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第二十三話 蓮花受寵香
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「妾は、このような香を知らぬぞ」
「ふむ……」
佩芳は鼻をうごめかし、香の匂いを探る。
「この『蓮花受寵香』は、先ほどの『蓮花』とは全く別物にございますね」
「なぜそんなものに、妾の名が……。別に蓮花がいたのであろうか?」
「心当たりがございますか?」
「ない。なにせ後宮には数多の女がひしめいていたからのぅ。妃嬪までならまだしも、世婦以降となると全く覚えておらぬ」
佩芳は薄く笑う。
「さすがは先帝の寵を得て、太后となられた御方だ」
「なんじゃ、含みがあるのぅ」
「これは恐らく、そんな蓮花様にあやかりたい者のために作られた香にございます」
「あやかりたい?」
佩芳は頷く。
「蓮花様のように先帝から寵を受けられる香、そう言う意味で作られたのでしょう」
「まじないのようなものか」
「……えぇ」
佩芳は眼鏡の奥で目をうっすらと細め、練り香の一つを部屋にあった香炉へと入れる。そして懐から小さな竹筒を取り出すと蓋を取った。軽く息を吹きかけると、竹筒の中に火が灯る。
「火折子など所持しておったか」
「はい、何かと便利でございますので」
佩芳は香炉の中の練り香へ火をつける。
「これ、そち! 何を勝手に」
「申し訳ございません。ですがこれだけあるのですから、一つくらい焚いた匂いを確かめさせていただきたかったのです」
「まったく。そう言う時は妾の許可を事前に得よ」
研究熱心な男と言うのは、こういうものなのだろうか。
甘い香りが室内に漂う中、私たちは並んで架子床へ腰かけた。『蓮花』とは全く違う系統の匂いが鼻腔をくすぐる。
(私にあやかりたい者が使った香、か……)
先程から、妙に体が気怠く感じられる。
(なんじゃ? 風邪でもひいたか?)
ぼんやりと体が火照っている。
(これは、部屋に戻って休んだ方が良さそうじゃ)
私は立ちあがり、佩芳を振り返った。
「すまぬ、佩芳。付き合えるのはここまでじゃ。どうも体調がよくない」
「蓮花様」
佩芳が私の手首を掴む。そのひやりとした感触が、やけに心地よく感じた。
「何をする。離せ、佩芳」
佩芳は『蓮花』の香に鼻を寄せる。
「今、『蓮花受寵香』を焚いているのだから、匂いが混ざって分かりにくかろうに」
「いえ、問題ありません。ふむ、白檀に桃の香り、それから微かに沈香のものも感じ取れます」
私をとらえる佩芳の手に力がこもる。甲にくちづけでもするかのように、彼は私の手へ顔を寄せた。続けて佩芳はやや強引に、私を元通り架子床へ座らせる。
「佩芳!」
すかさず抱き寄せられ、首元へ鼻を埋められる。
「ひぁ!?」
思いもかけない快感が背筋を走り、おかしな声を上げてしまった。
「やめよ、佩芳! 無礼であるぞ!」
「あぁ、なるほど……」
佩芳の耳には私の制止の声が届いていない。
「蓮花様のうなじと手首では、うなじの香りの方が『蓮花』に近いように思えます。つまり、肌の本来の匂いと重ねることで、香は匂いを変えるのでしょう。さらに言えば体の温度によっても匂いが変わると予想されます」
「何を言っておるのだ、佩芳」
「私は知りたいのです。『蓮花』の香は、蓮花様のお体のどこに近い匂いなのか」
(はぁ!?)
熱が上がって来たのか、体の芯が妙に火照る。
「佩芳、妾は病気じゃ! うつしてはならぬゆえ、すぐに離れよ」
「体に熱がこもっておいでですか?」
「そうじゃ」
「それはこの『蓮花受寵香』の効果にございます」
佩芳は得意げに笑う。
「先ほど匂いを確かめた時、媚薬特有のものが感じ取れました」
(媚薬!?)
「きっとこの香は、滅多においでのない先帝との貴重な機会を逃すまい、最上の状態で楽しみたいと願う后妃様たちにとって、必要なものだったのでしょう。寵愛されている蓮花様と違い、一度しくじれば二度と呼ばれることのない后妃様もいらっしゃったことでしょうから」
妙に鼓動が早い。呼気が熱い。体が疼く。正直、このまま流されてしまいたい。
(じゃが、もしも流されてしまわば、九歳の女児じゃぞ!)
「蓮花様、熱を含んだあなた様のお体は、きっと『蓮花』の香にも負けぬ妙なる芳香を放っておられるのでしょう。それを拙に教えてくださいませ。拙の探求心を満たしてくださいませ」
「な、にが、探求心じゃ……。やめ、よ……」
「上ずったお声もなかなかに艶めいておられますよ。蓮花様、あなたは素晴らしい」
佩芳が私の耳元へ口を寄せ、囁いた。
「拙を中央の官吏に抜擢してくださったこと、心より感謝しております。その御恩に報いんがため、拙の陽の気を捧げましょう」
まずいまずいまずい! これはまずい!
