暗黒騎士物語

根崎タケル

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第14章 草原の風

第20話 フウイヌムの里

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 星明かりの中でクロキは遠くを見る。

「何? あの子は? 何者だろう?」

 クロキは遠くからコウキの様子を眺めていて、遭遇した少女の事を考える。
 一見人間の少女のようにみえるがそうではない。
 鳥の化け物に変わったのだ。
 それを遠くからクロキは見ていたのである。
 もしもの時は動こうかと思ったが、彼女はコウキを襲うことなく飛んで行った。 
 クロキはその正体が気になった。

「戻ったぞ。クロキ」

 黄金の馬を返すために少し別行動を取っていたクーナが戻ってくる。
 
「お帰り、クーナ」

 クロキが言うとクーナは周囲を見る。

「むっ、あの馬男がいないようだが、どこか行ったのか?」

 クーナは首を傾げて言う。
 
「ああ、サジュタリスはいないよ。フウイヌムの里に行ったみたいだ」
「フウイヌム?」
「知恵のある馬の事だよ。この近くに隠里があるんだ」

 クロキは遠くを見て言う。
 視線の先には賢馬フウイヌムの里がある。
 フウイヌムは知恵があり、言葉を話す事ができる馬だ。
 フウイヌムは馬の中で足が遅いが、強力な魔法を使う事ができ、儀式魔法で自分達の里を隠している。
 その魔法は強力であり、グリフォンの目すら欺くことができる。
 クロキもあらかじめ聞いていなければそこに里があるとは気付かなかっただろう。
 それほどまでに巧妙に隠されているのだ。
 里に入るには中にいるフウイヌムか彼らが信仰する馬の神が招き入れなければならず、基本的に多種族の者は入れない。
 ただ、そこはこのレースの折り返し地点でもあり、レースに参加しているケンタウロスが近づくとフウイヌムが招き入れてくれる。
 そこで、レース参加者はフウイヌム達からたどり着いた証をもらった後、スタート地点に戻るのである。
 サジュタリスはそこでコウキを待つようだ。
 その場所は綺麗な湧水があり、木々が生い茂っている。
 場所には強力な結界が張られていて、そこに里があることを隠している。


「そうか、まああいつがいないのはどうでも良いか。それよりもクロキ。どうやらワルキアの地から死の鳥が来ているようだぞ。ケンタウロス共を襲っているようだ」

 クーナが気になる事を言う。
 ワルキアは死神ザルキシスが支配する地だ。
 あの鳥の少女はそこから来たのかもしれない。 

「死の鳥? 実は自分もそれらしいのを見かけたんだ。やっぱりそうなの?」
「クロキも見たのか? うむ、やっぱりワルキアで何かあったみたいだぞ」

 クロキとクーナはワルキアの方角を見る。

「そう……。気になるね。もう一度ノースモール卿と合流しようか……」

 ワルキアの近くでは暗黒騎士であるノースモールが調べているはずだった。
 もう一度合流して状況を聞いておいた方が良いかもしれない。
 クロキは風を感じながらそう思うのだった。



 コウキは草原を駆ける。
 先ほどの泉では休めず、他に休息できそうな場所はなかったのでずっと走っている。
 そうして夜の間ずっと走っているとやがて朝日が草原を照らす。

(うう、さすがに疲れたかな……。でも話によるとこの辺りに折り返し地点があるはずだ。それまで頑張ろう)

 コウキは休むことなく走り続けたのでさすがに疲れる。
 しかし、そろそろ折り返し地点にたどり着いてもおかしくない。
 そこに行けば何かがあり、証を持って帰れば良いはずだった。
 ただ、その折り返し地点がどんな場所かわからない。
 行けばわかるとの事らしいが、コウキは不安であった。 
 そんな時だった頭の上のラシャが突然鳴き始める。

「ど、どうしたの? ラシャ? 急に鳴き始めて?」
 
 ラシャはある方向に向かって鳴いている。
 その時だった。
 コウキはそちらから何かを感じ取る。
 まるでコウキを呼んでいるようであった。

(何だろう? 罠だろうか?)

 先ほどの少女の時も近づくまで危険に気付かなった。
 ラシャの鳴く方向から危険な気配は感じない。
 しかし、その感覚に自信はなかった。
 
(だけど、行ってみるか……)

 コウキはとりあえず行ってみる事にする。
 そして、途中まで進んだ時、奇妙な気配を感じる。

「こちらですよ」
「えっ?」

 突然声がした時だった。
 コウキの見るものが突然変わる。
 先ほどまでただの草原だった場所に森が現れたのだ。
 そして、コウキの目の前には1匹のケンタウロス。
 だが、普通のケンタウロスとは違う。
 金色の毛並みに気品のある顔。
 そして、強い魔力を感じる。
 そのケンタウロスは穏やかにコウキを見ている。
 敵意は感じない。

「ええと、貴方は」

 コウキはケンタウロスに聞く。

「私はサジュタリス。よく来ました。ここが折り返し地点です。貴方が1番最初ですよ」
「ここが折り返し地点? ……なのですか?」

 コウキは周囲を見て言う。 
 何もない場所に突然現れた森。
 その木々の間から馬達がコウキ達を見ている。
 だが、馬にしては様子がおかしい。
 まるで、コウキ達の話を理解しているようであった。

「ええ、そうです。ここはフウイヌムの里です。さて奥に行きましょうか」

 そう言ってサジュタリスはコウキを奥へと誘う。
 コウキは後についていく。
 すると遠巻きに見ていた馬達も少し離れながら付いてくる。

「ああ、フウイヌムですか、彼らはとても賢いのですが、少し臆病なのです。竜の子を連れている貴方を警戒しているのですよ。彼らを許してあげてください」

 しばらくすると広い場所に出る。
 そこには1匹の馬が待っている。

「サジュタリス様。その者が一番なのですか?」

 馬がコウキを見て喋る。

(えっ? 馬が喋るの?)

