心が担げば鸞と舞う桜吹雪

古ノ人四月

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第二話 三

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 十位について行った百位は、あろうことか最前列右端に位置する十位の席に座るよう促された。首を横に振ろうとしたが、ガッと頬を鷲掴みにされ、ニコッと微笑まれた。百位は無言で十位の席に着くことにした。
 背中に視線が刺さる刺さる。早く帰りたい。最前列に座れば、十位はすぐ隣の通路に膝を着いた。十位の背後で下女たちが困惑したように顔を見合わせているが、誰も声は出さなかった。さっきは威勢良く歯向かえたが、いまは逆らうべからずと頭で警鐘が鳴っている。

「おめえ、面白い女だな」

 不意に聞こえた声は、左横からだった。恐る恐る首を回せば、そこには男臭い女帝が胡坐をかいていた。血のような赤髪に、獣のようにつり上がった目、装束ではなく、紅の着物に黒の羽織一枚だけを羽織る女は、戦姫とも呼ばれる女帝九位だ。捲った袖からは男のように逞しい腕が覗く。
 女帝の中で一番喧嘩してはいけないと教えられた理由を思い出す。暴君戦姫。戦帰りに女帝になった十九歳の彼女は、これまでに五十人ほどの盗賊や罪人を討ったと聞く。暴君戦姫に狙われれば最後、例え降伏しても情けはかけてくれないらしい。九位が抱える鞘に収まった刀を見つめた百位は乾ききった口で「初めまして」とだけ挨拶した。

「十位に喧嘩売ったな? これ、面白くなるなぁ」

 ケタケタと九位が笑う。最小限の動きで十位の様子を窺えば、十位は何事も無かったように目を伏せている。微動だにしない。むしろ無言が怖い。

「待たせたな」

 そう言ったのは神輿の男、帝位五位だった。神輿はちょうど九位の正面で地に降ろされた。担ぎ手のあやかしは神輿の後ろまで下がるが、十六夜から熱々の視線が飛んできた。そんなに見つめないでほしい。背中がちくちくしているから。
 そして神輿から左へ視線を流していけば、三人の男性が目につく。
 なんとなく、物々しい空気を、百位はひりつく肌で感じた。

 帝位四位しい。九尾を操る者。束感のある若葉の髪に、優し気な垂れ目。体格は頼りないが、彼の血は不思議な力を発動させられる呪符を作成することができるらしく、国が保護対象としている唯一の人間。

 帝位三位みい。鬼を操る者。日焼けした肌に、それと対称的な金髪。額に刻まれた切り傷を隠すことなく、むしろ見せつけるように前髪を上げている。屈強な体格と自信ありげな笑み。はだけた紅の着物からはご立派な胸筋を見せつけられる。腕っぷしの強さなら、国の一番を争うだろう。力こそ正義と信じていそうな大剣を傍らに置いている。

 帝位二位ふたい。侍を操る者。長身で姿勢がきっちりしている男性は白短髪だが、肩まで伸ばした右のもみあげだけは黒い。朱色に塗られた瞼が化粧をしたような白い肌で目立つ。目を閉じながら、半月の刺繍が入った白銀色の着物姿でキセルを吹かす様は、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 そして帝位五位。神輿に乗る者。説明は不要。舐めるのが趣味。

 こんなにも帝位を間近にしたのは初めてだった。あまりにも場違いだ。下手に動けば首が飛ぶ。飛び出そうな心臓を落ち着かせたい。そんな百位の気持ちなど知ったことではなさそうな帝位三位が立ち上がる。

「ようやく役者が揃ったか。この俺様を待たせるとは、五位、わかっておるのか?」

 馬鹿みたいにでかい声だが、三位にとってこの声量は普通だ。これまでの食事会でも、他の帝位の声は最後方までは届かなかったが、三位の声だけははっきり聞き取ることができた。それゆえ、食事会の進行は三位が受け持つことが多いのだが――。

「遅刻しただけだ。騒ぐな」
「ほう? この俺様が居るのに、遅刻か、貴様」
「はっ、男に興味は無いが?」
「ほう? この俺様よりも興味のある女が居るのか」

 三位はどうやら腹を立てると声量が極端に小さくなるようだ。どの女帝も頭を下げつつ事の成り行きを見守っている。いっそのこと自分も顔を伏せてしまおうかと考えたが、ここで三位のたぎった視線が向けられていることに気がついた。目を逸らせば絡まれると直感し、目線はそのままに会釈だけをしておくことにした。
 それが正解だったのか、三位はニヤリと笑い、百位から視線を剥がす。

