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第九話 六

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 女帝九十一から百位が住まう屋敷への道中、馬小屋がある。そこから道を外れれば、のんびり流れる小川がある。それは、帝都内の堀を満たす水を入れ替えるための排水路だ。そして、小川の一角に、朽ちかけた看板がある。

『遊戯禁止。ここより深し』

 その看板を挟む形で睨み合う人影があった。

 一つは白髪の男性、帝位二位。月明りすら無く、流れる水と地面の境界すら認識できない夜の中、帝位二位はぽつりと呟く。

「解せんかったのは、魏」

 帝位二位が暗闇でも捉えている人影が、肩を跳ねさす。

「魏で騒ぎを起こしたのは、宣戦布告、か? 皇帝への、五十年ごしの、な」

 帝位二位は、袖から取り出した呪符に火を点けた。それは、帝位四位がよく使う篝火の呪符だ。

 夜に紛れるための漆黒の着物が露わになる。

「そして食事会の、毒。蛇を忍ばせたのは九十九位、だが、想定外の事態が起きた、な。五位が百位に絡んだ、な。計画の下準備は、百位を始末するまで、だな。女帝一位の器を秘める、百位、を。まだ勘づかれたく、なかった。だから、まっさきに飛び出した、な?」

 篝火の呪符がごうっと燃え上がる。

 いつも強調するように大胆に開けていた胸元は、しっかりと襟で隠されている。

 顎をずらすように顔を歪めているのは、目尻にほくろがある黒髪の女――、


 女帝十位。


「あやかしが外にいることは隠し、たい。五位に感づかれる前に蛇を回収、ひとまず百位の始末は、先送り。だが、目立つ動きをしてしまう、から、念のため自分の食事に毒を仕込み、百位に与え、騒ぎで己の動きを有耶無耶にしようと、した」

 ふふっ、と吹き出した女帝十位は、唇からはみ出た歯を隠すこともせず、天を見上げるように、あははははっと高笑いを始める。

「やだわぁ。ずっと順調だったのよ? 誰にも悟られず、ほんとに順調だったの。怖いくらいにね。でも、あんの、底辺の下女が、余計なことするから。あとは小娘を殺して、全部、菊の下女に擦り付けて、一番厄介な菊の女を追い出して、下準備は完了だったのに。困ったものねぇ。最底辺の成り上がりなんて、予想外だったのよ」

 女帝十位は、両の手のひらを天に向け肩をすくめる。

「あの帝位のなり損ない、もうちょっと我慢してくれたら、お姫様のことあげたのに。で、奴隷として残した人間の王様にさせてあげるって言ったのに。ほんっと人間って、頭でかいわりに、頭悪いわ」

 ニタリとにやけた女帝十位は、首を真横に折り曲げる。顎がパカパカと開閉した。

「これで終わり、だ。消えろ」

 女帝十位の足元から突き出した妖刀が、折り曲がった首を狙って振り抜け――、
 なかった。

 妖刀を阻んだのは女帝十位の右肘で、切れた着物から露出した木肌に貼りついているのは、琥珀色の石だった。

「オウヒニカンシャ」

 琥珀石から放たれた衝撃波は、周辺の木々をへし折るほどの威力があり、朽ちかけた看板が木っ端みじんに吹き飛び、帝位二位も堪らず吹き飛ばされた。

 妖刀の形が一瞬崩れたとき、着物と皮を脱ぎ捨てた木製の人形が、小川に飛び込んだ。

 右耳から顔面に罅を入れたままの人形は、底に突き刺さっていた金の簪を殴る。

 底に罅が入る。

 小川の一ヶ所だけ深い底は、一面が琥珀色だった。

 琥珀が割れる。

 はち切れそうになるまで詰め込まれた霊力が、噴出した。

 曇天の夜空へ飛び出した霊力の塊は、太陽のように帝都を照らし、予め指示されていた目標を探した。
 目標を捉えた霊力は、無数の光線となって、帝都、そして周辺の都に降り注いだ。

 人間を蒸発させる熱線が、帝都をなぞる。屋敷が倒壊し、衛兵の詰所が消え、都のあちこちで商店や民家が宙を舞う。帝都を含む都は、一瞬で火の海と化す。
 夢から叩き起こされた人々は、誰もがこれは夢だと考えた。
 そして一発の熱線が、帝都中心の結界を容易く貫通し、あやかしの門に直撃した。人の世とあやかしの世を断ち切っていたはずの門が、向こう側から開く。
 待機していたはずの帝都守備隊の半数は、夢から覚めることなく塵にすらなれなかった。

 あやかしの門をくぐってきたそれを見上げた見回りの衛兵は、龍、とだけ残して肉片になった。
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