「ふむ……」
佩芳は鼻をうごめかし、香の匂いを探る。
「この『蓮花受寵香』は、先ほどの『蓮花』とは全く別物にございますね」
「なぜそんなものに、妾の名が……。別に蓮花がいたのであろうか?」
「心当たりがございますか?」
「ない。なにせ後宮には数多の女がひしめいていたからのぅ。妃嬪までならまだしも、世婦以降となると全く覚えておらぬ」
佩芳は薄く笑う。
「さすがは先帝の寵を得て、太后となられた御方だ」
「なんじゃ、含みがあるのぅ」
「これは恐らく、そんな蓮花様にあやかりたい者のために作られた香にございます」
「あやかりたい?」
佩芳は頷く。
「蓮花様のように先帝から寵を受けられる香、そう言う意味で作られたのでしょう」
「まじないのようなものか」
「……えぇ」
佩芳は眼鏡の奥で目をうっすらと細め、練り香の一つを部屋にあった香炉へと入れる。そして懐から小さな竹筒を取り出すと蓋を取った。軽く息を吹きかけると、竹筒の中に火が灯る。
「火折子など所持しておったか」
「はい、何かと便利でございますので」
佩芳は香炉の中の練り香へ火をつける。
「これ、そち! 何を勝手に」
「申し訳ございません。ですがこれだけあるのですから、一つくらい焚いた匂いを確かめさせていただきたかったのです」
「まったく。そう言う時は妾の許可を事前に得よ」
研究熱心な男と言うのは、こういうものなのだろうか。
甘い香りが室内に漂う中、私たちは並んで架子床へ腰かけた。『蓮花』とは全く違う系統の匂いが鼻腔をくすぐる。
(私にあやかりたい者が使った香、か……)
先程から、妙に体が気怠く感じられる。
(なんじゃ? 風邪でもひいたか?)
ぼんやりと体が火照っている。
(これは、部屋に戻って休んだ方が良さそうじゃ)
私は立ちあがり、佩芳を振り返った。
「すまぬ、佩芳。付き合えるのはここまでじゃ。どうも体調がよくない」
「蓮花様」
佩芳が私の手首を掴む。そのひやりとした感触が、やけに心地よく感じた。
「何をする。離せ、佩芳」
佩芳は『蓮花』の香に鼻を寄せる。
「今、『蓮花受寵香』を焚いているのだから、匂いが混ざって分かりにくかろうに」
「いえ、問題ありません。ふむ、白檀に桃の香り、それから微かに沈香のものも感じ取れます」
私をとらえる佩芳の手に力がこもる。甲にくちづけでもするかのように、彼は私の手へ顔を寄せた。続けて佩芳はやや強引に、私を元通り架子床へ座らせる。
「佩芳!」
すかさず抱き寄せられ、首元へ鼻を埋められる。
「ひぁ!?」
思いもかけない快感が背筋を走り、おかしな声を上げてしまった。
「やめよ、佩芳! 無礼であるぞ!」
「あぁ、なるほど……」
佩芳の耳には私の制止の声が届いていない。
「蓮花様のうなじと手首では、うなじの香りの方が『蓮花』に近いように思えます。つまり、肌の本来の匂いと重ねることで、香は匂いを変えるのでしょう。さらに言えば体の温度によっても匂いが変わると予想されます」
「何を言っておるのだ、佩芳」
「私は知りたいのです。『蓮花』の香は、蓮花様のお体のどこに近い匂いなのか」
(はぁ!?)
熱が上がって来たのか、体の芯が妙に火照る。
「佩芳、妾は病気じゃ! うつしてはならぬゆえ、すぐに離れよ」
「体に熱がこもっておいでですか?」
「そうじゃ」
「それはこの『蓮花受寵香』の効果にございます」
佩芳は得意げに笑う。
「先ほど匂いを確かめた時、媚薬特有のものが感じ取れました」
(媚薬!?)
「きっとこの香は、滅多においでのない先帝との貴重な機会を逃すまい、最上の状態で楽しみたいと願う后妃様たちにとって、必要なものだったのでしょう。寵愛されている蓮花様と違い、一度しくじれば二度と呼ばれることのない后妃様もいらっしゃったことでしょうから」
妙に鼓動が早い。呼気が熱い。体が疼く。正直、このまま流されてしまいたい。
(じゃが、もしも流されてしまわば、九歳の女児じゃぞ!)
「蓮花様、熱を含んだあなた様のお体は、きっと『蓮花』の香にも負けぬ妙なる芳香を放っておられるのでしょう。それを拙に教えてくださいませ。拙の探求心を満たしてくださいませ」
「な、にが、探求心じゃ……。やめ、よ……」
「上ずったお声もなかなかに艶めいておられますよ。蓮花様、あなたは素晴らしい」
佩芳が私の耳元へ口を寄せ、囁いた。
「拙を中央の官吏に抜擢してくださったこと、心より感謝しております。その御恩に報いんがため、拙の陽の気を捧げましょう」
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