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第二話 四
しおりを挟む三位が鞘に収めた大剣を地に置けば、女帝たちの緊張が解け、どこからかホッと胸を撫で下ろす気配が伝わってくる。百位も胸に手を添え、鼓動が落ち着く様を見送った。
すると、帝位三位が女帝たちの前で仁王立ちになった。三位は大きく息を吸いこむと、
「聞けっ、女帝たちよ!」
と腹まで響いてくる大声を出した。
「もし、この程度で恐れをなしたのならば、この俺様の妻には相応しくない! 俺様が求める理想は、友のため、国のため、家族のために身を投げられる、そんな女だ! 覚悟を決めろ!」
また女帝たちに緊張が走る。みな、一心に三位の言葉に耳を傾けている。隣の女帝九位は興味無さげに鼻で笑っていたが。
「俺様は帝位一位となる素質がある! ならば、妻となる女は女帝一位となる! つまり、俺様の妻となるならば、残りの人生、全てをこの俺様と、この国、ここ帝都に捧げることになる! 生半可な想いでは困る! 世のため人のため、日常を捨てられる覚悟がある女帝よ! 見合いを申し出よ! 俺様の理想であるならば、俺様の残りの人生、貴殿に捧げようぞ! そこに偽りなど、ありえない!」
そう、ここに居る男も女も、目的はただ一つだけ。一位の座を手にすること。
帝位。それはあやかしを操る能を持つ男。能の実力順に二位から五位までの序列が決まる。
女帝。それは帝位の妻になる素質がある女。血筋、地位、美貌、それら女の実力順に二位から百位までの序列が決まる。
あやかし。それは人々の敵である。あるものは人の形、あるものは霊の形、あるものは獣の形をしたあやかしたちは、老若男女問わずに人々を喰らう。そんな野蛮なあやかしの世界と、平和な人の世界を繋ぐ一本道は、ここ帝都中心部にある。その一本道は門によって封鎖され、あやかしには開けられない鍵によって封印されている。
門の鍵。代々受け継がれる封印の鍵は、門の鍵が選んだ帝位が手にすれば、鍵は白銀に輝く。白銀に輝く間、門の封印はより強固なものとなり、あやかしをより強く封印する。帝位一位とは、門の鍵に選ばれた真の帝位であり、女帝一位とは、帝位一位が愛する女帝のことである。
そしていま、帝位と女帝一位の席は空白である。
先代の帝位一位である現皇帝は御年七十。七十の日を迎えたとき、門の鍵は錆びついた。帝位も人間。加齢による衰えは、力の衰え。門の鍵が一位に相応しくないと判断すれば、その輝きは失われ、錆びた鍵となる。
鍵が錆びればあやかしが門から漏れ始める。漏れたあやかしは、人を襲う。
帝位一位の座が空いている。世代交代せねばならない。
門の鍵は、夫婦にしか管理できない。
門の鍵は、若く初々しい夫婦しか選ばない。
門の鍵は、あやかしを操る能を受け継ぐ男しか選ばない。
門の鍵は、若き帝位が婚を結ぶとき、帝位が一位にふさわしいかどうかを判断する。
未婚の帝位のための婚活が去年から始まり、婚活会場がこの帝都である。
百位は、帝位の妻となる素質があるとして、ここに連れて来られた九十九番目の女だ。
「ついでだっ! お主らも女の好みをここで言え!」
三位は他の帝位たちを見渡した。ずっと無言で傍観していた五位が「なにゆえ?」と問う。
「帝位が五位までしかおらんのがなによりの理由! 面子のため、金のため、仕方なく婚を結ぶ愚か者がおるから能が継がれんのだ! ならば、白黒はっきりさせておいたほうが、女帝らも己のなにを磨くべきか知れるだろう!」
門の鍵は真実の愛を求める。愛を求めるのは鍵だけではない。帝位となる素質、あやかしを操る能は、愛ある子供にしか継がれない。つまり、帝位が愛情以外の理由で婚を結んだかどうかなど、子供が能を継ぐかですぐにわかってしまうのだ。
先代帝位一位である現皇帝の婚活時代には、帝位は五十位までいたらしい。それがいまでは五位まで。ここに居ないだけで帝位の素質がある男は何人か居たものの、病気だったり、素行に問題があったりと、様々な理由で帝位になれなかった男もいる。愛ある親の元に生まれ、正しく、健康に生きていられた男は、たったの四人しかいなかった。
そしてすべての帝位が愛ある結婚をしたとして、門の鍵がどの帝位を選ぶかはわからない。女帝たちは、限られた時間と機会を駆使し、帝位一位となりそうな男を見極め、その男に惚れさせなければならない。
選ばれる女になるには、帝位の好みを把握せねば。そんな思惑が各地から湧いている。
「まずは、二位!」
三位はキセルをぷかぷかと吸う二位を指差した。
「言うても仕方ない、な」
二位は一言だけぼそりと呟いた。
「ほう! もう心に決めた女がおるか! 二位を狙う女帝には厳しい返答だ! 次いで四位!」
三位が大人しく座っていた四位を指差す。
「えーっと、僕は家庭的な奥さんが良いな。僕は料理が好きだから、一緒に作りたいかな」
