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第五話 七

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 先行する馬車には百位の下女らが乗っている。肝心の百位は左の担ぎ棒に腰かけていた。

 斜陽に照らされる馬小屋からヒヒンと泣き声が聞こえ、木々がざわざわと葉を揺らす。
 帝位五位は、昨晩の争いから落ち着いた百位らを屋敷まで送り届けていた。なぜか百位は神輿に乗りたがった。それは拒否したが、十六夜が勝手に百位を担ぎ棒に座らせてしまった。まあ、そこなら良いか、と許せばそのまま神輿はゆっくり動き始めた。
 なにか話があるのかと思ったが、百位はずっと黄昏れる空を眺めるだけ。昨晩はあまり眠れなかったのか、時折うつらうつらと頭を揺らす。担ぎ棒から落ちないか気になって仕方なかった。

「ねえ」

 百位が首を傾げながら神輿の中を覗き込んでいた。それを、頬肘をつきながら見返す。

「なんだ」
「あの鍵って、もしかして、門の鍵なの?」
「他言はするな」
「なんで、持ってるの?」
「……この帝都、この神輿の中が一番安全だからだ。常時、一夜たちが守ってくれるからな」
「ふうん」

 ――できれば、こんな物騒な鍵、持ち運びたくはないがな。

「ねえ」
「なんだ」
「なんで、あやかしがあんなにいたの?」

 疑問に思うのが当然だった。誰もが敵を甘く見ていた。門から漏れたのは霊の類だけ。そう考えていたから百位を協力者に選んだ。霊のあやかしは、物理的な攻撃を仕掛けてくることは無い。呪符一枚あれば素人でも退治できる。それがまさか、女帝の霊力をたらふく食べたあやかしが待ち受けていた。考えを、改めなければならない。

「まだなんとも言えん。あのあやかしらを引っ張ってくるには門を開けねばならん。そんなこと、不可能のはず。さらに長期間潜伏までしていた。最低でも、そなたを虐げ始めた時期、冬か春だったか。そこからは確実にこの帝都に隠れていた。理解できん。誰も気づかんとはな」
「ふうん」

 ――そうだ、おかしい。三位や俺はまだしも、十六夜も、四位も、二位も気づいていない。特にあの人形、ずっと下女に紛れていたはず。いや、十一位の霊力に隠れていたのか? それか、帝位の視界に入らぬように動いたか。三位は、全身を布で隠す怪しい奴だった、とは言っていたが、記憶にそんな下女は思い当たらない。やはり、必要なとき以外は潜伏していたか。

「ねえ」
「……なんだ」
「次は、なにしたらいいの?」

 五位はいくつか瞬いた。それから、百位の顔をまじまじと眺めた。

 斜陽に照らされる百位はまだ血色が悪く、隈だってある。それでも、斜陽すら跳ね返す黄金の瞳には芯があった。とても、この神輿の中で泣きじゃくった少女と同一人物には思えない。

 ふと蘇った右腕の感触は、不安になるほどに細かった華奢な胴と、鼓動を感じるほどに熱い体温と――、

「ねえってば、聞いてる?」
「……泣き虫のくせに、まだ戦うのか?」
「べ、べつに、た、たまには泣くわよっ、わたしだって」

 怖かったから、と唇を尖らせた百位は、年相応のあどけない少女だ。それゆえ、胸に疑問が残る。

「これで理解しただろう? いかに、危険かと。間に合ったからよかったものの、一つ違えば最悪の結果だったぞ」
「……誰かがやらなきゃ、だめなんでしょ?」
「……そうだ」
「誰かが戦わなきゃ、誰かが傷つくでしょ?」
「……」
「じゃあ、わたしがやる」

 百位は遠くを見やった。暮れ空の奥に待ち人が居るように。

「正直に言えば、これ以上、危険に巻き込みたくない。今回も少々読みが甘かった。あれほど強力なあやかしが人の世に出てきているとは予想していなかった。だが、協力者が欲しいのも事実。ゆえ、そなたの申し出はありがたい反面、迷いが俺にはある」

 まだ唇を尖らせたままの百位が振り返る。

「じゃあ、もし、危ないことがあったら、また、助けに来てくれる?」
「ん? それは、もちろん、そうするが」
「そっ! ありがとっ!」

 ニカッと顔全体を緩めた笑顔は、子供のように無垢な笑みだった。

 初めて見られた百位の笑顔を、五位は自分の意思とは関係なく、二つの小さな夕陽に刻み込んでいた。
 にひひと笑う顔は気品なんて微塵も無かったが、彼女に相応しい無邪気さが似合っている。

 どこにでも居そうな少女の笑顔から目を逸らせないのが不思議だった。
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