。大きく振りかぶった三位の一撃によろめいたとき、腕の一本を四夜に切り落される。さらなる三位の叩き斬り、防ぐため四本の腕を使ってしまった仏像は、残りの三本腕では四体の刀すべてに対応することはできない。
「そこをっ、どけええええええええええええええええ!」
腕を全て切り落された瞬間、大剣が眉間にめり込み、仏像は縦に両断された、ところを突っ込んできたのは鬼顔の牛たちの群れ、一夜たちも三位も、角を振りかざした突進を食い止めるのが精一杯、そこを横切った大鎌を手にする死神が、百位目掛けて飛んできて――、
舌なめずりをするような笑い声は一瞬しか聞けなかった。のは、大黒柱が死神の髑髏を粉砕し地揺れを起こし、大鎌がどこかへ飛んでいったからだった。
空から降ってきたのはさっき乗り捨てたはずの神輿で、担ぎ棒が死神を貫通し、地面に突き刺さっていた。身構えたままぽかんと瞬いた百位は、すぐ隣に着地した片腕の女性に意識を奪われた。
「くく」
「こころちゃん、行こう?」
にへらと緩んだ口角は、視線が絡んだとき、鬼のように歯を剥き出しにさせ、目の前から消え、
「えやああああああああああああああああああああああ!」
突き刺さった神輿を引っこ抜いた九十九位は、その担ぎ棒で鬼顔の牛たちを、蟻を踏むように叩き潰した。神輿を片腕で振り回しあやかしを張り倒す姿こそが、どんなあやかしよりも凶暴である。その後ろ姿を、ニカッと口角を上げた三位が見つめていた。
「来たか。友のために。それで良いのだ。ぬしの力を、見せてくれ」
戦線は、中央以外は全く進めていない。九位と九十三位、そして九十九位が暴れる中央だけが進めていた。切り開いた前線を、黒甲冑の武士たちが維持する。多数の死傷者が出ている。それでも、まだ集まってくれる援軍が負傷者と入れ替わり、あやかしたちと戦ってくれた。
馬で駆けてきた伝令から、錠の準備が完了したと報告される。そのとき、あやかしの門で猛吹雪が放たれた。空気を振動させるほどの号哭を上げたのは龍で、北神があんぐりと開けた凶暴な口から飛び出す暴風雪が、翠の胴に直撃し、いくつかの鱗が削れる。さらに勢いを増した氷の竜巻は、龍を人の世から追い出し、あやかしの世へと追い込む。そのままあやかしの世を吹雪かせたとき、龍の号哭はひとつも聞こえなくなった。
後ろ足で立ち上がった北神が、吠える。その遠吠えは勝利を誇示していた。この世の覇者であると、そう、世界に知らしめるために。
「鸞様」
名をぽつり呼べば、北神がのそのそと振り返る。氷の結晶のような瞳が睨んだのは、ついに前線を突破した三人の女だった。
「神輿で引き籠るより、こっちのほうが強そうだ」
九位が反りが少ない刀を下段に構える。
「熊は婿になれんのよ。とっとと、元に戻ってもらうのよ。でなければ、菊の存在意義が無くなるのよ」
九十三位が大太刀を背後で交差させた。
「えへぇ、こころちゃんに向けた牙、へし折ってあげる」
片腕で神輿を引きずる九十九位が重心を下げた。
そして、担ぎのあやかしを従える百位は、右手の鍵を天に掲げた。
どくん、白銀の鍵が鼓動する。すれば、肩まで燃え上がっていた白銀の炎が鍵の先端へ集まりだす。光の線になり、それは槍のように伸びる。白銀に伸びた光がかたどったのは、門の鍵、そして北神を封じるための鍵であった。
「女帝一位が命じます。そこのシロクマ、頭が高いから跪かせなさい」
「「「御意」」」
北神と女帝の争いが始まった。
九十九位が北神の左前脚による引っ掻きを神輿で受け止める。踏ん張った両脚が氷の上のように滑った。左前脚に飛び乗った九十三位が下駄を凍らせながら駆け上り、
