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第五話 二

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 かこん、庭園のどこかでししおどしが鳴れば、百位は溜息を吐きながらうなだれた。

「それで、なんであんなこと聞いたのよ」
「む? 仕方あるまい。九十九位は俺様との見合いよりも、ぬしのことを気にかけていたからの。腹を割って話す。友人なら、せねばなるまい」

 ひとしきり泣きじゃくった九十九位は、外の空気を吸って落ち着いてくると言って庭園へと赴いた。茶室に三位と二人きりになる。三位はヌフフと微笑んでいた。

「まあ、イイケド。で? 十一位様とは会えるのよね?」
「うむ。手筈は整えておる。だが、夕刻までは待て。名目は、この見合いの延長という話で食事に呼んである。俺様と、ぬしと九十九位、そして十一位。四人で食事を囲むぞ。九十九位は商会の娘、十一位は財務大臣の孫、なに、金の話でもどうかと誘っただけだ」
「そう、ククに迷惑かけるわね」

 十一位と会うのは自分だけだと思っていたが、九十九位も同席するのか。はて、精神的に大丈夫だろうか。

「しかし、ぬしも危険に飛び込むの。五位の奴、渋い顔で頼んできおったわ」

 三位は片眉を上げながら肩をすくめた。危険。なるべく意識しないようにしてきた言葉に鼓動が加速する。

「……わたしは当事者だから。自分で解決しろって、最初に言ったのはあいつよ」

 下女らを九十三位に仕向けてからすでに二週が過ぎている。日中、外に居れば汗ばむくらいには太陽も元気になってきた。重ね着する着物も裏地の無い薄いものに変えてはいるが、もう外だと暑苦しい。この時期の帝都は嫌いだ。

 五位に九十三位のことを報告したあとに十一位に会わせてくれとお願いした。五位は、かなり渋っていた。それもそうだろう。九十三位の様子を見る限り、十一位との間でなにかがあったのは明白だ。ひとまず虐げは終わったのだからあとは任せておけば良い、と文伝いに言われたが、真実を確かめたい。九十三位を見かけるたびに雰囲気を暗くする傷だらけの下女三人が、気になって仕方なかった。

 三位がふうむと鼻穴をふくらます。

「俺様も事の成り行きは五位から聞いておるが、もし仮に九十三位を惑わしたなにかが実在するのであれば、百位、ぬしにそれを防ぐ術は無いぞ。菊の娘でも敵わなかったのなら、農民は足掻くだけ無駄だ」
「……菊の娘って、そんなにすごいの?」
「はっ、この世で一番、敵に回したくない女よ。奴も女帝の間は平穏な日々を送っていたからな。もしや、気が緩んでいたのかもな。菊と女、両立は難しいのだろう」

 なんだか世間の認識と自分の認識がすれているような感覚だ。農民だったせいで帝都のことや内部事情というものを知らない。下女らを九十三位に差し向けたことを五位に伝えれば、そなたは自殺志願者か、とまで文に書かれた。第一印象は気弱なお嬢様だった。配下の首を刎ねようとしたあたり野蛮な性格かとも思ったが、あのとき、黒猫とじゃれながら饅頭を頬張るあの姿は、近所の女の子ぐらいにしか思わなかった。

 あれは、猫をかぶっていたのだろうか。

 そんなことをぼんやり考えていると、九十九位が戻ってきた。まだ泣き腫らした目の九十九位は、お客様が来ていると口にした。



 九十九位に三位の相手を任せ、茶室を出る。庭園の草花を眺めながらしばし歩けば、それがあった。
 金ピカの神輿は、緑と水の庭園には異質だった。

「少しは肥えたか? 百位」
「ふん、おかげさまでね」

 ぷるんぶるんっと震えた担ぎ手のあやかしが担ぐ神輿の中で微笑するは帝位五位。頬杖をつく五位は、夕陽の瞳を隠してはいなかった。じろり、つむじから足先まで視線が這う。

「ふむ、まだまだ栄養が足りんな」
「じゃ、あんたの好みに合わせたくないからこれ以上は食べないようにするわ」
「ふっ、そうツンケンするな。俺はなにもしていないだろう」
「どうかしらね」

 恥ずかしい記憶のせいで頬が熱くなった。反射的に腕を組んで神輿から顔を逸らしてしまう。

「歩きながら話そう」

 ゆっくりと進みだした神輿の横に、百位は唇を尖らせながら並ぶ。神輿の箱には覗き窓があるようで、それを開けた五位は、頬杖をつきながら見下ろしてきた。

「そなた、いつから三位の言いなりになったのだ」
「……なんの話よ」
「九十三位の話だ。俺に断りなく独断で行動したな」
「自分で解決しろって言ったくせに。わたしにもわたしなりの信念があるの」
「そなた、理解していないな。俺たちがなにをしているのか」

