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第四話 一
しおりを挟む雷雨の日から七つの太陽が沈んだ。帝都中心部に一際大きな屋敷がある。帝位が暮らす屋敷だ。この屋敷、新築である。それもそのはず。室内でも神輿に乗る迷惑な男が居るため、通常の間取りだとなにかと不便なのだ。それは迷惑な男、帝位五位本人が感じたことであり、はたまた同じ屋根の下で暮らす他の帝位らも同様のことを感じた。そこで帝位同士で金と人間を出し合って急ぎ建てられたのが、いま帝位が暮らしている屋敷である。去年の夏終わりから施工が始まり、完成したのは先月だ。廊下は神輿がその場で転回できるほど広く、部屋も普通二部屋に分けるところを一部屋にした。天井も真上に見上げるほど高く、住むだけにはゆとりがありすぎる屋敷になってしまった。かなり急いた建築になったものの、帝位三位が従える鬼のあやかしが資材の搬入や施工を手伝ったため、規模のわりには早期完成となった。
まだ新鮮な木材と仕入れたばかりの畳の香りが漂う食事用の部屋に集ったのは帝位たち。食事中、帝位たちは下女が部屋に居ることを嫌うため、この時間だけは帝位だけの空間になる。畳に置かれた神輿の正面に物静かな帝位二位が、神輿から右前に存在が騒がしい三位、神輿から左前にお淑やかな四位が座る。食事を載せた膳を神輿の床に置き、漬物をポリポリと噛む五位に、すでに食事を終えた三位が声をかけた。
「それで、五位。最近、ずいぶん熱が入っておるではないか?」
三位は胡坐をかきながら腕を組んでいる。自信に満ち溢れたどや顔だった。
「なんの話か」
素っ気なく返せば、三位はガハハッと顔を天井に向けながら笑った。
「女の話よ。いやはや、まさか最底辺と絡むとは、さすがに想像できんもんでな。どのような感じなのだ? 聞かせい」
「どうこう言う話でもない。少しばかりの協力者だ」
「その話、僕も気になりますよ、五位。聞きましたよ。あの子に名前、貸したとか。いやあ、すごいなぁ」
口を挟んできたのは四位だった。正座をしながら顔をほころばせる四位は、膳を神輿の担ぎ棒に載せている。高さがちょうど良いだとか。垂れ気味の目で若苗色の瞳が興味津々と輝いている。
「必要と考えたゆえ、貸したまでだ。私利私欲に使うことは許していない。おかげか、難は逃れたようだがな」
「俺様もその話、耳に入れたが、たまげたぞ。あの菊の娘に宣戦布告したのであろう? いやはや、見た目のわりに、素晴らしい意気込みではないか。今後、あの娘はどう動くつもりなのだ?」
やや話が誇張されているような気がしなくもない。が、概ね事実だ。十六夜から報告を受け取ったときには神輿の椅子からずり落ちそうになった。虐げはひとまず解決したようだが、より面倒な敵を作ったものだ。先週の九十三位と百位の睨み合いは、あっという間に帝都内に広がった。
いま、最底辺の屋敷は修羅場になっているとみなが噂する。
このままでは九十三位の報復によって百位の命は失われる。追加で報告された九十三位の下女らの言い分、あれを吟味する必要がある。
五位は帝位らを見渡した。
「して、よいか? 俺の話に興味があるのなら、情報共有といかぬか?」
三位はニヤリとし、四位はすっと垂れ目を細める。二位はとっくりで酒を啜っていた。
「女帝十一位。もう噂で九十三位と百位が揉めているのは知っておろう。事の発端は、当人らではなく、十一位が仕向けた可能性がある」
三位が「ほう」と顎をさすり、四位は「財務大臣の?」と首を傾げる。
「十一位は、どうやら宮殿の動きを存じていたようで、それを餌に九十三位の下女を操り、百位を虐げた。虐げを知った九十三位が十一位を問い詰めたが、十一位本人は知らぬとシラを切ったようで、九十三位は十一位を信用し、下女を斬ろうとした。それを百位が止めた。これが一連の流れだ」
四位がうんうんと頷く。
「財務大臣のお孫さんですから、情報が漏れたのは不思議な話ではありませんね。しかし、菊の九十三位さんが下女を信用しなかったのは驚きですね」
「俺様も探りを入れたが、諜報部隊まで仕向けたそうだぞ。帝都内での活動は禁じられているのに、だ。それを踏まえての結論だろう。五位、さきほどの言い方だと、九十三位の下女を信用しているようだな?」
百位からの報告を聞いたあと、二日ほど悩んだ。つじつまを合わせるのには材料が足りないが――。