「よっ、かた」
大きく振り抜かれた大太刀が北神の顔を叩く、鉄を叩いたような音、大太刀が跳ね返される。続けて九位も斬りかかる、が、刀は凍った毛並みに弾かれ、さらに頭突きをくらった九位が吹き飛ぶ。
「ぐっ」
なんとか受け身はとれた九位だったが、右腕が刀ごと氷漬けになっていた。大太刀と神輿もかちこちに凍る。北神が左前脚で地を掬うように引っ掻けば、氷山のような槍が生え、それに九十三位が殴られる。突進をくらった九十九位も耐えきれず後ろへ飛び退き、滑りながら戻ってきた。
「よよよ、ちと、力負けしておるのよ」
凍った下駄の歯を気にする九十三位は、大太刀の刀身に入った罅に気づくと点の眉をひそめた。
「こりゃ、一発で仕留めないと駄目だな。いや、仕留めるならやりようがあるが、跪かせるのが目的だと、骨が折れる」
九位は、右腕から氷を払い落としながら眉間に皺を寄せている。
「凍った毛皮、斬れないかもしれないけど、打撃はどうかなぁ?」
首をパキポキ鳴らした九十九位がにへらと口角だけを緩めた。
「打撃か、丁度良いのがあるが……」
「よよ、あのデカブツなら取りに行かせておる」
「……なんで知ってんだよ」
「よよよ。菊に隠し事はせんことよ」
「ちっ……、おい、ひゃく……じゃなくて、一位」
ただ見守ることしかできていなかった百位は、突然呼ばれてびくりと肩を揺らした。
「な、なに?」
「次、仕掛けるとき、終わらせる。もし、それで封印に失敗するなら、おれたちは北神を殺す。だからな、絶っっっ対に、後悔しないように、気合い入れろ」
つり上がった目から放たれたのは殺気で、それに目を射抜かれたからきゅっと首が縮こまった。
「よよ。余の役目は女帝一位をお守りすることよ。帝位一位はその次よ。お主に嫌われたくないのよ。ちゃんと、ぶつかってやるのよ」
左頬だけを上げた九十三位は、槍の穂先のように尖った八重歯を見せつけてきた。なんだか首に噛みついてきそうで、首を守ろうと肩がせり上がる。
「えへ、こころちゃん、旦那さん、一発だけ殴るけど、怒らないでね?」
そんな目を見開いた半笑いで振り返らないでほしい。漏らしそうになるから。
周辺では、衛兵や黒甲冑の武士たちがあやかしと死闘を繰り広げている。北神の背後には全開になったあやかしの門があって、そこから大小様々なあやかしが這い上がってきている。北神は、あやかしの門を守るようにその場から動かない。
ずっと見られているような気がした。凍った瞳と視線が交わっているような気がした。
左手が、ぶるんとした。見下ろせば、十六夜がピンク色に染めた胸ビレで、手を握ってくれていた。一夜も、四夜も、八夜も、寄り添ってくれている。
「わかった。みんなの力、わたしに貸して」
右手に籠めた力に、白銀の炎は揺らめきで呼応する。
最後の戦いの始まりを告げたのは、どこまでも響く奥ゆかな裏声だった。
常人には出せないほど高音であり、均等な間隔で上下に揺れる裏声は、黒甲冑の武士たちの姿勢を低くさせた。それは、反撃開始の合図であり、衝撃の一手を待てという菊の伝令でもあった。
門広間正門前、青子は自慢の歌声を披露している。北神は異様な雰囲気を警戒してか、牙の隙間から真っ白な冷気を吐き始める。肺一杯に空気を吸い込むように後ろに重心をずらし始めた北神は、左右から迫った地響きに顔を揺らした。
駆けるは巨大な赤鬼と青鬼。あやかしたちを踏み潰しながら門広間の防壁を沿うようにどすんどすんと走る。やがて進路を変えた鬼は、一直線に北神へ立ち向かう。