 五位の声音が鋭くなる。ちらりと見えた五位の目線も鋭かった。ぞくりと背筋が緊張する。

「……いるのかわからない裏切り者を探すんでしょ?」
「それは過程だ。大事なのは、裏切り者を見つけた先になにがあるかだ」
「どういう意味よ」
「では、言い方を変えよう。裏切り者がいたとする。そやつは、なにを企んでいるか?」

 この帝都で他人を欺く。その理由は一つしかないはず。

「貴族のいざこざでしょ? 地位とか、お金とか。皇帝もお歳だし、次期皇帝とその配下の席を狙ってるとかでしょ? だって、九十三位様も十一位様も宮殿の関係者だし。やっぱそういうことじゃないの?」

 五位は頬杖をついたまま視線を流してくる。そんなに変なことは言ってないと思うが。

「……そうだな。まあ、その線が無いことも無い。だが今回は特殊だ。そう単純な話であるかは微妙なのだ」
「……なんで?」
「あやかしだ」
「あやかし?」
「裏切り者というのは、わかりやすくするための例えだ。正確に言えば、裏切り者は裏切り者である自覚が無いかもしれん。この意味はわかるか?」

 しばし考えてみる。ここ一連の騒動、三位や五位が語ったこと、自分で気づけなかった霊のあやかし。それらから想像できることは、

「えっと、本人は気づかないだけで、あやかしに操られているかもってこと?」
「そういうことだ」

 悪意なんて無くても知らずのうちに裏切り者になっているかもしれない。ある日、いきなり疑われて自覚の無いことで裁かれたりなんてされたら……。想像するだけで胸が詰まる。

「でも、それだとあやかしを操っている人がいるのよね。怪しいのは帝位、なら、あんたもわたしからすれば変質者だし、近寄んないでくれる?」

 五位が眉をひそめる。

「酷い言われようだ」
「冗談よ」
「……冗談はさておき、俺が帝位を怪しんでいるのは事実だ。だが、それはあやかしに惑わされているという意味で怪しんでいるだけで、敵、というわけではない。敵は、あやかしを操るもの、そやつだ」

 帝位があやかしを操っているわけではない。なら、

「じゃ、誰があやかしを操っているのよ」
「門の向こう側に存在するなにか」
「門? ……それって」
「敵の狙いはおそらく、門の鍵」

 五位は神輿の覗き窓を閉めた。それは、会話はここまでだという意味だと悟った。それに強い拒絶を感じ、方向転換する神輿を見送ることしかできなかった。

「百位。敵は人間ではなくあやかしだ。そなたの協力は、俺に必要だ。だが、あまり勝手な行動をしすぎるな。俺の指示に従え。深みにはまれば、そなたは」

 喰い殺されるぞ。

 耳の奥に蘇ったのは老婆の叫び。夏の日差しで温くなった風が汗で湿った装束を急速に冷やす。

「それと百位。十一位について少し調べた。どうやら十一位は普段、部屋に引きこもっているようだ。なにかしら、行事が無ければ部屋からは出てこない。だが、俺も顔見知り程度でしかないが、十一位はあまり引きこもるような性格ではない。むしろ逆だ。俺も常にそなたを見張れるわけではない。気をつけろ。くれぐれも、深入りしないことだ」

 庭園の雰囲気を壊す金ピカの神輿が遠くなっていく。一人取り残された百位は、かこん、と鳴ったししおどしに息を詰まらせた。



 振り返っても、誰も居ない。



 茶室に戻れば三位と九十九位は雑談をしていた。商人の競争について九十九位が熱心に語っている。大量に安く仕入れ、商品の宣伝には付加価値で客の目を引き、集団心理を利用して購買意欲に火をつける。九十九位は穏やかな人物ではあるが、商人の娘ということもあってか商売のことになると本気になることがある。九十九位の商会は様々な分野に手を出していて、物販や輸送、宿屋、さらには料亭など、帝都周辺の商いは二割から三割ほど牛耳っている。三位も勝負事には興味があり、間接的な戦いを経験したことが無いらしい三位は、熱く語られる商売に夢中になっていた。

 ――邪魔しないほうがいいわね。

 と茶室の様子を窺った百位は、見合いの時間が終わる頃合いまで庭園で暇を潰すことにした。庭園は見合いのためか三位が貸し切っているらしく、煮詰まった胸中を落ち着かせるのにちょうど良い静けさだ。
 舞うアゲハ蝶をぼけっと眺めていると九十九位が呼びに来た。見合いは終わり。陽が暮れる頃に帝位の屋敷に来いとのこと。九十九位と庭園で時間を潰す。九十九位は三位のことを、見かけほど怖い人ではなかった、と頬を緩めた。
 陽暮れに庭園の外で待機していた馬車に乗る。九十九位が用意してくれた馬車だ。芦毛の馬が珍しい。九十九位の商会は、他との差別化のため芦毛の馬を揃えるとか。庭園の外で待機していた九十九位の下女ら、そして自分の下女、九十三位の元下女らも付き添い、一行は帝位の屋敷に向かった。
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