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第二話 一

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 雲一つ存在しない澄み渡る青空の下、女帝百位はくぼみ始めた眼窩で膳に載せられた小皿のたくあんを眺めていた。
 傲慢おにぎりを思い出した百位は、目線を真横に流してみた。右横には大広間の壁に沿うように女帝たちの下女が二百人ほどずらっと並び、すぐ左横には心配そうに視線を飛ばしてくる九十九位が座っている。九十九位も十二単の装束で着飾っていた。九十九位は、幼さを顔に残しつつも大人らしい体を翠系の色で落ち着かせている。にへらと笑うあどけなさが可愛い。そして、その他九十七人の女帝たちが正面や左斜め前、九十九位よりも奥にこれまたずらりと並んでいる。女帝から漂う様々な香水の匂いが混ざり合って、なんとも甘ったるいねっとりした臭いが鼻腔にこびりついた。
 いよいよ痩せも山場、そろそろ目玉が転がり落ちそうだ。先週、五位に言われたように化粧でごまかすのも難しくなってきた。金の簪も失くしてしまったし、東雲の装束だけが女帝らしい装いだ。装飾品がなにも無いのも、と悩んだ下女が水色のリボンで髪を飾ってはくれた。結局、九十九位から握りを貰って以降、まともな食事にありつけていない。

 今日の昼食は食事会。四人の帝位たちの前に、女帝たちが勢揃いして食事を通して交流するという月一の会だ。交流と言っても、直接言葉を交わせるのは最前列に座る二から十位までの女帝までで、後ろの十一位以下は声を出すことを許されない。建前上では誰でも会話できるはずだが、そこは暗黙の了承というあれだ。
 どの女帝も色鮮やかに着飾っている。色違いの着物を重ね着し、結った髪を豪華な簪で際立たせる。装束の人気色は赤系が多いか。次いで緑。ちらほらと青、黄、紫も見える。装束の色合いは行事や季節に合わせるのがお約束だが、ここは婚活会場だ。女帝同士の対決ならば、顔が可愛いや綺麗なだけでは目立たない。隣の女帝もみな美しい。帝位の目を引くには、雰囲気を壊さず、己に相応しい着飾りをしなければならない。そのような理由で、みな何枚も着物を重ね着し、ずるずると長い裾を引きずり回している。
 
 服装なんて軽めのもので良いのに、と心底思う。普段着なんて女帝たちが下着扱いする着物一枚で充分だし、髪も三つ編みでまとめておきたい。何枚も着こむと重いし嵩張るし、とにかく長い裾が歩きにくくて邪魔。いまはどの女帝も八枚前後の重ね着で落ち着いているそうだが、一昔前は全部で二十枚の時代もあったとか。そんなに重ねて果たして歩けたのだろうか。
 そんな愚痴を頭でぼやく痩せ細った百位は、ずらりと並ぶ女帝たちの中で最後方の右端を定位置にしていた。背の低さも相まって帝位の視界には入らず存在すら認知されないだろう。逆に百位も女帝たちが邪魔で帝位の姿は見ることができない。あの派手な神輿だけは遠くからでも視認できたが。よって、ここでも性根が腐っている奴というのは、帝位は気づかないであろうということを踏まえ、好き放題やってくれるというわけだ。しかし食事がたくあん一皿とは。お米を食べたい。傲慢なやつ。

 ――食い物があるだけましね。
 そういえば、まだ神輿が来ていない。雰囲気的には全員揃っているような……。

 隣の九十九位が動く。九十九位はこっそりと己の膳から皿をこちらに移動させようとした。それを睨んで威嚇すれば、九十九位は泣きそうな顔で動きを止めた。
 巻き込みたくないから。そんな一言すらも発することができない空間で、百位は小皿のたくあんを眺めた。
 今日は魚料理みたいだ。鯵が美味しい時期だ。そろそろ鰯料理も出てくる頃だろう。去年、鰻料理は食べた。帝都に来た時、唯一の楽しみが食事だった。あんな豪華な食事、故郷では食べられないし――。

「ひゃ、ヒャクちゃぁん」

 物思いにふけって空腹を紛らわせていると、隣の九十九位の囁き声が聞こえた。

「……なによ」

 九十九位と同じく、囁き声で返答した。

「そ、それじゃあ、体、もたない、から、ククの、少し」
「いらないからほっといて」
「うう……」

 九十九位は人が良すぎる。感謝はしているが、これで九十九位まで目を付けられたら耐えられない。あくまで無関係を意識するのだ。と、百位の覚悟を知ってか知らずか、やはり九十九位はなんとか食事を分けようとしているようで、

「ちょっと、やめて」
「で、でも」
「迷惑よっ」

 そう言い離しても九十九位は顔を正面に戻さない。ここはきつく言ってやらないと、と唇を噛んだ百位が九十九位を窺ったとき、開けっ放しの口であんぐりと空を見上げる九十九位の顔があって――。
 頭をじりじり照らしていた日差しがなにかに遮られた。急な日陰に飲み込まれ、何事かと振り返れば、

 頭上から金ピカ神輿が降ってきた。
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