三位は気恥ずかしそうに答えた。
「ほう! 女帝らも料理の腕は磨いておろうが、こやつの飯は本気で美味いぞっ! 料理に自身有りし女帝は、四位を狙うか! そしてそして! 五位!」
三位が最後に指差したのは、神輿でふんぞり返る五位だった。
「俺か? 俺はそうだな、度胸がある女性が良い。恐れに自分の足で立ち向かえる女性だ。ああ、俺はそこの脳筋とは違うが、命までは投げなくていい。むしろ、自分の体も大切にできる女性。それが理想だ」
五位は神輿の中でなにか含むように笑った。なんとなく自分のことを笑われたような気がした百位は、胸に溜まったもやもやを舌打ちで追い払った。
「ほう! 度胸! 根は確かに俺様と同じだ! はっきりしておることは素晴らしい! よいか! 女帝らよ! 顔が綺麗だの美しいなど、ここでは大した長所にはならん! 今一度自分を見つめ直し、内なる魅力、そして強さを披露せよ! 俺様からは以上だっ!」
帝位三位の宣言に全ての女帝が頭を下げる。百位も体に叩きこんだ作法で頭を下げる。ようやく解放されたような気分になったが、三位の「では食事を始めよう!」という大声に、まだ始まってすらいなかったことを思い出した。
帝位二位と帝位三位の睨み合いには肝が冷えた。しかし、おかげで女帝らの意識が帝位らに吸われた。あとはさり気なく一番後ろまで戻れれば事は収まる。帝位らは食事を開始した。女帝らも食事を始めても良いという合図でもある。最前列から何人かの女帝は立ち上がり、帝位らに向かう。酒を注いだりして会話のきっかけにするつもりだろう。なら、自分もそろそろ、と百位が腰を浮かせたときだった。
「なにをしているの?」
女帝十位のドスを効かせた声に呼び止められる。百位は腰を浮かせたまま、苦笑いを浮かべた。
「いえ、わたしがここに居るのもあれなので、戻らせていただきます」
「言ったわよね? わたくしめの食事をあなたに与えると。わたくしに嘘を吐かせる気?」
「……いえ、そのようなことは……」
「こんな失態、家に知られればわたくしの立場が無くなる。あなたがわたくしの食事を食べてくれれば、ひとまず仕舞いはできる。誰がどこの人間かなんて、誰も把握できないの。だから、食べなさい」
「……わかりました」
腰を下ろして膳に向きなおる。貴族という生き物にとって、立場、というものは厄介なのだろう。田舎娘は関わったことのない話だ。
なら、女帝百位の立場も考えてくれても。
余計な事を考えるな。食事を素早く終わらせ、ここから去る。それが、自分にとっての仕舞いになる。百位は自分にそう言い聞かせた。
前向きに、そう、こんなまともな食事にありつける。嬉しいと考える。
なのに、なぜこんなに手が震えているのだろう。
右からの十位の圧がしんどくて左の九位を横目で見てみた。九位は作法も知らぬようで、ガツガツと食べている。百位の視線に気がついた九位は、「うめえな」と咀嚼しながらにやける。まるで女児みたいだ。
――ちんたらしてたら食事が終わんない。とっとと食べるのよ、わたし。
自らを鼓舞した百位は、箸をしっかりと握り、十位の膳に手をつけた。名前も知らぬ白身魚の切り身を摘まみ、落とさないよう、慎重に口まで運んだ。
――魚なんて、いつぶりかしら。久しぶりすぎて味も忘れちゃった。
……こんな、味だっけ?
ピリッと舌が痺れ、薬のような苦みが腔内一杯に広がる。思わず吐き出しそうになったが、袖で口元を押さえて耐える。こんな場で吐くなんてあってはならない。その一心で咀嚼を続けたものの、いくら試しても嚥下することができなかった。
「おい、大丈夫か?」
九位が顔を覗き込んでくる。「魚嫌いか?」と問われ、そんなことはないと首を横に振った。魚を不味いと思ったことなんて生まれてから一度も無かった。しかし、この、体が拒否反応を引き起こすような、この、苦みは――。
太めの眉をしかめた九位が素手で白身魚の切り身を拾いあげ、それを口に放り込んだ。二、三回ほど咀嚼した九位は、ペッと白身魚を吐き出すと、
「おめえ、吐け」
と無理やり口をこじ開けられ、咀嚼していた白身魚を吐かされた。強く背中を叩かれ、むせ返った。
「ちょ、ちょっと! 九位、どうしたの?」
十位が異変に気がついて声を荒げる。すると、九位は大きく息を吸いこみ、
「全員食事を止めろ! 毒だ!」
ざわっと混乱が広がる。
――毒?
――なんで?
――なんで、わたしなの?
「おい! 百位、飲み込んだか?」
九位に頬を叩かれた百位は、血の気を引かせた顔で首を横に何度も振った。それからは、慌ただしく行き交う下女らの間で九位に言われるがまま水で口をゆすいだ。そして走ってきた衛兵らに事情聴取のため、十位もろとも連行されることとなった。
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