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第四話 二

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 女帝百位はすっぴんのまま遠い目をしていた。
 
 朝っぱらから自室にやって来て枕元に仁王立ちしていた男が、心底嫌だと思ったからだ。

 寝ぼけ眼で男に気づいたとき、声にならない悲鳴を上げた。金髪に日焼け肌、自身満々な白い歯、額の傷、見せびらかされる胸筋。
 突然押しかけて来たのは帝位三位、鬼を従える男だった。
 百位は寝具に腰かけたまま顔も洗えず、馬鹿みたいにでかい声を至近距離で浴びていた。

「と、ここまでの話が、昨晩の会合よ」
「そ、そうですか……。なぜそれをわたしに」

 いきなりガハハと唾を飛ばしながらやって来て寝起き関係無しに聞かされたのは、まあ、聞かないほうが幸せにいられたであろう裏の話だった。どうやら帝位五位は、一連の騒動の仮説を帝位らに語ったようで、あの男の見立てはかなり飛躍した話にも思えた。

 虐げの騒動では、誰も嘘を吐いていない。

 そして帝位の誰かが、裏切った。

 無茶苦茶だ。

「なんだ? 聞いておらんかったか? ぬし以外に信用できる女帝がおらんのだ」
「いえ、その、そもそもわたしが信用される理由がいまいち」

 五位にしろ、目の前に居る三位にしろ、なんでもかんでも喋りすぎではないか。もし、自分が悪者だったらどうするつもりだ。と百位は頭で悩む。
 三位は腕を組むと、ふむ、と太い眉を上げた。

「ぬし、頭、悪いか?」
「うっさいわね」

 あからさまに不快であることを態度に出せば、三位はドハッと吹き出した。ゲラゲラと腹を抱え、言い過ぎた、と笑いを堪えながら言う。

「すまんすまん、冗談だ。形だけの態度より、普段のぬしで接してほしい。そのほうが話しやすいからな」
「あっそ。で、なんでわたしが信用されるの?」

 ニッとにやけた三位は、顎を左手で左右にさすりながら答える。

「確定であやかしに憑かれていないのが、ぬしだけだからだ」
「……あやかしに憑かれていないだけで、敵かもしれないけど?」
「なら、九十三位の下女は亡き者にしたほうが、都合がよかったであろう」

 雷雨に降られる九十三位の顔が頭に浮かぶ。

「……そうかもね。五位もそうだけど、あんたも、わたしになにさせたいのよ」

 三位がにやけていた頬を下げた。

「裏切り者を探す。協力してくれ」
「…………えっと、裏切り者がいる根拠は?」
「ぬし、門について、どこまで知っておる?」

 門。帝都で門と言うならば、あやかしの門のことを指す。帝都中心にある朽ちた門は地面に横たわっている。あやかしの世界は帝都の地下に存在し、門は人の世とあやかしの世を繋ぐ一本道を塞いでいる。門は厳重に管理され、あやかしは通れない特殊な塀で囲み、門がある広間には限られた人間しか出入りが許されない。
 それは帝都での常識である。

「別に。詳しくは知らない。たぶん、みんなと同じ認識しかしてないわよ」
「では、門の鍵はどこまで知っておる?」
「え? 鍵?」

 門を施錠するための鍵は、帝位一位が手にすれば真の力を発揮し、あやかしを強く封じることができる。なんでも愛ある夫婦にしか管理することができず、現在一位の席は空白である。

「鍵は鍵でしょ? 鍵が選んだ帝位が一位になるのよね」

 三位は舌を鳴らした。舌打ちではなく、迷っているような様子だ。三位は、声量を極端に小さくした。

「門の鍵はな、あやかしだ。そして、鍵が選ぶのは帝位ではない。女帝だ」
「…………は?」

 時が止まったかと思った。いま、なんて。

「皮肉な話だが、あやかしから人の世を守っているのもあやかしなのだ。だが、あやかしはな、人の世ではそう長く生きられぬ。それは、あやかしは霊力が無ければ、人で言うところの窒息状態になるからだ。人の世に霊力は本来なら存在していない。だが、唯一存在するところがある。それは、帝位と女帝の体内だ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 頭の回転が追いつかない。だが、三位は最後まで聞け、と話を止めない。

「ぬし、女帝の位、不思議に感じたことはないか? 女帝の位はの、霊力が強い順に並んでおるのだ。女帝の偉さはな、家柄や美しさではない。どれだけ体に濃い霊力の血が流れているか、だ。そして厄介なことに、門の鍵はあやかしで、存在するのは人の世。つまり、門の鍵もいずれは窒息し、滅びる。ゆえ、門の鍵を生かすためには霊力を与えなければならん。その役目を担うのが、女帝一位、鍵が選ぶ女帝だ」