凶暴な口から吹雪が漏れる。右の青鬼に顔を向けた北神が、牙を剥き出しに――、
「よっ!」
凶暴な口が開かれる直前、黒髪をなびかせた菊の女が、大太刀を凍った瞳に突き刺す。毛皮ほどの強度が無かったらしい氷の瞳に、大太刀の先端が食いこむ。刀身が折れ、刃先だけが目に残った。折れた大太刀を手放した菊の女を左前脚で追い払ったとき、猛吹雪が放たれた。
狙いが僅かに逸れ、暴風雪は青鬼の右腕だけを奪った。青鬼は体勢を崩すも足は止めない。そのまま体当たりしたのは、開かれていた朽ちかけの門で――、
鬼が、地鳴りのような轟きを腹から叫べば、鬼よりも巨大な門が軋みながら閉まり始める。それを阻止しようと北神がまた吹雪を溜め込み――、
「うらあ!」
赤髪の女が叩いたのは、北神の左目ではなく、凍って折れていた大太刀の先端で、反りが少ない刀の峰に押された刃は、氷の瞳を砕く。
悶えた北神は闇雲に暴風雪を放つ。防壁が抉れ、あやかしの群れが砕け、間一髪で躱した赤髪の女は長かった髪を短くした。そして左目を失った北神は、門広間正門への視界を失う。
鉄門の前、汗だくでへばる赤子の真後ろには、黒光りする巨大な鉄筒があった。車輪付きで一馬身ほどの長さがある鉄筒は、人の頭がすっぽり入るほどの空洞を空けている。その後ろには、松明を握り締める黄子の姿があった。鉄筒の先端が向くのは、北神――、
北神が鉄筒に気づくとき、鉄筒は爆発した。
火薬の燃焼で発生した力に押し出されるのは、巨大な鉄の玉。風を切りながら戦列を飛び越えた鉄玉を受け止めたのは凍てつく鼻先――、
顔面の氷柱が飛び散るほどの衝撃によろけた北神の足元に、抜刀体勢の武士が居た。
妖刀の居合斬りは目で追えない。音も無く、空間が歪む。歯を食いしばった北神が、凍ったように動きを止めたとき、地から迫るのは大黒柱で、
「頭がったっかあああああああああああああああああああい!」
片腕の女が振り抜いた神輿の担ぎ棒が氷柱を垂らす顎を粉砕、北神は二足立ちになるまで仰け反る。へし折れた担ぎ棒が宙を舞う。鬼の気合いが朽ちかけの門を閉じる。北神が門の上に仰向けで倒れる。舞い上がった呪符の群れが青白く燃えた。
呪符から発射された半透明の鎖が朽ちかけの門と北神に何重にも巻きつく。悶えながら唸った北神の胸に現れた鍵穴を、待ち焦がれていた少女が居た。
「みんなっ、いくわよ!」
ぶるぶるの弾力と共に飛び上がったのは、濃藍の髪を伸ばす、白寝巻一枚の少女。四体の白くてふにゃってそうでのっぺらなあやかしと一緒に北神を空から見下ろす。その右手に握る鍵の輝きが、北神を白銀に染め上げた。
咆哮を上げた北神が四肢を暴れさす。鎖が一本、二本、千切れる。少女の願いが、担ぎ手のあやかしを従わせた。
ぷるん、ぶるん、揺れた胴は純白の刀身に姿を変える。少女の背丈の倍はある両刃の大剣が、音の速さを超えたとき、北神の四肢を純白の大剣が貫通した。朽ちかけの門に磔にされた北神は、それでも足掻き、凶暴な口をあんぐりと開け、
白銀の鍵と暴風雪がぶつかった。
「ぬうううううううううううううううっ!」
自由落下していたはずの体が静止した。視界が吹雪で埋まる。伸ばした右腕を左手で支える。暴風雪が下から押し返してくる。槍のように伸びた白銀の鍵が暴風雪を分散させる。氷竜巻の中心にいる。猛吹雪の向かい風に袖が凍る。白む睫毛を生やす瞼を開けていられない。耳に氷が押し当てられている。足先の感覚が消えていく。凍てつく空気が肺から体温を盗んでいく。