 それを聞いてコウキは驚く。
 これまでコウキは何度か馬を見て来た。
 だけど喋る馬を見るのは初めてであった。

「そうですよ。長老。察しの通り、この者はケンタウロスではありません。ですが、正式な参加者です。証をあげてもらえますか」

 サジュタリスがそう言うと長老の馬は溜息を吐く。

「わかりました。では差し上げましょう。この者に鬣を一房与えたい者はいるか?」

 長老の馬は他の馬達を見て言う。
 しかし、誰も名乗りでない。

「誰もいませんか……。困りましたね。ここにたどり着いた証はフウイヌムの鬣なのです。これでは証が立てらない事になります」

 サジュタリスが困ったように言う。
 馬達は顔を見合わせ、何かを相談している。
 鬣をくれる者はいなさそうであった。

「待ってください! その者には僕の鬣を上げます!」

 突然1匹の馬が前に出る。
 その馬は足が少し悪いのか歩き方が変であった。

「ウカリか……。良いのか?」
「はい、僕ならば何があっても良いはずです。どのみち長くは生きられないでしょうから……」

 ウカリと呼ばれた馬は顔を伏せて言う。

「そうか……。では最初にたどり着き者よ。ウカリの鬣を一房持っていくが良い」

 長老の馬はコウキを見てそう促す。

「えっと、良いの?」

 コウキはウカリの側に行く。

「うん、良いんだ。ところで君は何者なの? ケンタウロスじゃないみたいだけど」

 ウカリはコウキを見て言う。

「うん、良くわかったね。その通りだよ魔法でこの姿になっているんだよ。元は人間なんだ」
「やっぱり、それにその頭に乗せているのは竜の子なの? みんながそう話をしているけど?」

 次にウカリはコウキの頭にいるラシャを見て言う。
 
「それはちょっとわからないんだ。そうらしいんだけどね」

 ラシャの正体はコウキには良くわからない。
 だけどそう言われているのならきっとそうなのだろう。

「すごいね。竜の子に懐かれるなんて! もしかして、君は特別な人間なの? それとも外の世界にいる人間はみんな君みたいなの? 外の世界の話を聞かせてよ」

 ウカリは目を輝かせて言う。
 とても好奇心が強そうだ。
 周りにいる馬とは大違いだ。

「良いけど……。でも自分は競争の途中なんだ。そんなに長くは話せないよ」

 コウキは困った顔をして言う。
 そう言うとウカリは悲しそうにする。

「竜の子を連れた者よ。このフウイヌムの里に来たものは一時休んで戻る事になっています。その間だけこの者の話に付き合ってもらえませんか?」

 長老はそう言ってコウキに頭を下げる。
 コウキはサジュタリスを見る。

「ええ、そうです。私の名において間違いはありませんよ。このサジュタリスの名において間違いはありません」

 サジュタリスはそう言って頷く。
 コウキには嘘を見抜く力はない。
 だけど、本当の事を言っているように思えた。

「わかったよ。外の事を話してあげるよ」

 コウキがそう言うとウカリは嬉しそうな顔をする。
 
「ありがとう。僕はこんな足だし……。外には出られないから。色々な事を知りたいんだ」

 ウカリはそう言って悲しそうに笑う。

「ええと……」

 コウキはウカリの足が気になるが聞いてよいものか迷う。

「僕の足が気になるの……。良いよ、遠慮しなくても。話してあげる。でもその前に移動しようか良い場所を教えてあげる」

 ウカリはそう言ってコウキを誘う。
 その間に話をしてくれる。
 外に好奇心を持ったウカリはこっそり里を出たことがあった。
 だが、外の世界は厳しくウカリは魔物に襲われてしまった。
 何とか逃げ延びたが、ウカリは足に怪我を負ってしまった。
 その後長老の癒しの魔法で何とか歩けるようになったが、走れなくなってしまったのである。

「そうなんだ……」
 
 コウキは何とも言えなくなる。
 
「気にしなくても良いよ。僕がうっかりしていただけなんだ。長老が言うには僕には怖いって心が足りないらしいんだ。そんな者はすぐに死ぬらしいよ」

 ウカリは笑いながら言う。
 警戒心が弱い馬はこの草原では生きていけない。
 そう長老が言っていたとウカリは言う。

「実際にみんな君の事が怖いみたいだけど、僕はあんまり君の事が怖くないんだ。何でだろうね」

 ウカリはそう言ってコウキを見る。
 確かにそうだろう。
 他の馬と違いウカリから怯えは感じない。
 怯えない馬に出会ったのは初めてであった。

「はは、自分も初めてかも……」

 コウキも笑う。

「ここだよ。どう綺麗でしょ」

 ウカリは前を見て言う。
 そこには綺麗な泉があった。
 周囲には木が生い茂り木の実を付けている。
 温かい風が吹いていて、心地よい。
 ここなら休めそうであった。

「うん、とても綺麗だ。草原で一番綺麗な場所かも」
「そうでしょ。ねえ、外の世界を聞かせてよ」

 ウカリは座るとコウキを促す。
 その目は何かを期待するようであった。
 走ることができない馬はもはやこの里から出る事はできない。
 それはとてもつらい事かもしれない。
 コウキはウカリの横に座る。

「うん、良いよ。色々と話をしてあげる」

 こうして、コウキはウカリにこれまであった事を話すのであった。
 

 
 
 

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