 それで菊一族の娘が九十三位なのか。となると、百位である自分は、女帝の中で最弱、ということになる。

「伝統の婚活も、始めは人数が少なかった女帝のために百人の男を集めたことがきっかけらしいぞ。元々はな、霊力を継いだ女が男に恋するための婚活だった。血が広がり、いつからか、逆になったようだがな。霊力を継ぐのはほとんどが女であったが、稀に男も継いだ。門の鍵は、男はなぜか選ばん。その代わり、男は門から引っ張ってきたあやかしを、自分の霊力を餌に従わせることができた。それが帝位、と呼ばれるようになったわけだ」

 つまりだ、と三位はようやく話を締めにかかる。

「五位は、帝位に裏切りがいると考えた。それは、門からあやかしを生きたまま引っ張って来れるのはな、帝位と女帝だけ、だからだ。そして、門広間へ出入りできるのは帝位だけ。何者かが、門からあやかしを引っ張り、それをぬしに憑かせた。これだけは事実だ。そしてぬしの虐げの関係者、女帝九十三位と女帝十一位。どちらかもあやかしに憑かれ、操られている可能性がある、というわけよ。ぬし、心当たりは?」

 五位と見合いをしたあの日を思い起こした。まだ鼓膜に呪いの叫びが残っている。忘れたくても忘れられない。まさに呪いだ。あのときは精神的にも追い詰められていたし、疲労も相まっての幻覚か夢だと考えるようにしてきた。  
認めるべきだ。あれは現実で、自分はあやかしに憑かれていたと。

 でも、いつ、誰が。

「……わからない。気づかなかった。でも、わたしにあやかしを憑かせたのは帝位じゃない。だって、帝位と話したのだって、あの日、五位様が初めてだったし」

 三位が額の傷に皺を寄せる。

「ふむ。あやかしは、霊力が無い人間でも、憑けば少しばかり生き永らえるらしい。よって、ぬしに関わる全ての人間が、怪しいというわけだ」

 いつか五位も言っていた。関わる人間全てを疑え、と。その意味が、ここまでの話にあるのだろう。

「そ、そう。ちょっとまだ混乱してるけど、なんとなく、わかったと思う。それで、どうやって裏切り者を見つけるの? そもそもあんたは信用できるの?」

 問えば、三位は鼻で笑う。

「俺様が正しいのはこの世の真理だ。ゆえ、俺様は信用せなばならん!」

 ガッハッハッと豪快に笑う。こいつは頭が悪いのかもしれない。

「……で、わたしはなにをしたらいいのよ」
「お、協力するのか。正しき選択だ。まずはこれを受け取れ」

 三位が差し出したのは紙の札だ。三枚受け取った。赤黒くて読めない文字が連なっている。

「なにこれ」
「呪符だ。聞いたことくらいはあるだろう」

 呪符。なんでも、雷を落としたり、炎を吹かしたり、摩訶不思議な現象を任意の場所に発動させることができる。と、そんな胡散臭い代物だ。

「作り話かと思ってたわ。ほんとにあったの」
「四位の血で文字を記せばそれが具現化するのだ。霊力の力だろう」
「へえ……、え、これ、血文字なの!?」

 ゾッとして身が引けた。そんなおぞましいものを渡さないでほしい。

「この呪符はな、霊力を持つ人間に貼り付ければ瞬間的に霊力を暴走させられる。人間には、まあ気絶するだけで悪影響は無いが、もしあやかしが憑いていれば、霊力が暴走した反動であやかしが弾かれるのだ。あやかしは霊力が無ければ長くは生きれん。ましてや、霊の類ならすぐに死すだろう。あやかしを弾いたら、すぐに逃げい。ぬしの役目は、憑かれた女帝を救うことだ」

 では、と三位は背を向けて部屋を出ようとする。朝からいろんなことを語られたあげく、たった三枚の呪符で女帝を救え? やや強引すぎる。

「ね、ねえ! 憑かれた女帝って、どう見分けたらいいのよ!」
「うむ? 俺様は憑かれた人間を知らぬものでな。自分で考え。五位か四位なら助言をくれるだろう。俺様が知っているのは、憑いたあやかしは宿主を幻覚や幻聴で惑わすそうだ。言動か様子が変な女帝に貼り付けてみろ。それと、呪符は文字を書いていない裏面を対象に貼り付ければ発動する。布越しでも構わん。もちろん、ぬしにも効果があるからな、持ち歩くときは留意しろ。ではな」

 三位はガハハと笑いながら出ていった。騒ぐだけ騒いで置いていったのは面倒ごと。
 言動や様子が変な女帝に貼り付ける。

 ふと眉が点の女帝を思い起こしたが、あれは変なのだろうか。
 呪符は三枚ある。これを託してきたということは、虐げの騒動に関わった女帝を探れという暗示だろうか。

 気が重くなった百位は寝具に寝転んだ。天井の顔みたいな染みは、進むべき道を教えてはくれなかった。
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