「俺は、十一位も九十三位の下女も、嘘は吐いていないと考えた」
三位は笑みを消し、代わりに四位が若干頬を緩める。
「……五位よ。考えを聞こう」
三位が鋭い視線を寄こしてくる。それを受け止めた。
「九十三位の下女は、十一位の下女にそそのかされた、と白状した。しかし、九十三位が探しても、そそのかした下女が見つからなかった。菊の諜報部隊が探せなかったのだ、そそのかした下女がいないのは事実だろう。九十三位は、下女が嘘を吐いた、と考えた」
三位が考え込むように目をつむる。
「状況を鑑みれば、当然であるな」
「この話、矛盾が多い。冷静に考えろ。まず、十一位と九十三位の関係だ。十一位は宮殿の財務大臣の孫娘、九十三位は宮殿の暗躍稼業を担う菊一族の娘、お互いがお互いを存じていないと思うか? お互いの立場とお互いの仕事、お互いの恐ろしさ、特に九十三位に歯向かえばどうなるか、十一位が考えないとは思えん。そして、その十一位で嘘を吐けばどうなるか、下女が理解できないわけがない。九十三位に嘘は通じない。それが裏方仕事を任される理由。十一位にしろ、下女にしろ、嘘を吐くには相手も内容も変だ。身内での揉め事という可能性もあるが、それで百位を虐げる意味がわからない」
三位は押し黙ったように口元を手で覆い、四位は首を傾げながらうなじを右手で掴む。
「そして一番の矛盾がここだ。なぜ、百位を虐げた。下女が鬱憤ばらしに女帝を虐げるのは理解できない。菊の下女が、だ。十一位が九十三位の下女を仕向けて百位を虐げる意味はなんだ? 嘘を吐いていない。いや、嘘は吐けない。とすれば、ある一つの矛盾だけは何者かの目的となる」
コトリ、膳に置かれたとっくりの音色に、一同の視線が集まる。二位が朱色の瞼を上げ、金の瞳が五位を見据えた。
「狙いは百位、か」
「……そうだ。真実は不明だ。だが事実として、百位は狙われていた」
三位は額の傷に皺を寄せ、四位はいくつか瞬く。しばしの沈黙のあと、三位が口を開く。
「あの娘に、どんな価値がある? ただの農民であろう」
「さてな。狙われているのは間違いない。現に、あやかしが憑いておった。始末はしたがな」
「ありえませんよ!」
四位が神輿の担ぎ棒をバンと強く叩いた。あ、と一同を見回した四位は、しゅんと肩を縮める。
「す、すみません。えっと、あの子にあやかしが? ありえませんよ。僕が気づかないなんて」
「俺も気づかなった。十六夜が直に接触して、ようやく気にしたぐらいだ。それほどか弱い、蚊のようなあやかしだ」
「そ、そんな、いつから……」
四位はうなだれるように肩をがっくりと落とす。毒物事件のときも落ち込んでいた。
「食事会の毒も、いまだ犯人は不明のまま。手口がわからんからな。事態は思ったよりも深刻かもしれん。末端の百位まであやかしが憑いていた。虐げも、百位を弱らせる狙いがあったのかもしれんな」
「となれば」
二位が色素の薄い唇を動かす。
「女帝で信用できるのは百位一人だけ、か」
先に言われた結論に、頷くしかなかった。
「そうだ。あやかしを始末し、念のため防呪もかけた百位だけが、確実に信用できる。百位以外、あやかしが憑いている可能性は捨てきれん。十一位と九十三位、どちらかにあやかしが憑き、惑わしている。つじつまを合わせるならこうなる」
人に憑いたあやかしは、幻影を映したり幻聴を吹いたりすることがある。宿主の生命力を糧に、人の世で生き延びる。そんな厄介なあやかしが霊の類だ。
四位がよそよそしく溜息を吐く。
「女帝に憑かれていたら厄介ですね。下位ならまだしも、上位なら純粋に脅威ですよ。でも、それなら、あやかしが、いつ、どうやってあの子に憑いたのかが重要ですよね」
三位が顎をさすりながら頷く。
「うむ。あやかしは門以外に人の世に入る道は無い。一位不在のいま、霊ならすり抜けもできるだろう。だが、それを防ぐためにわざわざ結界の防壁で門を囲っているのだ。あやかし単体では結界は突破できん。これをどう考える? 五位よ」
「憶測だが、手引きした者がいる。でなければ、説明はできん」
「ほう、手引き。して、目星はあるのか?」
この中に、裏切り者が居る。
五位がそれを言い放って以降、帝位らはみな唇を固く閉ざすこととなった。
二位がキセルを吹かすまで、誰も動くことはなかった。
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