「女なら仕方あるまい。俺様は、他所の恋路を邪魔するような外道ではないからな。時に、二位」

 三位は五位への興味を失ったのか、隣でキセルを吹かす二位を見下ろした。二位は特に反応せず、瞼を閉じたままキセルから口を離すと、抑揚の薄い声を発した。

「某、か?」
「ああ、某、さんよ。女たちの争いも激しくなってきた。ここいらで一つ、はっきりさせておくべきだとは思わんか?」
「なにを、か?」

 二位がキセルに再び口をつけたとき、三位が大剣を鞘から抜いた。

 火花が散る。

 危ないと思ったときには三位が二位へ大剣を振り下ろしていた。だが、大剣の刃は二位に届くことはなく、空中に突如出現した妖刀に阻まれている。半透明の妖刀は、どんなに大剣がギチギチと鳴っても一寸とて退かない。歯を見せつけるようにニカッと笑う三位に、二位は肺に蓄えたキセルの煙をフーッと吹きかける。
 二位は左目だけを開けた。三位を見上げる黄金の瞳が見下しているようだった。

「片方斬ってやろう、か?」
「面白い」

 三位が後ろへ飛び跳ねた途端、妖刀の持ち主が姿を現し、妖刀を横なぎに振り抜く。半透明のそれは、甲冑で全身を固めた侍だった。三位は妖刀を躱したのち、大声で叫ぶ。

「鬼よぉ! その姿、見せつけいぃ!」

 地面から這い出るようにして現れるは二対の鬼。三階建ての建物よりも大きい赤肌と青肌の鬼は、逞しい筋肉を誇示するかのように隆起させる。どすんどすんと地を鳴らせば、装束の厚み分ぐらいは女帝たちの体が浮かぶ。力の化身、そう言っても過言ではない。

「困りましたね」

 開いた口が塞がらなかった百位は、ふっと湧き上がってきた人の気配に肩を跳ねさせた。気づけば、十位のすぐ隣に食事を載せた膳を抱える帝位四位が座っていた。さきほどまで神輿の隣に居たのに、いつの間に。十位もいま気づいたようで、慌てたように四位に頭を下げる。

「あ、すみません。驚かせました? 僕、存在感薄くて。二位のあやかしより目立たないもので」

 微笑む余裕があるなら帝位たちを止めてほしい。いよいよ一触即発の絵柄になったとき、

「お待ちを!」

 凛とした声が響き渡った。
 声の主は女帝二位。さらりと流れる艶やかな群青色の長い髪が地まで伸び、青空に浮かぶ入道雲のように白い肌は化粧ではなく地の肌、そしてどの女帝よりも高い身長のおかげで、文字通り頭一つ抜けて目立つ。凛々しき佇まいには頭を上げられないほどの威圧感さえ覚える。晴れ着で普通は選ばない黒系統の装束が華奢な体のラインをより引き締めていた。
 いまにも帝位二位に斬りかかりそうな帝位三位は、大剣の鋭利な先端を女帝二位に向けた。

「女帝二位。お主に止める権限なぞ無い」

 言い切った帝位三位に、女帝二位が食い下がる。

「いいえ。ありますわ。わたくしは女帝二位。あなたさまは帝位三位。あなたさまは、わたくしに従う義務がございますわ。それに、わたくしの夫となる帝位二位への暴力。見過ごすわけにはいきません」

 ここは序列関係に厳しい。実際、女帝十位が百位に言い放った『刎ねる』という一言もあながち嘘ではないだろう。帝位三位は、不服そうに舌打ちをした。

「ふむ。お主の言うことには一理あるな。だが、これは男として退けん場よ。女なら、それを見守るべきところだ」
「では、男なら女に気を遣ってくださる? わたくしらに、とても小さな問題もあるようです、し。ここは穏便に済ませていただくのも男、でございます」
「むう」

 三位がじっと見つめてくる。それから乱れた金髪を手櫛で整えると、大剣を鞘に収めた。

「よかろう。ここは女帝二位の言葉に従う。下がれ、鬼よ」

 三位が告げると、二対の鬼は地面に沈むように消えていった。あわせて、侍も風に溶けるように姿を消した。
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