冷たい。寒い。あの日より、寒い。泣き叫ぶ声が聞こえる。幼い自分の声。泣き叫ぶ声が聞こえる。お母さんの声。いろんな人の悲しみが聞こえる。主への忠誠が空回りした声、忠誠に応えられなかった声、過去に蝕まれる声、過去に寄り添えない声、自分に無い才能を求める声、家族のため友達を裏切った声、背負った重荷に潰された声、たくさん、たくさん聞こえる。
たくさんの悲しみ、苦しみ、妬み、辛み、それに生かされている。悔しくて、取り返したくて、怒りが、みんなを突き動かしている。誰も、諦めなかった。諦められなかった。どうしてできないのだ、どうして手に入れられないのだ、どうして失った手はいつまでも空なのだ。そこにある。すぐそこにいる。すぐそばにある。どんなに身を凍らせたとしても、握りたいものが、失いたくものが、守りたいものが、そこにっ、あるっ!
「こぉんのっ! ばっかあああああああああああああああああああああああああ!」
体の中に宿る大事なものが溢れ、それは声となり、熱となり、光となり、白銀の鍵に刻まれた何百年と続く誰かを想う心が、吹雪の中心に春の息吹を与える。
桜を咲かせる想いを、あなたに。
「わたしっ、あんたのことっ、好きだからあああああああああああああああああ!」
白銀が暴風雪を貫く。さらに荒れる猛吹雪が行く手を阻む。だが、たくさんの温かみに満たされてきた知らない女性たちが背を押してくれる。
一人だけ、人間じゃなかった。獣みたいな大きな耳と尻尾があった。表情はわからない。けど、きっと、お母さんのように微笑んでくれていると思った。
暴風雪の中心が雪解けのように晴れる。鍵を握る右手が前に進む。まだ、諦めていない。それは、あやかしだってそうで、
閉まったはずの朽ちかけの門が僅かに開けば、獰猛な長い口に女髪の髭をなびかせる翠色のそいつが、ずらりと並ぶ牙を剥き出しにしていた。北神の頭上でがぱっと開いた咽頭から、電光石火の雷が飛び出し、それが暴風雪に雷鳴を轟かせ、凶悪な天変地異と化けさせる。
また押し返されそうになった。でも、負けられない、負けたくない!
人が、どんな天変地異も乗り越えてこられたのは、胸に鼓動する、大切なものがあるから!
だからこそ、受け継がれてきた愛情は、天変地異には止められない!
わたしの春は、ここにある!
「うりゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
稲妻が駆け回っていた吹雪をくぐり抜けた。
雪山にあった錠に、鍵は刺さる。
彼の心に触れられたような気がする。
わたしの心で。
「らんさま、すき」
右に捻る。
鎖が、巻きつく。
僅かに開いていた門が問答無用で強制閉門し、龍の首が千切れる。
曇天ごと吹雪が晴れ、星空に浮かぶまんまるな満月の明かりが帝都を照らしたとき、無数のあやかしたちは悲鳴も上げられずに散った。
「「「「「えい、えい、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
勝利の雄叫びが帝都を揺らす。
歓喜の中心で、こころは寝息をたてる鸞の頬を撫でた。
なんだか子供の寝顔みたいだ。無垢な、男の子の顔だ。
でも、誰よりも一途に守ってくれる頼もしさがある。
すやすやと眠る唇に口づけをして、ヒノキの香りに包まれれば、春の夢の中へと誘われる。
ずっと探していた体温が、末端まで冷え切った体には熱い。
白銀に輝く鍵を、胸に抱く。
もう、寒くない。
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